100話 戦果の確認
俺が寝込んでいた間に雪が降り数センチほど積もっていたが、開拓作業はほとんど中断もなく続けられていたようだ。エルフの里の戦いは、もちろん緊急事態として近隣の村々にも伝えられたが、朝に知らせがはいってその日のうちに収束というスピード解決で、あまり深刻な事態とは思われなかったようだ。もちろんエルフ側も自分たちの被害をわざわざ喧伝したりしなかったせいではあるが。
多少の雪も作業を妨げるほどでもなく、今日も沢山の村人が集まってすでに働いていた。この辺りは比較的温暖で積もったところで大抵は数日で溶けてしまうので気にするほどのことでもないそうだ。
みんなは木を切る作業の手伝いに行ってしまった。俺は木を倒し終わったエリアを農地に変える仕事だ。この三日で森がかなり開けてきている。
「それにしても作業してる人、また増えてないです?」
作業を監督しているオルバさんを見つけそう聞いてみた。
「それなんだけどね。近くの村からも人が来ちゃって。今日はそのことも相談したかったんだよ」
どうもエルフの里の危機の時に色々と情報が行き交い、この農地開拓の話も近隣の村々で噂になっているらしい。
それで当初より希望者が増えたのだがどうしようと。
「別に構いませんよ。がんがんいきましょう」
最初は適当にやればいいくらいに考えていたのだが、エルフの里での戦闘で考えが変わった。こんなに楽な仕事はない。むしろ農地開拓をメインで進めることで当面は戦闘から離れ平和に暮らせるんじゃなかろうか。
死にかけてみると平和の有り難みが本当によくわかるのだ。
作った農地は売るか貸すかということになる。ただし水路もまだ作ってないし柵や壁もない。希望者もそれを見てからということになるだろう。そして価格は未定であるが、その収入は俺のものになるという。
オルバさんに話を聞きながらぽんぽんと荒れ地を農地に変換していく。不純物をそのままにすると多少魔力の消費が多くなるが、それも誤差だ。
農地作成は十ヶ所ほどで一時間とかからず終わった。農地になったところは雪も溶けてほかほかと湯気が立っている。
「あとは水路と壁ですね」
「どっちも今の時点じゃ農地の全体的な広さがわからないから、ある程度決まってからってことになりそうだよ」
「壁をとりあえず作ってしまいましょうか。あとでいくらでも修正はできますし」
壁は大事だ。立派な壁があれば魔物の脅威も半減する。さすがにエルフの里クラスはきついだろうが、砦や町くらいのは必要だろう。
「ちょっと下がっててください」
先日作った農地の壁は失敗だった。あんなもの、魔物の大軍がくれば簡単に蹂躙されてしまうだろう。
本気で魔力を込める。イメージは大型のドラゴンの突進にもせめて一撃は耐えられるような頑丈な城壁に深い堀。
発動!
