153話 獣人の集落
獣人の子供に獣人の長のところに案内してもらったのだが、着いてみると長は不在。それでまずは食料を配ってしまうことにした。
アイテムボックスから食料の箱を出し並べていく。
色んな弁当や串焼き、焼きたてのパンなどが一〇箱分。ざっと二〇〇人前くらいはあるだろうか。出来立てですぐに食べられるお手軽なタイプのものが多く、いい匂いが漂ってくる。ゴルバス砦で一度足りなくなったんで、ちょこちょこ買い込んでいたのだが、ここにきて役に立った。
それから果物。どれも美味しかったものを厳選し、まとめ買いをしているので結構な量だ。
「これ全部いいのか!?」
箱を覗き込んだカルルが興奮した声をあげた。
「まあ待て。この程度じゃ全然足りないだろう?」
食料箱に食いついた子供たちをそう言って押しとどめる。まだこれは前菜。おやつにすぎない。
ドスンと、今回一番でかい獲物、大猪を開陳する。見かけたので自分たちで食うつもりで狩ったのだが、獣人に提供してもいいだろう。
何事かと集まってきて突然の大猪を見て目を丸くしている獣人たちを大きく下がらせ、オークとハーピーを出してどんどん積み上げていく。今回の狩りの四分の一くらいの量だろうか。
「こんなもんかな? シラー、適当に配ってやってくれ」
「はい、主殿――聞け! 諸君らの窮状をみかねた我が主が食料を提供してくださった」
おおっ! と声があがる。
「見ての通り十分な量がある。必要なだけ持って行くがいい。さあ、並べ!」
「ああ、子供たちは先に取って行っていいぞ。案内してくれた礼だ。好きなだけ持っていけ」
俺がそう言うと子供たちはわっと食べ物の箱に取り付き、めいめい両手いっぱいに食料を抱え込んだ。
ふと見ると一人がオークの山に向かっている。一匹引っ張りだして丸ごと持っていく気のようだ。これはさっきじいちゃんが飢え死にしそうって言ってた子だな。
シラーちゃんがどうすると言う風にこっちを見たので、構わんと頷いておく。
「誰か手伝ってやれ」
シラーちゃんがそう言うと、何人かの大人が手伝いにやってきた。
「ありがとう、冒険者のお兄ちゃん!」
「おう。じいちゃんによろしくな」
子供の相手をしているうちに、列のほうも順調に動き出した。人数が人数だし時間がかかるかと思ったが、ちゃんとグループを作って手早く獲物を運び出して列の減りが早い。
並んででいるのは子供と女の人がとても多い。そして幼児もたくさんいる。その子供や幼児がまとわり付いてるからたぶんお母さんなんだろうが、サティと変わらないような娘が赤ん坊を抱いていたりして、あれってお姉さんってことでもないんだろうな。
男はたまにいる老人くらいで見事にいない。本当に根こそぎ兵隊に連れて行かれたようだ。可愛いネコミミの子供と女の子だらけで見た目は楽園だが、ヒラギスを無事奪還できたとしても男が戻らなければ獣人の村の復興は厳しいものになりそうだ。
「これは何事だ?」
食料の山もほとんどなくなり、行列も尽きかけた頃、身なりのいい初老くらいの獣人が俺たちのところへきて、並んでいる獣人に尋ねた。
「長! この方々が大量の食料を持ってきてくださったんです」
それを聞くとこちらに来てシラーちゃんに向いて頭を下げた。これはいつものことだなー。
「助けていただいたようですな。ありがとうございます」
「礼なら私ではなく、我が主へ」
「あー、礼など結構ですよ。それよりもう少し援助ができると思うのですが、どこかでゆっくり話しませんか? ああ、この大猪は長への贈り物です」
大猪はどのみち持っていけるサイズではないし、長に贈ってしまうことにしたのだ。
「大量の食料の支援、本当に感謝です。話は私の小屋でしましょう。ええと……」
「冒険者のマサルです。こっちがシラーとサティ」
小屋には一人のひどく年を取った獣人が土間に敷物を敷いて座っていた。長がその側に座って、椅子や机はないから俺たちもそのままあぐらをかいて座った。あまり行儀はよろしくないが、戦闘装備のブーツはすぐには脱げないし、正座も難しい。
奥に座ってる獣人はしわしわでかなりの老齢に見える。小さい子供も珍しいが、ここまでの老人もこっちの世界で見るのは初めてだな。老猫といった風情で可愛らしいといえなくもない。
「で、援助ですが、まずはここに来るまでに狩ってきた獲物がまだあるので、それを追加で提供しましょう」
「それは実にありがたい話です」
「それとこのお金を進呈します。好きに使ってください。この……集落? の人口は千人ほどと子供に聞きましたが、これで当分は足りるでしょう?」
そう言って、アイテムボックスから金貨の詰まった千両箱を出した。
「ここの獣人の居留地には今現在、二千人少々が暮らしております」
倍も違うな。色々説明してくれて賢そうな子供だと思ったが、所詮は子供か。
だが一〇万でもいける想定だ。二〇〇〇でも何の問題ない。
「それでちょうど一〇〇万ゴルドあります」
箱を開けて顔色の変わった長にそう教える。
「一〇〇万とは……一体対価に何を要求しようというのだ?」
ちょっといきなり過ぎたか? まったく信用されてないが、俺だって知らない人が突然一億円やろうとか言い出したら詐欺を疑ってしまうかもしれない。
それとも働き手を徴兵されたり、食料を減らされたりして人が信じられなくなっているのかね?
