103話 領主になろう
翌日の朝食後、残りの部分を塞いで、細部の修正はまだまだ必要ではあるが一応は城壁を完成させた。
今日は休養日にする予定で、みんなはお留守番。俺も城壁を一周完成させたらすぐ戻るつもりなので一人で出て来ている。
サティは昨日砦で買ってきた布で裁縫をやっていて、ティリカはそれのお手伝い。エリーとアンは昨日の伐採仕事が疲れたのかゴロゴロしていた。
それでなくても外は雪も積もっていて寒い。暖かい室内に居ていいと言われれば否応もないだろう。
俺はといえば火魔法の応用で、服や装備にちょっと熱を加えてやれば、真冬であろうと常時ほかほかである。
城壁の上から周囲を見渡す。
サイズは小中学校くらいならすっぽり入るくらいだろうか。城壁はもっと高くしてもよかったんだが、これ以上高くすると森からにょっきり顔を出してすごく目立ちそうだ。まあ塔が結構どこからでも見えてしまうけど、あれは見て驚くようなサイズじゃないし。
それとも塔自体を偽装でもしておいたほうが良かっただろうか。城壁を作っちゃったんで今更だが。
エルフの里の戦いの恐怖心から、勢いだけで立派な城壁を作ってしまったが、こうやって作ったものを確認してみるとちょっと大袈裟すぎたかと思わないでもない。もともとこの場所で定住しようとかそんなことは全然なく、主目的は冒険時の帰還用ベース兼別荘といった所だったはずだ。
周辺は森が広がるばかりで町までは文字通りひとっ飛びではあるが、永住することを考慮するにはかなり人寂しい。
初めて手に入れた自宅、持ち家であり感慨深いものはあるが、これはあくまでも秘密基地。どうせ住むなら嫁のためにもちゃんとした住宅地の立地のいい家に住みたい。
引き篭もるのは好きだが、世捨て人みたいな生活はしたくはないのだ。まあ転移があればここをベースにしていくらでも遠方の町と行き来はできるだろうけど。
作業の方はきっちり完成させようとするならまだまだやることはあるが、別荘地と考えるならもうこれくらいで十二分すぎるだろう。冒険に出て不在が多くなりそうなこともあるし、入り口は防犯の観点からもないほうが安全かもしれない。
決して城壁作りに飽きたわけじゃない。あくまで必要かそうでないか、熟慮した結果である。そう結論付けてそろそろ戻ろうかと思ったところに、オルバさんとナーニアさんが森を抜けてやってきた。
ナーニアさんがエリーに会いにでも来たのだろうか。城壁を降りて出迎える。
「いつの間にこんなものを」
城壁を見上げながらオルバさんが言う。
「ぼちぼち作ってたんですよ」
この二人には魔法のことはエリーから伝わってるし、秘密も守ってくれるので話しても大丈夫だが、さすがに昨日今日で作ったとは言いにくい。
「この前見た時は何にもなかったような……」
オルバさんの発言は聞かなかったことにする。
全体を見たいと言うので城壁の上に二人を抱いて飛び上がった。
「完全に砦じゃないか」
防御力を重視したらこうなりました。やり過ぎたかなとちょっと反省している。
「マサル殿の力はエリーからよく聞いてましたが、これ程とは……」
「壁で囲っただけで入り口もないし、まだまだ未完成なんですけどね」
改めて考えても入り口はやっぱり不要なように思えてくる。なくても我が家のメンバーに関しては不便などかけらもないし、ないほうが安全性が高い。俺はまだ見てないが、このあたりでも魔物はちょくちょく現れるらしいし。
そもそもここは森のど真ん中で道すら通じてないから、入り口とか意味がないんじゃないだろうか。
「作っておかないと、訪問者が来たら困るんじゃないかな?」
「来るのなんてオルバさんたちくらいのものでしょう?」
だったら小さい入り口を一つだけ作っておくかな。ヒモで引っ張ったら、家のほうに付けた鐘がカランカランってなる感じの呼び鈴でも付けて。いや、呼び鈴で出迎えたらいいからやっぱり入り口はいらないか。
「そのことなんだけどね。マサル、領主にならないか?」
「は? 領主とか別になりません……けど?」
突然出てきた耳慣れない単語に少しキョドってしまった。領主? 俺が領主になる? 学級委員みたいなノリでなれるものなのか?