魔力が放出され、ズズッっと目の前の大地が凹み、壁がせり上がっていく。
高さ20m、幅も同じくらいの立派な壁。堀も壁が高い分、かなりの深さになった。ちょっと危ないかな……深さを半分くらいにして、幅を広くしたほうがいいかもしれない。あとは上に登るための階段もいるな。
「こんなもので十分でしょう」
「いやいや、ちょっと待って。砦じゃないんだから! 第一こんな大きいのを一々作ってたら魔力が足りなくなるだろ!?」
「魔力は余裕です。それに魔物が大軍で来たらこれくらいないと防げませんよ?」
「それはそうだけど」
「いや、これでも大型種がきたら危ないかも……もっと高く、分厚くしてみます?」
「マサル君、君は一体何と戦うつもりなんだ……」
そりゃ魔物だろう。オルバさんは何を言ってるんだろうか。
「マサル!」
エリーやアンが壁を回り込んでやってきた。村人たちもぞろぞろとついてきている。壁ができたのを仕事の手を休めて見に来たようだ。
「どう? 壁はこんなもんで大丈夫かな?」
そうエリーに聞いてみる。
「なかなか立派ね。でも農地の壁にするには過剰じゃないかしら?」
「そうか? でもこれくらいないとドラゴンが来たら一発で突破されてしまうぞ?」
「ドラゴンなんて滅多に来ないわよ」
だが村人たちには案外好評のようだ。すごい!などと言って喜んでいる。
「維持や管理も必要なのよ? あんまり大きいとそれはそれで大変なの」
維持管理か。そういうことは考えてなかったな。
結局、農地の壁は5mもあれば十分だろうということに決められてしまった。せめて簡単に破られないように分厚く頑丈にはしておいた。高さはないが壁より城壁に近い感じだ。
「うん。これくらいあれば十分すぎるわ」
とりあえず作成してみた壁を見てエリーがそう評する。村人も特に不満もなさそうだ。まあ現地の人がそれでいいなら、俺も文句はないんだけど。
俺たちに関しては本日の作業はこれで終了ということになった。この後は砦の冒険者ギルドに行く予定だ。そろそろエルフの里の戦闘に関して報告しないといけない。
ギルドにつくと、すぐに奥の部屋へと通された。前に相手をしてくれたギルド職員に、ここのギルド長。そして――
「久し振りだね、ティリカ。仕事はちゃんとやってる?」
ひょろっとして冒険者には見えないがメイジであるのだろう、魔力を感じる。年の頃は俺と同じくらいだろうか。地味な格好はしているが、赤い目を持つ青年。真偽官か。
「もちろんきちんとやっている。あなたこそ真偽官としての義務は果たしている?」
「この上なく、きっちりとね」
「知り合い?」
「兄弟子だよ。師匠のところで二年くらい一緒に修行したかな?」
ティリカに聞いたのにそいつが答えた。
「それにしても、ティリカはこんなところで何をやってるの? 師匠から何か仕事でもいいつかった?」
「冒険者」
「面白い?」
その真偽官はそれを聞いて驚いたような顔をして尋ねた。
「楽しい」
「真偽官殿。雑談はそれくらいで」
「ああ、すまない。じゃあティリカ、あとで話そう」
ティリカがこくりとうなずいた。
「単刀直入に言うと、君たちが緊急依頼に応じなかった疑いがかかってましてね」
そうギルド職員が話を切りだした。普通なら今回はたった一日だけ発動された緊急依頼である。タイミングが悪ければ召集に応じられないこともあるだろう。だがこのギルド職員、俺たちが戦力になるだろうと探していたのだそうだ。
村に滞在しているのはギルドにも教えてある。そして当日、買い物に砦に訪れていたのはすぐに判明した。次の日俺は寝込んでいたが、他のみんなは普通に砦にでかけたり、村に顔を出していたりしている。
なぜ緊急依頼に応じなかったのかという話になったようだ。
「ただ今回は本当に期間が短いですし、事情があれば特に問題にしようということもないのです」
「あの日はエルフの里で戦っていたわ。カードに討伐記録もあるわよ」
「嘘は言ってませんね」
「わたしがいるのに」
嘘という単語に反応して、ティリカがイラッとした感じでつぶやく。
「ティリカを侮辱するつもりはないよ。これもお仕事だからね」
