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ニートだけどハロワにいったら異世界につれてかれた【書籍12巻、コミック12巻まで発売中】  作者: 桂かすが
第七章

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138話 本戦、決勝

 サティがお腹が空いたというので好物の桃っぽい果物を出してやると、五つも平らげてようやく食べる手を止めた。まあ消化は良さそうだから、腹に攻撃を食らって……みたいなことにはならないだろう。

 その後は体育座りで膝を抱えて、じっと体を休めている。

 フランチェスカとの戦いで長時間全力で戦ったのに加え、ずいぶんとダメージも受けた。きっちり治療はしてあるが、受けた分のダメージが疲労として数日は残ってしまうのはどうしようもない。

 決勝までの短時間でどの程度回復できるだろうか。

 

 決勝の相手はやはり優勝候補の一角の巨人ボルゾーラ。フランチェスカすら手こずった相手だ。今年はフランチェスカを倒して優勝をもらうと言っていたし、間違いなく強敵だろう。

 準決勝の相手もなんなく倒し、お陰で休める時間もひどく少なくなった。


「どう戦う?」


「最初から全力で当たります」


 短期決戦を仕掛けて、後は臨機応変。

 ボルゾーラは正面からの力押しを得意としているようだが、ここまで実力を見せずに勝ち上がってきたから、あまり具体的な対策は取りようがない。まあ現場にきてノープランなのはいつものことだ。

 しかし技と早さはフランチェスカ以下だろうし、パワーもサティなら十分に対抗できるはずだ。

 体調さえ万全なら。


 準決勝終了後発表されたオッズはやはりボルゾーラが大幅に有利。フランチェスカを倒した実力に間違いはないにせよ、サティは消耗しすぎた。それが公式見解なのだろう。

 舞台脇にはアリーナ席の観客用の投票券販売所があって、そこら辺にいる係員に言えば買ってきてくれる。オッズが確定してから購入するための時間はたっぷり取られているので、自分で買いに行ってもいいのだが、勝敗次第で荒れることがあるので、選手が買いに行くのはお勧めしないそうである。

 俺やサティは穴馬的に勝ち上がってきたので、さぞかし損をした人は多いだろう。

 もう小金を儲ける必要もないのだが、俺とサティの分を頼んで買ってきてもらう。毎回買っていることだし、スタミナに不安があるにせよ、ボルゾーラがフランチェスカより弱いのなら、オッズが有利なこともあってずいぶんと分のいい賭けだ。


 まもなく決勝が開始されるとの告知が会場中にされた。そろそろ投票締め切るから、買ってない奴は急げよってお知らせである。

 始まるまでもう少し時間はあるから、結局休憩は三〇分くらい。普通に休むのなら十分な時間ではあるが……

 サティがパチっと目を開け立ち上がり、ゆっくりと伸びをした。


「体調はどうだ?」


「……ほぼ回復しました。体が重い感じはしますが、これくらいなら全力で動けます」


 確かめるように剣を振るって、サティはそう答えた。短時間でも休憩の効果はあったようで、すっきりした顔をしている。一戦できる程度には回復してるようだが、その限界がどこまでかは測るすべがない。

 

「もしダメだと思ったら、無理しないでさっさと参ったするんだぞ?」


 フランチェスカ戦はなかなか心臓に悪かった。もう十分稼いだし、サティの身の安全のほうがはるかに大事だ。


「いえ、なんとしても勝ちます」


 そんなに一日独占権が欲しいのか? それならフランチェスカに勝ったご褒美に、もうここであげても……


「タマラちゃんのことなんですけど」


 違ったようだ。

 先ごろ購入した三人の奴隷のうちの一人のタマラちゃんであるが、村に恋人がいて、そいつも領地に呼んで夫婦にしてやって、今回新婚旅行ってことで王都にも連れて来ていた。当然大会も見に来ていて、賭けにもなけなしのお小遣いを使って参加しているはずだ。


「わたしが勝てば解放できるって」


 ここでサティが優勝すれば大穴。昨日は手持ちが少なくて大きく賭けられなかったが、今日は夫婦で上限いっぱいまで賭けに出る、そういう話をたまたま聞いてしまったんだそうだ。

 賭けはまったくの自己責任だが、サティは奴隷ちゃんたちと仲がいい。助けてやりたいだろう。


 しかしまともにお金を貯めれば五年や一〇年はかかるはずが、サティが勝てばもう解放か。そうなったら身の振り方を相談してやらないとな。村に帰りたいかもしれないし、王都みたいな都会が気にいるかもしれない。二人ともよく働いてくれるから、そのまま残ってくれたら一番いいんだけど。


「シラーも賭けてたよな?」


 シラーちゃんとは最近ちょっといい雰囲気なのに、解放されてどっか行っちゃったら、俺泣くよ?


