112話 エルフの夜会
義父(予定)との会食をクリアし、最難関は終わったと思いきや、本日の最終イベントがまだ用意されていた。
パーティー。夜会である。
たぶん嫌だとゴネれば欠席も出来るんだろうが、主賓として出席して欲しいと丁重にお願いされたら断れるはずもない。
そもそも嫌がってるのって俺だけだ。
無駄な抵抗は早々に諦めて、パーティーに備えて身だしなみを整えることになった。
俺もちょっと髪が伸びてきたので、エリーに切ってこいと言われてエルフの理容師さんにカットしてもらい、お風呂でさっぱりしてきた。
お風呂は久しぶりに一人である。エルフさんたちが部屋に頻繁に出入りするし、俺が髪を切っている間にみんなは入浴を終わらせてしまったようだ。
今はみんな、衝立ての向こう側で髪のセットやメイクをしてもらっているようだ。ちょっと覗いたらエルフさんに睨まれた。俺、旦那なのに……
みんなの衣装はエルフの方で全部用意してくれた。
俺も別の部屋へ連れて行かれたくさんの衣装を見せられて、無難そうなスーツに近い衣装を選んでおいた。
赤とか黄色などの色んな原色の衣装が普通に用意してあったのは衝撃的だった。パーティー衣装というよりステージ衣装である。それも漫才とかそんな系統の。
スマートでイケメンなエルフたちなら似合うかもしれないが、俺だとお笑い方面なのは確定的である。
俺が衣装を着つけてもらって部屋に戻って待っていると、一番最初にメイクが終わったエリーが出てきて披露してくれた。
「どうかしら?」
肩がヒモだけでほぼむき出しの大人っぽい黒いドレスでスカートは足首近くまでの長さ。いつもより気合を入れて巻いた髪にメイクもばっちりして、香水の香りもする。
きらびやかなネックレスや髪飾りなどの装飾品は今日貰ったやつから持ってきたらしい。
「おお、すごい似合ってる!」
「でしょう? ってあんまり触っちゃだめよ!」
抱き寄せて髪の匂いをくんくんしたら怒られた。
ちょっとだけなら触ってもいいのかなーとも思ったが、他の人もいるこんなところで欲情してもどうしようもないのでほどほどにしておく。
「そのドレスって借りたの? 貰ったの?」
ぜひ持ち帰りたい。部屋でも着てもらいたい。
普段と違う服でナニをヤルのも非常に捗るのだ。
「持って帰って家でも着て見せて欲しいなー」
「マサルはほんとしょうがないわね。ちゃんと貰っておいてあげるわよ」
俺の要望は正しく伝わったようだ。
しかしエリーもしょうがないといいつつ、ほんのり顔を赤くして嬉しそうである。
こんなのが見れるなら、パーティーも嫌なことばかりじゃないな。
「マサルも似合ってるわよ。頭もさっぱりしたし」
「そ、そう?」
「そうそう。マサルもちゃんとしてればいい感じなんだから」
エリーと軽くいちゃついていると、サティとティリカも着替え終わって出てきた。
「二人ともかわいいかわいい」
二人は白を基調としたひらひらの多いカワイイ感じの淡いピンクとブルーの色違いのお揃いのドレスで、頭にもドレスに合わせた色のリボンを付けてもらっている。
「サティ、回ってみて。くるっと」
サティは俺の要望に応えてくるくると回り、スカートがふわっと翻る。このアクションは何度かやってもらったことがあるのでサティも慣れたものだ。ティリカもそれを見て同じように回ってくれた。
あのスカート中の下着はどうなっているんだろう? 下着もエルフ製のを用意してもらったのだろうか?
見る権利はあれども、見ていい状況でもない。非常に残念である。
「アンは?」
三人の衣装を心ゆくまで鑑賞し終わってもアンがまだ出てこない。
「アンジェラ様は服の用意が遅れていて」
「胸が大きくて服が入らない」
「それで仕立て直すのに手間取ってるのよね」
エルフはみんな細いから、あの大きな胸が入る衣装がないのか。
みんなの話を聞いてアンの様子を見に行こうか迷っているうちに、エルフが服を抱えて部屋に入ってきた。胸の仕立てが終わったのだろう。
ほどなくアンが出てきた。髪をアップに結いあげて、肩どころか背中もかなりむき出しである。胸も強調してあるし、ちょっとエロすぎじゃないだろうか?
