160話 結成、マサル団(仮)
アンとエリーを神殿に残して獣人のところへ戻ると、武舞台の一角でリリアが子供たちの相手をしていた。
少し離れてさっきあったことをリリアに軽く報告しながら子供たちを眺める。最初は小汚くみすぼらしかった子供たちも、お風呂に入って清潔な服を着れば、ずいぶんと毛並みも良くなって可愛らしく見えるようになった。何人かは数年後が楽しみだ。それが数十人……
あれ、なんか少ない?
「ずいぶんと数が減ってないか?」
朝はもっといたはずだが、今見ると二〇人くらい。少なくともその倍はいたはずだ。
「そのことなんじゃが……すまぬ。ちょっと話したら減ってしまっての」
エルフの情報に関して収穫がなく暇ができたので、加護が付きそうなのがいるか探りをいれようと考えたらしい。だが俺とフランの対戦と、丁度目の前でフランがウィルの稽古をつけてやっていたのがまずかった。
フランは今日は一日休みということで、俺が砦に行っている間にかなり徹底的にウィルを鍛えてやったようだ。鎧と最後のお別れをさせてやるとかなんとか言ってたしな。そのウィルは魔力切れで休憩中だ。
それを見て小さい子も多かったし怖気づいてしまったのだろう。リリアからこの程度は日常的にやっていると聞かされ、仲間に入るのを辞退する子が何人も出た。
仲間にならずとも援助がなくなるわけでもないし、抜けた者にも剣術と弓の指導をすると約束したら思ったより減ってしまったらしい。
減ってしまったのは残念であるが、うちはなかなか過酷だし、やる気がないと絶対に無理だ。
「それでまあ、色々と話してやってな」
俺の武勇伝をたっぷり話して聞かせたらしい。リリアもサティほどじゃないが、俺のことを過大評価している面があるし、さぞかし効果があっただろう。
残ったメンツに関しては機密保持もある程度保証できそうだし、多少の無茶は大丈夫だという。難民キャンプからの連れ出しもオッケーだ。
「最終的に残ったのがこの十八人なのじゃが……」と、上目遣いに俺を見る。
勝手に進めてしまって、まずいのではと思ったのだろう。
「リリアのやることだし、信用しているよ。よくやってくれた」
俺にしても何かプランがあるわけでもないし、修行が確定になって時間もない。こうやって自分で考えて動いてくれると、手間が省けて助かるというものだ。
最初に居た四、五十人はちょっと多いし、この人数ならエルフの親方にもらった武器が行き渡る。
「おお、そうか! それと例の調査でティトスがこっちに来ておるから、手が空き次第、獣人の指導を任せようと思っておる」
「ああ、それはいいな」
ティトスなら剣の腕は確かだ。弓も使っているところは見たことはないが、エルフだし当然使えるのだろう。
不在の間は獣人の誰かに指導を任せることになるかと思ったが、事情に通じているティトスなら間違いがない。
「じゃあこいつらの処遇を考えないとな。明日からのことは話してあるか?」
ティトスに丸投げするにせよ、方針くらいは決めておかないといけない。
「ヒラギス奪還に参加することくらいじゃな」
大人しく座って待っていた子供たちの前へ行き、期待に満ちた顔を前に告げる。
「俺は明日にはここを発たねばならん」
「「ええー!?」」
仲間にしてやる、面倒を見てやるって言った翌日に、次の日にもういなくなると言われてはさすがに驚くだろう。俺も残ることを考えてたのだが、剣聖の修行はきっちり受けると改めて約束させられたのだ。
「元々ここには依頼で荷物を届けに来ただけだしな。他での用事を済ませてなるべく早く戻ってくる予定だ」
「どこに行くの?」「いつ戻ってくる?」と口々に聞いてくる。
「主殿は剣聖の修行を受けられるのだ。だからいつ戻れるかは修行の進み方次第だ」
シラーちゃんの説明を聞いて、おおっ! と歓声があがる。
「俺が戻るまでは俺の仲間のエルフに剣と弓の指導を頼むつもりだ。それと俺の奥さんで神官のアンジェラに後のことは頼んである。このまま砦の神殿にしばらく滞在する予定でこっちの様子も見るように言ってあるから、困ったことがあれば頼ってくれ」
特に紹介とかはしてないが、朝一緒に居たからわかるだろう。ティトスは昼くらいに一度報告にくるというし、その時だな。