俺が、というのも悪かったのだろうか。しかし同族のシラーちゃんやサティが出張っては、加護の可能性が減ってしまう。
アンがいれば話は簡単だったろうが、それでは神殿からの援助になってしまうし、俺がやるしかないが、もうかなり面倒になってきたな……
しかし対価か。誰かに加護がつけばそれは値千金どころか、お金に代えられない対価となるんだが、奴隷として買ったシラーちゃんと何が違うんだろうという気もする。
まあもし誰かしら加護がついても無理に連れださなければいいか。いまは人手は足りてるし。
自分からついて行きたいと言えば話は別だが。
「何も要求しませんよ。困ってると聞いて、援助を申し出ただけです」
「一〇〇万ゴルドともなれば簡単な話では……」
「それだけあれば、当分のあいだ誰も飢えずに済むでしょう?」
「子供たちの切なる訴えを聞いた主殿はここの惨状に心を痛め、即座に私財を投じて助けると言ってくださったのだ」
「獲物もこのお金もここ最近稼いだもので、個人の貯えは別にちゃんとあるし、なくなったところで何の痛痒もないものです。対価を寄越せとかは絶対ありませんから遠慮なく受け取ってください」
「じつにありがたいことじゃないか」
後ろで黙っていた老女が初めてしゃべった。
「しかしおばば様」
口には出さないが、何か裏がないか疑っているのだろう。確かに裏はある。言えないことが多い。
「これほどの量の金貨と命がけで狩った獲物だ。それを対価なく差し出そうという、この若者の覚悟と善意を無碍にするのかえ?」
いいおばあさんだな。長も頭があがらないようだし、この人相手に交渉してさっさと済ませるか。お金以外にも話すことは多いし、このあとギルドにも用事がある。
「じゃあおばあさん、あなたにこのお金をさしあげましょう」
「おやおや。こんな年寄りに親切にしたところで何も出ませんよ?」
「女性に親切にしておくと、思わぬところでいいことがあるんですよ」
主にうちの女性陣からだけど、それで十分だ。俺だけでうまく交渉できたら、あとでたっぷり褒めてもらおう。
「ありがとうよ」
おばば様はひょいひょいと歩いてくると、俺をそっと抱きしめそう言った。鎧の上からでちょっと残念だな。
「私がもうちょっと若けりゃ、この体で恩返しするんだけどねえ」
「はっはっは。ご冗談を」
なかなか愛嬌があるおばあちゃんだが、さすがにないわ。
「ひゃっひゃっひゃ。これでもわたしゃ若い頃は美人と評判の凄腕の冒険者でね。あれは何十年前だったか――」
「おばば様、その話はあとでゆっくり」
「おやそうかい?」
「しかしマサル殿。我らは何もかも無くし、対価に差し出すものは本当に何もないのだ」
「わたしら自身を除いてね」と、おばば様。
「さきほど砦での交渉で、援助の対価に奴隷を要求された。だが戦士たちの留守の間に、女子供を売るような真似は断じてできん!」
ああ、もしかしてそいつらとの関係を疑われたのか? 援助の既成事実を作って、さあ食料援助の分のお金を返してもらいましょうかとか、そういう感じか? もうみんな食べちゃってるだろうし返せないものな。
そっちは踏み倒せても、お金まで受け取っては言い逃れはできないだろう。
しかし本当に信用って大事だな。神殿からなら何の疑いもないだろうに。
「我らは王国から来たばかりの一介の冒険者だ。奴隷商人などと何ら関係はない」と、シラーちゃん。
「それならばなぜだ? なぜここまでしてくれる?」
「マサル様はとても偉大な魔法使いで、たくさんの人を助けられる力を持っているんです」
「目の前にお腹を空かせた人がいて、余った食べ物があったら普通分けてあげるでしょう?」
加護のことも理由としてあるが、そっちはおまけだ。
「私が冒険者をやっていた若かりし頃にね」と、またおばば様が唐突に昔話を始めた。
「Sランクの冒険者と旅したことがあってね。さすがに一〇〇万なんてのは見たことはなかったけど、五万や一〇万など端金といった風でねえ。稼げすぎてお金なんてどうでもいいと言っておったよ。世の中にはそういう冒険者がいるものさね」
