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ニートだけどハロワにいったら異世界につれてかれた【書籍12巻、コミック12巻まで発売中】  作者: 桂かすが
第八章

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154話 獣人の集落 その2

「食料は様子を見て買い足すとして、まずは武器がほしいかねえ」


 交渉相手をおばば様にしたところ、話はさくさくと進んだ。長はまだ疑いを捨てていないようだが、おばば様を止める気もないようだ。

 いざとなったら私が責任を取って首でも差し出すとおばば様が言い切ったせいなのだろうが、そんなもん絶対いらないよ……


「もう戦える人はほとんど残ってないんでは?」


「女衆にも戦える者は多いし、子供たちはすぐに成長するものさ。それに戻れた時のことも考えないとね」


 ヒラギス奪還に成功したとしても、ヒラギスは当分魔物まみれな状態だろう。自衛の必要があるのだが、まともな武器はヒラギス奪還軍に参加した者にすべて渡してろくに残っていないという話だったな。


「何がほしいです? アイテムボックスがあるし、どこか大きな町へ行って仕入れてきましょう」


「それなら剣と槍がほしいかね」


「盾とか防具は?」


「盾は木の盾で十分だし、防具も革があれば作れる者がいるんだよ。弓や矢もとりあえずは自作できるから、防具や矢を買うお金があれば鉄製の武器がたくさん必要だね」


 オーク革の鎧は安価で初心者向けだが、初心者なら十分に実用に足る。俺が持ってきたやつを加工して作るようだ。

 弓も初心者レベルのものなら自作はできて買う必要はない。

 だが鍛冶が必要な武器は、鍛冶師がいても難民キャンプには設備も原料もなく作れない。


「わかりました。適当に仕入れてきましょう」


 使うのは王都の賭けで儲けた分だけでいいだろう。それでかなりな数が購入できる。

 買うのは……エルフのところはダメか。あれはどれも高級品だ。王都がいいな。エルフに頼んで仕入れてもらおう。


「ああ、その金貨はここで必要なことに使ってください。どれくらいここに居られるかわかりませんし、この先お金はいくらあっても足りないでしょう?」


「いいのかい?」


「そのお金はちょっとした賭けで手に入れたものでね。普通に稼いだお金がまだまだ残ってるし、足りなければ追加しますよ」


「それじゃあお言葉に甘えるとしようかね」


「あとは怪我人や病人は? それから土魔法も使えるんで、家とか井戸とかなんでも作れますよ」


「みんなすることもなくてじっとしてるんで、病人がたまにでるくらいだし、神官様が時々きてくださるのさ」


 神殿はちゃんと活動しているようだ。


「井戸は……そうだね、きれいな飲水があればありがたいかね。ドルト、どうだい?」


 長はドルトと言う名らしい。


「……やはりおばば様が長をやればよかったんですよ」


「こんな死に損ないに無茶いうでないよ。お前は長としてよくやってる。現に、ほれ。こうしてなんとかなったではないか」


「本当に井戸まで作れるのか? 食料にお金、井戸や家まで作れて、武器まで買ってきてくれる。あまりに都合が良すぎる」


 何かいいかけたシラーちゃんを制して立ち上がった。


「とりあえず実演してみせましょう。残りの食料を入れる倉庫も必要だし、どこかいい場所があれば――」


 長の小屋の隣に空きがあったのでそこに倉庫を建てた。冷凍倉庫にするから壁は厚めで、入り口は例によって、ここにも大工くらいいるだろうからお任せだ。

 残りの獲物を放出していき、氷をたっぷりと設置しておく。

 続いて井戸もさくっと作って見せた。


「Aランクの魔法使いってのは、ほんとにすごいもんだねえ」


「魔力にはまだ余裕があるんで、建物が必要なら一〇や二〇くらいならすぐに建てられますよ」


「ドルト、あんたが指示を出さないと話が進まないよ」


「ほんとうに……その……」


 一瞬で出来上がった建物や井戸。アイテムボックスから出てくる大量の獲物を見て、長はようやく信じる気になったようだ。

 まあお金だけだとどうにでもなるし、最初に配布した獲物は長が戻ってきた時にはもう分配した後でほとんど残ってなくて見てなかっただろうから、うまい話すぎて信用ならなかったというのもわからんでもない。

 

「こやつはな。元々小さい村の長だったんだけど、他に適役がいないとここの長になってね。年を取ったといってもまだまだ戦えると、兵士に行きたかったのをぐっと堪えて、皆のために駆けずり回って駆けずり回ってな。そこへお前さんが涼しい顔でぽんと獲物やお金を出したんで、自分の無力がどうにもやりきれんかったんじゃろうなあ」