あとはそうだな。指導が一人じゃさすがにきついし、年配の獣人に引退した冒険者とかがいるだろうし声かけて……
「後はこやつらのことを決めぬとな」
「そうだな。不在の間のことをもうちょっと詰めないとな」
「そっちではない。名前じゃよ、名前。呼び名がないと不便じゃろう? それでマサル団と暫定的に付けたのじゃ。それともマサル軍団のほうがいいかのう?」
変なことを言い出したぞ。名前を決めるのはいいとしてマサル団ってなんだ。
「良い命名です、リリア姉様」
だがそれにシラーちゃんも賛同し、サティもうんうんと頷いている。ティリカは我関せずといった様子だ。
「いやいや、ちょっと待って。何か考えるから!」
パーティ名とかだと出身地を付けたり、中二っぽい格好良さ気な名前を付けるのが普通だが、出身地はヒラギス内でバラバラだ。なにか考えて付けてやらないとこのままマサル団になってしまいそうだ。
うちのパーティがサムライだし、サムライ団? どうもいまいちだな。また日本語から何かでっち上げるか。
「うちがサムライだし、カシンとかケライ……」
カシン団とかそのまんまだがそれっぽいかもしれない。
「カシン? ケライ?」と、リリアが聞いてきた。
「俺の生まれたとこでどっちも家臣とか配下って意味だな。家臣団、家来、御家来衆」
「ゴケライシュー! ゴケライシュー!」
子供たちは御家来衆の語感が気に入ったようだ。
「カシン団は?」と聞くと、何やらいまいちらしい。こっちの言葉の微妙なニュアンスはいまひとつよくわからんな。
「ではこやつらはゴケライシュー団かの?」
長いしなんか語呂が悪い。
「衆と団が似た意味だし、ケライ団かゴケライ団かね」
「ゴケライ団か。マサル団ほどではないが、悪くはないの」
子供たちも気に入ったようだし、さっさとゴケライ団に決定した。これも変な感じではあるが、マサル団じゃなければなんでもいいわ。
とりあえず子供たちはゴケライ団の団員ということに決定した。活動内容は未定。まずは教育が必要だ。
指導担当は長に声をかけるとすぐに集めてきてくれる手筈となった。元冒険者のおばば様も手伝ってくれるというので顧問をやってもらうことにした。
「剣と弓の使い方をまずは覚えてもらうとして、お前ら読み書きはできるか?」
できる! と元気に手を上げたのが十八人中、カルルともう一人だけ。少ない。
「読み書きの習得も追加だな」
武闘派が残ったゴケライ団の面々に読み書きの指導は不評のようだが、「文字が読めると楽しいですよ!」と、アイテムボックスから出したたくさんの絵本をサティが見せると、みんな興味を持ったようだ。
そっちの教育担当も手配してもらうことにして、この場はサティに任せて先に家作りの続きをやることにした。ここを発つ前にできるだけやっておかないとな。
アンからお昼は忙しくて合流できないとティリカの召喚獣経由で連絡があったので、昼食は獣人に混じって適当に済ませた。
食べながらゴケライ団の面々と交流を深めたり、やってきた指導担当と面談したり。無償でいいと言われたが、お金はきちんと払うことにした。アンに頼んでおけば、適正な給料を支払ってくれるだろう。
ティトスもエルフの件の報告に来たので、指導役を頼むと快く引き受けてくれた。
「調査は急いでも仕方ないですし、私が抜けても残りの者で大丈夫です。さっそく今日から取り掛かりましょう」
思ったよりもアンは忙しそうだし、事情に通じたティトスが常駐してくれるとかなり助かるな。
「じゃあまずは弓をメインに仕込んでほしい」
弓が使えれば即戦力とまではいかないが、狩りに連れていける。
「お任せください、マサル様。どこに出しても恥ずかしくない、立派なアーチャーに育てあげてみせましょう!」
ほどほどでいいとは思ったが、ティトスも子供たちもやる気だ。まあ任せたんだし任せておこう……
人数分の弓をこっそりエルフの里に戻って仕入れ、ついでに村の屋敷でサティの絵本を取ってきた。お気に入りを残して全部提供するという。サティ太っ腹だな。俺のも読み終わったのを貸し出しすることにした。読み書きの勉強がてら、写本してオリジナルは戻してもらえばいい。