「か、かなりきわどい気がするんだけど、大丈夫かな?」
本人も慣れないドレスに慣れない髪型でかなり不安なようだ。
「夜会ならそのくらいなら普通ね。よく似あってるわよ、アン」
「うん、すごく似合ってる」
他のやつに見せるのがもったいない。いますぐあの胸に顔を埋めたい。
もうパーティなんてどうでもいいから、みんなをこのまま連れて家に帰りたい。
だが準備が完了したからには、アンにちょっとしたスキンシップを試し見る暇もなく、すぐにパーティー会場に移動だ。もうすでにパーティーは始まっていて俺たちの出待ちだそうである。
まあいい。あのおっぱいは俺のものだし、パーティーが終わってからゆっくり色々とやればいい。
会場は小さめのホールで、そこにエルフが一〇〇人ほどだろうか。思ったよりも全然少ない人数で、先の謁見の間での戦勝会と違って人の配置もゆったりしている。
衣装は俺が見せられた通り、かなり色とりどりでカラフルに会場を彩っていた。
音楽が流れているし、ダンスも出来そうだ。まさか踊れって言われないよな?
俺たちが王様に導かれてホールにはいると拍手が巻き起こる。
立食パーティ形式ではあるが、会場に入ったとたん取り囲まれて今度も食事をする余裕などまったくない。
リリ様は最初に軽く挨拶しに来たきりで、離れたところでエルフたちに取り囲まれ、ちやほやされてご機嫌な様子だ。
リリ様の衣装もパーティー仕様でなかなか素敵だったが、人がいっぱいの会場ではじっくり鑑賞する時間も余裕もない。
それに婚約も修行でのパーティ入りも発表しないそうだから、あまりベタベタも出来ない。
まだしばらくはこっちにいるつもりなので修行の公式発表は春になってからという話になっている。嫁になる話も当分伏せておく予定だ。
俺はなるべく目立たないようにエリーの側にくっついて、エリーのフォローに助けられ、適当にやり過ごしていた。
入れ替わり立ち代わりエルフたちがやってきて、話をしていくのをお酒の力も借りつつ適当に相手をしていく。
幸い主役はリリ様も含めた俺たち全員で、特に俺がターゲットというわけでもなく、プレッシャーも分散している。
それでも王様の親戚がたや重鎮などの里の偉い人たちをたくさん紹介されるが、ただでさえ名前を覚えるのは苦手なのにアルコールも入っている。たぶんエリーが覚えていてくれるだろう。
アンはやってくるエルフを相手に神がどーたらと神官らしい話をしている。
サティとティリカは一緒にいて、二人でうまくエルフの相手をしているようだ。
音楽は流れているが、挨拶に忙しくダンスがないのが救いだろうか。
エリーにちらっと聞いたらエルフの作法は知らないが、ダンスは普通の夜会ならあるそうだ。
踊れなどと言われたら今度こそ逃げるしかない。
しばらくしてリリ様が落ち着いた雰囲気の女性のエルフを連れてやってきた。
「マサル、戦闘中に借りた弓の話があったじゃろう?」
おお、そうだった。あの借りた弓、持ち主に返さないとな。
このエルフさんに見覚えはないが、持ち主だろうか?