「儲かったらいい装備がほしいって言ってましたよ」


 よかった。マジでよかった。

 もう一人の奴隷のルフトナちゃんは、王都の人混みで男嫌いが再発して絶賛引き篭もり中で賭けどころじゃない模様。まああの娘は解放されたところで男嫌いが治らなきゃ、女所帯のうち以上の場所はそうそうなさそうなんだけど。


「それならがんばらないとな」


「はい。じゃあ行ってきます。少しだけ待っていてくださいね」

 

 サティが舞台に上ると結構な声援が飛んできた。さすがに決勝まで来るとファンらしきものが結構な数ついている。サティはそれに笑顔で手を振って応えていた。相手のボルゾーラには目立った声援はない。サティと対すると見た目悪役だもんな。

 だがボルゾーラは気にした風もなく、サティに話しかけた。


「この短時間じゃそれほど回復できなかっただろう? 痛い目をみる前に棄権したっていいんだぜ?」

 

 サティが過小評価されている。そう言いたいところだが、このくらいの戦いのレベルになってくると、ほんのわずかな不利が勝敗を決めかねない。サティの回復具合は読み違えてるのだろうが、不利なのには違いがない。


「なんの問題もありません。無駄口を叩いてないでさっさと構えなさい」


 どこで覚えてくるのか、サティはたまにこんなセリフを言うことがある。冒険者に混じって訓練しすぎたかもしれない。


「なかなか言うじゃないか」


 そう言うとボルゾーラは剣を構え、大きな盾を持ち上げてずいっと前に出した。

 盾? さっきの準決勝ではあんなでかいのは持ってなかった。決勝で変えてきたのか。

 きっと対フランチェスカのために用意していた隠し玉なのだろうが、元の戦法もあまり知らないサティに対してはさほど隠し玉の意味はなさそうだ。


 しかしここにきて防御重視の戦法に変更か。フランチェスカとまともに打ち合うのを避けたいが故なんだろうが、サティ相手ではどうなんだろう、そう考えて気がついた。

 ちょっとやばいかもしれん。盾の大きさに目がいっていたが、それより恐ろしいのはリーチの長さだ。盾を突き出されると、その大きさと相まってサティの剣が簡単には届かない。


 恐らくサティは今大会で最も小さい選手だ。そして相手は今大会最大の体躯を誇るボルゾーラ。

 昨日当たった神殿騎士相手にやったみたいに、うまくフェイントでも使って回り込めればいいのだろうが、対フランチェスカを想定していたボルゾーラがそんなに甘いはずもないだろう。

 盾が大きいなら普通はその重量で動きが鈍るのだが、ボルゾーラが持てば大型の盾もバランスのいいサイズにしか見えない。取り回しが悪くなることは期待できない。

 うまく動きまわって隙を見つけ……ああ、ダメだ。それだとスタミナの消費が……


 審判の「始め!」の声がかかった。

 サティが大きく下がった。ボルゾーラは構えて動かない。様子を見ようというのだろう。

 サティが剣を両手に持ち替え、低く構えた。これは俺の、というよりラザードさんの一撃必殺戦法か。昨日のうちに練習してたのか?


 サティが突撃した。速いが、まっすぐ真正面。

 十分に助走をつけた大振りの剣が勢いよく盾に叩きつけられる。

 ガギンッ。剣が折れたんじゃないかというほどの音が大きく響き渡る。

 しかしいくら威力があってもあの大盾で受けに回られては……


 そのまま流れるようにサティの次の剣が繰り出される。この技が合ってるのか、俺よりもなめらかでいい動きに見える。

 ギンッ。再びのサティの攻撃も、多少打点をずらしたところで大きな盾でがっつりと阻まれる。すぐにボルゾーラが剣を繰り出すが、サティはそれをあっさりと躱して一旦距離を取った。追撃はこない。


 もう一度、サティが同じ構えを取った。


「次が全力です」


 そうサティが呟いた。今のは単なる小手調べ、試し打ちだったようだ。


 サティが動いた。言葉通り最初の攻撃よりも更に速く、勢いの乗った剣がボルゾーラの盾を打ち抜いた。

 衝撃音。ボルゾーラが手に持った盾を下げた。攻撃を支えきれなかった? しかし盾は舞台についたがまだ正面にしっかり構えたままだ。

 そこに間をおかずサティの攻撃が盾に加えられた。ボルゾーラの盾が横に弾かれる。

 ボルゾーラの反撃の剣がサティに襲いかかるが、それもサティの強力無比な連撃にあっけなく打ち払われた。


 剣も盾も排除されたボルゾーラの巨体がサティの前に剥き出しになり、そこにサティの剣がキレイに入った。

 サティが一歩下がると、ボルゾーラが膝をつき、そのままゆっくりと倒れる。

 一瞬会場が静まり返った。

 倒れたままボルゾーラはぴくりとも動かない。


「し、勝負あり!」


 会場が大きな歓声に包まれた。


 「巨人殺し(ギガントキリング)だ!」


 誰かが言い出したこの呼び名が、サティの二つ名になった。




 サティは審判の判定を聞くとすぐに、小走りで俺の所へ戻ってきた。


「やりました!」

 

「お、おお。よくやった」


 あっけない。時間にして一分ほどか?