魔物を大量に狩れればいくらでも稼げちゃうからなあ。
「俺はまだAランクだけど、まあそんな感じです」
「ほれ、こう言っとるんだし、もらっとけば良いんじゃないかえ?」
「奴隷商人とは本当に関係がないのか?」
「誓ってないですよ。そもそもですね、奴隷商人じゃなくて帝国やヒラギスの偉いさんは助けてくれないんですか?」
「食料の輸送計画が遅れているそうだ。そして届いたところで必要量には足りていないと」
降って湧いたヒラギスの難民に対して、もちろん支援は行われている。だからこそ今のところ飢え死にするような人はいないようだが、問題は数ヶ月後に予定されているヒラギス遠征のための食料確保だ。現地補充するにしても持って行く分は当然必要だし、開始までの期間、軍を維持する食料もいる。
不足する分はヒラギスでの魔物狩りで補う予定だったようだが、思いの外ヒラギスが危険な状況で、冒険者の偵察隊は戻らないわ、軍を出せば大きな被害を受けて戻ってくるわで、食料確保が難航している状況のようだ。
難民生活はすでに数ヶ月に及び、近隣の余剰食料はすでに供出されつくされている。遠方から輸送しようにもこの世界では大量輸送の手段が、馬車で街道をえっちらおっちら運ぶくらいしかない。
魔物狩りで補給するあてが外れたからといって、即座に運んで来れるものでもないし、そのための資金の用意もいる。
帝国自体にはまだ余裕があって、お金があれば市場の食料は買えるが、獣人にはそのお金もない。ある分はすでに使い果たした。
むろん帝国が追加で資金を提供するか、市場から食料を臨時徴収などをすればヒラギス難民を助けることもできるのだろうが、帝国としてもここまでの援助と奪還軍の大規模な派遣の準備で台所事情は決して明るいものではないようだ。
帝国が動かなければ、国を失った生き残りのヒラギスの上層部も打てる手はほとんどない。
被害覚悟で遠征隊を出すか、ヒラギス難民の飢えを見過ごすか――
「国がなくなったんだ。こうやって生かしておいてもらえるだけまだましさね」
もしかして獣人だけじゃなくて、この難民キャンプ全体で食料が足りなくなってきているのか……?
これは剣の修行を取りやめて、本気で魔物狩りをするべきかもしれない。
輸送を手伝おうかもとも思ったが、直接食料を手に入れたほうが手っ取り早い。むろんこんなこと、俺がやるべきことではないんだろうが、俺たちなら助けることができる。出来るのにやらないという選択肢は……たぶんない。
それにね、とおばば様が続けた。
「こうやって幸運が舞い込んだりするあたり、我々の、ヒラギスの命運はまだ尽きてないのかもしれないねえ」
俺たちがいればヒラギスを奪還できる確率は高い。万一失敗しても、俺の能力があれば、新しい土地でやり直すのも容易になる。何ならうちの村に連れて行ってもいい。
神はヒラギスを見捨ててはいないし、命運は絶対に尽きていない。
まあ実行するのは俺たちなんだろうけど、そのためにできることを少しくらいはしてみてもいいかもしれない。
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「じいちゃん! じいちゃん! 冒険者の人が獲物をくれたよ! いっぱいお肉が食べられるよ!」
「おお、これは……オークを丸ごと?」
「こーんなにたくさん、いっぱい獲物があったの! いくらでも持っていっていいって!」
「ほう。しっかり礼は言ったか?」
「ちゃんと言ったよ! じいちゃんによろしくって!」
「それかそうか。わしも後から礼を言いに行かねばな……だがまずは解体するとしようか」
「わたしもやる!」
「そうだな。お前がもらってきた獲物だ。やり方を教えてやろう」
「わたしも冒険者になれるかな?」
「なれるさ。わしの自慢の孫だからな。さあ、道具を取って来なさい」
「うん!」




