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夜空に瞬く星に向かって  作者: 松由実行
第八章 地球市民 (Citizens of TERRA)
215/264

16. 作戦開始時刻


■ 8.16.1

 

 

 俺は無事に船に戻り、そして次の朝を迎えた。

 

 昨夜俺がバーを出てビークルに乗りレジーナまで帰った足取りは、メイエラ達が徹底的に隠し、痕跡を消去した為、ジャキョセクションに辿られる様なことはまず無いと、ブラソンが太鼓判を押した。

 同じく、ここに停泊している船がレジーナである事も徹底的に隠蔽されており、レジーナを知っている者が直接肉眼で船体を確認しない限り絶対ばれることは無いと、ブラソンは豪語している。

 

 偶然だったとは言え、昨夜のゴールドマンとの邂逅は少々調子に乗っていた俺自身への良い教訓だと受け止めている。

 相手は巨大な闇商人の組織で、そしてここは無法地帯として名高いアリョンッラ星系なのだ。

 商人達は馬鹿では無いし、そして力も持っている。経済力であったり、政治力や軍事力、情報収集能力といった、個人や貨物船一隻ではとても及ばない様な巨大な力だ。

 そしてこの星系の中では、地球船籍の貨物船一隻、地球人の船乗り一人、ある日を境に急にどこかに消え失せたとしても誰一人としてそれを気に留める事など無く、いつものことだと一瞬の後に忘れ去られる程度の出来事でしか無い。

 

 ゴールドマンは俺に手を引けと言った。

 俺達のたくらみは既にジャキョセクションに知られており、対抗策を取られて失敗するのがオチだ、と。

 

 もちろん、はいそうですかと止めるつもりなどさらさら無い。

 (・・)がやっている工作がジャキョセクションに知られるのは想定内の事だ。

 いやむしろ、知られた方が全体としてみれば都合が良い。

 ジャキョに本当に知られたくないのは、ブラソン達ネットワークチームの工作とその内容の方だ。

 彼らには二通りの工作を行ってもらっている。

 一方は表面的なもので、こちらはジャキョに知られても問題無いもの。俺の行動と連動している。

 もう一方が本命の工作で、こちらはジャキョはおろかこのアリョンッラ星系に存在する全ての組織に知られたくないものだ。

 

 本命の工作の方はジャキョセクションから一定の距離を取り、そう簡単にジャキョセクションからは見えないところで行われている。

 そしてブラソン達も、ジャキョを含めて全ての組織に勘付かれない様に慎重且つ常に最大限警戒しながら作業を進めている。

 

 俺達が最も警戒しているのは、表面的な工作を見たジャキョセクションが、いや、ゴールドマンが、その工作の内容を稚拙であると疑い、俺達が他に真の目的の工作を行っているものと推測して、こちらが想定していない様な対応を取られてしまう事だ。

 ジャキョがどの様に動くか、メイエラやニュクスの演算能力を使って予測を立ててはいるものの、ヒトの思いつきというものは機械知性体達の予想演算の斜め上を行く事がままあり、それについては彼女たちの力も及ばない事をニュクスもはっきりと認めている。

 ジャキョセクションに置いてきた量子通信ユニット二基は未だ排除されず存在している。

 それを罠だと認識しているブラソン達は、ジャキョセクションネットワークへの接続を試みていない。

 現実世界でもネットワーク上でも、ジャキョセクションの動きを正確に掴む事が出来ないのが歯痒かった。

 

 そして俺達は工作を続けた。

 

 レジーナはヌクニョワVIを離れ、ヌクニョワIIIとIVを訪れた。

 ヌクニョワIIIもIVも長さが1000km近くある断片ステーションであり、ヌクニョワVIに次いで大きく、ここにも色々な組織が存在している。

 俺達のやる事は同じだった。

 ステーションに接岸したら俺とアデールが船を出て街に向かい、幾つかの組織の事務所を回る。

 俺達はその途中でナノボットブロックをあちこちにばら撒き、ニュクスがナノボットを使って量子通信ユニットを作って稼働させる。

 ブラソン達がそこから各ステーションのネットワークに入り込み、こちらはこちらで工作を開始する。

 

 現実世界で各組織の事務所を回る俺とアデールのIDは、ブラソンやメイエラによって巧妙に隠されている為、ステーションについてすぐジャキョの兵隊に追い回されるようなことは無い。

 だが、事務所を訪れた際には誰何に答える為に偽IDであってもID認証が必要であり、ともすると俺達が訪れた組織とお互いにハッキングし合っているジャキョセクションに来訪者情報が流れてしまう事がある様だった。

 ジャキョセクションは、来訪者の個体IDがどうあれ、他組織を地球人が訪れたら警戒態勢に入る様に対応している様であり、事務所から出てきたところをジャキョもしくは奴らが雇った兵隊達に追いかけられるという事態が何度か発生した。

 

