163話 ビエルスへの道中
前回のお話
・団員に武器と餞別を渡し、別れを告げる
・魔法の使いすぎで熱を出す
・ビエルスに向けて出発した
通称東方国家群。正式名称をジュノー共和国及び、東方国家連合という、間断ない魔物の脅威と帝国に対抗するために作られた、ジュノー共和国を盟主とする緩やかな国家連合体である。
だがそれも長年の平和でたがが緩んでいたのか、今回のヒラギス公国とグランコート王国との小競り合い、そして魔物の侵攻によるヒラギス滅亡を防ぐことができなかった。
「発端はジギナリス川の流れが雨季で大きく変わったことなの」
道中、エリーが詳しく説明してくれた。両国の国境線は、その川を境に南北に分かたれていた。ところが雨季の大増水により川の流れが変わり、グランコート側に大きく入り込んでしまった。
川の流れを国境とするなら、ヒラギスの領土がかなり大きくなったことになる。雨季になると水没するような場所でほとんど価値はないのだが、ヒラギス側が治水工事を始め、川の流れを固定しようとし始めた。
上手く水害が起こらないようにできれば、もしかすると肥沃な農地が手に入る可能性はある。
怒ったのはグランコートである。まあ当然だ。
ヒラギス側の主張は川の流れで国境線が策定されたのだし、変わったのならそこも我が方の領土だ。そもそも川の流れは何度も変わっていて、境界はかなり曖昧だった。それをたまたま今回確定しただけだ。
グランコートもその土地はまったく利用はしてない状態だったし、治水をして土地を活用するのは非常に有意義なことである。
グランコートは無論、元の国境線を主張した。
双方が軍を現地に差し向け、川を挟んでにらみ合った。川で隔てられていたから、軍の偶発的直接的な衝突こそなかったが、時間が経つにつれ、軍は大規模に動員され膨れ上がっていった。
そこに魔物の襲来である。魔物の軍勢はヒラギス北方の砦を鎧袖一触に破壊すると、数日でヒラギス首都まで侵攻。
ヒラギスの最南端でグランコートと睨み合っていたヒラギス軍の帰還は間に合わず、首都は陥落。首都に向かう途中で魔物と衝突したヒラギス軍主力も壊滅した。
大規模な魔物の軍勢との戦いは拠点防衛が基本となる。魔物は数が圧倒的だし、大型種や飛行種にトロルやオーガ、オークキングと個々の能力が人間以上の個体が多い。そいつらが死を恐れずまっすぐ突っ込んで来て乱戦になると、いくら装備や魔法で優位に立っても、平原での勝ち目は薄い。
ヒラギス軍がヒラギス北部を放棄して、南部で防衛戦を張ればまた違った展開もあったかもしれない。だが首都と国の北半分を見捨てることができなかった。
有事にヒラギスに助力するはずの隣国、グランコートの動きは遅れた。直前まで睨み合っていた状態で軍がすでに揃い、動ける状態だったろうし、おそらくヒラギスの救助要請が遅れたのだろう。
もうひとつの援軍である帝国は、リシュラ王国の、俺も参戦したゴルバス砦の危機のために、東方に配備した軍の半数ほどを、王国方面に移動させていた。
「でもどこかの拠点を守って時間を稼げなければ、どのみち救援も難しかったでしょうね」
軍の主力を失い、周辺国からの救援も間に合わず、そのまま為す術なくヒラギス全土は蹂躙された。
「実際はグランコートの近くに領土が少し残ってて、そこに臨時政府があるそうじゃ」
そこを治めるのは生き残った僅か一〇歳の王女で、さすがにそんな子供にヒラギス壊滅の責を負わすこともできず、他に適任者もおらず、幼いながらも統治を任されているらしい。
「三、四年前に一度会ったことがあるっすよ。なかなか利発そうな子でしたね」
可哀想に。さぞかし針のむしろだろうな。
「王女様、どうなっちゃうんでしょう」
サティが心配げだ。
もし奪還に成功しても、生き残った王女が復興を許されるのか? 穏当なところで帝国や周辺国家を動員した分の戦費の負担だけで済むかもしれない。最悪、帝国や周辺諸国に併合されたり分割統治あたりだろうと、エリーやウィルが言う。
「もし仮に戦後は帝国が占領統治しますってことになると、ヒラギス軍の士気はだだ下がりになるだろうし、表に出せる話じゃないでしょうね」
「直接統治は面倒が多いですし、たぶんやらないんじゃないすかね」
「でも生き残ったのは王女様でしょう? 王様になるチャンスを狙う人はいるでしょうね」
「確か幼い弟もいたはずっすけど……」
もしその弟が生き残っていれば、成人を待って王位を継ぐことになるのか? もしくは王女様に誰かが婿入りして王様になるか、王女様がそのまま即位するか。
「ま、一介の冒険者には関係のない話だな」
「自分を一介の冒険者とか、何を言ってるんだ、お前は……」
フランが呆れたように言う。言いたいことはわかるが、ただの高ランクの冒険者で何かの地位にあるわけでもないしな。
「Aランクの時点で一介のとは言い難いし、大きな功績をあげれば、王位はさすがに無理だろうが領主くらいは望めるんだ」
なるほど。報酬は少なくても、それが目当てで高ランクの冒険者が参加することもあるのか。
「それに」
と、フランが言葉を途切らせた。ウィルがいる。
もし俺たちが大きな功績をあげて、そこに帝国の王子様がいるなんてことになったら、ウィルが王様候補か?
