162話 団員への餞別
「集まってるな」
「はい、団長!」
居留地の別宅前に集まったゴケライ団の面々を見渡す。ここにいるのが一八人。さっきの女の子たちは、案内の娘によると全部で三〇人ほどの希望者がいたらしい。年齢制限をしたので、もし上下幅を拡げればもっと多くなるそうだ。こっちの年齢制限、下はともかく上はアンくらいですでに行き遅れに足がかかってるから、余裕で有りだろう。時間があればぜひ全員のご尊顔を拝見したかった。さぞかし壮観だろう。
しかし合わせてとりあえず五〇人ほど。俺たちが今回獣人に出したのが二〇〇万ゴルドで二億円ほどだから、一人頭にすると四〇〇万円。仮に奴隷の購入費用として考えると、かなりお買い得な価格だ。
むろん奴隷みたいに好きにはできないが、全員が自主的に志願してくれて俺に確実に好意を持っているというのがポイントが高い。奴隷は三人買って、二人ダメだったしな……
今回のことは完全にボランティアだと思っていたが、出したお金の分は十分に元が取れたんじゃないだろうか。善行はしておくものである。
「今からお前らに近接戦用の武器を与える」
おおーと団員から歓声が上がり、キラキラした期待に満ちた目を俺を見る。こいつらも待ってるのに、あの場で欲望に流されないでよかった。でも現物を目の前に出されて、さあどうぞって言われると、誘惑が物凄いんだよ。
「今度は練習用じゃない、ちゃんとした武器だ」
アイテムボックスから箱を三つ出す。一つはエルフの見習い鍛冶が作った剣と槍の習作品。
あとの二つは鍛冶工房の倉庫で放置されていた中古品や、なんらかの理由で売れないと死蔵されていた武器を適当に入れてくれたらしい。
ライトで辺りを明るく照らし、シラーちゃんたちと箱から武具を取り出していき、地面に直接並べていく。
習作品だけあって美しい飾りや鞘まで完備しているものから、むき身で飾りっ気のないシンプルな物まで色々あったが、エルフ用だけあって軽量の武器が多く、子供にはありがたい。
中古はサビや刃こぼれをきちんと手入れすれば大丈夫そうで、使えないレベルのジャンク品はないみたいだ。凹みや大きな傷のある盾なんかも、当分は実戦に出るわけでもないし平気だろう。
斧やメイス、両手剣などの重量系の武器は売れ残りだろうな。非力なエルフでは扱いづらい。
手入れに使う砥石やオイルなんかも一緒に箱に入っていた。相変わらずお金は払ってないのに、実にいたれりつくせりである。今度お礼を言っとかないと。
「いいか。冒険者にとって武器は命だ。特に初心者のうちは装備をなくしたら、簡単に新しく購入もできん。常に身につけて失くさないように。居留地から出る時は、絶対に単独行動をするな。それか武器は置いていけ。子供がいい武器なんか持ってたら、簡単に奪われてしまうぞ」
これはかつて初心者講習会で、軍曹殿にされた話だ。冒険者が武器を盗まれたくらいでは兵士は動いてくれない。もちろん盗んだほうが悪いが、盗まれるほうも悪いという考えのようだ。そもそも兵士は外敵からの防衛が主任務で、警備や治安維持はそのついで程度らしい。
治安に関しては小さい田舎の村のほうがかえっていいから、ちゃんと注意しておかないと迂闊な子がいるかもしれない。
「よし。好きなのを選べ」
武器をちらちら見、そわそわしながら俺の話を聞いている子供たちに許可を与えると、わっと武器に群がっていった。
身の丈にあった小さい武器を選ぶ者、大物を選ぶ者。狙っていた武器に即座に飛びつく者や、二つを見比べて悩む者。
結構時間がかかりそうだな。
「ああ、そこ。ケンカはするな。武器はまた買ってきてやるから、とりあえずそっちの少し錆びたやつはどうだ? 磨けばピカピカになるし、かなり上等な品だぞ」
やはり新品が人気だが、俺に言われて中古品に目をやる子も増えた。
「団長、どれを選べばいいですか?」
子供たちの一人がそう聞いてきた。
「好きなのを選べばいいが、剣と盾が基本だな。俺が戦った強いやつは、みんな盾の使い方が上手かった。何はともあれ生き延びないと話にならんし、迷ったなら剣を選んどけ」
むろんどの武器も一長一短なんだが、そういう話はいずれすればいいし、どの道当分は弓と木剣で練習の日々で、どれを選んでもすぐには使いこなせないだろう。
だが本物の武器を持つというのはやる気に繋がる。
ようやくみんなが武器を選び終えた。手に手に武器を嬉しそうに持ち、俺の前に再び並んだ。こんな時、軍曹殿ならどんな風に訓示をするだろうか?