「おばば様!」


「それにこの状況で二千人を預かる責任は大変なものなんだよ。どうか許してやっておくれ」


「いやまあ、別に気にはしてないですけど」


 疑われたっていっても、ちょっと愛想悪くされたくらいだしな。


「主殿はこうおっしゃっているが、それは主殿が身を削り、血反吐を吐いてまでして手に入れたお金だ。軽々しく考えてもらっては困るぞ」


「シラー、そういうのはいいから」


「わかっとるよ。私だって元は冒険者だったんだ。たとえSランクの冒険者だって、一〇〇万のお金やあれだけの獲物が簡単に手に入らないことくらい重々承知してるさね。ドルト、お前も」


「疑ってかかって済まなかった。このお金や食料は、我らの命綱として努々無駄にはしないと誓おう」


「無駄使いしなきゃそれでいいですよ」


「主殿、この前のお酒をだしてもらってもいいか?」


 そうシラーちゃんが言うので樽酒を出してやる。二十樽もらったので、一人二樽は好きにしていい。


「今日は嫌なことは忘れて飲みましょう、長殿」


 宴会が始まった。

 長の小屋の入り口が開け放たれ、その前に村人たちが集まってきたので、そっちにも酒樽を提供した。

 俺の提供した食材での料理もぼちぼち仕上がってきたようで、差し入れも順次運び込まれ、入れ替わり立ち代わり、礼を言いに来るのだが……


「お前ら! 風呂に! 入れ!」


 俺もこっちの匂いにはもう慣れた。風呂は庶民には贅沢だし、むき出しの便所や農地の肥料の匂いなんてどこでもするから、臭いとわがままを言ったところでどうにもならない。

 ここの獣人が風呂や水浴びをする余裕もないというのもよーくわかる。子供たちも小汚くて結構臭ったが、それで遠ざけるなんてことは思いもしなかった。


 だが飯を食おうという時に風呂にろくに入ってないやつらが、さほど広くない小屋に大挙してやってくるのだ。むろんちゃんと身奇麗にしているのもいるが、少なくとも半数はぜんぜん風呂も水浴びもしてない様子で、食欲がなくなるくらい臭うんだよ!


「風呂は俺が建てて、湯も出してやる。だから俺に挨拶したいならもっと身奇麗にしろ」


 ご飯はこの世界での数少ない楽しみだ。邪魔はさせない。

 宴会は後回しだ。


 川側の柵のあたりにかなりのスペースの余裕があったので、そこに建てることにした。排水用の水路も掘って元ある水路に繋ぐ。

 作るのは屋根無しの露天風呂でいいな。それなら壁だけでいいから簡単だ。それを男女二つに脱衣所をそれぞれ。男女比がかなり偏ってるので、女性用を倍ほどのスペースに。

 湯船はなしで、お湯が細長い水路を流れるようにして、そこから湯をすくって浴びるようにし、大きなお湯のタンクも作って、随時そこから補充できるようにした。これで多人数が一気にお風呂に入れるだろう。

 石鹸は手持ちじゃぜんぜん足りないだろうが、うちで使う分を最低限残して全部出してやった。エルフの石鹸は貴重品だが、これしか持ってないから仕方がない。石鹸なしでお湯だけだと、こいつらの汚さでは簡単に汚れは落ちないだろう。

 お湯を補充して、きちんと水が排水路まで流れるのを確認して、後のことは長にお任せした。


 一回こっきりの施設にしては我ながらいい出来だ。恒常的に運営することも検討したが、魔法なしでお風呂を維持するにはコストが馬鹿にならない。

 それなら俺がたまに来て、お湯を作ってやればいいだろう。


「俺たちも風呂にするか。鎧も脱ぎたいし」


 獣人たちの露天風呂の脇に小さい家族風呂も作ってみた。こっちも露天で、三人が入れる湯船があるだけのシンプルなお風呂だ。


「ティリカ、そっちはどうなった?」

  

 お風呂場で俺たちだけになったのでティリカの召喚ねずみを出して、あっちの状況を確認することにした。こっちの話は召喚獣を通して全部聞いているはずだから説明不要だろう。


「宿は? 広い? あまりいい宿じゃない? ふうむ。じゃあ俺たちはこっちで適当に泊まるわ。みんなもこっちに来るか? とりあえず合流だな。俺たちがそっちに行く? そっちが来る? わかった。待ってる。じゃあ後で」