 

「あ、あの……あれを」


 ああ、あれか。やっぱりすごくほしかったんだな。


「はい。マサル一日独占券」


 真っ先にもらいに戻ってきたようだ。

 サティはわざわざ剣を置いて、しっかりと両手で券を受け取った。ノートの切れ端に手書きでさらさらっと書いたやつなんだけど、ずいぶんと恭しい。

 サティは渡された券をしっかりと確かめると、胸にそっと抱いて言った。


「ありがとうございます! 大事にしますね」


 いや、使いなさいよ。別に大事に仕舞っておいてもいいけどさ。




 ひとしきり券を眺めて満足したサティは、置いた剣を拾おうとして顔をしかめた。


「どうした?」


「手首が」


 右手首が痛いというので回復魔法をかけてやる。他は大丈夫のようだ。

 フランチェスカ戦のダメージは俺が自ら完璧に治したし、この戦いでダメージはまったく受けてないから、心当たりは一つしかない。

 二回目の全力での突撃。あの時、とんでもない衝撃がサティの手首にかかったはずだ。

 付け焼き刃の技で手首に変な負担がかかった? それとも単にサティの体が大きな力に耐え切れなかった?

 どちらにせよあそこで決まらなかったら、サティは窮地に陥っていた。


 俺の時は……回復魔法をかけっぱなしだったし、酷いダメージの連続だったから、手首を少しくらい痛めていても気が付かなかっただけの可能性もある。

 サティも終わってから気がついてたし、戦闘中はアドレナリンがどばどば出てるからわかりづらいのだろうか。


 これはちゃんと確かめる必要があるな。毎回手首にダメージが来るようじゃ、実戦では使えない。いや、むしろ実戦では大丈夫なのか? 刃引きの剣ででかい盾を叩くみたいなことは、まずあり得ない状況だ。衝撃の前に、切れ味のいい剣で敵が真っ二つになる。

 しかしだからといって確かめないわけにもいくまい。

 サティと全力で打ち合って、体が耐え切れるかどうか見る? すっごい嫌な確認方法だな。

 いや、こういう時に頼れそうな人がいるじゃないか。軍曹殿に聞いてみよう。



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



 サティが舞台に呼び戻されると、王様が出てきて表彰式が行われた。サティへのお褒めの言葉と、金貨の入った賞金袋の授与。

 最後に素晴らしい戦いを見せてくれた戦士たちに盛大なる拍手を! と締めくくってあっさりと大会は終わった。


「時間をかけて豪華な式典をしていた時期もあったのですが……」とエルフの隊長さん。

 

 面倒がってすっぽかす人もいれば、昨日の俺みたいに安静が必要な人もいて、今みたいな簡素な形に落ち着いたそうである。

 派手なのが好きなら、祭り期間中に街に繰り出せばどこででも大歓迎されるから、それで誰も不満はないみたいだ。


 ただ何もないというわけでもなくて、闘技場で打ち上げが準備されている。立食形式で豪華な食事も出るようだ。

 ほんとは早く帰って休みたいが、優勝者のサティは強制参加だ。


 みんなに打ち上げに出ると知らせてから、闘技場建物内の会場に合流すると、すでにもりもりと料理を食っているボルゾーラにこっちこっちと呼びつけられた。

 その横にはフランチェスカもいて、ぶすっとした顔で何かを飲んでいる。あとは決勝に出ていた選手や運営の人らだけの、ほんとうに小規模な打ち上げのようだ。


「いやー、さっきのは驚いたぞ。まさか盾を叩き落とされそうになるとはな!」


「正面から受けてくれたので助かりました」と、サティ。


 しかしサティの全力を正面から受け止めすぎた。あれは少しでも避けられると勢いが落ちるから、避けるか受け流すべきだったのだろうが、そこまでの威力があるとは思わなかったのだろう。俺も思わなかった。


「おい、サティ!」


 ボルゾーラとサティの食事をしながらの談笑をしばらく黙って聞いていたフランチェスカが、突然横から口を挟んできた。顔が赤い。飲んでいるのはお酒か。


「来年だ。来年も大会に出ろ」


 来年かあ。俺はもう出ないけど、サティは本人次第だな。


「なんなら帝国の大会でもいい」


「おお、そいつはいいですな。サティとフランチェスカ様なら帝国でもきっと優勝を狙えますぞ」


「でも帝国の大会はもっとすごい人がいっぱい出るんですよね?」


「そうだ。だが私はもっと強くなる。剣聖のもとで修行をするのだ。そして次に会った時は必ず貴様を……」


「あ、それわたしたちも行くんですよ! 一緒に修行できるといいですね!」


 アーマンド、サティも行くのを教えてなかったのか。

 フランチェスカはセリフの続きをいうこともなく、憮然とした表情でぐいっと酒を呷った。

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