読み書きのほうはせっかくだしと、子供たち全員に教えることになって、大きめの教室を建設した。建物だけで椅子すらないが、資金はあるしおいおい作るなり購入してもらえばいいだろう。
それと川原に畑を作っているというので、さらに拡張することにした。芋か成長の早い野菜でも植えておけば、少しは食料の足しになる。
あとは朝に補充した風呂のお湯が切れたか。忙しいな。
「一番有望なのは今のところカルル、パーシャ、メルの三人じゃな」
午後の分の作業もおおむね終わり、休憩になったところでリリアが言った。フランはウィルを連れてまた修行に出た。
カルルはわかる。孤児だし、最初から俺たちに食いつきがよかった。パーシャも身寄りは祖父だけで、その祖父が餓死しそうなのを助けてもらったのを恩に感じているのだろう。
「メルは小さすぎないか?」
メルは最初に串焼きをあげた娘なんだが、五、六歳くらいだろうか? 団で最年少だな。
「メルは特別じゃ。我らを見つけた者だしの」
「それだけ?」
「それだけということはないぞ。大手柄じゃろう」
たまたま俺たちを最初に見つけただけのことだが、もし気が付かずに素通りしていたら、もしシラーちゃんにびびって声をかけなかったら。
そうなると順序的には砦に入ってからの神殿の手助けが先になるだろうし、援助するとしても難民キャンプ全体となって獣人を集中的に助けることはなかったかもしれない。
メルは獣人に幸運をもたらしたと、獣人たちの間でもお手柄だということになっているようだ。
「妾とてあの時マサルを見つけねば、今ここにこうしていられなかったじゃろう。メルにも運命的な何かがあってもおかしくなかろう?」
運命というとあれだが、俺のほうも特に意識せずにメルのことは気にかけてたし、縁があるということなのだろう。
「まあともかくこの三人か、あるいは十八人全員、基本ができたら早めにここから連れ出しても良いかもしれんの」
一気に事を進めれば、もしかすると一人や二人、すぐにでも加護が発生するかもしれないとリリアは考えているようだ。
そうすると加護が付いたらどうするかもう考えておいたほうがいいのか。俺たちのパーティに入れるのか、団としてそのまま活動させるのか……
そのまま活動させて、必要に応じてパーティに参加させればいいか?
「まあみんなまだ小さいし急ぐこともないだろう」
「十も過ぎれば戦うのに早いということはないぞ、主殿」
団の最年長で十二歳らしい。冒険者デビューをするのにさほど早いというわけでもないのか。まあサティのことを考えれば、加護が付けば相当な活躍ができるだろう。
「そうじゃな。加護があれば年齢など関係ない。きっと近いうちにゴケライ団の名は世界中に鳴り響くぞ!」
え、マジか? いや加護が付いたら世界中は大げさにせよ、マジでそうなるのか? もっと真面目に名前を付ければよかったか……?
夕食時にはアンが戻ってきて、最後の手料理を振る舞ってくれた。
メニューはカリカリに揚げたフライに、野菜もたっぷりの雑穀のリゾットにムニエル。約束通り魚づくしだ。
揚げたての魚のフライにタルタルソースを付けてパンに挟んだ料理など、実に絶品だ。アンの手料理を当分食べられないのが一番の問題だが、我が儘も言えない。本当に忙しいらしく、この後すぐに孤児院に戻って今日から泊まり込みだそうだ。
食事をしながら今日の活動報告と、翌日からの予定の確認をする。
獣人の子供たちの育成は順調な滑り出しだ。ティトスの指導の下、熱心に弓の練習をしていたし、狩りに出れる日も近いだろう。
アンの孤児院建設は子供の数が多く、かなり大変なようだ。住む場所はエリーがなんとかしたが、なにせ生活物資全般が、不足しているどころか全くない状態だ。
人も神官だけではまったく手が足りないから、難民キャンプから新しく雇い入れる必要があるし、一日や二日ではどうにもなりそうもない。
剣の里へは当初は四日の予定だったが、二日に短縮する。そこからエリーの実家へは一日。
リリアに負担がかかるが、ここで少し休息はできたしその程度は移動時間を少し増やせば大丈夫とのことだ。戻りは転移でいいしな。
三日でエリーの実家へと移動して、翌一日滞在して、すぐに剣の里へ。
予定通りにいけば六日ほどで、後衛組はここに戻ってこれる。
「明日からの予定はこんなところだな。他に何かあるか?」
