132話 参戦
「今日は自由行動にしよう」
家族のみでエルフ屋敷の居間に集まり、本日の予定を話し合う。今日は剣闘士大会予選も終わり、本戦前の休養日である。王都での日程はまだまだあるが、チャンスがある時に積極的に休んでいかないと、やるべきことはいくらでも降って湧いてくるのが俺の異世界生活の日常である。
本当は完全休養日にしたいところであるが、たぶんサティは練習希望だな。
「サティはどうする? 練習しても休みにしてもどっちでもいいけど」
「少しやっておきたいです」
昨日は二刀のアーマンドにずいぶんやられたもんな。記憶が鮮明なうちに復習しておきたいのだろう。
「じゃあ午前中付き合うよ。午後からは遊びに行こう」
あんまりやって明日に差し支えても困る。
「そう言えばタマラがお礼を言いたいって」
そうエリーが言ってきた。
最近購入した三人の奴隷のうちの一人、タマラちゃんは人妻である。買ったところに好きな男がいると判明したので、もったいないがそいつとくっつけてやったのだ。それで新婚だってことで、王都にハネムーンがてら旦那と共に連れてきている。もちろん俺からのプレゼントってことで、どうにか加護が付かないかとの実験も兼ねている。
ちなみに男嫌いのルフトナちゃんは王都に一日だけいて、人が多すぎで気持ち悪くなったそうで、エルフの居残り組とともに屋敷でお留守番をしている。
「楽しんでるようでなによりだな。あとで様子を見に行ってみるよ」
きっと何の邪魔も入らずに王都を満喫してるんだろう。自分で手配しておいてだが、実に羨ましい。
今日は観光に出かける予定だったが、早めに引き上げようかな。どうせ王都にはいつでも来れる。こんな混雑してる時期にわざわざ観光に繰り出すこともない。
祭りは結構楽しみにしていたのだが、ここ数日のイベントであまり楽しむような気分じゃなくなってしまっている。
それに結局のところ祭り自体じゃなくて、祭りをダシにみんなと遊びたかっただけな気がするな。
お祭り後半はゆっくりできるだろうか? 大会に出るサティと王様絡みで何かあるだろうが俺主体の話でもないし、サティが優勝したところで案外何もないかもしれないし、王様も昨日ので満足してもうちょっかいをかけてこないかもしれない。
ポジティブに考えよう。ここのところ神様も大人しいし、それなりに忙しいとはいえ、命の危険に関わることは皆無だ。きっとサティの強化も王様とのコネもプラスになるだろう。
そう考えると今回の、サティの大会参加決定からの一連のイベントも悪くないかもしれない。
それで午後はどうしようか。本屋を探そうかな。王都ならでかい本屋がきっとあるだろう。それから適当に屋台で買い食いでもして。お祭りとか観光は関係なしに、普通のデートでいいな。疲れたら早めに引き上げて――などとだらだらとみんなで話していると、エルフさんから来客を告げられた。
「マサル様に客人が来ております。剣闘士大会の運営事務局の方だそうです」
「俺? サティじゃなくて?」
「はい。マサル様に用があるそうです」
なんだろう。初日に神官として潜り込んだ件か? でもあれは普通に治療しただけだし。
「えっと、怒ってる感じでした?」
「何か依頼があるようでしたが」
冒険者としての依頼ならギルドを通すはずだ。やはり治療の件だろうか。俺の力を見込んで仕事をとか? うーん。やっぱり普通に治療してただけだし、そんな話は……いや、仮面神官の件……これも違うか。それなら神殿からだろうし、剣闘士大会の運営じゃないよなあ。
考えててもわからんし、怒られるとかじゃないなら話を聞きに行くか。
でもみんなで行こう。不安だ。嫌な予感がする。
客間で待っていたのは二人の男性。気になったのはガタイがいいほうで、隙がなく魔力も感じる。三〇歳くらいだろうか。仕立てのいい上等そうな服を着ていて、貴族だろうか。腕はかなり立ちそうだが、丸腰だし護衛という感じでもなさそうだ。
「マサル・ヤマノス様ですね。おめでとうございます。あなたの剣闘士大会への出場が認められました」
「は?」
弱そうな中年男性の方がそんなことを言い出した。たぶんこちらが運営の人だろう。
「マサル、いつの間に申し込んでたの?」
そうエリーが聞いてくるが、もちろん出場の申し込みなんかした覚えはない。
「申し込んでないし」
「つまりですね。ぜひ明日の剣闘士大会本戦に出場していただきたいと……」
「出たかったら最初から申し込みますよ。そもそもなんでそんな話が?」
アーマンドか軍曹殿。それか王様あたりの差し金だろうか。
「私から説明しよう」
もう一人のごついほうがやっと口を開いた。
「はあ」
「マサル殿にやられた甥の仇討ちのためだ。私の名はグスタフ・バイロン。ジョージの叔父にあたる」
「ジョージ……?」
誰だっけ? 甥の仇とか言われてもまったく心当たりがないんだが。
「ちょっと待て。名前を聞いてもわからないのか?」
「いや……すいません」
「マサル、マサル」
後ろからティリカがくいくいと服を引っ張る。
「わたしの婚約者候補の、ゴーレムで決闘した」
「あ、あー!」
あいつかあ。
「あの、もしかして……甥っ子さん死にました?」
まさかあの時の怪我が元で、とかじゃないよな?
