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習いごとは魔術です  作者: サフト
1章 魔術を身につけよう!
47/47

第1章終了 47 これって丸め込まれたの?

 

「そう落ち込まないで。この夏は僕にも有意義な夏だったと思っているよ。学ぶ事もあったからね」

 ユーリが学んだ事……王妃様が言っていた事かな。

 女子のわたしがユーリを噴水に突き飛ばしちゃったから、ユーリはそれを情け無いと思って剣術の稽古をするようになっと言っていた。



 もしかしてクレーメンス邸に来なくなった理由も剣の稽古をしてたから?

 言いたくなさそうにしていたのは、稽古をしているところを見られたくなかったのかも。



 頭に一番上の葵羽兄が言っていた事を思い出した。

 お母さんが受験生の葵羽兄に勉強の進み具合を聞いた時に、葵羽兄は余裕そうな顔で「授業真面目に受けてるから大丈夫」とか言っていた。

 それが夜中に目が覚めた時、喉が渇いて階下にあるキッチンに行くと、なんと葵羽兄がテーブルに勉強道具を広げて勉強をしているところを見ちゃったんだよね。


『葵羽兄でも勉強するの?』

『まぁね、一応受験生だし』

『こんな夜中にこっそりやらなくても、みんなの前で堂々とやったら良いのに』

『それは違うな。普段は涼しい顔して、影で努力する。他の奴の前では汗を流す姿を見せない。それが男のプライドだ』

 俺がこっそり勉強している事は内緒だからな。

 そう言って賄賂にホットココアを作ってくれた。



 あの時は、と言うか今でも葵羽兄の言っている事がよく分からないけど。

 女子と男子だと考えてる事が違う事はわかったよ。

 ユーリも葵羽兄と同じ気持ちなのかも。



 わたしが尻もちを見ちゃった時にユーリが怒ったのは、男のプライドが関係しているのかもしれない。

 わたしだったら笑ってすませちゃうけどなぁ。

 今までのユーリの態度が変だった理由がわかった気がする。

 女子のわたしに噴水に突き飛ばされた自分がイヤになったから。

 わたしにはやっぱり男子のプライドってよくわからない。

 この事はユーリに聞かずに胸にしまって気づかなかった事にしよう。

 なんとなくその方が良いような気がするもの。



「ミリィ? どうかしましたか?」

 思わず考え込んでいたらユーリに怪訝な顔をされた。

「えっとね、物知りなユーリでも勉強する事があるのかなぁと思って」

 ユーリは大きく頷くと、真剣な表情をした。

「僕だってまだまだ勉強中だよ。大事なものを守るために自分にはまだ力が足りない。それに王太子としても、まだまだ至らない事が多いからね。この夏に気づかされたよ」



 翡翠色の瞳の中に決意のこもった強い光がゆらめく。

 圧倒されてわたしはユーリの瞳から視線が離せなくなった。

「僕は王太子としてセーデルフェルトの民が誇れる人間になれるよう、これからは意識を改めるつもりだ」

 ユーリがすごく大人びて見えて、剣の稽古中のユーリの姿と被る。

 せっかく溝が埋まったのに、ユーリが遠い。

 ユーリはわたしの目の前にいるのに、どこか遠くに感じて置いてけぼりを食ったような気持ちになった。



 置いてかれるのはイヤだ。

 ふとそんな感情が湧いてきて、わたしは握られたユーリの手をギュッと握り返していた。

「ユーリならきっと立派な王太子になれるよ。応援する……ううん、わたしにできる事なんて少ないと思うけど何か協力させて!」



 置いていかれそうになったら、急いでその手を掴めば良い。

 そして離されないように握っていれば良い。

 一生懸命なユーリを手伝いたくなって、そのままの気持ちを伝えると、ユーリは嬉しそうに微笑んでくれた。

「ありがとう。ミリィにはミリィにしか出来ない事で、魔術師長であるクレーメンスの手助けをしてほしいんだ。お願いできる?」

 わたしにしか出来ない事……ああ、わかった!

 それは偏食家クレーメンスさんの改造計画の事だよね。



「わかった。任せて!」

 胸を張って答えると、庭園の植え込みからバサッと人が出てきた。

「ミリィさ〜ん!」

「クレーメンス?」

「え!? クレーメンスさんどうしてそんな所に?」

 クレーメンスさんは両手を広げ満面の笑みを浮かべてこっちに走って来る。

 そしてわたしに抱きついてきた。



「心配になって職場を抜け出して来たのです。ミリィさんが嬉しい事を言っているのが聞こえて」

 居ても立っても居られなくなって、出てきたらしい。

「ミリィさん、私の補佐をしてくれると言うのは本当ですか?」

 体を離しわたしの顔を見下ろしてくる。

 クレーメンスさんが健康的な体と普通の食生活が送れるように、わたしなりに補佐するつもりだよ。

「はい、頑張ります!」



 元気よく答えると、クレーメンスさんの瞳に涙が浮かび、わたしはまたクレーメンスさんの腕に囲われた。

「ミリィさんが代理をしてくれるなんて……嬉しいです〜!」

 代理? 補佐じゃなかったっけ?

