156話 獣人の子供たち
「主殿、宴に戻る前に相手をしてほしいのだが」
みんなは邪魔しちゃ悪いからと、明日からの予定の相談が終わるとすぐに砦に戻っていった。
お相手というのはむろん剣の修練以外あり得ない。まだ今日は一度も剣を交えてないから、このあとまた宴会だろうし隙をみてやっておこうと言うことなのだろう。
だが待てよ? 端から可能性を除外したが、夜のお相手を待ちきれないのかもしれない。
そう思えばシラーちゃん、ちょっと上目遣いで目も潤んでる気がするぞ。
「いいだろう」
そう重々しく頷いてベッドを配置し、ネコミミを取り出してサティに付けてもらう。そしてシラーちゃんをさほどの抵抗もなくベッドの上まで引きずり込んだ。
困った顔だがまんざらでもなさそうなので、そのままマウントポジションを取る。
「あ、いや、これじゃなくて剣の修練を……」
ちっ。勢いで押しきれないかと思ったが、やっぱダメか。
「今日はもう休まないか? お酒も少し入ってるし」
そういいつつ、お触りを開始する。サティもベッドに潜り込んできた。
これが約束でもしてあればサティも何か一言あるかもしれないが、今日明日は休みって宣言してあるし、突然やりたいと言い出すのもいつものことだしな。
「ウィルは今日もみっちりと訓練をしているんだ、主殿」
「あー、そうらしいね?」
シラーちゃんはウィルに差が付けられるのが嫌なようだ。
「それにここの獣人たちにも、主殿の強さを見せておいたほうがいいと思う」
訓練を見せるのか。まあここでやったら当然見られるし、特に隠すようなことでもないが……
「よ、夜のほうはあとでゆっくりと……」
「たっぷりと?」
シラーちゃんがこくこくと頷くので、名残惜しいがおっぱいから手を離し、体の上からどいてやることにした。旅の間はシラーちゃん強化週間だしな。俺としてもスキルで優っているシラーちゃんが、フランに教えてもらっているウィルに負けるようなことがあれば面白くない。
「じゃあ今日はどうする? 軽くか、がっつりか?」
軽くだと剣を軽く合わせる程度。がっつりだと、フル装備での鉄剣での戦闘か、革装備での剣闘士大会仕様の戦いとなる。
「本気でやりたい」
シラーちゃんの言葉にサティも頷くのでそういうことになった。
「じゃあ今日はフル装備の魔法なしでやろう」
フル装備なら鎧でダメージも抑えられるので剣闘士大会仕様よりかは辛くない。
装備を整え、倉庫の二階から地上に飛び降りる。
「今から剣の訓練だ。こういうのは毎日やらないとダメだしな」
フル装備の俺たちに驚いた獣人たちにしれっとそう告げて、川のほうの空き地へと向かう。
当然ながら宴会をしていた獣人たちはぞろぞろと付いて来たし、近い空き地というと臨時銭湯のあたりで獣人がたくさんたむろしていたので、何事かとどんどんと獣人たちが集まってきた。
まあこうなるよな。
集まってきた獣人たちに大きく距離を取らせる。かなり激しくやるから近寄ると危険だ。
まずはサティとシラーちゃんから。もちろんシラーちゃんでは相手にならない。防御の隙間をつかれ吹き飛ばされるシラーちゃんを見て、獣人からおお~と声があがる。
シラーちゃんの治療をし、次は俺とサティだ。見物人が気になるが、サティの相手をするのだ。集中しないといけない。
サティは大会を経験してさらに強くなった。軍曹殿に教えてもらった大きいステップワークもスムーズになったし、一撃が重くなった。
フランとの練習もいい経験だった。さすがに三歳から十年以上も剣を振り続けてきただけあって、実に多彩な技を持っていて、それをこの一週間でたっぷりと見せてもらった。むろん見せたくて見せたわけじゃないだろうが、サティと戦うのに手札を隠してどうにかなるものでもない。
見せてもらった技はもれなくサティと復習して、そのいくつかはありがたくモノにさせてもらった。
だがこっちも請われて何度も何度も練習の相手はしてやったから、フランも得るものは多かったはずだ。
そしてサティが目に見えて強くなっても、俺はまだついていけている。俺も着実に強くなっている。
問題はサティとの練習がより濃密に、一瞬たりとも気の抜けない精神力と体力を削るものになりつつあることだ。特に本気だと一戦一戦の消耗がでかい。
今日のところは俺の勝ちで終わった。
ここは河原で石ころが多く足場が悪い。踏み込みでサティが石を踏んだのだ。すぐに足を外してバランスを崩しもしなかったが、わずかに見せた隙に容赦なく攻撃を畳み掛け、そのまま一撃をもぎ取った。
「まだまだ足の運びが甘いです」
だがサティは足場の悪さをさほど苦にしない。今日は俺に花を持たせたのだろうか? 確証はないしただの練習だ。とやかく言うまい。
続いて俺とシラーちゃん。今回もシラーちゃんの暗黒鎧に新たな凹みを作ることに成功した。