「ならいい」
「エルフの里の救援に向かった冒険者のグループにはいなかったと聞いていますが?」
「あの日鐘が鳴った時、ちょうどエルフの森側の門のところにいましてね――」
その場で雇われてエルフの里で、護衛として戦ったことを伝える。
「ではとりあえずカードを見せてもらえますかな」
ギルド長にうながされ、全員がギルドカードを差し出し、机に並べる。
「見なさい。これとこれを」
そう言って、エリーが自分とサティのカードを押し出す。
「ドラゴン!?」
この二枚にはドラゴンの討伐記録が、最後に倒したからすぐ見える位置にされている。
「ギルド長、冒険者たちからはドラゴンは五頭いて、二頭はエルフが倒したと報告があがっております」
「その二頭は私たちがやったのよ。中々の大物だったわ」
「もっと詳しく話を聞かせてもらえますかな?」
どこまで話したものかと考えながら、適当に省略しつつ、リリ様に雇われて里に飛び、防衛に参加して、ちょっとした活躍をして、最後はあの冒険者たちの救援が来たので家に帰り、俺が病気で倒れ数日寝込んでいたことを簡単に話した。
「で、討伐報酬をもらいたいんですが」
「それとランクアップもしてもらうわよ!」
「ではまずはカードのチェックをさせてください」
恒例のカードチェックである。前に対応した職員はさすがに気合を入れた顔で臨んだが、またみるみるうちに表情が厳しくなっていく。
「こりゃすごい! どうやってやったんだい、ティリカ」
「勝手に見るな」
「いやすまない。でもこれって一日分の戦果? ティリカってこんなに倒せるほど強かったっけ?」
「成長した」
「成長、ね」
「これは全て君たちが倒したのに間違いないかね?」
全部のカードにざっくりと目を通したギルド長が質問してきた。
「間違いない。カード記録の偽造は不可能」と、ティリカが答える。
「エルフの里で、一日の間に倒したと?」
「せいぜい半日ってところね」と、エリー。
「討伐記録のこの陸王亀は、エルフから報告があった100m級のやつかね?」
討伐記録の一番最初にあるのに、目ざといな……
「その100m級のやつです」
仕方なく答える。
「……つまり」
「エルフの姫の精霊魔法で里に飛んだ私たちは、まずはエルフが倒せなかった100mクラスの陸王亀を華麗に討伐。そのあとは襲いかかる魔物どもを範囲魔法で殲滅して、ついにはドラゴンをも倒し、エルフの里を救ったのよ。ま、あとから来た冒険者なんかおまけね! エルフを救ったのは我々なのよ!」
ぶっちゃけやがった。まあ報告に来た以上、どうしようもないんだけど。
「ちょっとした偉業だね、すごいよティリカ」
さらに二人、ギルド職員が呼ばれた。まずは討伐数を出さねば、きちんとした記録に残せない。
俺たちはそれを見てないといけない。退席はできない。他人が悪用できないように、カードは本人から離すと機能を失う。有効半径は10mくらいで、それ以上離れると討伐記録の閲覧もできなくなる。
「暇だな」
「そうね」
隣で暇そうにしているアンに声をかける。俺以外のカードは1時間ほどでカウントが終わった。あとは俺の分だけ。ティリカの知り合いの真偽官はソファーで居眠りをしていた。サティとティリカとエリーもうつらうつらしている。俺はここ数日寝てばっかりだったので全く眠くない。
雑談するにしても狭い部屋だ。丸聞こえなので無難な話しかできないし、すぐにネタも尽きる。本でも持ってくればよかった。でもアイテムボックスにいれてあった荷物はほとんど新居に出しちゃってるんだよなあ。
「マサル殿は一体どれくらいの数の討伐をやったのですかな?」
そうギルド長が尋ねてくるが答えようもない。他のみんなよりは確実に多いだろうが実数など数えられる状況でもなかった。
「では先に戦闘の詳細を聞きましょう」
いつ終わるともしれないカウントを待っていても時間の無駄だ。居眠りしているやつらを起こして聞き取り調査を開始した。
結局は最初から、微に入り細に入り説明することになった。もちろん伏せるところは伏せたがエリーが率先して戦闘状況や戦果を報告してくれている。俺たちはそれに多少補足する程度だ。