「貴様らは今、本物の武器を手に入れた。だが半人前にも満たないヒヨッコの貴様らでは、使いこなすまでに辛く苦しい修行が必要だろう」
そう静かな声で語り始める。
「だがどんなに辛い時でも、何のために戦うと決め、武器を手に取ったかを忘れるな。そうすればきっと――」
まあこれだけ居れば、きっと誰かしら加護を得られるはずだ。
「もしかすると俺くらい強くなれるかもしれん。まあそれはお前らのやる気次第だ」
ゆっくりと真剣な表情の団員を見渡した。
「では最後に全員の相手をしてやろう。カルル、お前からだ」
「は、はい、団長!」
「いいか、本気で、殺す気でかかって来い」
明日からはいなくなる俺からの、これがせめてもの餞別だ。
必死の形相で打ちかかってくるカルルの剣を、二回、三回と打払い、刃引きの鉄剣の腹で肩を打ち据える。防具の用意はまだだ。カルルはぐっと呻いて、膝をついた。
「剣からは絶対に手を離すな」
そう言って、剣を落としうずくまるカルルにヒールをかけてやる。
「次!」
「どんな苦しくても武器はしっかり構えてろ」
「立て。魔物は待ってはくれんぞ」
「敵から目を離すな。死にたいのか?」
「その痛みを忘れるな」
「じっとしてても事態はよくならんぞ? 強くなりたいんだろう? 戦え!」
順番に相手をしてやりながら、短い言葉をかけていく。どれも軍曹殿に言われた言葉だ。
「諦めるな。最後まであがけ――」
そうすれば奇跡が起こるかもしれない。起こせるかもしれない。
奇跡を起こす手段が俺にはある。もしかするとこいつらにも、それを与えることができるかもしれない。
「修行を怠るなよ。次に会う時、貴様らの成長した姿を見れることを期待しているぞ」
最後にそう締めくくって、団員たちを後にした。俺も修行、がんばらないとな。
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「お疲れ様です、マサル様」
見物していたサティが、そう言って出迎えてくれた。
いやマジで疲れた。結局二回ずつ、全員の相手をしてやったのだ。
「ノリノリじゃったのう」
「案外みんながんばるから、ついね」
かなりな痛い目にあわせたのだが、それでも向かってくるから、こちらも真剣にならざるを得なかった。やりすぎては危ないし、かといって優しくしてはいい修行、記憶に残る餞別にならないから、一人一人にかなり気を使った。
サティに装備を脱がしてもらい、続いてシラーちゃんのフル装備の脱衣に取り掛かる。ウィルも本日は終了ということで、自室に着替えに行った。
「しかしあれなら期待できるな」
「小さくとも獣人だ。幼い頃から剣術の真似事くらいはしているんだろう。私もやっていた」
シラーちゃんなんかは、遊びじゃ済まないくらいに子供の頃からやっていたようだ。
それでかどうか知らないが年少組はともかく、年上のほうの団員たちはそこそこ見れる動きをしていた。防具も揃えてもう少し仕込めば、近場の森くらいになら連れて行っても問題なさそうだ。
だがまあ後のことはティトスと、おばば様たち元冒険者の獣人にお任せだ。剣を覚えて一年も経ってない俺よりよほど、よろしく指導をしてくれるだろう。
時間を見ると十一時過ぎだった。眠いはずだ。いつもなら九時にはすでに寝ている。戻ってハーレムを楽しむとか、どだい不可能だったな。油断してると寝落ちしそうだ。
日誌を書くのは明日にして、もう寝る……いや、お風呂に入ろう。入れてもらおう。
「サティ、お風呂」
「はい、マサル様」
お湯を少し足し、サティに甲斐甲斐しくお世話をしてもらって軽く汗を流し、湯船に浸かる。
ティリカが気持ちよさそうにサティに洗われているのをぼんやりと見物する。シラーちゃんはリリアに頭を洗ってもらっていた。洗われるのが苦手で、リリアが面白がってやるのだ。
素晴らしい光景だ。浮気などせずとも、楽園はここにあった。
「今日の、よかったの?」
洗い終わったティリカが湯船に来たので、膝に抱っこしてやると、そう聞いてきた。
「時間もないし、急いで決めることでもないし」
ネコミミハーレムに興味がなくもないが、何より時間が足りない。
ヒラギスの件が終わったらさすがに暇になるだろうか? だがそうすると兵士に取られた男衆も戻ってくるだろうし、元の村に戻れるようになるだろうし、あの娘たちの多くは考えを変えるかもしれない。
俺にどこまでもついて行きたいとまで考える娘は、たぶん少ないだろう。
「あの娘らも、遊びか真剣かはわからないよな?」
遊びや興味本位でも、手間暇をかければ相互理解にたどり着けるかもしれないが、俺たちのきつい修行を見せてなお参加を決めた団員たちと、覚悟の差があるのは否めない。
「戻ってきてから一人一人確認する?」
