148話 国境の村 その2
夕食後、今日レベルが上がった分のポイントの使い道を、ウィルの部屋で話し合っている。
ほしいスキルは目移りするほどあるが、まずは当面必須となる弓をレベル3まで上げた。
しかしここからが本題である。フランチェスカの面倒をこいつに押し付ける。
「そう言えば、さっきフランに相手をしてもらってたみたいだな」
「ええ。さすがに強いっすねー」
「そのフランのことだがな。実戦で前に出たがったりして、ちょっと危なっかしいだろ?」
今のところちゃんと言うことを聞くし行動も常識的だが、この先何が起こるかわからない。
「あれだけ強いと心配ないと思うっすけど」
「まあそうなんだけど、今回は護衛対象だ。万一があっても困る。それでだな、ウィル。旅の間のフランの様子、お前が見てやってくれ」
こいつは初心者講習会もやったし、冒険者として何ヶ月かパーティ活動していた。一人くらい面倒見るくらいなら大丈夫だろう。
「俺がっすか?」
「逆に戦闘中はフランにお前のフォローに回ってもらうつもりだ」
これはウィルにとっても悪くない提案だ。フランを前を出すことに関しては、魔物を前にしても落ち着いていたし、むしろ心配なのはこいつのほうだな。
昼間のようにウィルとシラーちゃんを組ませると、両方自分のことで手一杯で、連携が取れてない。
それに盾役への適性もある。ウィルは少々前衛を怖がっているようだ。まあ今日はいきなりの初戦でオークが多すぎたせいもあるんだろうが。
「で、フランをあまり前に出すわけにもいかないから、シラーをメイン盾にして、お前は少し下げる。その分ゴーレムを出してシラーの補助をするつもりだ」
前衛がゴーレムとシラーちゃん。中衛がウィルとフラン。シラーちゃんはサティが見る。
「サティがやってくれれば一番いいんだが、ちょっとフランのことが嫌いみたいでな」
サティはフランチェスカのことをまだ許したわけではないようだ。
俺が言えばフランチェスカの面倒くらい見てくれるだろうが、余計なストレスをかけることもないだろう。ケンカとかされても困る。
とするとあと面倒見のいいのはアンになるのだが、アンは移動中は多忙になるし、あとの面子はウィルと五十歩百歩である。
男を付けるのもどうかと思ったが常時フルプレートで悪さをしようと思っても出来ないだろうし、今日みたいに人里に滞在する機会が多そうだ。フルプレートの戦士が付いていれば悪い虫は付かないだろう。
「でも兄貴、フランさんのこと狙ってるんじゃ?」
こいつはほんとに俺のことをなんだと思ってんだろうな!
「ウィルよ。俺はな、女の子は大好きだが、だれかれ構わずってわけじゃない。それにこれ以上増やすと体がもたんからな」
「え、でもシラーとかわざわざ買ってきたんですよね?」
まあかなり好みで選んだのは否定しないし、三人も買っちゃったしな。
「シラーたちは加護のテストだったんだ」
サティと加護のことを説明する。果たして隷属化と加護に関連はあるのか? 結果はなかったと判明したわけだが。
もし奴隷を買って手軽に加護持ちを増やせたら、そもそもこいつを加護持ちにする必要もなかったのにな。
「なんか話がそれたな。フランのことは純粋に面倒事を起こさないように、様子を見てくれってだけの話だぞ」
色恋は関係ない。
「あと剣の相手もな。フランを適度に発散させてやってくれ」
「でもあんまり体力を消耗するのはどうなんすかね?」
「体力は使いきっても構わん。それくらいじゃないとフランの相手は務まらんだろ?」
飛んでる間は休めるし、戦闘隊形はシラーちゃんが先頭だ。戦闘力は有り余ってるし、実戦時にウィルがヘロヘロになってもなんの問題もない。
「もしきついようなら、俺のところまで下がればいい」
むしろそれを口実に下げてしまえばフランも安全になる。
「まあ今はまだ修行と両立は辛いだろうが、レベルが上がるにつれて戦闘は楽になっていくはずだ。加護は強力だからな」
ただある程度強くなるまでが心配だ。実戦はすぐに慣れろってわけにもいかない。いきなり無理をさせて俺みたいに引き篭もられても困るから、ちょっと下げて様子を見る。これでダメなら……弓兵か、微妙な能力の魔法使いでもやらせるか。それとも隠密系を取らせて斥候をさせてもいいかもしれない。
「正直な話、盾役はきついか?」
今日は少々オークの数が多かった。大量のごついオークが雄叫びを上げて殺しにかかってくるのだ。怖くないはずがない。俺なら絶対に怖い。まあ今となっては雑魚だって理解しているからさほどでもないが。
「え、いやあ……」
ついっとウィルが目を逸らした。今日真っ先に留守番を申し出たのも、ハーピーだとあまり役に立てそうにもないという理由だけではなさそうだ。
「わかってる。みなまで言うな。オークの集団が向かってくるのは恐ろしいよな? それが普通だ」
シラーちゃんは平然としてたが。サティもそうだが、獣人って神経が図太いのだろうか?