「俺、エリー姐さんのお兄さんと面識があるかもしれないっす」
そうウィルが手を上げて言った。
「かもしれない?」
「社交界にはもう出てたっすから、俺が覚えてなくてもあっちが覚えているかもしれないんすよね」
エリーの実家は元伯爵だから、その跡取りなら当然早い内から帝都に行き来はあっただろうし、社交界にも参加していただろう。
「ありそうね」と、エリーも頷く。
「じゃあ剣の里でフランと待ってるか?」
「そっちのがやばいっすね。ビエルスの領主とは遠縁で完全に面識があるっす」
帝国は長い歴史があるから、貴族同士はどこかで血縁関係がある。
「うちだって、辿っていけばウィルのとことは縁続きよ?」
「そうだな。うちも何代か前の王妃様、私の曽々祖母にあたる方が帝国の姫だし、ウィルとは案外近い親戚かもな」と、エリーに続いてフランも言う。
「たしか今の王の大叔母にあたる方っすね」
そこまで行くと俺たちの感覚では親戚とも言えないレベルだが、貴族社会ではかなり近い感じのようだ。
「お兄様との接触はなるべくないように注意しておくわ。それでしっかり顔を隠しておけば平気でしょう」
まあバレるのがエリーのお兄さんなら融通は利くだろう。
「しかしいい加減どこの家の者かは教えてくれないのか?」と、フランが言い出した。
「あー、そうっすねえ……」
家出した帝国出身の貴族とまではバレてしまっているが、さすがにそれ以上は教えてなかったようだ。色々差し障りがありそうだしなあ。
「私以外は全員知ってるんだろう?」
「そりゃウィルは仲間だしな」
「私も共に戦った仲間だろう? 仲間の秘密は漏らしたりしないぞ」
共に戦ったって、ほんのちょっとだけだけだろう。
だがどうしようと言う風にウィルが俺のほうを見る。ここのところフランにはよく面倒を見てもらっているし、秘密を抱えるのは辛いんだろう。
それとも俺たちの時もあっさり白状したし、押しに弱いのか、あまり秘密にする気がないのか?
「内緒にしててくれるなら、どっちでもウィルの好きにすればいいと思うが……」
「聞かないほうがいいわよ、フラン」と、エリーが忠告らしきことを言う。
「本当に内緒にしててくれるっすか?」
「言っただろう。仲間の秘密をペラペラとしゃべるような趣味はない。何なら真偽官殿に誓ってもいい」
「それなら……」
「ああ、待った。せっかくだしちゃんと誓ってもらおうか」
色々口止めしなきゃと思っていたが丁度いい機会だ。
「ウィルのことだけじゃない。仲間というなら俺たちのパーティの秘密も漏らさないと誓ってくれないか? うちは色々と漏らせないことが多いからな」
「リリア様やマサルのことか? まあ確かに信じがたい事や言えないような事が多いな」
「そうそう。移動力とかアイテムボックスとかあんまり知られたくないんだよ。それも込みで誓うなら教えてやってもいい」
「ふむ。いいだろう。このパーティのことはすべて胸のうちに収めておくことを、真偽官殿に誓おう」
「フランチェスカ・ストリンガーの言葉、記憶に留めた」と、フランの言葉にティリカが厳粛に応えた。
「真偽官に誓ったことを破ったらどうなるんだ?」
「真偽院がこの人物の誓いは信用がならないと、公式見解を出すことがある。そうするとその人物の信用は地に落ちる」
公式に嘘つきだって言われちゃうのか。結構恐ろしいな。
「まあこういう私的な話だとそこまでやらないわよね」と、エリー。
だが広められると貴族としての面子に関わる。弱みを握られたも同然ということらしい。
よしよし。これで万一色々バレてもなんとかなる。ウィルの秘密とトレードなら十分お釣りが来るな。
「さて、話してもらおうか?」
フランの言葉に、ウィルが食後かぶり直していたヘルムを外して、真面目な顔付きになった。
こうしてみるとイケメンだし、ちゃんと王子様に見えなくもないな。
「我が名はウィルフレッド・ガレイ。シーバス王の直系の孫にあたります、フランチェスカ殿」
フランが手に持った食後のお茶をガチャンと落とし、あんぐりと口を開けた。
「ほらね、兄貴。こういうのが普通の反応なんすよ!」
なんでそんなに嬉しそうなんだ、ウィルよ。やっぱり隠す気があんまりなかったんだろう?