 俺が危険を冒してまでもあちこちの組織の事務所を生身で訪れている理由の半分はジャキョに見せつける為であるので、ジャキョに情報が流れるのは一向に構わなかった。

 俺達を追いかけてくるジャキョの兵隊達も、多くて十人程度、少ない時には数人という規模であり、その程度の人数の中古HASがまとまりも無く追いかけてきても、俺とアデールで充分に対応出来る範囲内だった。

 まるで俺達を本気で追い詰める気がない様にも見えるジャキョの対応に少々疑問を感じたのだが、幾ら無法地帯のヌクニョワステーションとは言え、自分達の支配下に無い場所では大規模な戦力を動かす訳にも行かないのだろうと推察した。

 

 ヌクニョワIIIやIVで行動する頃には、ブラソン達の表の工作でネットワークに垂れ流した噂が徐々に効果を現し始めており、事務所を訪れた途端正気を疑われたり、大笑いしながら俺達を迎え入れ、今どれだけの賛同者を得たかを真面目に尋ねられる事もあった。

 実際の所未だにただひとつも俺達の誘いに乗ってジャキョと戦うと決めた組織は無いのだが、連中が感じ始めている不安感をより煽る為に、「他の組織の動きを明かす訳にはいかない」などと思わせぶりな回答をして、さらに連中を煙に巻いた。

 

 実際の所、俺達がやるべき事はこの混沌とした群雄割拠の横行する星系を、さらに混沌の坩堝の中に叩き込む事だった。

 そして可燃物と爆発物がごった煮になって危険度が極大になった様なその坩堝の中に、絶好のタイミングで火種を放り込もうとしているのだ。

 ゴールドマンでは無いが、そんな事をすれば勿論俺達も大火傷をする恐れがある。

 だが上手く立ち回りさえすれば、激しく燃え上がるその坩堝の中でジャキョセクションは再起不能なほどの痛手を被るはずだった。

 その為に俺達は危険に身をさらしてあちこち歩き回り、ブラソン達はネットワーク上に疑心暗鬼を塗り伸ばし、そして更に会心の一撃を絶妙のタイミングで叩き込むための下準備をしているのだった。

 

 ゴールドマンは、相手にバレてしまえば謀の意味は無くなると言った。

 だが俺達には、今俺達が行っている工作の真の骨子となる部分についてジャキョセクションに嗅ぎつけられてはいないという自信があった。

 俺達は、ジャキョセクションに対しては一切手出しをしていない。

 万が一何かが進行している事をジャキョに嗅ぎ取られたとしても、それが一体何なのか奴等にはその姿形が見えないはずだ。

 例え最後には気付かれてしまったとしても、俺達の工作が終わる頃にはジャキョセクションは頭の先までどっぷりとこちらの策に嵌まり込んで抜け出せなくなっているだろう。

 俺達には、連中が絶対に手に入れることが出来ない武器があるのだ。

 

 

■ 8.16.2

 

 

 レジーナは最後の仕上げを行うために、第六惑星ヌクニョワの衛星軌道を周回しているヌクニョワIIIを離岸し、外惑星軌道に向けて移動を開始した。

 ブラソン達の隠蔽工作は完璧で、この星系の中にレジーナが存在することには誰も気付いていない。全く別の船だと認識されている。

 この星系は以前訪れた事があるので、軍や一部の星系が使っている(Vessel )(Print )同定(Detection)を使って、船体質量やジェネレータ出力パターン、放射パターンなどの複合情報を使った同定をされるとばれてしまう可能性があるが、アリョンッラ星系にその様な高尚なシステムがあるとはとても思えない。

 

 ゴールドマンを通じてジャキョセクションは、ともするとジャキョセクションから提供された情報を受けてジャキョセクションの同盟者達は、ここにレジーナがいることを知っているかも知れない。

 例えもしそうだったとしても、今の時点でその情報は、連中に焦燥感を与え続ける以上の何の意味も持たない。

 自分達がレジーナから何らかの攻撃や工作を受けていないかと、連中が目を皿の様にして躍起になってネットワーク上を探し回っても、そんなものの痕跡はなにひとつ見つけられないだろう。

 実際に何も行っていないのだから、見つかる筈も無い。

 

 ヌクニョワを離れたレジーナは、途中幾つかの「下拵え」を行った後、第十惑星フドブシュを取り巻く環状軌道ステーション、フドブシュステーションに接岸した。

 もちろん接岸先はジャキョセクションでは無く、ジャキョセクションから数十万km離れた位置にあって、ジャキョと対立しているメルタ・インバズセクションだ。

 

「数ヶ所途切れているところはありますが、フドブシュステーションの中は概ねネットワークが繋がっています。ジャキョセクションも最大の連続体の中に含まれます。」

 

