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夜空に瞬く星に向かって  作者: 松由実行
第十章 ワイルドカーゴ
243/264

17. 信用


■ 10.17.1

 

 

 結局、未知の不気味なデブリ集団に襲われた重水輸送船団で生き残った船は、レジーナとシリュオ・デスタラだけだった。

 

 悪戯好きなニュクスがレジーナに幾つも過剰な装備を設置し、俺から次々と却下される中で、絶対に残すと言って譲らなかった分解フィールドがここに来て役に立った。

 勿論分解フィールドにはこれまでも何度も助けられている。

 濃密なガスやプラズマ雲を突っ切る時、デブリ群の中を安全に突っ切りたい時、そして物理的兵器で外部から攻撃を受けた時。

 分解フィールドを装備していなければ、あの触手デブリの猛攻を生き延びる事は出来なかっただろうし、事実他の五隻は全て触手デブリに取り付かれ、乗っ取られて破壊された。

 そこに乗っていた乗員達と共に。

 

 KSLCの警備部、すなわち元の3165小隊が乗り込んだ重水輸送船一番船と二番船は、それでも乗組員が全員生き残っただけましだった。

 最終的に数十もの触手デブリに取り付かれた重水輸送船は、シリュエの進言に従って貨物区画を切り離して時間を稼ぎ、その間に警備部隊員と輸送船乗組員を全員助け出す事に成功した。

 他の武装貨物船三隻は、多分何が起こったか理解する間も無く触手デブリに取り付かれ、喰い尽くされて破壊された。

 

 唯一、デブリに喰い尽くされる前に状況を把握し、乗員に各個脱出を指示したドンドバック船長のゼブアラカナから、若い見習いパイロットがただ一名だけソフトスーツを着て虚空を漂っていた所をシリュオ・デスタラに回収された。

 そして皮肉な事に、総員退船命令を出し、全員の脱出を見届けるまでコクピットの船長席から動かないつもりだったドンドバック船長が、大破して吹き飛ばされたゼブアラカナのコクピットの中から救出された。

 流石に無事救出という訳にはいかず、爆発で焼かれ潰れたコクピットの中で半身を潰され、酸素欠乏と大量出血で意識不明となっていたところを、運良くコクピットの残骸を見つけたシリュオ・デスタラに回収されたのだった。

 

 ドンドバック船長は現在シリュオ・デスタラに設置されている調整槽の中で欠損した部位の再生治療を受けている。

 元々軍艦であり、またKSLC所属となった後も怪我が多いであろう警備部隊員の乗艦となったシリュオ・デスタラなので、かなり程度の良い調整槽を複数搭載している。

 船長の身体は数日もすれば元通りになるだろう。

 問題は意識が戻るかどうかだった。

 ヒトの人格を丸ごとネットワーク上に再現する事も可能である現代でも、身体というハードウェアと意識や人格と云ったソフトウェアとの繋がりには、解明されていない部分もまだ多い。

 欠損部位を完璧に元に戻したからと云って、意識が確実に戻る絶対の保証は無いのだ。

 

 

■ 10.17.2

 

 

 レジーナとシリュオ・デスタラは、ブリマドラベグレの警備艦隊に護衛されるようにして、ブリマドラベグレ所有の第九惑星軌道ステーションに接近している。

 

 駆逐艦神風と雪風が、レジーナが放り投げた種核(シードコア)を追いかけて星系外縁にホールジャンプしてからしばらくして、残る三隻のST艦、すなわち戦艦ジョリー・ロジャーと駆逐艦ジャーヴィス、ライラの三隻も第十惑星近くにホールアウトしてきた。

 特に何か通達があった訳では無いが、どうやら彼等は例の気色悪いデブリの捕獲作業にいそしんでいるようだった。

 

 第十惑星から一億kmも離れると、分解フィールドに接触するデブリも全く無くなった。

 どうやら第十惑星系にあの不気味なデブリの巣がある様だ。

 それがどの様なもので、どこにあるかなど知りたくも無かった。

 下手に深みにはまれば、また軍やSTが依頼主の命を削られるような依頼を強制的に受けさせられる羽目になるに決まっている。

 これ以上そんな依頼を受けるのはまっぴら御免だった。

 ただ今後は、例え燃料消費率が少々悪化しようとも、航行中は常に分解フィールドをスキニーモードで展開しておこうと、俺は固く心に誓った。

 

 接岸シーケンスが起動し、両船とも接岸のためにステーションに接近する。

 

「重力アンカー展開確認。ゲート接続。ゲート内与圧完了。エアロック開きます。接岸完了です。お疲れさまでした。」

 