そして次は一対二での戦いとなる。これがめちゃくちゃ辛いんだ。それだけいい修行になるってことなんだが。
まずはシラーちゃんが俺たちの攻撃に一人で耐える。がんばって耐える。一対一だと一撃で勝敗を決定するが、複数相手だと、ダメージのある有効打で決める剣闘士大会ルールだ。じゃないと一瞬で終わってしまい練習にならない。
致命傷を避けつつなんとか防御を固め長生きし、攻撃の隙を見つけなければいけない。
二人の側に立ったとしても楽じゃない。二人の側は負けられないし、一人の側は必死で抵抗をする。
いつもは人数がいるから俺は適当に抜けるんだが、今日は三人だけ。三連戦が終わった頃には疲労困憊していた。
「すげえ! 兄ちゃんたちすげえ!」
終わったとたん、興奮した子供たちが寄ってきた。剣闘士大会でも決勝レベルの戦いだ。そこらじゃまず見れまい。
「だが主殿の強さはまだまだこんなものじゃないぞ。魔法を使えば私たちなど手も足も出ん」
「マサル様は剣もすごいけど、魔法でも最強なんですよ!」
「まほう! まほうみたい!」
風呂作ったりお湯だしたりしたの散々見てただろうが、まあ一発くらいなら見せてやってもいいか。すぐ横の川に向けてなら誰の迷惑にもならない。
「よし付いて来い。見せてやろう」
子供たちを引き連れて川のほうに行くと、川の中央のほうに何やらでかい反応があった。四、五メートルくらいはありそうだ。探知がないとわからない水中深くを、流れに逆らって悠々と泳いでいる。
「川のヌシかも?」
子供たちに聞いてみるとサイズからして、何度か目撃されている鎧魚のヌシだろうとのことだ。
「食えるの?」
「美味しいよ!」
ほほう。俺に見つかったのが運の尽きだな。目の前に獲物がいるなら魔法を無駄撃ちすることもあるまい。
水中の敵だしサンダーだな。ダメなら火球で爆破……いや、仕留め損なったら恥ずかしいし、ちょっと本気出すか。
射程は大丈夫。魔力を多めに込めて、レベル4風魔法【豪雷】詠唱開始――
「メガサンダー!」
閃光とドンッという轟音と共に、極太の稲妻が水面に着弾した。
ちょっと派手だったか? 閃光と轟音に驚いた獣人たちが何人かひっくり返っている。距離は取っていたから大丈夫かと思ったが、警告くらいしとけばよかったな。
居留地や砦でも当然気がついただろうが、冒険者が獲物を見つけて狩っただけ。別に遊んでいるわけでもないし、言い訳するようなことでもないか。
考えているうちに、巨大な鎧魚が腹を見せてゆっくりと浮かび上がってきた。どうやら無事に仕留めたようだ。
背中にごつごつしたウロコはあるが、お腹が白くて見た目はなまずのようだ。少々サイズがでかいからくじらのようにも見えるが、エラはちゃんとあるから魚だな。ほんとこの世界の生き物はどいつもこいつも大きい。
周辺に他の魚もかなりの数が浮いている。ちょっと本気のメガサンダーはかなり広範囲に効果があったようだ。
目にした魔法と、大量の獲物に大騒ぎをしている獣人たちをしり目に、さっさとフライで川の中央まで飛び、アイテムボックスで回収して回った。今は食い物は豊富だから、こいつも倉庫に放り込んでおけばいいか。
「マサル様、ティリカちゃんがお魚食べてみたいって」
戻ったところにサティがそう言った。
「了解。明日は魚料理だな」
サティの胸のあたりに隠れていたねずみがちゅーと鳴いた。
この後はまた宴会だろうが、早めに抜けて……そうするとあの倉庫の二階はいまいちだな。寝るだけなら十分だが、屋根がないしお風呂もない。長期滞在になりそうだし、ここはやはりちゃんとした家を建てる必要がある。ついでに獣人たちのボロい小屋も建て替えて、いくつか井戸も増やしてやるかね。
銭湯のお湯はまだあるだろうか? 子供たちに聞いたら、すぐに見てきてくれ、お湯はもうほとんどなくなっているそうだ。まだ入ってない獣人も多そうだし、補充しないとな。
家の建設場所は長が選定しているはずだ。ええっと、居た。やっぱり見に来てたな。
見つけて手を振ると小走りにやってきた。
「な、なんでしょうか?」
やって来た長と少し話して家のことを手配をしてもらいに行ったのだが、長の態度がずいぶんと丁重だ。酒を飲み交わして和解はしたけどタメ口だったのが、丁寧な口調に変わっていた。
「腕っぷしに自信があったのが、主殿の力を見て震え上がったのだろうな」
そうシラーちゃんが言う。最初のほうにAランクだって言ってあったはずだが、見るまで信じてなかったのか。実際に見てやっと実感したのか。
獲物は他のパーティメンバーが狩ったのかもしれないし、見せた魔法も家造りや水出しにアイテムボックスだしで優秀なサポート係とでも思われていたのかもしれない。
「主殿はずいぶんと腰が低かったし、その、あんまり強そうに見えないから……」