そりゃ領主なんかやるとしたら門もない家では困るだろうけど。
「ほら、思ったより農地が広くなりそうだろう? 希望者も増えて、うちの村じゃ収まりきらなくなりそうでね。それでなくても農地までは結構な距離があるし」
「はあ」
「それで昨日見本に作ってくれた城壁を見て、いっそ農地の近くに村を作ってもいいんじゃないかって村長と話してたんだよ」
なるほど。村を新しく作ってそこの村長にならないかってことか。
領主になって、村の運営とか内政をするのか。俺が? いや、エリーならできそうか。
「領主ってそんなに簡単になれるものなんですか?」
「一番難しいのは村や農地を作ることなんだけど、マサルはあっさり作っただろう?」
うーむ。興味がないわけじゃないが、世界の破滅に備えて冒険者はやめられないしなあ。それに転移で兼業ができたとしても、領主とか厄介事も多くなる気がする。
「とりあえずみんなと相談ですかね」
俺の一存で決められることでもないし、エリーならこういうことには詳しいだろう。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「領主、いいじゃない!」
二人を連れて塔に戻り全員で食堂のテーブルに付き、もう一度さっきの話を繰り返してもらうと、エリーが即座に賛成した。領主になるという案がいたく気に入ったようだ。
「冒険者はどうするんだよ」
「代官を置けばいいわ。あの村長だってそうでしょう?」
領主に代わって村を管理したり、税金を徴収したりという役割を代行してくれるのが代官なのだそうだ。
「そもそも領主になる利点がわからない」
「貴族になれるわよ?」
貴族? 領主よりもっと面倒な話になってきた気がする。
「別にならなくてもよくないか?」
「なんでよ!」
「いや、こっちがなんでだよ? 別に貴族とかになる必要ないだろう?」
確かに領地を持って税とか取れるなら収入は安定するだろうが、それに付随して色々面倒が増える気がする、とちょっとお怒りなエリーさんに説明してみる。第一、俺は貴族って柄じゃないしな。
「お金なら冒険者は続行するんだし、それで稼げばいいだろう?」
このまま二〇年後に滅ぶ可能性があるのだ。領地とかますます重荷に思えてきた。もちろんどうにかしようって気はあるんだけど、どうにもならないかもしれないし。
「じゃあ貴族は保留でいいわ。どの道すぐにって話でもないし」
領主になったからって即、貴族というわけでもないようだ。
貴族になるには国に認められるなんらかの功績がいる。この場合、新規の開拓地ということになるのだが、まずは開拓を成功させ軌道に乗せる必要がある。そして何年も安定して税を納められるようになって初めて功績となる。
「でも領主の話は受けてもらうわよ」
「えー」
「考えてもみなさい。マサルがこつこつ作った開拓地を、顔も知らないおっさんに礼のひとつもなく、横からかっさらわれるのよ?」
俺がいらないと言うことになると、作った村や農地はここの領主の物ということになる。もちろん俺の地主としての権利がどうこうされることはないのだが、税収などは全てそっちに流れるわけだ。
「む……それは確かに嫌だな」
「でしょう? 領主もやってみてどうしてもダメだったら、それから誰かに売るなり譲るなりすればいいのよ」
「そうそう。とりあえずはそういう心積りだけしておいてもらえばそれで十分だよ。決めるのは後でいい」
エリーとオルバさんはそう言うが俺だけで決めることでもないだろうし、ここまで黙って話を聞いていた他のメンバーにも話を聞いてみるべきだな。
「みんなはどう思う?」
「そうね……わたしは賛成かな。もし子供ができたら安定したいい暮らしをさせたいし」
子供か。子供のことを考えると貴族なり領地なり、あったほうがそりゃいいだろうなあ。親が冒険者ってより百倍いい。
「サティとティリカは?」
「わたしはマサル様と一緒なら」
「わたしも」
賛成2、放棄2、それに俺の保留1か。
「面倒が嫌なら代官はオルバにやってもらいましょう。わたしたちはこのまま冒険者を続ければいいわ」
「それは構わないよ。村の運営はある程度わかるし」
「私も領地経営なら少しわかります。ですからマサル殿、今回の話、ぜひともお受けください」
ナーニアさんがとても真剣な表情でそう言ってくる。えらく乗り気だな?