「俺も最初はオークが怖かった。一番最初にオークと戦ったのはサティもまだ居なくてソロでやってた時でな。五匹出てきて、魔法と剣で倒したんだが……」
この際だ。こいつに俺のダメな部分もしっかり教えといてやろう。何か非常に誤解されているフシがあるし。
「こりゃ無理だと思って剣士を諦めた」
「ええっ!?」
そうだよな。絶対おかしいよな。なんで剣闘士大会とか出てたんだろうなー。
「俺が野うさぎって呼ばれているのを知ってるか?」
「何度か聞いたことがあるっす。野うさぎ狩りが得意なんすよね?」
さすがに馬鹿にするような話はもう広まってないのか。それともこいつは俺の知り合いだし、変な話を吹き込んで俺に伝わるのを恐れたんだろうかね。ティリカの婚約者をふっ飛ばした話とかちょっと色々尾ひれがついて広まってたようだし。
「違う。野うさぎに負けて通りすがりの人に助けてもらったんだ。すでに加護をもらっていた状態でだぞ?」
今でこそ笑い話だが、あれもガチで死んでてもおかしくない状況だった。
「そもそもだ。俺は加護がなければなんにも出来ない人間なんだ。魔法はもちろん使えなかったし、剣も握ったことなかった。家はそこそこ裕福だったから、親のスネをかじって生きてたんだ」
加護があってさえオークにびびり、ハーピーに殺されかけ、それでしばらく怖くて引き篭もったのも包み隠さず話してやる。
「俺なんてその程度の人間だ。だからお前もちょっとビビったからって気に病むな。自信なんて戦ってるうちになんとなくついてくもんだ」
さて。さすがにこれで忠誠は下がって……ない? なんで上がる???
「兄貴も苦労してたんすね」
「ああ、うん。まあそうだな。その後はゴルバス砦で防衛戦があって――」
あそこも結構きつかったが、一気に経験値を稼げてずいぶんと楽になった。
「お前もレベル20もあれば、スキルと合わせてどこへ行ってもトップクラスの戦力になれるぞ」
そうなれば俺にくっついて来る必要もない。嫁と違ってこいつの人生には責任は持てないし、束縛するつもりもないから自由にやればいい。
「自由にっすか?」
「そうそう。使徒だ神託だって言っても俺だけの話だからな。お前は気にすることもないんだ。冒険者をやるくらいの感覚で、続けるのも辞めるのも好きにすればいい。それだけはお前も覚えておいてくれ」
「はい、兄貴」
「ぶっちゃけると、俺は使徒だとか神託だとかはどうでもいいんだ」
どうでもいいは言いすぎだが、優先順位は低い。
「え、それってどういう……」
「まず第一に死にたくない。だから必死に修行もしている」
「まあそれはよくわかるっすけど」
「いっそ神託とかぶん投げちゃってしまえば楽なんだろうけどな」
「神託を断るとかとんでもない話っすよ、兄貴」
「別にいいんだよ。断ってもいいって言われてるし。でもみんなも神託を断るなんてとんでもないって言うしな」
「そりゃそうっすよ」
神託を受けるメリットもあるが、一番の理由は嫁が望むからだ。
「ほんとみんなとどっかで静かに暮らせたら、それが一番いいんだけどな」
でもこの案は評判悪い。まあそれはもう無理だろうってわかってんだけど。
「お前はどうなんだ? 魔法を覚えたら、それからどうしたかったんだ?」
思えばこいつとはじっくりと話したことがなかった。魔法を覚えたいとか実家のこととかは多少聞いたが、こいつの望みってなんなんだろうか?
