139話 巨人殺しの剛弓
「へえ。家族でパーティを組んでるのか。それは素敵だな」
「はい! それで帝国にあるエリー様のご実家に……」
サティはもうフランチェスカへの怒りをすっかり収めていて、フランチェスカも同じ所で修行をするなら勝負はいつでもできると機嫌を直し、二人は和気あいあいとおしゃべりをしていた。
俺はといえば、酒と飯をかっくらいながらボルゾーラのお相手である。
「俺には五歳と三歳の子供がいてな」
軍人なんてやってたらいつ死ぬかもわからない。だから家族のためにも稼げる時に稼いでおきたい。だが二年連続の準優勝。
「剣闘士大会もここらが潮時なのかもしれんなあ」
軍人なら鍛えるのも仕事だが、みっちり修行するとなると、どうしても家族サービスが疎かになってしまう。家族のためにとがんばればがんばるほど、家庭を放置することになってしまうのは実に悩ましい話だ。
なにより子供が可愛い盛りでそっちを優先したいと。わかるわかるぞ。やっぱり家庭が一番大事だよな!
「え、23? 同い年かよ」
もっとおっさんかと思ってた。
「じゃあ結婚は17か18くらい?」
「15の時だ」
はええな! 五人も嫁がいる身だけどちょっと羨ましいわ。
軍人になるために田舎の村から王都に出てくる時、幼なじみにプロポーズして付いて来てもらったんだそうだ。
幼馴染と結婚か。それはほんとに羨ましいな……
「俺のことよりお前らのことだ。Aランクだというのにまったく名前を聞いたことがない。これまでどこで何してたんだ?」
これでも地元ならちょっとは知られてるんだけどな。まあ野うさぎがこれ以上広まるのも嫌すぎるけど。
「半年くらい前に、シオリイの町の近くでドラゴンが出たことは知ってるか? その討伐に参加してたんだけど」
「それは聞いたことがないが、ドラゴン殺しか」
あれも見つけてすぐ倒して、騒ぎにもなってなかったしなあ。
「シオリイならゴルバス砦へは行ってないのか?」
「行った行った。第一陣で派遣されてね。あれはほんとうに大変だった」
でも治療ばっかで戦闘はほとんどしてなかったな。ああ、壁を直したのがあった。
「あそこの城壁の修復、俺がやったんだ」
「そういえば冒険者に腕のいい土メイジがいたと仲間が言っていたな」
地味な仕事だったが、見てる人はちゃんと見てるな。
「それでその冒険者はさっさと引き上げちまって、どうせなら最後までやっていってくれりゃいいのにってぼやいてたぜ。あれはお前のことだったか」
好き勝手言いやがると思ったが、あのあと第三城壁の建設が始まって、国軍もかなりの人員が長期間拘束されていたようである。
ちょっと悪いことしたかな。でも今でこそ手伝ってもいいと思えるが、あの頃は経験値稼ぎが最優先だったしな。
「最近はエルフ領でかなり大規模な魔物の襲撃があってね。その撃退を手伝ってランク上がったんだ」
「それであんなにエルフに厚遇されてるのか。おい、あまり強い酒はまだ飲むなよ?」
話しながらちょっといい酒を飲もうと手を伸ばしたら、ボルゾーラに止められた。なんでだ。
「知らなかったのか? もうすぐお偉いさん方がくる。酔って相手をしたくないだろう?」
王様を筆頭に王国軍やギルドのトップが何人も挨拶にやって来る。つまりこの打ち上げと称した宴会は、スカウトと人脈作りの場であるらしい。
あ、それでこいつ、このあと食えなくなるんでガツガツ食ってたのか!
