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ニートだけどハロワにいったら異世界につれてかれた【書籍12巻、コミック12巻まで発売中】  作者: 桂かすが
第八章

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145話 王都の休日その4

 そのままエルフ屋敷に泊まっていったクルックとシルバーに、夜もたっぷりと魔法の実演。そして早朝、また特訓をしてやったのだが、特に何の成果も見当たらないまま、クルックのギブアップにより訓練は終了した。

 しばらく休憩して午後もやるか? そう聞いたら、二人して断ってきた。

 ひたすらエアハンマーを受け止めるだけのこんなきっつい苦行、ラザードさんからやれって厳命されてなきゃやりたくないよな。


「ラザードさんには普段からこれくらい鍛えられてるんだろう?」


「ヒーラーもなしにできないってば」


 それもそうか。治癒術師を雇うのもきっと安くないだろう。


「いても無理」


 終わりと告げられて気が抜けたのか、最後までがんばっていたシルバーも座り込んでぐったりしている。

 最後に魔法を実演してみせる。


「どうだ?」


「やっぱりわからん」


 修行期間が短すぎか、こいつらに才能がないか。

 それともエアハンマーの威力を弱くしすぎたか? もっと生きるか死ぬかぐらいの威力なら、命の危機に突然魔法感知が開眼するかもしれない。

 休憩している二人の前に大岩を出す。少し離れて通常威力のエアハンマーを打ち込む。


「本気だとすげえ威力だな」


 岩を削り取るエアハンマーの威力に暢気にクルックがそんなことを言う。

 本気というか、これが通常威力なんだけどな。


「二人に足りないのは危機感じゃないかと思うんだ。これくらいの威力で一度やってみてはどうか?」


「どうか、じゃねーよ。モテるのに命まで懸けたくないよ……」


 クルックはそう言い、シルバーも黙って首を振った。

 まあこいつらは何が何でも強くならないと死ぬとかないもんな。まだ冒険者になって一年目。急ぐ必要も、必死になる理由もない。


「そろそろ帰るよ。マサル、今日は忙しいだろ?」


「まあな。じゃあ二人とも元気でな」


「マサルこそ」


 こっそりヒラギスのことを話したが、おそらくラザードさんのところのパーティは参加しないだろうとのことだ。危険で長期で報酬も少ない。しかも遠方の他国だ。命をかける理由がない。

 こいつらとは当分お別れ。次に会えるのはいつになるだろうか。



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


 

 クルックとシルバーを見送ると、すぐにサティとシラーをお供に冒険者ギルドへと出発した。

 後はみんなお出かけ済みである。

 ウィルは一人でエルフの里で装備一式を見繕ってもらっている。フルプレートメイルの注文がメインだが、今の装備は安物ばかりで武器も防具も一新する必要があるから、朝一に送り出した。人の買い物に付き合うほど暇なことはないので、一人で送り出し、あっちのエルフに託してきた。

 他のメンバーはエリーに任せていたフランチェスカの件。まだ未決だそうで、返事を貰いに行っている。


「何人か自分のところの護衛も連れて行きたいみたいなのよ」

 

 そうエリーが朝に言っていた。

 辺境を通るから危険だということで、断る方向で一度話し合いをしたが、それくらいでは諦めなかったようだ。

 まあ危険といってもうちのパーティなら危険はまずないし、もちろん本人も恐ろしく腕が立つ。何より速度が普通に行くより圧倒的に速いから、サティが先に修行を始めてしまうのが気に入らないのだろう。

 だが嫁入り前の娘を一人で遠方にやるのはと、保護者の説得が難航しているらしい。


 しかしただでさえ二人も増えたし、今回はかなり長距離を移動することになるから、あまりフライの輸送力を落としたくない。護衛の追加は論外だ。

 できれば依頼自体を断りたいところだが、正面切って断るのも難しい。実に面倒くさい話である。



 冒険者ギルドについて軍曹殿を探し出すと、すぐに少し離れた場所にある商業ギルドの倉庫に案内された。

 かなり大きな倉庫に、木箱や袋、樽なんかが山積みしてある。


「いけるか?」と、軍曹殿。

 

