149話 帝国辺境での戦い
村を出発してしばらくは何事もなかった。多少魔物らしき反応はあるものの、どれも移動を止めて狩るほどでもない。
「思ったより魔物がいないな」
「ギルドも帝国も状況はわかってるだろうし、対策くらいしてるってことじゃないかしら?」
エリーの言うことももっともだ。魔物が大量に侵入してきて放置なわけがない。
王国国境付近まで魔物が進出していたのは想定外で、もうさほど魔物の危険もないのかもしれない。
どこかのギルドに寄って詳しく状況を聞ければいいのだが、今の辺境ルートでは冒険者ギルドがあるような町には立ち寄らないし、こっそり帝国に入ったのであまり公的機関に近寄りたくないのもある。
王国と帝国間の密入国に特に罰則があるわけでもないようだが、なぜそんなルートを取ったかを聞かれれば困ったことになる。
俺はそんなに困らないが、ウィルを犠牲にするほどでもないし。
「いっそもっと警戒レベルを上げてみるか?」
経験値は稼いでおきたい。
「そんなにすぐ方針を変えることはないわよ。どうせオークくらいならどこにだっているんだから」
まあ今回は移動優先だし、経験値稼ぎはフランチェスカを送り出してからじっくりやればいいんだが、暇で体力が有り余ってるお陰で、前衛部隊が修行をガチガチとやり始めた。
ウィルをフランチェスカにけしかけたのは俺だが、それに釣られてシラーちゃんやサティもだ。
ウィルとシラーちゃんの育成は急務だし、修行は当然やったほうがいい。狩りと修行を両立できるなら止める理由はないんだが、俺を巻き込まないで欲しい。
「次はマサルの番だ」
サティと軽く手合わせを終えたフランチェスカがそんなことを言い出した。
やるのが当然みたいに言われてもな?
今日は寝不足の上に朝から働いたし、道中も俺には敵を探知するお仕事がある。それに何が起こるかわからないから、十分な余力を残しておきたい。もうすでにサティとシラーちゃん相手に軽く剣は振ったし、フランチェスカの相手までは面倒すぎる。
「軽くなら相手をしてもいいけど……」
サティとフランチェスカの手合わせは、双方加減はしていても軽くとはとても言えないものだった。
「私はマサルの本気とやらが見てみたいのだが」
「本気って魔法も込みでか?」
「そうだ」
俺が本気で魔法を撃てば人間なんて軽く消し飛ぶ。そうそう使えるものでもない。
「さっきの休憩は狩りまでしていたではないか。体力は有り余っているのだろう?」
それは野うさぎが多そうな草原があったからだ。ちょうどうさぎ肉は王都で使いきったところだったし、野うさぎ狩りはいいストレス解消になるんだよ。
「次のフライで今日の行程は終わりじゃ。相手をしてやればいいではないか」
みんなも俺とフランチェスカの戦いには興味がありそうだ。今日はほんとに俺の野うさぎ狩りだけで終わりそうで、退屈だもんなー。
「怪我をしても知らんぞ?」
まあいずれはと思っていたことだ。大会のリベンジをしてやろう。
「それはこっちのセリフだ」
「一撃入ったら終わりのルールで。あとゴーレムを先に出してもいいか?」
「構わない」
よし、勝ったな。
五メートルのゴーレムを出す。三メートルのだとすぐに壊されそうだ。手持ちの一番大きい盾を持たせて、武器は……近くの木を切り倒して手頃な大きさの丸太にした。石武器でぶん殴ったら死にそうだ。
フランチェスカは特に文句もなく、俺の準備を眺めている。まあいくらでかいと言ってもゴーレムはパワーだけで、対処は難しくない。とはいえこのサイズのゴーレムの攻撃だ。当たればタダではすまないが、そこはフランチェスカを信用するしかない。こっちが手を抜けるほどフランチェスカは弱くない。
「いつでもいいぞ」
ではこちらから行かせてもらおうか。
ゴーレムを前に出して丸太を振るう。当然避けられて、フランチェスカは俺のほうへ。だがゴーレムを放置して俺の相手をすると、ゴーレムが自由になる。