「よかったな。お前ら夫婦ほどの実力があればどこでも引っ張りだこだぞ」
よくねーよ。めんどくせー。
ほどなくボルゾーラの言葉通り、入り口のほうが騒がしくなった。
「ほら、もう食うな。酒も置け。本当に偉いさんばっかだから、粗相のないようにな」
マントや王冠の正装を脱いで軽装になった王様がお供を引き連れてやってきた。お、軍曹殿もいる。
ボルゾーラが頭を下げるので、俺も真似をする。フランチェスカやサティも同様だ。
「よいよい。諸君らは疲れているだろう。我らのことは気にせず楽にせよ」
ずいぶんな無茶を言いなさる。
「ボルゾーラよ、今年も惜しかったな」
「いえ。力が及びませんでした」
「サティと並んでみてくれ。ふむ……ほんとうに……」
並べてみると身長差、体格差がものすごい。これで勝てたとは目にしていても信じがたいのだろう。
「フランチェスカ様に勝った相手です。油断も侮りもしておりませんでした」
だからこそフランチェスカ戦に用意した大盾でがっちりと防御を固め、新しい動きだったので一旦様子を見た。
「間違いなく力で打ち倒されたのです」
「でもサティのどこにそんな力があるんだろうな?」と、フランチェスカ。
これでも最近はしっかり肉も付いて来たんだけど、そんなに力があるようにはまったく見えない。素のパワーもかなり強いにせよステータスブーストのお陰だろう。
それで誰かが力を見てみたいと言い出した。
どうするんだろう。何か重いものを持たせてみる? それともりんごを握りつぶしたり、重ねた紙を引きちぎったり?
格好からして軍の関係者だろう偉いさんの一人が進み出て、両手を前で構えた。手を組んで直接の力比べか。
でも当然ながらあっさり捻られる。そこそこ年配だったが体格もいいし、力には自信があったのだろう。まったく相手にもならなくて驚いている。
ああ。二人目も捻られた。無駄なことを。
このままだといつものように、サティに挑戦者の行列ができそうだ。嫌な顔一つせずに相手をしているが、サティも今日は疲れてるだろうに。
人の輪から離れてサティの弓箱をアイテムボックスから取り出す。
「これはエルフに作ってもらったサティ専用の剛弓です」
サティの体格に合わせて寸法は短くなっているが、見た目は剛弓と呼ぶにふさわしいでかさと無骨さを持っている。こいつはサティ以外では俺くらいしか引ける者がいないから、力試しにはちょうどいいだろう。
まずはサティに渡して引いてもらう。そのあとは弓が回されて、サティはゆっくりできた。
体力に多少自信がある程度のお偉い方にもちろん引けるはずもなく、遠巻きに見ていた他の選手も引っ張りだされ順に挑んでいくが、ことごとく引くのを諦めていく。
結局引けたのは最後に試したボルゾーラのみ。
「さすがは巨人殺しじゃ。並大抵の力ではないな」と王様。
「巨人殺し?」
「ああ、俺の二つ名が巨人だろ。それをあっさり倒したもんでそんな名が付いたらしいぜ」
ほんとだ。サティのメニューを見ると称号【巨人殺し】が増えている。
「この弓も実に素晴らしいな。何? この弓にはまだ銘がないのか。では余が巨人殺しの剛弓と命名してやろう」
おお、悪くない。エルフ最高の弓職人が作った逸品にふさわしい銘だ。
「良い名だと思います」と、殺される側のボルゾーラも文句がないようだ。
「いい名前をつけてもらったな、サティ」
「はい。ありがとうございます、王様!」
それで終わったかと思ったのだが、「お前も引いてみろ」と、俺に弓を返したボルゾーラが余計なことを口にし、一斉に俺に注目が集まった。
この弓、俺でも本気でやらなきゃ引けないんで、今日は疲れることはしたくないんだが。
サティがわくわくした顔で見てるな。俺が引けることは当然知っているが、俺の力をみんなに見せびらかしたいのだろう。
「やっぱり無理か」
ちょっとためらっているとボルゾーラがそう言った。特に馬鹿にした風もないが、引けなくてまあ当然だろうという感じだ。しかしサティがボルゾーラのセリフで少しイラっとしたようだ。
「俺を甘く見てもらっては困るな」
弓を出してしまったのは俺のミスだ。仕方がない。
深呼吸をして気合を入れて、ギリッ、ギリッと弓を引き絞っていく。やっぱり今日はいつもよりパワーが落ちてるな。きっついわ。