「ウィル。おまえ王様になれるんじゃないのか? なりたいなら手伝ってやろうか?」
滅んだ国の復興ともなれば、なかなかウィル好みの波乱万丈な人生じゃないだろうか。
「たぶん戦後に関する根回しはもう始まってるでしょうし、フランさんが言ったみたいにいくら功績があっても王様はさすがに無理っすよ。やりたくもないですしね。兄貴はどうっすか? 王様になりたいなら全力でバックアップするっすよ」
ウィルがこう言うってことは、根回し段階から食い込めばできなくもないってことか? いやたぶん使徒なのもバラす必要があるんだろうな。無理無理。
「俺もいいわ。めちゃくちゃ大変そうだ」
「まあ貧乏くじっすね」
マイナススタート確定だもんな。だがそれでも王様になりたいって人はいるだろうし、そういう人がやればいいんだ。
「領地は自前で持ってるし、出来ればなるべく目立たないように、そういうこととは関わり合わないようにしよう」
俺のことがなくても、ウィルがいるから下手するとがっつり関わることになりかねない。難民を助けるため仕方のないことだとはいえ、居留地では少しやりすぎた。可能であるならもうこれ以上は結構だ。
「じゃあ何のためにヒラギスに行くのだ? 我々と違って冒険者は強制参加ではないだろう?」
戦いが嫌いで家に戻ってのんびりしたいとはよく口に出してるし、お金や地位、名声にも興味がない。一番の理由は神託が来たからなんだが、フランから見たら不思議なんだろうな。
「修行のためと……帝国に来たついで? あとは軍曹殿に依頼されたからだな」
修行っていうか、経験値には確実になる。大規模な戦いは稼ぎ時だ。それに何故だかわからないが、軍曹殿は行ってほしそうだった。これも修行になるってことなんだろうか?
「なんだそれは……」
フランが呆れた様子だが、神託を省いたら、本当にこれくらいの理由になっちゃうんだよ。
でも神託がなくて、軍曹殿の依頼もなかったらどうだったろうな。帝都からエリーの実家に向かって、どこかでヒラギス奪還軍の話は耳にするだろうし、やっぱり経験値が稼げそうだと参加はしてたかもしれない。エリーなんかはSランク昇格を目指してるからな。
「マサルは口には出さないけど」、とティリカが話しだした。
「居留地を助けるのに、私財を全部投げ出すことを決めたのはマサル」
あれは賭けで儲けた一〇〇万ゴルドならいいかと思って、あとはまあ勢いだな。
「道中の村を助けた時も、ほとんど無報酬よね」
お金は有り余ってるのに、貧乏な村からお金を取るのもな。
「妾たちを助けたときも、最初は一切報酬を受け取ろうとはせなんだな」
そう聞くと、まるで俺が聖人君子みたいだ。
俺としてはみんなによくやったと褒めてもらえるだけで見返りは十分だし、お金やなんかよりそれが一番いい。
だいたいどれもみんなも賛同してくれただろうに、なんで俺が単独でやったみたいなことになってんだ?