俺を瞬殺出来ない以上、ゴーレムも同時に相手をしなくてはならない。パワーだけはあるゴーレムがごつい丸太を振るうのだ。一撃もらっただけで終わってしまう。
フランチェスカは一旦ゴーレムから相手をすることにしたようだ。
追撃をしてみるが、さすがに素早い。俺とゴーレムの攻撃をかわしつつ、俺との間にゴーレムが来るように移動される。今は使うつもりはないが魔法攻撃もゴーレムが邪魔で難しい。
やはりゴーレムの速度で対人戦は厳しいな。
距離を取ってゴーレムの操作に集中してみるが、懐に入られ丸太を持つ手を破壊された。これで武器がなくなったが、それも想定内。
「追加だ」
ゴーレムの破壊と俺の詠唱を止めることは同時にはできない。魔力を感知したフランチェスカが最初のゴーレムの脇を抜けて俺の方へと向かってきたが、間を遮るように、五メートルのゴーレムを三体、一気に生成した。
直接攻撃魔法でゴーレムごと巻き込んでしまえば早いんだろうが、それは最後の手段だ。
「舐めるな、こんなもの!」
さて、舐めてるのはどっちだろう。
五メートルサイズのゴーレム三体も、フランチェスカクラスともなると的確にダメージを与えられ、さほどの時間ももたずに崩れ落ちる。追加ゴーレムは武器も盾もないし、大きいだけでのろいから、三体でもろくな連携が取れず、簡単に各個撃破されている。
せめてもうちょっと強度があればいいんだが。
最初に出したやつと、追加の二体を破壊され、残りは一体。だがもちろんこれで終わりじゃない。
一〇メートルサイズのゴーレムをさらに二体。
今度は止めようとする素振りすらない。まあ確かに何匹出そうが、ゴーレムではフランチェスカは倒せそうにもない。
フランチェスカが三体の最後のゴーレムを相手にしてる間に、二体の巨大なゴーレムをしゃがませ両手でごっそりと土を掘り起こし、フランチェスカに投げつけた。大量の土が舞い視界が悪くなったところで巨大ゴーレムを適当に突っ込ませ――
気配を消してこっそり忍び寄り、フランチェスカに剣を突きつけた。
ゴーレムに意識を向け過ぎだな。最初からゴーレムは囮だ。
「はい、おしまい」
上手いこと作戦通りにいった。もしフランチェスカがゴーレムを無視して俺を倒すことに専念していたら、かなりの死闘になったかもしれない。そうなると追加を出すのも難しかっただろうし。
そうなったらそうなったで、別の作戦は考えていたけど。
フランチェスカは土まみれで呆然としていたが、すぐに文句を言い出した。
「も、もう一回だ! やり直しを要求する!」
「休憩時間はもう終わりだよ」
「今日は時間の余裕はあるだろう?」
そりゃまだ昼過ぎくらいで、午後は丸々暇な予定だが、何回もはやりたくない。勝ち逃げだ。
「止めておこう」
フランチェスカに通用するとわかっただけで今日はもう十分だ。
ゴーレムの運用もちょっと考えたい。雑魚になら武器も有効だろうが、フランチェスカ相手だと盾のほうが効果があった。いっそ盾二枚持ちにしてスパイクシールドとかがいいかもしれない。
「これで一勝一敗だ! 決着はまだ――」
「待って。ちょっと静かにしてください」
「なんだ……?」
「しっ」
なおも言い募ろうとするフランチェスカを押しとどめた。サティが真剣な顔をして、耳をぴくぴくと動かしている。俺も聴覚探知を使ってみるが、聞こえるのはみんなの息遣いや、虫や鳥らしき鳴き声のみ。
「あっちから鐘の音がします。緊急の鐘みたいです」
俺の聴覚探知では捉えられないとなると、かなり遠方だな。
「集まれ。急ぐぞ!」
サティの指し示す方向に飛ぶと、山間にある村がオークに襲撃されていた。
空から接近してみるとオークはざっと……一〇〇か、それ以上。すでにオークが村の外壁に取り付いている。村人も応戦していて突破はまだされてないようだが、時間の猶予はなさそうだ。
「近くに降りよう。リリア、降りたらすぐに集団のど真ん中にぶっ放せ」
俺の指示でリリアが詠唱を始めた。