アイテムボックスから弓を取り出す。汚れは落とし綺麗に磨いたが、ところどころ傷も付き、長年手入れされ使い込まれたであろうことがひと目でわかる弓である。
俺の使っていた弓は最初に買った初心者向けの物で戦闘中にぶっ壊れ、現地で渡されたこの弓を魔力の切れた戦闘の終盤はずっと使っていたのだ。
「弓を貸していただき、本当に助かりました。これは持ち主にお返しします」
リリ様が頷いたので連れられたエルフに弓を手渡す。
「これは……息子が成人した折に、私が贈った弓です」
そういいながらそのエルフは受け取った弓をじっくりと確かめていた。
息子……本人が健在であれば愛用の弓を戦場で他人に貸すわけもない。
「その……息子さんは……」
治癒術がある以上、重傷であったとしても生きていれば、すでに治療は済ませて自分でここに取りに来ることができるだろう。
「勇敢に戦い、倒れたと聞き及んでおります」
「使い込まれたいい弓です。きっと素晴らしい使い手だったのでしょう」
「はい。この弓は……もしよろしければマサル様がこのままお使いください」
「それでいいのですか?」
「これはエルフでも最高の職人が作った良い弓です。飾ったり眠らせておくのではなく、ふさわしい使い手が持つべきです。息子もきっとそれを望むでしょう」
エルフから手渡される弓を恭しく受け取る。
「よく手に馴染む、いい弓です。先の戦闘でも多くの敵を倒してくれました。今後もきっと俺の助けとなってくれるでしょう。ありがたく使わせて頂きます」
「それを聞けば息子も安らかに眠れましょう」
あまり考えないようにしていたのだが、きっと今回もたくさん死んだのだろう。
和やかなパーティーだったし、エルフは被害についてもほとんど語らなかったし、語られても困る。
俺はとても心の弱い人間だ。シオリイの町でのハーピー襲撃の時も、ゴルバス砦の防衛戦でも、目の前の死にはひどく動揺させられた。
今回も何も考えなかったわけではない。目先の事にかまけて目を逸らしていただけだ。
そっちに意識が向きそうになればみんなのことを考えて、ちょっかいを出しに行けばいい。それ以上に楽しいことなんて、大事なことなんて世の中にないのだ。
不謹慎かもしれないし、不誠実かもしれない。無責任だと非難されるかもしれない。だがそうでもしないとこの死多き世界では生きてはいけないだろう……
あとでリリ様に聞いたところによると、死者はすでに丁重に送り出したそうだ。そりゃもう一週間も経ってるものな。
個人的な話は別として、公式にはもう終わったこと。魔境との戦闘が常態化しているエルフにとって、今回は特別に規模が大きかったにせよ、さほど珍しくもないことだったのだろう。
「マサル様に精霊の祝福と加護があらんことを」
そのエルフも泣き言や恨み事ひとつ言うこともなく、俺の前から静かに立ち去るのみだった。
「疲れたでしょう、マサル? なんだったら先に休んでる?」
弓を手に考え込んでいる俺にアンがそう声をかけてくれた。
挨拶の波は今は途切れている。エルフも今のやり取りを見て空気を読んでくれたのだろう。
「そうだな。疲れたけど……こうやって挨拶を交わすのもきっとすごく重要なことなんだろうな。俺も最後までちゃんと付き合うよ」
先ほどのエルフのように、ほんの少しの会話が死者への手向けになるのなら、生き残った者への慰めとなるなら、それはとても意味のあることだろう。
「それならば続けよう。マサルたちに挨拶したいという者は大勢おるからの」
「お願いします、リリ様」
そうして挨拶の人の流れが再開された。今度は偉いさん方じゃなくて、最前線で戦闘に参加したエルフたちだ。
俺たちの参戦で命を拾った者も多いのだろう。
今度は俺も心を入れ替えて、真面目に受け答えをしていく。
もちろんやる気を出したからって、こういったやりとりが急にうまくなるはずもなく、言葉も少なめに、自分でも不器用なものだと思ったが、エルフたちはそれで満足なようだった。
そして人の流れはいつまでも続いた……
いつまでも? 会場のキャパからするととっくに終わってる頃だと思ったのが、探知で探ってみると交代で入ってきているようだ。
リリ様によると一般入場が自由な大きな第二会場があって、そこから順番にやってくるという。
「あっちで軽く挨拶だけしてもらう予定じゃったが、会って話したいという者が多くての。マサルが最後まで相手をすると言ってくれて助かった」
その日のパーティーは夜半まで続いた。
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この日はそのまま王宮にお泊りである。
帰るのは一瞬で手間でもないんだが、俺だけじゃなくみんなも疲れていたので、家に戻って家事やなんやかやをするのも億劫だ。どうせすぐに戻ってくるんだし、エルフの城は上げ膳据え膳ですごく楽なのだ。
「今日は最後までよくがんばったわ、マサル」
アンジェラさんからお褒めの言葉をいただいた。ご褒美も欲しいところだが、五人一緒ではそれも望めない。
今日の我が家はベッド二つに分散していて、サティはエリーに取られ、ティリカもそっちに付いて行った。すぐ横なんだけど。
お隣は服を脱いでラフな格好に着替えると、布団に潜り込んですぐに寝てしまったらしい。日の出から活動して、さすがに限界だったのだろう。
「俺もそう思う」
だがこれだけがんばってご褒美の一つもないというのは、本当にどういうことなのだろうか?