「至極元気だ」
「じゃあ仇討ちって言われても」
「貴様のお陰でジョージに縁談がまったくなくなってしまって、すっかり塞ぎこんでいるのだ」
自業自得じゃねーか……
「大会の会場でジョージが貴様を見つけてな。ちょっと痛めつけてやってくれと泣きつかれた」
「うちに喧嘩を売ろうとはいい度胸じゃの!」
グスタフの言葉にリリアが即座に反応した。
「待った、エルフ殿。私はそれを諌めたのだ。これ以上問題を起こしたくない」
あの件は冒険者ギルドと真偽院から苦情がいっているはずだ。もう一度問題を起こせば、ジョージの身だけでなく、バイロン家の責任問題にも発展しかねない。
冒険者ギルドはどう動くかわからないが、真偽院は怒らせるととても怖い。
「それで剣闘士大会の話は?」
「つまりだな、貴様に決闘を申し込む。剣闘士大会の舞台でな」
「やですよ。そもそも組み合わせがそう都合よくならないでしょう?」
それに関しては大丈夫だと、運営の人が言う。このグスタフ氏の持つシード権をかけて予備予選という形で本戦前に試合を行う。それに勝ったほうが本戦出場という形にするそうだ。
少々変則的であるがまだ組み合わせの発表前だし、特に問題もないらしい。
「こっちも引くに引けんのだ」
ジョージ君はバイロン家の末っ子で、そこそこ才能があったせいもあって、両親祖父母には大層可愛がられているそうな。
で、ジョージ君。ティリカとの婚約の騒動のことで、色々とあることないことを家族に吹き込んでいたようだ。俺が卑怯な手段でジョージをハメて、ティリカを奪ったとかなんとか。
それでバイロン家の王都屋敷で襲撃計画が立てられていて、グスタフは実行隊長に任命されそうになった。
グスタフは一族といえども分家筋。本家当主は領地にいて王都不在。連絡してもすぐには動けない。
「そこで穏便に事を運ぶための剣闘士大会だ」
「大会で公開処刑をと?」
ぶっちゃけてみたら頷かれた。
「真偽官殿の前で取り繕っても仕方がないから言うが、大勢の前で倒してみせるということで話をつけたのだ。もちろん貴様にもある程度花を持たせるつもりだ。Aランクでジョージを一撃で倒せるくらいの腕はあるのだろう? 正々堂々と戦い、その腕を証明して見せれば皆も納得しよう」
んん? ちょっと今のは聞き捨てならないな。俺が負けるの前提か?
勝手に襲撃計画を立てて、それを防ぐために、闘技場に出てぶちのめされろと?