「リリアの攻撃と同時に各自殲滅を開始。あまり強い魔法は使うなよ」
オークは村を背にしているから強力な攻撃だと村を破壊しかねない。
着地と同時に、リリアがウィンドストームを放った。
散開してるうえに壁に取り付いていたオークも多く、初撃で倒せたのはせいぜい二、三割程度か。だが奇襲でオークを十分に混乱させた。
続いて魔法とサティの弓での攻撃も始まった。
五メートルサイズのゴーレムを出し、弓矢の詰まった箱を出しておく。だが敵が近い。剣と弓を持ち替えている暇はなさそうだ。
「前衛はそのまま待機。ゴーレムより前には出るなよ」
まあ前に出ようにも魔法がぎゅんぎゅん飛んで、うかつに動けないだろう。魔法組の脇に控えて大人しくしている。
土魔法で防御陣地は……必要なさそうだな。
村の周囲は何も遮るもののない農地だ。村の外壁と俺たちに挟まれ、逃げも隠れもできずに圧倒的火力の前になすすべもない。
サティは村の壁に取り付いてるオークを狙って倒していっている。
村からの弓での応戦もあり、みるみるうちにオークが減っていき、このまま終わるとか思った矢先、オークキングが現れた。たぶん壁のほうにいたんだろう。魔法攻撃で視界が悪くなり発見が遅れた。それとも魔法で倒される雑魚オークをうまく盾にして、一気に距離を詰められたか?
とにかく気がついた時にはオークキングがこっちに向かって爆走して来ていた。
やばい、ちょっと近いぞ。誰かの魔法が一発命中したが、鎧もつけていてレベル1の魔法くらいはものともしない。
フランチェスカがすいっと一歩前に出て、剣を構えた。
「奴は私に任せ――」
フランチェスカが言い終わる前に、サティの放った矢がオークキングの足に命中し、動きが鈍った。続いて眉間に次の矢が命中した。それでも倒れず刺さった矢を抜こうともがいているが、足が完全に止まった。
サティが巨人殺しの弓に素早く持ち替え、流れるような動作で矢を放った。専用の総鉄製の重い矢はオークキングの金属鎧の胸を深く貫いた。
もう一発。それでようやくオークキングがどうっと倒れた。
それとほぼ同時に、すべてのオークが殲滅されていた。どうやら終わったか? 見える範囲に動くオークはいないようだ。
「よくやった、サティ」
フランチェスカに任せなかったのはいい判断だった。
「はい。あの……すいませんでした、フランチェスカ様」
しかしさすがにサティも少々バツが悪いようで、憮然としているフランチェスカに謝っている。
「いやいまのでいい。接近されて万一があっても困るからな。サティがやらなくても俺が魔法で始末してた」
フランチェスカが遅れをとるとも思えないが、オークキングは恐ろしい。
「うん、謝罪には及ばない」
フランチェスカはさほど機嫌を損ねたわけでもなさそうで、あっさりと謝罪を受け入れた。
「しかしAランクのパーティというのは凄まじいものだな」
「今日は村が近かったからの。本気だとこんなものではないぞ?」
もっと村から距離があれば、魔法で一気に殲滅してたところだな。もしくは村を背に、前衛主体でチクチクやってたか。
「じゃあこのパーティがピンチになることは……」
「まずないじゃろう」
気がつくのが早かったな。もうちょっと長くごまかせるかと思ってたんだが。
護衛対象じゃなきゃもうちょっと前に出してやっても構わないんだが、こればっかりはどうしようもない。フランチェスカが希望するような活躍はできないし、あっては困る。
「安全なのが一番なんだよ。さ、いつまでも話してないで後片付けするぞ」
ゴーレムを土に戻して穴を埋める。俺たちが降りた場所は村へと続く道だったが、オークはそんなことはお構いなしに農地で暴れ、攻撃魔法と合わさって酷い有様だ。
「村の様子を見てくるね」と、アン。
サティはシラーちゃんを連れて倒したオークの検分をしに行った。息があるのがいたら止めを刺すのと、使えそうな矢の回収をするのだ。
「俺もこっちに残るから、ウィル、村の方を頼む」