「で、もう大丈夫だろうと、護衛の任を解除してもらって家に帰ったわけです。そのあと堀で溺れた時に飲んだ泥水にあたって、三日ほど寝込んじゃって。ギルドに報告が遅れたのはそのせいです」
報告が終わった頃、ようやく俺の分のカウントも終了した。
討伐数の総計は8万ほどだった。俺が約5万で他の四人で合計3万ほど。
案外少ないと見るべきか、思ったより多いと見るべきか。敵の魔物は無限に湧いて出てくるように見えたのに、倒した数は思ったより少ない気がする。
だが恐るべきはサティの討伐数だ。自分の討伐数を上回られているのを見てエリーが愕然としていた。
「なんで私のほうが少ないの……? ええと、戦闘時間が……一時間に千体!?……いやでも……計算するとそれくらいは……」
「敵は範囲魔法に備えて分散してたから、そういうこともあるんじゃないか? それにエリーが休んでた間もサティはずっと戦ってたものな」
「そ、そうかしら……? カードの記録が間違ってるはずもないし……」
エリーはサティに討伐数で負けているのにどうにも納得できないようだ。サティがちょっと困った顔をしている。
「エリーってば、同じパーティで優劣を競っても仕方ないじゃない」
「……それもそうね。サティはずっとみんなを守ってくれてたんだし。ごめんね、サティ」
アンに言われてようやくサティを困らせているのに気がついたようだ。
「それよりも! ランクアップはもちろんするんでしょうね?」
あ、話を逸しやがった。
「それは問題はないでしょう。ですが審査には時間が必要です」
「構わないわ。冬の間はこっちにいるつもりだから」
「それで報酬なのですが……なにぶん緊急依頼中の討伐なので」
「あ……」
そういえばそうだった。緊急依頼中の報酬はすごく安いのだ。今回、緊急依頼を受けずに直接エルフの里に飛んだのですっかり忘れてた。
討伐数からざっくり計算してみたところ、約700万ゴルド、日本円で7億円ほどになるらしいのだが、緊急依頼中は拘束期間や働き、ランクなどによって考査される。
以前に俺が後方の治療に回されたように、配置によっては討伐の機会すらないこともあるのだ。もちろん戦果というのも重要な要素なのではあるが基本は固定給+ボーナスという感じになる。
前の緊急依頼の時も報酬あんまり高くなかったしなあ。これは期待しないほうがよさそうだ。
「まあそれは仕方ないわね。でもこれだけの働きをしたのよ。十分考慮して欲しいわ」
「も、もちろんですとも」
ドラゴンを持って帰ってきて助かったな。まあお金に関しては困ってないからいいんだけど、ちょっと残念だ。
「あとですね、出来ればこの件は内密にしておいて欲しいんですが……」
せっかくエルフのほうで伏せててくれてるみたいだし、今回はこのまま目立たないままのほうがいい。
「もちろんギルドメンバーの情報を外部に喧伝したりはしませんが、審査でギルド内部では話は通さないわけにはいきませんよ?」
「それくらいなら」
イナゴの時は報酬も何もいらないということでここだけの話にしてもらえたが、今回はランクアップの審査があることだし。
「これだけの働きをして秘密にするんだ? どうして?」
そう真偽官の青年が聞いてきた。
「目立ちたくないって言うか……」
「ふうん。裏で何か悪いことしてるわけじゃないよね?」
「もちろんです」
「ティリカが一緒ならそんなこともないか。あ、ギルド長、もう上がってもいい?」
「はい、真偽官殿」
「食事に行こうよ、ティリカ。近くに美味しいところがあるんだよ。ちょっとゲテモノだけど、味は悪くないんだ」
「行く」
「パーティの皆さんもね。ティリカの話を聞きたいな」
「ええ、まあ構いませんが」
ゲテモノって時点で嫌な予感バリバリだったが、ここで行かないとか言えるような空気でもない。長時間拘束されて俺もみんなもいい加減お腹が空いていたし、ティリカはゲテモノ料理に興味津々だ。
そしてギルドを出て少し歩いた場所にあったお店はやっぱり虫料理だった。こっちの人も虫っていうとゲテモノ扱いなんだなあ……
次回 戦いの報酬② たぶんリリ様が再登場