 量より問題なのは数だな。出来るだけ大きい木箱とかにまとめてくれればいいんだが、小さい袋でも一個は一個。サイズが統一されてなかったら、持ちきれないかもしれない。


「とりあえず、大きい箱から入れてみましょうか」


 木箱はサイズが四種類ほどあって、半端が出たせいでちょっとスペースを取った。まあこっちの都合で100個で切りのいいようにとも言えない。続いて樽、袋と入れていく。

 物資は穀物が何種類かで、これが一番多かった。後は塩をはじめとする調味料。樽には野菜の漬物やドライフルーツ、お酒なんかも入っていた。


 しかし食材の種類の多さの割には、入れ物のサイズはちゃんと統一してあって、思ったよりもスペースが少なくて済んだ。全部でアイテムボックスを半分ちょっとくらい。まあ半分でも5000個の容量はあるし、心配することもなかったようだ。


「ぜ、全部入った……てっきり何人かで運ぶものだと……」


 立ち会いの商業ギルドの人が驚いていたが、いつものことなのでスルーしておく。


「まだ持てそうなら鍋や食器類も頼みたいのだが」


 これだけの食料には食器や鍋も当然必要だろう。


「それぞれ箱にまとめてくれれば」


 それほど多くなかったので余裕で入った。


「もう一回輸送を……いや、商業ギルドの専属になりませんか!?」


「トラウト殿、スカウトしてもらっては困ると言っておいたはずだ」と、軍曹殿。


「いや失礼。しかしこれほどの輸送力を冒険者にしておくのはもったいない」


 冒険者でこそ使いでもあるんだけどな。ドラゴンでも持ち運べるし。


「残念ですが、エルフとの契約があるので」


「その契約というのは……」


「俺が死ぬまで有効です。それに冒険者は当分続けますし、王様直々に声もかけていただいてるんで、引退後も商業ギルドの専属は無理でしょうね」


「たまにということなら……?」


「帝国に行って、当分こっちには戻ってきません」


「それはほんとうに残念です。王国にお戻りの際はぜひとも私にお声がけを。色々と便宜をお図りできることと思います」


「名前は覚えておきます」


 この世界、輸送も恐ろしく手間暇かかるし、時に命がけだしなあ。

 蒸気機関車くらいならどうにか作れないものだろうか? 今度エリーか誰かに聞いてみようか。


「砦に着いたら冒険者ギルドを探して、この目録と一緒に引き渡してくれ。連絡は付けておく」


「了解です、軍曹殿」


「貴様と次に会うのは数ヶ月後だ。最後に軽く稽古を付けてやろう」


 どうやら軍曹殿もヒラギスに来るらしい。


「軽くですね?」


「むろんだ。防具はあるな?」


「はい」


 防具も付けていいとは今日はとても優しいな。まあ出発前だし、きつい修行もないか。

 

「剣は実戦で使うものを出せ」


 冒険者ギルドに戻り、訓練場で刃引きの剣を出したら軍曹殿に止められた。


「最後に真剣で相手をしてやる」


 マジか。


「心配するな。軽くだ」


 防具はしっかりつけているが、真剣で軽く? それは軽いのか?

 くそう。俺がびびるのわかってて、ギリギリになって言ったんだな。

 通常の冒険に出る時に使うフル装備をつけて相対する。訓練場には結構な人がいて、何事かと集まってきた。


「あっちでは真剣同士での訓練もあるだろう。慣れておけ」


 ますます剣聖のところへは行きたくなくなる情報だが、言葉通り、少しでも俺に慣れさせようということだろう。

 口の中が乾く。鋭い剣でやり合う以上、一撃死もあり得るのだ。


「まずは軽くだ。かかってこい」


 んん? 今まずは、って言った!?

 だが軍曹殿は早く来いと促している。

 とりあえず言うとおり、軽く打ちかかる。真剣同士のいい音が響く。軍曹殿の反撃も鋭くはあるが、言葉通り、軽い。ずいぶんと余裕がある動きだ。

 だが一切油断せず、軍曹殿の動きを注視する。さっき確かにまずは軽くと言った。間違いない。

 軽く。軽く。何度も打ち合う。

 慣れ親しんだ軍曹殿の剣筋だ。これくらいゆるゆるだと、真剣でも恐ろしくない。


「体は暖まったな?」


 まだ、そう答えられたらいいんだろうが、準備運動はもう十分だ。


「はい」


「では死ぬなよ?」


 軍曹殿が殺気を膨らませて襲いかかってきた。

 軽くって大嘘じゃないですかーーーーーーー!?