ウィルと一緒に、フランチェスカとティリカもアンについていった。
俺はオークの死体を回収して、それから壁の修理だな。オークキングがやったのか、外壁が一部崩れ、そこから村人が顔を覗かせている。かなり際どいところだったようだ。
村人は事態の推移に追いつけずに呆然としているようだったが、アンが門に近づいてにっこりと笑顔で手を振ると慌てて門を開いた。
エリーと手分けしてオークをある程度回収できたので、崩れた壁の様子を見に行く。壁の前では村人が集まってどうするか相談をしているようだ。
「直すのは簡単なんですよ、冒険者さん」
オークでも悠々と通れるくらい壁は破壊されているが、壊されたのは一箇所だけで石を積み直せばすぐに修復はできる。確かに俺が手伝うまでもない。
しかしそのまま直してもまた魔物が来て破壊されるかもしれない。
見たところ壁はそんなに薄くはない。村の外壁としてはたぶん標準的で、通常の魔物から身を守るには十分な強度と高さはある。
それをオークキングは破壊してのけた。
壁を強化したほうがいいのは確かだが、村の外壁を全部となると村人総出でも数ヶ月はかかる大事業となる。
「なるほどなるほど。実は俺、土魔法が得意なんですよね。よければ少し手伝いましょうか?」
壊れた部分を直すだけのつもりだったが、魔力はたっぷりある。
「そりゃあ有り難い話ですが……」
「とりあえずどんな具合になるか、やってみせましょう」
空に上がって村の全景を確認する。エリーにある程度分担してもらうとして……
壁の外に降りてさくっと土魔法を発動させる。元からの壁の外に、くっつけるように同じくらいの高さと厚さの壁を作った。使った土の分、堀も同時にできる。
土の量も半分で魔力も節約できるし、形も単純だから一気に作れる。
「こんなもんでどうです?」
うちの村のよりまだ薄いし高さもないが、これ以上の物を作るとなると、エリーに手伝ってもらっても一日分の魔力だけでは足りなくなるかもしれない。だが堀の分も合わせれば、ずいぶんと防御力は上がるだろう。
「おお、これだけの厚さがあればあのオークにも」
「じゃあこれで作ってしまいましょう。いえいえ、お金はいりませんよ。無料です、無料」
しかし壁自体は好評だったのに、無料と言ったとたん、村人にうさんくせーと言いたげな表情をされた。
「いやしかし……助けてもらった上に、こんな壁まで作ってもらうのは……」
何か信用されてないな。確かにうさんくさいくらいに都合の良すぎる話ではあるが。冒険者だからか?
「ほら、さっき村に神官が入っていったでしょう? うちのパーティはそのお手伝いをしてるわけなんです。神殿の奉仕活動の一環です」
なんでこんな説明しなきゃならんのだ。いっそがっつりお金を取ってやりたいが、価格交渉なんて始めたらいつ取り掛かれるかわからないし、そもそも相場がわからない。
「大丈夫ですって。後から報酬を寄越せとか絶対に言いませんから」
村人たちを納得させたところでエリーたちも様子を見に来た。
「また壁作りなの?」
エリーは今朝もやったばかりだしな。
「そう。これを村の周りに全部作るんだけど、魔力はどんな感じ?」
「もうほとんど回復してるけど……これを全部?」
「そう、全部」
「それは……いや、まあいいわ。これもきっと勇者としてのお仕事なのよね。手伝うわ」
「いやいや、ただの人助け。神殿の奉仕活動だろう?」
「そうかしらね?」
さすがに全部やろうってのはちょっとサービスしすぎだろうか?
でもさほどの労力でもないし、壁が貧弱というのはいただけない。現にオークにぶち破られてるし、何もせずに出発して、何年か後に滅んでたとかになったら嫌すぎる。
そう思えば朝の村の壁も、エリーに任せないで手伝えばよかったな。
「いいわ。やってしまいましょう。私はこっちからやるわね」
まああまり気にしても仕方ない。出来ることからこつこつとやっていこう。
壁作りは一時間もかからなかった。
今日はゆっくりと休めそうだ。