 レジーナから幾つものコピーを打ち出し、ネットワークの中を泳いでいるノバグが言う。

 一度に大量の情報を取り扱う事に秀でているメイエラに対して、ノバグの特技は突破や調査だ。

 そこに司令塔となるブラソンが組み合わさる事で、最強のチームと言える。

 

「好都合だ。予想していたよりも状況は良いぞ。ジャキョの港湾(Port )管理(Control)には手が届くか?」

 

 ネットワーク上でのノバグとブラソンの会話がコクピット内に響く。

 コクピットに居らずともレジーナの操船は出来るが、何か事を構える時には重要(ヴァイタル)区画(パート)の中でも最重要として高い防御力を持ったコクピットにいる方が良い。

 クルー達に特に強制はしていないが、誰もが同じ結論に達し、こういう時には皆コクピットに集まってくる。

 

「可能です。港湾管理のごく一部に手が届かないところがあります。周辺状況から考えて、仮想港湾、もしくは海賊用に用意された、フドブシュステーション以外の場所を対象としているものと思われます。」

 

「ようし。打合せ通り、ジャキョの港湾管理にいつでも楔を打ち込んでこじ開けられる様にしておいてくれ。今は一切触るなよ。」

 

「承知しております。ゼロ時にジャキョ港湾側のエントリー数掛ける十倍のノバグRコピーを発生し、同時攻撃致します。」

 

「ノバグ、ジャキョの兵隊どもはどうだ? 今フドブシュステーションにどれ位の武装艦船が停泊しているか分かるか?」

 

 やはり俺としては、ジャキョセクションが動かせる武装艦船がどこにどれ位の規模で存在しているかが一番気になる。

 手の届く範囲で接岸している艦船ばかりでは無いだろう。

 パトロールや訓練などの名目でステーションを離れて遊弋する艦船には手が届かない。

 特に軍用艦は警戒態勢に入ると指揮艦以外からの情報入力を殆ど受け付けなくなる上に、ハッキング対策として、その指揮艦からも単純データを受け入れるのみとなる。

 戦闘態勢に入った軍用艦のインターフェースをこじ開けるのは、いかなノバグとて相当に苦労するとブラソンも断言している。

 そしてジャキョセクションほどの大組織になれば、所有する武装艦の殆どは貨物船に武装を後付けした様な中途半端な武装船では無く、どこかの国の退役軍艦を改造修理して使っている。

 即ち、ジャキョの武装艦船に手を出せるのは接岸中のものだけであり、航行中の船には基本的に手が出せないという事になる。

 つまり、ゼロ時に航行中である船とは物理的な殴り合いになる可能性が極めて高い、という訳だ。

 

「はい。フドブシュステーションに停泊中の武装艦船三八七隻。内、ジャキョセクションに停泊中のもの三六八隻。推定残り艦船五一七隻。内、本星系内のステーションに接岸を確認出来るもの、四八隻。残四六九隻。本星系内に存在が確認出来るもの、二一九隻。残一五〇隻は所在が不明です。」

 

 最大四六九隻、最低でも二一九隻との物理的な応酬が見込まれる、という訳だ。

 

 ・・・多過ぎる。

 二百隻前後が常に遊弋していている事は分かっていた。

 だが、最大交戦艦艇数が四百隻を大きく超えるとは想像していなかった。

 三百隻前後、そして本当に当たるのは百隻程度、と予想していた。

 

「想定より少々多いな。どうするマサシ? 時計を止めて、様子を見るか?」

 

 一度転がり始めた事態は、そう簡単には止まらない。

 少し速度を落とさせる事くらいは出来るだろうが、止めてしまうと大概の場合あちこちに齟齬が出て、より事態を悪化させる事が殆どだ。

 

「いや。遅くしたところで事態が好転するとは余り思えない。このまま行くしか無いだろう。」

 

「だな。俺もそう思う。その分俺達がちょっと多めに頑張るか。」

 

 ブラソンが軽い調子で言う。わざと軽い調子で言っているのは分かっている。

 

 焦れる様な、どこかひりつく様な空気の中時間は刻々と過ぎていく。

 

「ゼロ時マイナス十分。本船は離岸シーケンスに入ります。」

 

 レジーナがフドブシュステーションを離れる。

 急速に遠ざかっていく惑星フドブシュを後ろに見ながら、レジーナの声でカウントダウンが始まる。

 

「ゼロ時マイナス20秒。15秒。10秒前。5、4、3、2、1、今。各員所定の行動を開始して下さい。グッドラック。」

 

 その時を告げるレジーナの声がコクピットに響き渡った。

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 引き続きリアルの方で仕事が詰まってしまっており、更新が不定期になってしまっております。申し訳ありません。

 もうちょっとしたら、事態は落ち着くと思う・・・んだけどなあ。思いたいなあ。自信が無いなあ。ダメかも・・・


 PV40万超えに続き、総合評価も1500超えしました。

 これも全て、拙作にお付き合い戴いている皆様のおかげです。御礼申し上げます。


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