もう望みは叶ったのに家にはまだ帰りたくないって言うし。
「俺は……もっと役に立つ人間になりたかったっすね。頭も兄貴たちに比べてよくもなかったんで、せめて魔法でも使えればって思ってたんすけど」
同年代の冒険者に混じればこいつもそこそこ優秀なんだが、剣の腕が多少立つ程度だと、大国の王子には何の役にも立たんのだろうな。
「このまま誰かと政略結婚でもして、どこかあまり重要じゃない領地を任されて、パッとしない一生を送るんだって思ったらどうにも耐えられなくて」
それで家出か。俺からすると、実にいい人生設計に思える。立場を交換できるものなら交換したい。
しかしなるほどな。こいつの望みは刺激的な人生か、実家ででかい顔をできるくらいの実力や功績ってところか。
こいつの仲間の話はあまり聞いてないが、クルックやシルバーのような生活のために冒険者をやっている人間とは、さぞかし相性が悪いだろうな。
だがそんな希望のわりにビビリなのは、最近まで王宮でぬくぬくと平和に暮らしてたせいだろう。魔物に対する恐怖心が俺と似たり寄ったりだ。
そうするとやはり弓を覚えて中衛がいいのか。弓も極めれば強力だ。もうちょっとこいつに魔法の適性があれば攻撃魔法を覚えさせてもいいんだが、剣と魔法両方となると中途半端になりかねない。
ついでだしこれから先覚えるスキルの方向性も検討することにした。
基本は剣士だが特殊な魔法も候補に上げた。召喚は魔力量がないときついから無理だが、空間魔法ならどこに行っても引っ張りだこだ。転移まで覚えてしまえば、生涯食いっぱぐれはない。ただ、転移術師は地味で、こいつの望む波瀾万丈な人生とはほど遠いだろう。
「光魔法なんてのもあるぞ」
日誌を開いて詳細を説明してやる。
コストは高いが、使いこなれせればそこそこ便利なはずだ。
「それって勇者じゃないっすか!」
「おう、勇者だな。やりたいなら譲ってやるよ」
「兄貴を差し置いてさすがにそれは……」
「俺はあんまり表舞台に出たくないんだ。裏方で地味に生きたいほうなんだよ。お前、光魔法を覚えて実家に帰って、勇者になりました! ってヒラギスに帝国軍を率いて攻めこむとかどうだ?」
ウィルはちょっと心が動かされたようだ。
だが魔族のことがある。光魔法は使い手がいないから、もし使い手として有名になったら、間違いなく狙われるだろうと、説明もしておく。
「え、遠慮しとくっす」
やっぱダメか。まあ覚えたいって言っても、今のところは危険のほうが大きそうだし、止めてただろうけど。
とりあえず剣と弓とその周辺スキルを強化することを決めて、あとは探知を取ることにした。生命探知があれば不意打ちはされなくなるし、俺も楽になる。悪くない選択だ。
相談が終わると結構な時間が経っていた。当然みんなもうお休みである。隠密忍び足、暗視を駆使して気が付かれないように、少しスペースのあったエリーの隣に潜り込む。体温が温かい。
屋敷に居た頃ならこのまま夜這いの流れだ。熟睡しているところをちょいちょいいたずらをして、目を覚ましたエリーに怒られる。でもその後はちゃんと付き合ってくれるんだよな。あれはすごく楽しかった。
さすがにこの大部屋ではそれもできない。みんなで泊まれてラッキーと思ったんだが。
お風呂ではさすがに軽くいちゃつくだけだったし、かなりムラムラするな。
次に宿が取れたら小部屋に分けて泊まるのもいいかもしれない。個室ならこっそり色々やれるだろう。うん、いい考えだ。旅の間は禁欲かと思ったが、そこそこ余裕もあるし、別に我慢の必要もなさそうだ。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
翌日、夜明けに起こされた。朝食の前にボランティア活動の続きをやるそうだ。
アンが要望を聞いてきたのは、井戸掘りと建物を二つ。それと物見塔。エリーは村の外壁の補修と強化に村の外へ。
エリーも土魔法での物作りにだいぶ慣れて、簡単なのならすっかり任せられるようになった。
「おお、すごいな! これはいくらくらいで請け負ってるんだ?」
見学に付いて来たフランチェスカが、俺がまたたく間に物見の塔を作るのを見て聞いてきた。
これがなんと! 驚きの無料なんです!