隣の魅惑のボディは肌着一枚で、手を伸ばせばすぐに届く位置にあるのにお触りを拒否している。
家でなら多少のスキンシップも許されるのだが、みんながいる+よそでお泊りとダブルなのでガードが硬いことが予想される。
たぶん強引に迫れば多少は許してくれるだろうが、あくまで多少だろうし、目先の欲望に目が眩んでアンの機嫌を損ねるのはよろしくない。
ここは正攻法だな。
「がんばったご褒美」
小声でそう言いながら、体をアンのほうに向ける。
「そうね。マサルはよく頑張った。えらいえらい」
アンも体ごとこちらに向けて、手を伸ばして頭を優しくなでてくれた。
そういうことじゃないんだが、これはこれで気持ちがよく、すぐに眠くなってきた。
どの道ちょっとしたスキンシップ以上は無理だろうし、疲れて眠気も限界だ。
そしてお酒も結構入ってたこともあって、頭を撫でられたまま、気持よく眠りに落ちた。
サティに起こされると、みんなすでに起きていて、すぐにリリ様や王様たちとともに朝食になった。俺が最後なのはそういう習慣だ。ぎりぎりまで寝ていたいじゃないか?
朝食のメニューはパンにスープにサラダにステーキ。どうやらエルフは朝からがっつりなようだ。それとも単に大規模戦闘後の肉の過剰供給のせいだろうか。
どっちにしろ俺たちも昨日のパーティーではろくに食えなくて、パーティーが終わってからすぐに寝たのでありがたくいただく。
「今日の予定は? そろそろ戻らないとあっちでオルバさんも心配してると思うんだが」
「一日くらい連絡しなくても平気だけど、早めに戻って報告したほうがいいわね」
エリーがそう答える。あとは領主にエルフとの交渉がまとまった報告もいるな。
「妾のほうはもう里を出る準備はできておるが、マサルたちのほうでやり残したことがあるじゃろう?」
宝物庫から持ち帰りたい家具とか装備を見繕って、召喚馬の鞍を注文して、あとは対陸王亀用に作った兵器を見学……は今度でもいいか。
「リリ様、持って行くものとかは?」
「とりあえずはカバン一つ分でよい。ゲートで移動するのにも荷物が増えてはきついじゃろう? 必要なものはあとで送らせればよいしの」
俺のアイテムボックスが特別製なの教えてなかった。
どうせすぐバレるし教えておこうか。
「アイテムボックスに入れて全部運べますよ? 倒したドラゴンもゲートで持って帰れましたし」
「ゲートでもあまり物資は運べないと聞いておりますが」
そう王妃様も疑問を口に出してきた。
「これも極秘でお願いしたいんですが、俺のアイテムボックスは転移系魔法に影響を与えないようなんです。大型のドラゴンでもそのまま転移できますよ」
「ほほう。それは便利じゃな!」
「ドラゴンサイズの物資をゲートで自由に……」
王様はすぐにその意味に思い至ったようだ。
この世界での転移魔法は通常、情報のやりとりをメインに使われているのだが、俺のアイテムボックスと転移があれば流通に革命が起こせる。
「今のところ運び屋をやる予定はありませんし、このアイテムボックスも神の加護の恩恵で他に使える人もいません。ほんとに内密にお願いしますね?」
「心得ておる」
「もちろんエルフに何かあれば、この力を使って協力するのに吝かではありませんが」
「それもこっそりとバレないようにだな?」
よくよく考えてみれば俺の特殊アイテムボックスは、召喚や上位の空間魔法よりもレアリティが高い。その利用価値を思えば、バレた場合の影響がもしかしたら一番大きいかもしれない。
「いつか……またそなたらの力を借りる時があるやもしれんな。リリよ、しっかりとマサル殿たちを支えるのだぞ?」
「もちろんですとも、父上。ではマサル、出立の準備じゃ!」
リリ様が元気よく立ち上がり宣言した。