まあその通りではある。装備もよくてAランクだとしても、それなりに強いんだろう程度に思われるのが関の山だ。
「それに、やはり実際に力を見せないと。いくらお金や食料を提供して感謝はされても、力がないと獣人から真の尊敬は得られないんだ、主殿」
それでシラーちゃんは剣の修練を見せることを提案したのか。
まあこれで加護の可能性が増えるなら、見せた甲斐もあるというものだ。
「とりあえずもう一働きするか」
しかし相変わらず周りをうろちょろしている子供たちと裏腹に、大人からは微妙に距離を取られている。少々刺激が強かったのか、恐れられてる気がするな。
エリーに良さ気なのがいれば引っ張り込めと言われているが、すぐに引っ張り込めそうなのは子供しか見当たらない。みんなこっちをチラチラと見てはいるんだけどな。
「エリーの言ってたこと、シラーはどう思う?」
「誘えば何人でも」
それはそれで楽しそうだが、今日はシラーちゃんにたっぷりサービスしてもらう予定だ。それに一夜の関係で終わらすわけにもいかないし、こうも接触がなければ加護の可能性が高そうなのを選びようがない。
とりあえず子供の相手をしておけばいいか。というか今日はずっと子供の相手ばっかだわ。この状況で今更女の子のところへとのこのこ行っても、下心ありすぎだ。
誘えば喜んで来るのだとしても、いきなり夜の相手に呼び出すなんてもちろん論外だろう。神の使徒としての品格に関わる。自然に接触を増やしていくしかないな。
「カルル、お前のところの家を先に作ってやろうか?」
指示された場所に長屋を作る合間にそう言ってみた。子供たちの家族なんか狙い目じゃないだろうか。
「じゃあおじさんの家を作ってよ」
「おじさん? あー、他の家族は?」
大体察しはつくが……
「死んじゃった」
カルルはあっけからんとした感じだ。もう何ヶ月も経っているし、周りもそんなのばかりだしいつまでも悲しんでもいられないんだろう。不憫な。
「そうか。パーシャの家族は?」
気になったのでそのまま聞き取り調査をしてみることにした。パーシャは最初に会った時、じいちゃんが餓死しそうと泣いていた娘だ。
「うちにはじいちゃんがいるよ!」
じいちゃんがいるって、じいちゃんだけか。
「メルのとこは?」
メルは一番最初に串焼きをあげた娘だ。滅多に口は開かないが、俺に付き纏っている子供の一人だ。
「父さんは兵士に行った。うちには母さんと妹がいるの」
よかった。ここはまだマシだ。
他の子供も似たり寄ったりの状況で、カルルのように身寄りのない子供は、親戚や知り合いとかがちゃんと面倒をみているらしい。獣人の集落には孤児院のような施設はあまりなく、子供は宝だと集落ぐるみで大事にする風習のようだ。
そして未婚で妙齢の女性が子供たちの家族に一人もいないことが判明した。獣人は女性も戦うし戦闘能力も十分にあるから、そのあたりはだいたい兵隊に行ってしまったようだ。
つまり残っているのは子供か、子供のいる母親。それにおばちゃんか。男のほうはもっと少ない。
やっぱ子供か。俺にはこいつらしかいないのか。
「お前らみんな苦労してんだな。よし、困ったことがあったらいつでも俺のところへ来い。力になってやる」
「ほんと!?」
「ああ。俺は大概のことは出来るからな」
富でも名声でも権力でも大抵のことがなんとかなる。どうにもならないのは世界の平和だけだ。
「冒険者になれる?」
そうパーシャが尋ねてきた。
「それくらい余裕だろう」
すぐにとはいかないだろうが、基本を教えてちゃんとした装備を与えてやればいい。
「じゃあ兄ちゃんたちみたいに強くなれる?」と、カルル。
それは子供たち次第。加護が付くかどうかにかかっている。
「私とサティ姉様は主殿に鍛えてもらったんだ。お前らも主殿に忠誠を誓えば、すぐに強くしてもらえるぞ」
「ちゅうせい?」
「主殿を主君と仰ぎ、共に戦う仲間になるんだ」
「なる! 仲間になる!」
「ナカマ! ナカーマ!」
「いいけど保護者、親か面倒を見てもらってる大人の人に、俺の仲間になっても大丈夫か聞いてきてからな?」
「わかった!」
子供たちがわーっと散っていく。
「ああ、大丈夫です。ここにいる間にちょっと鍛えてやろうって話で、まさか連れて行ったりはしませんよ」
何か言いたげな長にそう言うと、ほっとした様子だ。
「まだまだ厳しい状況は続くでしょうし、貴方がたに見てもらえるならこれ以上の話はないでしょうな」
まさかすぐに加護が付いたりはしないよな?
サティのことを思えばこの時点で誰かに付いてもおかしくはないが、それともサティとが奇跡の出会いだったのだろうか?
「仲間が……本当の仲間が増えるといいですね」
「そうだな」
サティの言葉に俺はそれだけ言って頷いた。