「私は誤解をしていたようだ。マサルは高潔な人物なんだな」
高潔ってなんだよ……今回出したお金も奴隷購入に換算してみて、元が取れそうだとか考えてたし、神託も神様から報酬はきっちり確約されているのだ。
「善行を積んでおくといいことがあるんだよ。具体的に言うとモテるんだ。今回、せっかくいっぱい女の子を紹介されたのに、時間の余裕がなくてほんと残念だったよ」
結局のところ、神託を除くとこんな感じだろうか。無理のないちょっとした親切。それでモテる。加護持ちが増えるかもしれない。モテた成果も楽しんでみたい。もっと仲良くする時間がほしい。
「少しわかってきたぞ。マサルは情に厚いんだな」
そこはなんてエロいやつだ! ってところじゃないのか。俺がいちゃついているのを見て露骨に嫌がってたじゃないか。
「ちょっと違うぞ。俺が優しいのは女の子にだけだ。いざとなったらウィルなんかはばっさり切り捨てるぞ」
「え、それはちょっとひどいんじゃないっすか!?」
「男は自力でなんとかすればいいんだよ」
援助はしてやったし、加護もついた。贅沢言うな。
「じゃ、じゃあ、今度姉か妹を紹介するっすよ。みんな美人っすよ!」
「おお?」
「うちは兄弟姉妹がほんと沢山いるっすからね。従兄弟も含めれば何倍にもなりますし、選り取りみどり、兄貴の好きなのを紹介するっすよ!」
ちょっと興味はそそられるけど、なんてことを言い出すんだ。
「いやいやダメだろう。ただの平民の冒険者にガチのお姫様を紹介とか」
「むろん紹介する以上のことはできないですけど、兄貴くらい力があればきっと平気っすよ」
そういえばゲート使いと交換に、こいつを差し出すくらいはするって言ってたな。
「そしたら兄貴とは義兄弟っす!」
こいつそれが目的か……でもお姫様かあ。見てみたい気持ちはあるが、帝国とがっつり関わるのも、ものすごく嫌な予感がするんだよな。
「やっぱいいわ」
なかなか夢のある話ではあるが、すでに獣人ハーレムとエルフハーレムの先約があるし、お姫様もリリアで十分だ。
それに紹介するってほんとに紹介するだけなんだろう。こいつに姉妹の婚姻をどうこうする権利があるわけがない。
「そんなあ」
「大丈夫よ、ウィル。マサルは高潔で情に厚いから、簡単に切り捨てたりしないわよ」と、エリー。
「そうっすよね!」
何を勝手なことをと思うが、実際ちょっとは情が湧いてきてるし、加護もついて役に立つようになった。
だが情はともかく高潔は止めてください。マジでそんなんじゃないから……
病気で身動きの取れない俺は、話くらいしか暇つぶしにすることがない。見える景色は森とか山ばかりですぐに飽きる。
休憩中剣士組が修練をしているので、獣人ハーレムの相談をしておく。
「私はマサルがそのうち騙されないか心配よ」
ハニートラップの心配か。前にもそんなこと言われた気がするな。
「でもエリー、今回はちゃんと我慢したぞ」
我慢したというより、時間がなかっただけであるが。
「ウィルの話も心が動いたでしょう?」
「あれもハニートラップなの?」
「善意か悪意かの違いはあるけど、似たようなものね。マサル、仲良くなった娘に頼まれたら断れないでしょう?」
確かにウィルと義兄弟になったら容赦なくバッサリとはいかないだろうし、お姫様に何か頼まれたらほいほいやってしまいそうだ。
「そうかもしれないけど……さすがに無理なことを言われたらちゃんと断るぞ」
「でもマサルはなんでもできちゃうじゃない。それで無理して倒れちゃうし」
そうか? そうだな。できないことも多いが、俺の能力はこの世界でかなり有用で、必要不可欠な力だ。
「魔力に余裕があったから、こんなことになるとは思わなかったんだよ」
これはサティが手首を痛めたパワーと同じ現象だな。上昇したステータスに、体が追いついてない。膨大な魔力を使い切れない。使ってはいけない。
「でもなんとなく限界もわかったし、次からは大丈夫だよ」
風邪のひき始めみたいな予兆はあるし、それとエルフの里の戦いの時に使ったMP量と考え合わせると、おのずと限界が見えてくる。恐らく満タンを使い切るくらいなら大丈夫だ。補充や回復をしつつそれ以上使うと危ないし、二日連続で使い切るみたいなことをするとたぶんアウトだ。