「これで……どう……だ」
ちゃんと引いてやったぞ。驚いたか、ボルゾーラ。
ボルゾーラはちょっと驚いただけのようだったが、サティが嬉しそうだしまあいいか。
「いつもならもうちょっと楽に引けるんだが、まだ昨日の疲れがだいぶ残っているからな」
そのまま仕舞おうと思ったが、弓が手汗で濡れている。命を預ける大事な道具だ。布を出して軽く拭いて……かっこいい名前が付いたのはよかったが、まだ新品なのにこんなお遊びに出すこともなかったな。
今度サティなら持ち上げられる重さの岩でも探して持っとくか。いやそれよりも何かで見た、超重量級の剣のほうが格好いいし、見た目のインパクトも……ああ、しまった。土魔法で作れば良かったんじゃないか。大剣でも重量挙げ用の何かでも、好きに作れるんだし。
「いや、良いものを見せてもらった!」と、戻った俺に王様がお褒めの言葉をくださった。
「そなたも今日は残念であったが、昨日は実にいい試合を見せてくれた」
「そうそう。あれは実に熱い戦いでしたな」
今度は俺にターゲットが移った。やはり弓を出したのは失敗だった。
「冒険者ギルドはどこにこのような人材を隠していたのですかな?」
隠してたというか、がんばって隠れてたんだが、それももう限界だな。冒険者ギルドにはかなり正確に実力を掴まれているし、王様にも先日少し教えた。神殿にも何かしらの情報は入っているはずだ。
戦いがなくなるか逃げでもしない限り、早晩名が売れるのは避けようがないし、下手な隠し立ては怪しすぎて無理が出てきた。
俺の力まで見せたのは余計だったが、サティに関してはサティレベルの剣士がごろごろいるようだし、さほど問題ないだろう。たぶん……
「隠していたわけではないのですがな。活躍したのはごく最近。しかも辺境でのことが多くて、皆様方の耳にまで届かなかったのでしょう」
エルフがちゃんと情報統制してくれたお陰だな。ギルドのほうも俺たちを抱え込みたいのか、外に情報を漏らさないでくれとの約束を守ってくれているようだ。
魔法とかはエルフにすらおかしいと言われるレベルだし、まだ当分はバラしたくない。
「マサル、こちらが王国冒険者ギルド総ギルド長だ」と軍曹殿がついでに先ほどの発言主を紹介してくれた。
「ギルドには常々お世話になってます」と、軽く頭を下げる。
いや待てよ? こいつと王様があの初心者講習の奴隷化に許可を出したやつか。その節はほんとーに世話になったな!
「会うのは初めてだが、話は色々と聞いておる」
やっぱりギルドに報告した分は全部把握してそうだ。
「しかしさすがはヴォークトよ。実に良い戦士たちを育て上げてくれたものじゃ」
「ほう。ヴォークト殿の弟子なのですか。それならあの強さも納得ですな」と、どこかの偉いさん。軍曹殿の強さはここでも有名らしい。
「弟子というほどの指導はしておりません。彼らならどこで修行したところでいずれ頭角を現したでしょう」
「いえ。ギルドの助けと軍曹殿の薫陶がなければ、ここまで強くなれなかったでしょうし、そもそも生き残れなかったかもしれません。俺の師匠と呼べるのは軍曹殿のみです」
「これは冒険者ギルドから引き抜くのは無理ですかな?」
「先ほども言ったであろう? 彼らは当分冒険者を続けるそうだし、その後は王国に領地を構える計画じゃ。つまり余に仕えることになっておる。そうじゃな、マサルよ?」
なるほど。王様が優先権を主張してるから、誰もスカウトの話をしなかったのか。
しかし本決まりじゃないんだが、まだ決めてないと言えるような雰囲気でもないな。それに……
「王国はいい国です。いずれこの国に骨を埋められればと思ってます」
異世界で骨を埋める覚悟はすでにしているし、領地も気に入っている。もうあそこが我が家だと思っている。できればずっと住みたいと思いつつも、これまで確信が持てなかった。
それはきっと仕えるべき誰かの顔が見えなかったからなのだろう。
「いい国か。ならばマサルが余に仕えてくれる時まで、しっかりとこの国を守り導かねばな」
この王様は悪い人じゃなさそうだ。
「その時はよろしくお願いします」
そう言って俺は深く頭を下げた。
この先、王国にも大きな試練の時がやってくる。
王様にはこの国をしっかりと守っていてもらわなければならない。