 数合、軍曹殿の攻撃を受け、躱し、なんとか一発、反撃をする。やばい、かなり本気だ。

 俺の反撃を躱して、軍曹殿が動きを止めた。

 見慣れない構えから何か……

 動いた――そう思った時には、もう軍曹殿の剣が俺の喉元に突き付けられていた。


「雷光。この技はそう呼ばれている。覚えておけ」


「はい、軍曹殿」


 やはりラザードさんもフランチェスカも、全然相手にならないくらい軍曹殿は強い。


「いつか貴様が追いつくのに一〇年はかかるだろうと言ったな? 訂正しよう。次に会う時、貴様が私を超えていることを期待するぞ」


 それだけ言うと、軍曹殿は踵を返し、見物人をかき分けて去っていった。

 

「サティ、見えたか?」


「はい……たぶん」


 シラーちゃんはよく見えなかったようだ。

 動きは目に焼き付いている。だが最後の剣。あの剣速。尋常じゃない速さだった。

 軍曹殿に勝つ? 冗談じゃない。軍曹殿は俺に期待しすぎじゃないですかね……


 サティはそのまま冒険者を相手に遊んでいくようだ。シラーちゃんはウィルの件があるので、加護の力は見せびらかすものじゃないと我慢している。


 軍曹殿を超えるのはサティだよなあ。でもサティは軍曹殿には軽く相手をしてもらっているだけで、俺に本格的に教えているから、俺のほうが気にかかるのだろうか。

 つらつらと考えるに、最後の稽古は結局軽かったのかもしれない。本気も一瞬で終わったし、寸止めだったし、痛くもつらくもなかった。

 どう思う、シラーちゃん?


「その理屈はおかしいぞ、主殿。どう見ても軽くはなかった」


 ちょっと感覚が麻痺しているのかもしれない。


「あの……」


 シラーちゃんと話していると、若い冒険者が数人来て話しかけてきた。


「マサル殿、ですよね。俺たちに稽古をつけてくれませんか?」


 ふむ。まあ見てるだけなのも退屈だしいいか。


「俺の稽古は厳しいぞ? それでもいいなら相手をしてやろう」


「お願いします!」


 もしかするとこの中から、一〇年二〇年後、助けになる人間が出るかもしれない。

 そう思ったのだが、俺が相手をしてくれるとサティのほうにいた冒険者たちが半分くらいこっちに回ってきて、聞こえないと思って、いい記念になる、とかわいわい言ってる。

 なるほど観光か。観光の記念にしようってか。

 いいだろう。忘れられない王都観光にしてやろう。


「はい、順番に並んで並んで。全員ちゃんと相手してやるからなー」


 全員、俺の本気の一端を味わってもらおうか。

 シラーちゃんに列の管理を言い付けておく。誰一人として逃げられないように。



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



 買い物といえば本屋である。この世界で数少ない娯楽の一つだ。

 さすが王都、教えてもらった本屋に足を運んでみると、シオリイやミヤガなんかとは比べ物にならない品揃えだ。

 パラパラとめくっては、興味なさげなシラーちゃんに持たせていく。サティはじっくりと時間をかけて選ぶようだ。入り口の辺りでひっかかっている。


「ちょっとちょっと! そこの冒険者の兄さん。買いもしない本を、ぽんぽん棚から出したら困るよ」


 五冊ほど選んだところで、店員に見咎められた。


「買うよ」


「お金はあるのか? 見せてみな」


 この世界は本屋は厳しいな。お金がないと、本を見せてもくれない。

 まあ今日は冒険者ギルドの帰りで、かなりがっちがちの戦闘装備だし、とても本を嗜むようには見えないんだろう。

 しかしじゃらじゃらと金貨を見せたら、とたんに店員の態度が変わった。


「何をお探しでしょう、お客様!」


「物語がいいな。あ、豪華なのはいらない。ボロくても読めればいいから」


「絵本! 絵本ないですか?」


「物語に絵本ですね。えーっと、これとこれと――」


 さすがに専門家だけあって、てきぱきと選んでいく。


「いっぱい買うからサービスしてくれよ?」


「そりゃあもう!」


 山盛り積んで、金貨六枚。60万円。高い買い物だが、これで当分読む本には困らないだろう。


 あとは食料。もちろんちゃんと確保はしてあるが、旅程が辺境方面に変わったし、人数も増えたから追加で多めに仕入れておこう。もしかしたら家やエルフの里に戻るタイミングがないかもしれないし、まさかご飯が欲しいって理由で、転移魔法をバラす危険を冒すわけにもいかないしな。