 レジーナの声が、ブリマドラベグレのステーションへの接岸を宣言する。

 さて、これからまた別の戦場に赴かねばならない。

 他に生き残った船が居ない以上、現在残っている重水輸送船団を構成する船の中で最高位である俺が、依頼主への報告を行わなければならないのだった。

 

 形式上、俺達は依頼に失敗した事になっている。

 百二十万トンの重水をこのステーションに届ける事が出来なかったからだ。

 重水輸送船二隻から切り離され、まだ多くの重水ブロックを固定したままの貨物架部分は、今も動力を失った状態で恒星の引力に引かれつつも星系内を慣性移動している。

 だがそこには無数の触手デブリが取り付いて居る筈であり、そしてその様な物の存在をST達が許すはずも無かった。

 ジョリー・ロジャー艦長のキャリーが、「安全のために」重水ブロックごと貨物架全てを強制接収する事を既に宣言していた。

 百二十万トンの重水は、永遠に俺達の手の届かないものとなってしまったという訳だった。

 

 だが勿論、はいそうですかと引き下がるつもりは無い。

 そもそも海賊の待ち伏せを受け、正体不明のデブリ群に襲われるという「想定外の」事態が発生している。

 海賊に襲われる事は予想は出来ていたが、それに対応するだけの護衛費用を依頼主がケチった結果がこれだ。

 さらにその依頼主の警備艦隊は、俺達が海賊に襲われデブリに痛めつけられている間も、あろうことか離れた安全な所から高みの見物を決め込んでいた。

 依頼人組織に所属する艦隊として、そもそもこの銀河を航行する船として、あり得ない対応だった。

 

 そして、ブリマドラベグレがホールドライヴデバイスを狙っている疑いの問題もある。

 この疑いについては、ステーション到着までの時間を使ってそれとなくアデールに伝えてあった。

 アデールからキャリーに連絡が行くことを予想しての行動だ。

 

 アデールと云えば、例の触手デブリの存在に関する一連の不審な行動を問い質すことも忘れなかった。

 どう見てもアデールは、触手デブリについて何か情報を持っていた。

 あのデブリが何者かなど、そんな事に興味はない。

 最大の問題は、このメフベ星系第十惑星にあの気色悪いデブリどもが巣を作っていることをアデールが知っていたかどうか、という点だ。

 勿論、アデールは否定した。

 

「随分信用を無くしたものだ。いくら何でもそこまで非道い事はしない。」

 

 デブリとの一連の格闘が終わり久々にありついた食事の後、俺の部屋に呼びつけられたアデールは、心外だという表情を露わにしながら言った。

 

「勘違いするな。俺達に重要な情報を与えず、こそこそと状況を上手く操って自分達の目的を達成しようとするという点では、俺は徹頭徹尾お前達軍や政府を信用していない。信用を『無くした』のではなく、何も無い所に一から構築しなければならないのを、お前達が失敗しているだけだ。」

 

 アデールは真っ直ぐに俺を見返してきた。

 ルナの生まれながらの無表情とはまた異なる、固い意志と感情の制御で手に入れた仮面のような無表情だった。

 

 しかし、信じる信じないで水掛け論を続けていたのでは話は何も進まない。

 俺は自分の頭の中を切り替えるために、眼の前のテーブルの上で放置されて冷め切ったコーヒーを一口飲んだ。

 マグカップとテーブルの天板が軽くぶつかる音が部屋の中に響いた後、話題を変えた。

 

「お前、あのけったくそ悪いデブリが一体何なのか知っているな?」

 

 アデールの表情は変わらない。視線も俺の眼を見たまま動かない。

 

「質問を変えようか。あのデブリは、俺が乗っていたレーサー船GRIPHON VIIを撃ち抜いた『見えないデブリ』と同種の物だ。違うか?」

 

 これはかなり自信がある。

 今回デブリが重積シールドを抜けてきたことや、接近するデブリをレジーナが感知出来なかったこと、そしてアステロイドレースの時、デブリの存在を知った後の地球軍の行動と、デブリについて調査していたブラソンにアデールがそれ以上嗅ぎ回るなと警告したことと。

 そう言えばあの時動いたのも、ST部隊を内包する第七基幹艦隊だったか。

 

 しかし、アデールの表情に一片の動揺も浮かぶことは無かった。

 

「その点については、その通りだ、と答えておこう。」

 

 流石にこの程度であれば、少し考えれば誰でも思いつく。

 アデールも隠したりはしなかった。

 

「『(シード)』と呼んでいたな。レジーナに取り付いたのは、確か『種核(シードコア)』だったか? 名前から想像するにあのデブリは、ある程度の質量を持った物体に取り付く。取り付いた物体を喰らいながら増殖して巣を作る。巣を作った後にシードを生成し、宇宙空間に撒き散らす、と云った所か。明らかに生物の繁殖行動だな。これまでそういう生物の存在について聞いた事は無いが、まあ居てもおかしくはないだろう。」