俺が無様に負ければそれでよし。まともに戦えるくらい強くても、それはそれでジョージの虚言は否定できると。
「むろんタダでとは言わん。決闘を受けてくれれば、金貨百枚を依頼料として払おう」
金貨百枚だと一千万円相当か。迷惑料や口止め料を含むのだろう。破格の値段なんだろうが、今となってはちょっとさみしい金額だな。
「ずいぶんと勝手な言い草ですね」
「決闘を受けてくれるだけでいいのだ。簡単なことだろう?」
まさか冒険者を生業にしている俺が、大会に出たがらないとは思いもしないんだろう。
多少負傷した程度なら、魔法で簡単に治癒できるのだ。しかも金貨百枚を払い、手加減もしてくれるという。実に簡単な依頼なのは確かだ。
「真偽院から警告を発してもらう」
俺が返事をしないでいるとティリカが口を挟んできた。
「そもそも真偽院が、恋人のいるティリカ嬢を婚約者として紹介してしまったのが発端であろう? 今回の件に関しては真偽院には口を出さないでいただきたい」
「正確には婚約者候補。私は同意した覚えはない」
「それはそちら側の言い分だ。こちらは婚約者として紹介されて、あのようなことになったのだ。ジョージの対応に不都合があったのは認めるが、恥をかかされたのはこちらのほうだ」
まあジョージのほうから見れば、決闘で負けて婚約者を盗られたってのも一面の真実なんだろう。わからないでもない。
「私としてはジョージが負けたことで既に終わった話だとは思うのだが、ジョージと周りが納得しておらんし、この上真偽院が出張ってきて話がこじれてみろ。今ならジョージと貴様だけの問題だが、そこまでいってしまえばバイロン家は貴様を公式に敵として認定するだろう。悪いことは言わん。私と戦え。それで終わる問題だ」
俺を決闘に引っ張りだすと約束してここに来たのだろう。もしすごすごと帰ればグスタフは面目を潰すし、ジョージとその周りが納得しない。
「マサル様は我が屋敷の客人です。バイロン家はエルフを敵にまわすことになりますよ?」
エルフの隊長さんに、そうはっきりと告げられてグスタフは困惑した表情だ。
「バイロン家としてはエルフと事を構える気は毛頭……」
「エルフ屋敷の中でそのような話が通じるとでも?」
「だからこそ、こうやって公明正大に決闘の申し入れをしている」
ああ、一応エルフに気を使ってるんだ。俺がそこらの安宿にでも泊まってたらどうなってたんだろうな。
「マサルに指一本触れてみよ。エルフは貴様らを許さんぞ」と、リリア。
「エルフからバイロン家に正式に抗議をしましょう」
リリアの言葉を受けて、部隊長さんもそんなことを言い出した。
「今回の件はそこまでのことでは……」
「我らの客人に手を出すと言い出したのはそちらですよ」
なにやらエルフが過剰に反応して、大問題に発展しつつあるな。これはちょっとまずそうだ。穏便に事を終わらせられるなら、決闘だけなら受けてもいいか?
「決闘すればいいなら、どこか他でやればいいでしょう?」
とりあえず代案だ。決闘はいいとして大会には出たくない。
「それではすべての者が納得はせんし、何か……事故が起こるかもしれん」
事故。つまりこっそり決闘をした場合、バイロン家が何かやってくるかもしれんのか? 真偽官がいてそんなことができるとも思えんが……いや起こってからじゃ遅いのか。そうじゃなくても普通の事故でどちらかが死ぬか不具にでもなれば、非公式の場の戦いでは……大勢の観衆がいてルールのきっちりしてる大会のほうが安全なのか。
それに大会は刃引きの武器使用だし、ちゃんとした決闘となると、ジョージとやったみたいに真剣でってことに?
「公衆の面前で負けるのが嫌なのかね?」
負けるんじゃなくて公衆の面前が怖いんだよ。
「負けるとは思ってませんよ」
「ならば正々堂々と戦って、私に勝ってみせればよいではないか」
ここで大観衆の前が怖いとはとても言えんな。絶対に馬鹿にされる。
「マサル、もうよい。こやつの家がどれほどかは知らんが、喧嘩を売ってくるならもろとも叩き潰してくれよう」
「エルフと事を構えるつもりは!?」
「我らが王と親しくしているのはご存知でしょう? 王はさぞかしこの話を興味深くお聞きになるでしょうね」
「それでジョージのやったことが、これ以上広まったらどうなるかしら」と、これはエリーだ。
「そこまでされてはバイロン家は……もはや引くことは出来なくなりますぞ?」
「面白い。やると言うならとことん付き合ってやろうぞ!」と、リリア。
ああ、もう。これは俺が大会に出れば済む話だ。
「はいはい。双方そこまで」
注目を集めるためにパンパンと手を叩く。
「今回の件は俺の個人的な話でエルフは関係ない。そうですね?」
「その通りだ」
俺の言葉でグスタフはほっとした表情を浮かべた。
「決闘は受けましょう。それで話が終わるんですね?」
俺だっていつまでも大舞台が怖いとも言ってられない。弱点を克服したほうがいいとは思っているのだ。
目立つと使徒とバレる危険があるのはまた別の問題。Aランクになって強さを見せる機会はこれから多くなるだろう。どのみちサティは出るんだし、名前が売れるのは確定事項だ。
俺が出ないとバイロン家は納得しそうにないし、俺にちょっかいがあればエルフが戦争を始めかねない勢いだった。素直に俺が大会に出るのが一番デメリットは少なそうだ……
「武門の誇りにかけて約束する」
「じゃがよいのか、マサル?」
あんまりよろしくないが、戦争になるよりかはマシだ。いやそもそもだ。この件で一番悪いジョージのことがどうなってるんだ?