ティリカが厳選してくれるのか。まあ真偽官はどこでも恐れられる。お遊び感覚の娘は即脱落するだろう。ちょっともったいないけど。
「遊びたければエルフの里でやればどうじゃ? 妾もそのうち習いに行こうと思っているのじゃが、年配の方の房中術はすごいらしいぞ。なんならハーレムも用意してやっても良い」
今度はサティとシラーちゃんに洗われながら、リリアがそんなことを言う。
エルフは生活にゆとりがあるから、お金のためにそういう場所で働かざるを得ないエルフはいなくて、趣味の人がやる専門職、技術職で、人気上位の娼婦はかなり尊敬される存在らしい。普通の風俗とは趣の違う、性教育の場も兼ねるような場所で、ティリカのマッサージもそこの人に教えてもらったそうだ。
まあこっちの世界の普通の風俗店も俺は行ったことはないのだが、クルックに話を聞いたり、街の路地に立っている女の子を見る限り、元の世界とそう違いはないようだ。
「まあそのうちな? 当分は時間がないし、面倒なことが全部終わってからの話だな」
エリーの実家。剣の修行。ヒラギス奪還。ゴケライ団の育成や今後の運営も考えないといけないし、お金もなくなったからまた稼がないとな。全部終わるのはいつになるやら。
新婚旅行の予定が、なんでこんな過酷な旅になっちゃってんだろうなあ……
どうにか回避できなかったかと考えるが、神託が出された以上、どうやっても最終的にはこっちに誘導されそうだ。
「明日も早い。今日はさっさと寝よう」
リリアが洗われ終わったのを見計らって言った。むろん、寝るのはちょっと遊んでからだ。
ちょっと眠くてだるいくらいじゃ、楽しみを中止していい理由にはならないのだ。
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翌朝、熱が出た。頭痛に吐き気。頭と体が重く、食欲もない。
「おそらく魔力酔いね。だから早く寝なさいって言ったでしょう」
俺の顔を覗き込み、ぺたぺたと優しく額をさすりながらエリーが言う。
「エルフの戦いの後も倒れたでしょ? 回復魔法でもあまり良くならなかったし、今思えばあれもたぶん魔力酔いよね」
たしかアンの治療で吐き気や下痢は止まったが、体のだるさは二日ほど続いたな。
「魔法を覚えたての初心者や、体質的に魔力に弱い人がたまになるって話なんだけど、マサルの場合は尋常じゃないくらいの魔法の使いすぎかしらね」
銭湯がまずかったか? 銭湯のために何度も大量のお湯を出したし、家や井戸、武舞台も作った。農地作成や倉庫に氷を補充したり。いや、これは一昨日か。
夜も団員の治療にお風呂にと、思えば一日中魔法を使っていたな。疲労を少しでも回復しておこうと、寝る前にヒールを一回かけたのもまずかったか。
「旅の疲労と、二日連続の魔法の酷使が重なった感じかしらね。うーん、でも魔力酔いなんて見たことないし……」
普通の病気のように、疲労で抵抗力が弱った時になりやすいかもとのアンの見立てだが、あまり自信はなさげだ。魔力酔いだった場合、治癒魔法を使えば余計に悪化するらしいから手も出せない。
「出発を遅らせる?」
そうアンが尋ねてくる。もし万一何か他の病気だったらと、心配のようだ。
「いや、予定通り出よう。フライで運んで貰えるし、じっとしてればそんなに辛くない。もし悪化するようなら、どこかで休むよ」
その時は適当な村なり町なりで俺だけ宿を取って先にフランを送り届け、俺は回復してから後からゲートで合流すればいい。
何より昨日あれだけゴケライ団にカッコつけておいて、今日は病気で出発は見合わせますじゃ恥ずかしすぎる。
「絶対に無理はしないのよ?」
「ええ。私がちゃんと見ておくから、アンは心配しないでいいわ」
探知も魔力酔いが悪化するかもしれないから禁止。
移動ルートも目的地までの直線じゃなくて、安全な街道沿いのルートを通ることになった。
装備をつけてもらい、平気な振りをして外に出て、見送りの人たちに挨拶をする。扉を開けるまで支えてもらい、扉を開けて三歩ほど歩くだけでも、装備が重くてきつい。
「ではティトス、後は任せた」
「はい。ゴケライ団のことはお任せください、マサル様」
「おばば様も後のこと、よろしくお願いします」
「うむ。気をつけてな、お若いの」
昨日の獣人ハーレムに案内してくれた娘も見に来ていたのに気がついたので、手を振っておく。
ゴケライ団は……言うべきことは昨日のうちにすべて言ってある。
「何かあればアンを頼れ。そして守ってやってくれ。俺の大事な大事な嫁だ」
「「はい、団長!」」
「行こう、リリア」
リリアがフライを発動させ飛び立つと、あっという間にみんなの姿は豆粒ほどになり、やがて居留地も見えなくなっていった。