 ちょうどお昼くらいだったので、市場を三人で食べ歩きしながら気に入ったのを大量購入していく。

 ちょっと多いかとは思ったが、お金は十二分にあるし、余ったらエルフかエリーの実家へのお土産にすればいい。



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



 エルフ屋敷に帰ると、みんな戻ってきていた。ウィルもエリーが回収してくれたようだ。

 そしてフランチェスカが居た。

 エリーのほうを見ると、首を振られた。断れなかったのか。


「リーダーはマサルだそうだな。明日からよろしく頼むぞ!」


「それはいいんですけど、その鎧……」


 俺が使ってるハーフプレートに近い、だが日の光に反射してキラキラと金色に輝き、純白のマントが翻り、実に格好いいし、よく似合っている。


「これが通常装備だ。エリザベスにも目立ちすぎると言われたんだが……」


「代わりの装備は?」


「試合で使っていたボロい革鎧ならある」


 成長期で最近新調したばかりで、プレート装備の予備はないそうだ。


「指揮官は目立つのも大事なんだぞ」


 だぞって胸を張って言われてもな。

 確かに親衛隊の隊長なら、ビジュアル重視の派手な装備も妥当なんだろうけど、シラーちゃんの暗黒装備はまだ許せても、これは無理だ。


サムライ(マサルのパーティ)はドラゴンの集団だろうが蹴散らせるくらい強いのだろう? 何をこそこそする必要がある?」


「まあそれはそうなんですけどね」


 んーむ。これでもいいのか? 目立つ格好でも危険は皆無だとは思うが……

 いやそうでもないか? 魔物は関係ないだろうが、人間に対しては確実に目立つ。盗賊や悪人はどこにだっているのだ。


「うちは強いから革装備でも大丈夫。それよりも問題は、目立つと狙われやすくなるから、護衛する側としては困るんですよね」


 部隊を率いるんじゃないし、このキンキラした鎧はやっぱないわ。


「もしどうしてもその鎧を使いたいなら、護衛任務はお断りします」


「これは叔父上に頂いた大事な装備なんだが……致し方ないな。あとで革鎧を取りに戻ろう」


 しかしこれはちょっと言っておかないとまずいな。


「それと公爵令嬢とかそういう身分は一時忘れてもらいましょうか。危険な地域を通るのは説明してありますよね? その時に俺やエリーの命令に従ってくれないと困りますから」


 まずないとは思うが、転移で脱出なんてこともあるかもしれない。緊急時に勝手な行動をされては危険だ。


「それともお客様として道中、後方でお守りするほうがいいですかね?」


 ずっと後方で大人しくしてくれるというなら、それはそれで構わない。


「いいだろう。今回は修行の旅だ。私も冒険者として扱うがいい」


 実に偉そうだが、冒険者扱いでいいって言ってるし、まあいいか。


「よし。じゃあみんな、敬語はなしな。今からフランチェスカも旅の仲間だ。フレンドリーにいこう」


 決まったからには仕方がない。受け入れよう。

 今のところ、素直に言うことは聞いてくれるし、旅でも問題は起こさないだろう。


「改めてよろしく頼む」と、フランチェスカ。


「フランチェスカじゃ呼ぶのには長いな。これからフランって呼ぶことにするか?」


「お前、いきなり気安いな……」


 長旅になりそうなのに、気を使うのは面倒だ。


「じゃあお姫様扱いに戻そうか? フランチェスカ姫」


「……フランでいい」


「ではそういうことで。エリー、明日からの予定を再確認しとこう」


 フランチェスカの同行を前提に、旅程を考えなおさないといけない。

 道中の狩りはなしでいいか。ぶつかれば行き掛けの駄賃でやってもいいが、基本は移動優先にしよう。

 あとはまあ、いつもどおり臨機応変、行き当たりばったりに行くしかあるまい。こっちに来てからというもの、予想外の出来事が起こらないことのほうが珍しいからな……

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