「それならまあいいわ。とにかくマサルは趣味嗜好がわかりやすすぎるから、今後もこういう話は増えるだろうし、少しは警戒しなさい」
それでどストレートにお礼の女の子が用意されたのか。それはそれで嬉しいんだけど、利用されることも考えないといけないのは面倒くさいな。
「獣人の申し出もそのまま迎え入れるのは危ないし、ちゃんとした選別は必要ね」
エリーの言葉にティリカも頷く。
「そうだな。獣人が気を悪くしない程度に、それとなくやっといてくれたら」
俺が趣味で選ぶと、顔とかスタイルの好みに左右されすぎる。それでタマラは失敗したし、選別しろと言われてもなかなか判断が難しい。ゴケライ団もリリアが選んだし。
まあお任せできるなら楽ができていいだろう。そう考えることにする。結局みんなが納得しないと、家庭不和の原因となりかねないし、お遊びじゃなく家に入れるなら、うちは秘密が多いし、覚悟がないのは入れられない。
いやしかしもったいないな。選別する前に少し遊んでみたかった。ハーレムじゃなくっても、ほんとに軽く遊ぶ感じでなら――
午後になって、荷物として移動するだけでもかなり辛くなってきた。普段と同じ鎧がずっしりと重い。
だるいし、すごく家に戻って寝たいんだが、あまり辛いと言うと、無理そうならすぐに旅は中断すると言われてるし、えらく心配をされるので、あまり辛さも見せられない。
なんだが病状が悪化してきた気がする。もし魔力酔いじゃなくて、アンやエリーの知らない風土病や変な病気だったらどうしよう?
さんざん怪我もしてきたし、パンチドランカーみたいにとうとう脳にダメージが来た可能性とか、嫌な想像をぐるぐるとしてしまう。
いや……そんなに具合が悪いわけでもないし、魔力酔いなら一日じっとしてるだけで、すぐに良くなるという話だ。でももし我慢できないほど辛ければ、すぐに無理って言おう。
何もすることがないから時間がじりじりとしか進まない。疲労ばかりが溜まっていく気がする。
その日はいい宿を取って、サティをぎゅっと抱きしめて寝る。移動中ずっとじっとしていたのでなかなか眠くもならない。
さすがに一日中の移動は消耗した。剣は外していたのだが、とにかく鎧がきつかった。でも鎧なしは何かあったら危ないし……
ほんとに休んでいればよくなるのか? もし明日もこのまま体調が回復しないようなら、ギブアップしよう。
「大丈夫ですか?」
こそっと小さい声でサティが気遣ってくれる。じっとしてればいいから特に看病もいらないのだが、サティはずっと見ててくれているのだ。
明日も移動なのに、寝ろと言ってもきかない。辛いそぶりは見せないようにしていたが、サティにはバレてるのかね。
「じっとしてれば大丈夫」
サティを抱いていると、少なくとも気分はいい。安心できる。
翌日起きると体調は少し良くなっていて、食欲も出てきた。麦や野菜を煮込んだお粥っぽいスープを宿の人に作ってもらい食べる。
しかし米が食べたいなあ。お米のお粥。おにぎり。カレーライスにカツ丼。
米はいまだ見つからない。この世界にはないのだろうか? 似たような食材はだいたいあるし、どこかにあると思うんだが。
人族の領域はここ帝国と、東方国家群、南方国家群。世界の一部分のかなり限定された地域のようだ。魔境にあるのだろうか? もし違う大陸にあるのなら、かなり厳しいな。
しかしどの道、品種改良もしてない米だと味は期待できそうにないし、もうあの美味しいお米は二度と食べられないのだろうか。
悲しすぎる。
戦闘は二日目に一回、熊が一匹だけだった。帝国と東方国家群を結ぶ街道沿いだし、軍や冒険者の動きも活発なので、さすがに駆除が行き届いているようだ。熊は街道からかなり距離がある森の中にいたが、不運にも休憩中、サティに察知されてしまったのだ。
しかし俺の気配察知がないと、とたんに狩りが滞るな。ウィルに取らせようにも、獲物が出ないのではそのための経験値が稼げない。
とりあえずはウィルだけで足りるだろうか? それとももっと探知持ちを増やすべきか? 高レベルになるとレベルアップしづらくなるから、悩ましいところだ。
そして出発して二日目の夜。予定通り、何事もなくビエルスに到着した。