 聞き返そうにもクレーメンスさんの腕にぎゅうぎゅうされて話ができなかった。



 ちょっと……かなり苦しい。クレーメンスさん、見かけによらず馬鹿力だ。

 クレーメンスさんの腕を必死になってポンポン叩くと、ようやく腕の中地獄から開放されたよ。

「ミリィから頼もしい言葉を聞けて、近い将来が楽しみですねクレーメンス」

「ユリウス様、今日はなんて良い日でしょうね〜。嬉しい時には甘い物ですよね〜」



 クレーメンスさんはクルクルとダンスをしながら庭園の真ん中に移動し、ローブから取り出した杖を空に向けターンした。

 すると空からポツポツとアメ玉が降ってきた。

「コレさえあれば大丈夫〜。ミリィさん二人で頑張りましょ〜ね」

 このアメ玉見た事がある。

「それクレーメンスさん専用栄養補助食品じゃないですか。今から食べたらマッツさんのご飯が食べられなくなりますよ!」



 拾ったアメ玉の包みをはがして口に入れるクレーメンスさん。

 止めに入った方が良いよね。

 そう思ってクレーメンスさんの所に行こうとしたら、ユーリに腕を掴まれた。

「今は好きにさせてあげて下さい。クレーメンスが楽しそうな姿を久しぶりに見ました。ここ最近、忙しそうでしたから」

 クレーメンスさんを労わるように見つめているユーリにわたしも頷いた。



 クレーメンスさんにはお世話になりっぱなしだから。

 ユーリ宛の手紙を届けてもらったり、ここまで連れて来てもらったりもした。

 いつも気にかけてくれるクレーメンスさんには、ありがとうの気持ちがいっぱいある。

 だからユーリがそう言うのなら今くらいは良いよね。



 代理がなんの事なのか気になるけれど、珍しく顔色が良いクレーメンスさんにわたしも嬉しいから。

 次から次に降ってくるアメ玉を眺めていると、ユーリが内緒話をするように口に手を当て顔を近づけてきた。



「ミリィのそのローブ、とても良く似合っているよ。今度は僕にプレゼントさせて」

「あぅっ!」

 なんの内緒話かと思ったら、ローブを褒められたよ。

 もう、びっくりした。わざわざ耳元で囁くかなくても良いのに〜。

 耳を押さえながら横に飛び退いてユーリを見ると、意味深な微笑みを浮かべている。



「生地は軽く動きやすい素材で、色はミリィの魔石と同じ淡いオレンジ色が良いですね」

 ユーリはどうやらわたしのローブをオーダーメイドするつもりらしい。

「ちょっと待ってユーリ。このローブがあるから新しいのはいらないよ」



 誕生日でも何かのお祝いでもないのにプレゼントはもらえない。

 というか、わたしはもらってばかり良くしてもらう一方でお返しが出来てないから。もらうばかりだと居心地が悪いのだ。

 それをユーリに伝えるとユーリは目をパチクリさせた後、にっこり笑った。



「では、新しいローブは中級魔術師試験に合格したご褒美にしましょう」

「ちゅ、中級魔術師試験!? 初級受けてないのにいきなり中級?」

 それは無謀すぎるよ。

 いやいや、それより。いつの間にか魔術師になる事になってる!



 それじゃあさっきのクレーメンスさんの補佐っていうのは、魔術師長としての補佐って事!?

 じゃあ、代理って何?

 聞かない方が良い。これは絶対聞いちゃダメなやつだよ!

 いつの間に話が大きくなってて頭がついていかないよ〜。

 狼狽えるわたしにユーリはニコニコ顔で杖を軽く振り光らせた。



「僕とクレーメンスのダブルサポートで合格間違いありません。手始めに『魔術師の心得百選』の追加レポートですね、それとこれら書物の読破を」

 そう言ってユーリは杖で空中に山のように積まれた分厚い本を出してきた。

 空中に浮く本の山にわたしは首を振りながら一歩二歩と後退する。

「ひぎゃぁ! そんなにいっぱい……」



「ミリィさんは、この前の基本魔術判定試験で判定員もびっくりの高得点でしたので、次の試験も大丈夫ですよ〜」

 話を聞いていたのかクレーメンスさんが、両腕いっぱいにアメ玉を抱えてこっちに歩いてくる。

 抱えきれなくて地面にぽろぽろ落っことしたアメ玉が足跡のように点々としているよ。

 拾ってきたアメ玉をテーブルの上に大事そうに置くと、ローブのポケットからクルクルと巻かれた紙を取り出し開いた。

 ユーリがそれを覗き込む。



「ミリィ、頑張った甲斐がありましたね。判定試験のご褒美は、今後の事を考えると星樹の実が良いかもしれませんね」

 感慨深げに頷くユーリ。

 え、貴重な果物がもらえるくらい。そんなに点数良かったんだ?

 紙にはフェルト語の文字が並び、実技と筆記の総合得点に続き、真ん中あたりに金色に輝くインクで『合格』と判が押されてある。

 状況を忘れ思わず合格通知を眺めていたわたしは我に返った。



「で、でも。無理だから、判定試験の勉強すっごく大変だったし、いきなり中級試験とか絶対に無理だからね! それにわたし、もう虹ヶ丘に帰らなきゃいけないんだよ?」

「わかっていますよ。次に来た時に教えてあげますから心配には及びません」

「無茶すぎる〜!!」

 勉強ばかりの異世界生活ならもう行かないもん!

 半泣きになりながらふるふると首を横に動かすわたしに、ユーリの雰囲気が変わった。



「ミリィが今度セーデルフェルトに来た時にはいっぱい出かけようね」

 楽しみだね、と柔らかく微笑むユーリ。

 あ、ユーリのこの顔好きだな。

「ね、ミリィ?」

 首を傾け聞いてくるユーリ。その顔に見入っていたわたしは、

「うん」

 思わず頷いていた。

 話が大変な事になっているのに、頭の中はユーリの笑顔に綺麗さっぱり塗り替えられ、わたしも笑い返していた。

 こうして香月美里、セーデルフェルトでの夏休みは終わりを告げたのだった。



今話で一旦終了です。

第2章開始時期は未定ですが、またお越しいただけたら嬉しいです(*^_^*)

ブクマに評価にお立ち寄り、ありがとうございました。執筆中とても励みになりました。

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