まあ階段もない、本当にただの塔だ。頑丈には作ってあるが、内装もとなるとちょっと手間暇がかかる。上に上がるには村人で階段を作るなり、ロープで登るなりしてもらう。
「これを無償? 昨日のハーピーもお金は取ってなかったようだが、神殿から何か委託されているのか?」
「いや何にも。これはアンの個人的な趣味」
「趣味って言うな。私たちには能力がありますからね。マサルも喜んで神殿の活動に協力してくれているんですよ」
別に喜んでやってるわけでもないが、今は魔力もあるし建物作りもぽんぽんと簡単にやれるし、この程度の仕事で感謝されるのも悪くはない。
次は井戸ですか。アースソナーで水源の確認を……大丈夫だな。ここで……よし。井戸も完成。
「しかし本当に魔法が得意なんだな。他には何が出来るんだ?」
「魔法は一通り使えるけど、得意なのは火と土かな」
他にも色々あるが、詳しく教えてやる義理はない。
「なあ、私の部下にならないか?」
「そういうことはもっと偉くなってから言うんだな」
そもそも部下って何の部下だろう。親衛隊とかの隊長らしいが。
「偉くなったらいいのか?」
「そうだな。王様くらい偉くなれたら多少の依頼なら聞いてやってもいいぞ」
今のところ王国に定住する予定だし、多少はしょうがない。
「それでも多少なのか」
「色々と忙しいからな」
「諦めろ、フランよ。エルフとてこやつを引き止めるためにあらゆるものを差し出すつもりがあったのじゃが、結局妾のほうがこうやって付いて来ておる」
「エルフでもですか……」
フランチェスカではエルフ以上の条件は到底出せないだろう。さっさと諦めろ。
「マサルに言うことを聞かせたくば、フランがマサルのモノになれば良いのじゃ。そうすれば色々とお願いも聞いてもらえるぞ?」
またリリアは仲間を増やそうとしているのか。いや、確かにエロいことをさせてくれるって言うならお願いくらいいくらでも聞くけどさ。
面倒くさい背景があって手を出すのはちょっとと思ってはいても、現実に目の前で可能性を示唆されると、ちょっと考えてしまうな。
お、赤くなった。そして胸のあたりをガードして一歩下がられた。
「じ、じろじろ見るな」
「おっと、失礼」
リリアが変なこと言うからガン見して引かれたようだ。いやだって、あんなこと言われたら見ちゃうよな?
「脈はなさそうじゃの。残念残念」
そうだな、残念だ。いやいや、そうじゃない。
「俺はそんな理由で手を出したことは一度もないからな?」
「はいはい、マサルは偉いよ、立派だよ。じゃあ次はこっちね」と、アン。
俺がアンの指示で建物を作っていると、後ろで「な?」と、リリアがフランチェスカに言っている。
これは嫁のお願いだからやってるんであって、お願いのために嫁になってもらってるんじゃないからな?
そりゃ可愛い娘に頼まれたらほいほいやってしまうのは否定しないが……
出発前に村人たちがハーピーの肉と素材を持ってきてくれた。夜のうちにきちんと解体してくれたらしい。
村の食糧事情は悪くないようで、他にも採れたての作物なんかもどっさりもらえた。
まあ持てなくなったら機会を見て、家に置いてくればいいだろう。それか途中に町でもあったら売っぱらってもいい。
たくさんの村人に見送られ、俺たちは旅の最初の村を後にした。