「もう一度エリーにお仕えできるチャンスなんです。今度こそ父にした約束を果たせます!」
ぐっと身を乗り出してナーニアさんが力説する。
ナーニアさんが亡き父親とした、エリーに仕え守るという誓いを再び果たす時が来たと。
反論しづれえ。いや、面倒だなってだけで反論があるほど嫌だっていうわけじゃないし、それもオルバさんが負担してくれるなら……
「それにほら、ここに住むなら家の周りに町を作っちゃいましょうよ。そしたらここもすっごく安全になるわよ?」
この家の周りに町か……城下町だな。確かにそうなったら安全だし、便利そうだ。
今のこの状態、いくら丈夫な城壁を作ったとしても所詮はただの壁。守る人間がいるといないとじゃ格段の差がある。
「オルバとナーニアの家も隣に建てましょう。そしたらずっと一緒に暮らせるわ」
「エリー……」
結局どこに居て、何をするにしても世界ごと破滅するなら結果は一緒だし、もし救うことができるなら受けておいたほうがお得だろうか。
少なくとも十九年は猶予があるんだし、それだけあればどうにかできるだろうか……まあ無理って時は諦めよう。世界の破滅なんて個人でどうこうできる範囲を超えている。
「冒険者は当分は続ける。面倒な仕事は悪いけど、オルバさんに任せる。それでいいなら賛成する」
「それは大丈夫。代官ともなれば僕のほうにも利益は大きいし、それに……」
と、いちゃいちゃしてるエリーとナーニアさんを見る。嫁の意向には逆らえないのはどっちも一緒か。
「あとはここの領主に話を通さないといけないんだけど」
農地だけならともかく、村を新たに作って独立するとなると人が流出してしまう。基本的に王国内での人の移動は違法でもなんでもないのだが、自分のところの領民が減るとなれば、それは面白くないだろう。
「それは村を新しく作りますからお願いしますって挨拶しにいけば済む話なんです?」
「会って話してみないことにはわからないね」
「交渉よ、交渉。話してダメだったら、何か贈るか、力で脅すかすればいいわ」
「力で脅すっていうのはさすがに問題があるけど、力を見せるのはいいかもしれないよ。隣の領主が強い戦力を持っていて味方になるなら、大抵の人は歓迎するだろうし」
「そうだわ、あの地竜を贈り物にしましょう」
手持ちのドラゴンを贈るのか。確かに贈り物でなおかつ、力を示すには格好の素材だが……
「首だけでいいわよ。全部はさすがに勿体ないわ」
俺が渋い顔をしたのを見て、エリーがそう付け足す。
「首だけでも十分に価値は高い。いいアイデアだ」
「それでゴネるようなら、マサルが目の前でメテオでもぶっ放してやればいいわ」
そんなことしたら戦争になるわ!
結局、後日ご挨拶に伺おうって話になった。どうなるかはその時の交渉次第である。
「じゃあさっそく今日から町作りね!」
あれ? 俺の冬の長期休暇は? それに今日はゆっくりしようと思ってたんですが……
「諦めなさい」
もちろんそんなものは却下された。
CM
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3巻改稿作業も概ね終わったのでそろそろ本編進めるほうに注力します。