 待ってればいいらしい。ギルドの用事とかは明日かね。宴会はしてていいみたいだし。

 ギルドのお使いよりも加護の可能性のほうが優先だ。


「ほら、やっぱり兄ちゃんだ。声がするって言っただろ!」


 そんな声がして上を見ると、壁を登って子供が家族風呂を覗き込んでいた。名前は知らないが案内してくれた子供の一人だ。

 わざわざ入り口なしにしたのに、屋根をつけないのは失敗だったか。シラーちゃんもサティも鎧を外しているところで、まだ覗かれても平気だが。


「こら、覗くな。風呂はもう浴びたのか?」


「まだー」


「後で相手してやるから、まずは綺麗にしてこい」


「わかった」


「あともう覗くなよ。他の子供にも言っとけ」


「わかった!」


 そう言うと子供はどさっと外に降りた。

 さすがに大人は覗かないだろうな? 覗いたらそいつはぶっ飛ばす。


 今日の仕事はほぼ終わりだろうかね。あとは獣人に建物が必要ならちょっと作って、みんなと合流して今後の予定を決めて、宴会。

 もうお風呂でゆっくりしてても大丈夫そうだな。

 だけどエロいことはさすがに無理か。まだ子供たちが周囲をちょろちょろしてる気配がする。


「シラー、この前教えたマッサージを、」


「わかった、主殿」


「俺がシラーにやってやろう」


「え」


 上等の香油を使ったマッサージ。エステだな。


「さ、そこにうつ伏せになって。遠慮するな。長旅で毎日訓練も欠かさずやってずいぶんと疲れてるだろう?」


 革のシートを敷いて、シラーちゃんに横になるように促した。シラーちゃんはエロ方面はどうも義務的に捉えているようで、協力的ではあるが積極性があまりない。エロいことをする時間があれば、修行をしたいといった感じだ。

 だから今日は徹底的に気持ちよくなってもらおうか。

 まずは背中のほうから――




 風呂あがりにちょっとぐんにゃりしているシラーちゃんの体を念入りにふきふきしていると、サティが俺に何かを差し出してきた。ネコミミのカチューシャ?


「それティリカのじゃないの?」


 コスプレ衣装の一環として、俺がサティに作ってもらったティリカ用のネコミミだ。持ってきてたのか。


「マサル様のも作ってみたんですけど……」


 よく見ると、人間の耳を隠す部分のつけ毛が俺の髪だ。散髪した時に集めておいたのか。

 尻尾もあって、そっちは腰にヒモで巻くだけの簡単なものだが、レヴィテーションでゆらゆらと尻尾を動かすことで本物そっくりに見えないこともないという品だ。


「しばらくここに居るなら、獣人の格好のほうが目立たないし、マサル様に似合うかなって」


 一理ないこともないか? だがサティが作ってくれたなら理由がなくてもいつでも付けたんだけど、何か遠慮してなかなか出してくる機会がなかったようだ。

 とりあえず装着させてもらって、どうだ? と、聞こうとしたら、シラーちゃんがぽかんと口を開けてこっちを見ているのに気がついた。


「どうした、シラー?」


「あ、主殿……それ、すごく似合ってる」


「そう?」


「はい。すっごく似合ってますよ、マサル様!」


 サティは普通ににこにこしているだけだが、シラーちゃんの反応がおかしい。さっきまで諦め顔で俺のなすがままになっていたのがめっちゃそわそわして、目線をそらしてちらちらと俺のほうを見ている。


「これ、そんなに気に入った?」


 シラーがこくこくと頷いた。


「あの、主殿。さ、触っても?」


 何言ってんだこいつ。毎日たっぷりスキンシップは取ってるだろうに。


「好きにしていいぞ」


 シラーが恐る恐る手を伸ばし、そっと頭をなでてきた。ずいぶんと手つきが優しく、鼻息がちょっと荒い。


「本物そっくり……」


 なかなかいい出来らしい。さすがサティだ。


「今まで黙ってたけど、実は俺、獣人だったんだ」


 そんなことがある訳もないが、俺の言葉にシラーちゃんがひどく驚いた様子で目を見開いた。

 面白いな。普段クールなシラーちゃんがあわあわしている。ここはもう一押ししてみるか。


「シラー、大好き」


 そう小さな声で言ってみる。言うのは少し恥ずかしいが、ティリカがかわいい格好をしてマサル大好きって言うとすごく破壊力があるのだ。

 シラーは俺のセリフで顔を背けてぷるぷるしている。効いてる効いてる。

 このままどうにかしてやりたいところだが、お楽しみは後でだな。


「じゃあ夜に、な?」


「う、うん。主殿」


 サティは実にいい物を作ってくれた。あとでたっぷり褒めてやろう。




 そのまま付けて外に出たら子供たちが大騒ぎだった。


「兄ちゃん獣人だったのか!?」


「ナカマ? ナカマなの?」


 シラーちゃんといい子供たちといい、コスプレなんて見たことがないんだろうな。そういう習慣がなくて免疫がない。


「いやいや、そんな訳ないだろう。付け耳だよ」


 そう言って、ネコミミカチューシャを外して見せる。


「なーんだ。獣人じゃないのか」


「何を言っている。主殿はサティ姉様と結婚してるし私の主なんだから、我々の仲間と言っても良いのだ」


 義理の仲間? 名誉獣人とかかな? まあ親戚関係が発生してるのは間違いない。


「兄ちゃんは仲間だったのか!」


「ナカーマ! ナカーマ!」


 しかしこれいいのか? 子供たちはこうやって直接疑問をぶつけてきて誤解も解けたが、さっきまで鎧姿だったし、脱いでネコミミが生えてれば、遠巻きに見ている大人たちは絶対に誤解してそうだ。

 案の定、長のところへ戻ると「獣人だったのか!?」とえらく驚かれた。

 そんな訳ないだろう。


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