「当のジョージは締めあげてくれるんでしょうね?」
「ああ、うむ……」
俺の質問に歯切れが悪い。ジョージは放置かよ。
「本当のことを」と、ティリカ。
「マサル殿はかなり強いのだろう? 決闘が終われば、まわりの者もジョージの言ったことが虚言だとわかるはずだ。それでジョージに反省が即されないようなら……」
「真偽官の前に立ってもらう」
「仕方あるまい」
「それだけ?」
「それで十分」
そうティリカが言ったので信用することにした。
俺もやられたことがあるが、真偽官の尋問って洗いざらい喋らされて気持ちのいいものじゃないしな。きっとティリカがジョージを酷い目に合わせてくれるんだろう。
それ以上の処分は難しいようだ。結局のところジョージのしたことは俺に対する襲撃未遂と、バイロン家中で俺の評判を散々に貶めたことくらい。
襲撃はただの未遂で、俺はただの平民だし罪にもならない。バイロン家の中のことも手をだしようがない。
グスタフも俺に個人的な決闘を申し込みにきただけであって、脅しじみたことがあってエルフが過剰反応したにせよ、何ら問題のない行動だ。その決闘自体も剣闘士大会という、クリティカルに俺が嫌がるシチュエーションなだけで、刃引きの剣を使った実に穏当で公正なものである。
すっきりしない。ジョージは放置だし、俺が大会に出たところで何一ついいこともない。
これでジョージを殴りに行ったら俺が悪いんだろうなあ。ああ、金貨百枚があった。
「試合だが格好さえつけば適当なところで放棄してもらっていい。それで金貨百枚だ。悪くはなかろう?」
まただよ。俺がやられるほうで、自分が負けるとは露ほども思ってないんだな。
勝った場合の増額を交渉してみるか。倍……いや一〇倍だな。一億円だ。
「正直それっぽっちじゃ少ないですね」
「む、だが……」
「こうしましょう。依頼料は負けた場合はなしでいい。その代わり勝った時は一〇倍にしてもらいます」
勝てば一億。しかも自信満々のこいつの鼻もへし折れる。そこそこやりそうだが、見た感じ、ラザードさんより強いということはあるまい。
「金貨千枚だな、いいだろう。ただし手加減はできんぞ?」
グスタフは大して悩みもせずに決断した。俺を侮っているのか、価格設定にまだ余裕があるのか。
「結構。全力で叩き潰してあげますよ。それよりも金貨千枚。ちゃんと用意できるんでしょうね?」
「試合前までに必ず用意しよう。しかし負けたら報酬なしで本当にいいのか?」
「勝負が決まった後に文句を言われては困るので教えておきましょうか。冒険者ギルドの教官の話では、俺の実力は十分に優勝を狙えるくらいはあるそうですよ」
「ほう、ならばこちらも教えておこう。私は五年前に出た時、準優勝している。今回は一度たりとも負けるつもりはない」
マジか。やけに自信満々だと思えば……
「明日の対戦、楽しみにしておきますよ」
余裕を装ってそう言ってはみたものの、どうしよう。これで負けたら赤っ恥だしタダ働きだわ。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「すまない、マサル」
「別にティリカが悪いんじゃないよ」
悪いとしたら真偽院か。あとジョージ。
「あの、わたしが出たいと言ったから……」
もちろんサティのせいでもない。
「それよりも大会、大丈夫なの?」
アンが心配そうに聞いてくる。
「まあ平気だろう」
強がりではあるが、剣闘士大会に関しては二日間観戦して雰囲気はわかっている。もっと闘技場での見世物的な物かと思ったが、案外ストイックな感じだった。
客も大人しく見てたし、試合に集中すればたぶんどうにかなるだろう。
明日の本戦は二試合同時進行で、言うほど注目も集まらないだろう。と思う。思いたい。
Aランクになった以上、多少目立つだろうというのは想定済みである。必要以上にこそこそしても、後ろ暗いことや隠していることがあるのかと勘繰られかねない。実際そういうこともあったし、いま考えても剣闘士大会を回避する妙案は浮かばない。
「とりあえずサティ。ちょっと練習しておくか」
その日の午後は念のためにお出かけは中止。エルフ屋敷でまったりと過ごした。
明日のことを考えると胃が痛いが、みんなが俺を気遣ってちやほやしてくれるのは悪くなかった。
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