 

 播種し、発芽して成長し、また播種する。

 地球上の植物の繁殖と全く同じ行動だ。ただスケールが大きく違うだけで。

 

「・・・概ねその通りだ。間違ってはいない。」

 

 アデールの表情は読めない。プロフェッショナルの仮面だ。

 そう簡単に剥がれる事はないだろうし、その仮面の奥の心の動きを読み取れる能力は俺には無い。

 もっとも今のアデールの台詞は、言い方がかなり引っかかったのだが。

 

「検知出来ない状態で近付かれて、いきなり取り付かれて喰い尽くされる。俺達船乗りにとってみれば相当な脅威である事に間違いはない。

「だが、それだけか? そういう特殊な生物が居ると云うだけで、第七基幹艦隊が全力出撃したり、間髪入れずにST部隊が急行してくる程の事か?

「ブラソンから聞いている。たかだか全体の0.5%しかない事故案件だそうだな。それに対して打撃艦隊である第七基幹艦隊全力出撃は奇妙だ。何を隠している? それともブラソンが疑ったとおり、実はあれは地球製の新兵器で、無差別テロのように銀河全域で動作試験中なのか?」

 

 いくら何でも最後の件は無いだろうと俺も思っている。

 だが、ただの危険生物にしては軍の対応が大袈裟すぎるように思えた。

 

「・・・知れば、後には戻れないぞ。それでも知りたいか?」

 

「陳腐な脅し文句だ。後に戻れない、とはどういう意味だ。」

 

 半ば分かっていて訊いている。

 

「強制的に軍属となる。拒否権は無い。守秘義務が発生し、その遵守の確認のために監視が付く。自由な運び屋家業からは永遠におさらばだ。」

 

 予想通り、と云ったところか。

 

「拒否すれば?」

 

「消されないだけ幸運で寛大な処置だと思え。」

 

 そう言ったアデールには、彼女にはその覚悟があるという迫力があった。

 

「あのな。そういう事を言うからお前達軍や政府は信用できないと言っ・・・」

 

「それだけの重要案件だと云うことだ。それだけデリケートで、扱いに細心の注意を要する、ということだ。分かっているんだろう?」

 

 珍しくアデールが俺の言葉を遮った。

 

 覚えている。

 彼女も、そして彼女の上司だと名乗った男も、地球人類の存続のためには少人数の犠牲も厭わないと、以前はっきりと言い切っていた。

 実は、それ自体は正しいことだと俺は思っている。

 千人死んで二百億が助かるなら、国家とそれに連なる機関は一瞬の迷いも躊躇いも無く千人殺すことを選ぶべきだと俺も思う。

 ただその千人の中に俺が含まれるのは我慢ならないというだけの事だ。

 

 利己的で身勝手と言いたければ言えば良い。

 だが俺にとって、俺の人生は一つしか無いかけがえのないものだ。

 誰かに奪われるのを許すつもりはさらさら無い。

 

 アデールの台詞は脅しでは無いだろう。

 口ではああ言ったが、実はその程度には信用している。

 本当に踏み入ってはならない所に俺達が近付いたならば、面倒なことになる前に彼女は俺達に必ず警告する。

 

 アデールを見た。

 彼女の視線は、先ほどから俺の眼に向かったまま一度も外れていない。

 あれだけコーヒー好きな彼女の前のマグカップには、一度も口を付けられないままに冷め切ったコーヒーがなみなみと残っていた。

 

「・・・もう一度訊く。この星系にあのデブリの巣があることをお前は知っていて黙っていたのか?」

 

 一瞬の溜めの後、視線を外すこと無く彼女は言い切った。

 

「知らなかった。」

 

 部屋に沈黙が流れた。

 

「信じよう。」

 

 俺も彼女の目から視線を外さないまま、自分のマグカップのハンドルに指を通し、持ち上げた。

 もちろん俺のコーヒーも完全に冷め切っていた。

 

 レジーナからブリマドラベグレのステーションに向かうボーディングブリッジを歩きつつ、俺はアデールとの会話を思い出していた。

 地球政府がそれだけの対応を取るあのデブリを放置し、あまつさえ俺達を始末するための切り札として利用し、そして未だ地球軍と政府の最高機密に属するホールドライヴデバイスをそうやって無理に奪おうとした。

 レジーナにはアデールが乗っており、その状況を全て把握している。

 そしてデブリを始末するためのST艦がやって来て、その事実は公のものとなった。

 

 ブリマドラベグレは少々火遊びが過ぎたようだ。

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 ドンドバック船長、やっぱり脚は片方棒っきれで、右手はフック、隻眼に黒い眼帯ですかね。


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