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習いごとは魔術です  作者: サフト
1章 魔術を身につけよう!
35/47

35 ええっ? 抜き打ち試験!?

 

 ピクニックを終えたわたしが待っていたものは『魔術師の心得百選』のレポート作り。

 それとお城で開かれるお茶会の準備。

 提出期限までいつものようにクレーメンスさんからは魔術の訓練を、ユーリにフェルト語を教えてもらって、エミリアからは王宮行儀作法をみっちり特訓された。



「転移術って便利で良いなぁ。でも難しそう」

 って呟いたらクレーメンスさんから意外な言葉が返ってきた。

「では今日から転移術の練習をしてみましょ〜」

 え、そんなあっさり。難しい魔術だと思っていたのに違うの?

「わたしにも使えますか?」

「高度な異世界転移術はまだ難しいと思いますが、そうですね〜。今のミリィさんの魔力を魔術に変換する力だと、この屋敷内でしたら移動できると思いますよ〜」



 魔力は杖についている魔石に溜めて、魔術に変えて使う。

 上手に魔樹に変換するのには知識と訓練が必要だって、『魔術師の心得百選』にも書いてあったよ。

 今のわたしの力でも転移術が使えるならやってみたい。

 わたしは元気よく右手を挙げた。

「クレーメンスさん、わたしに転移術のやり方を教えてください!」

「お安い御用で〜す」



 そんなわけでクレーメンスさんに転移術を教えてもらっているのだけど、これがなかなか大変というか、すごく体力を消耗するんだよね。

 お屋敷の一階から二階に移動するとか、隣の部屋に移動するだけで全身が筋肉痛になったようにギシギシするからもうヘトヘト。

 転移術の訓練を始めてから、わたしはヘトヘトになっちゃって、夜にベッドに入るとばたんきゅう。

 これなら自分の足で歩いた方が楽だと思っちゃった。



 食堂の窓から涼しい風が入ってきて、木や花の香りを運んできた。

 外を見ると木の枝で、気持ち良さそうに眠るクワッピーが見える。

 わたしも昼寝がしたいよ〜。でも我慢。

 たとえ筋肉痛と睡魔に襲われようが、黒い革表紙のやたらと分厚い本『魔術師の心得百選』と格闘しないといけないからね。

 終わったらユーリがご褒美くれるって言ってたもの。だから頑張るぞー!



 なぜわたしが食堂で勉強しているのかというと、魔術師の心得百選には時々フェルト語の難しい古代文字が出てくる。

 これがわかりづらい文字ばかり。誰かに聞かないとわからない文字が出てきたら、すぐに聞けるように食堂で勉強している。

 食堂の奥の厨房にはいつもマッツさんがいるし、マッツさんが忙しい時でも食堂にいれば、アントンさんやハンナさんを捕まえやすいから。

 それに自分の部屋で勉強するより食堂でやった方が、居眠りしちゃった時に誰かに起こしてもらえるからね。



 本を読みながら重要そうなところを紙に書いていく。まとめるだけなら簡単そうに見えるんだけど、これが思いのほか手こずってるんだ。

 だってどれも大事そうに思えて、全部書かなきゃいけない気がしてきちゃうんだもの。量の多さにもうイヤになっちゃう。

 わたしは本を押しやってテーブルに突っ伏した。

「は〜〜、もう字を見るのもヤダ」

 書いても書いてもページが全然減らないんだもん。こんなんじゃ提出期限に間に合わないよ〜。



「おや、ミリィさん。どうしましたか〜?」

 顔を上げると、いつもよりほんの少し青白さが減った気がするクレーメンスが隣に立っていた。

「ユーリから出された宿題が難しくて」

 テーブルの本に目を向けるクレーメンスさん。

「この本は魔術師の心得百選ですね〜。ユリウス様からどんな宿題を出されたのですか?」

 わたしは書きかけの宿題をクレーメンスさんに見せた。



「重要な所をまとめる宿題なんですけど、全部大事に思えてなかなか先に進まないんです。この本一冊まとめるんです」

「それは大仕事ですね〜。では頑張り屋さんのミリィさんに、私からアドバイスをあげましょうね」

 クレーメンスさんはそう言うと、単語を三つゆっくり口ずさんだ。



「○*△、#◇□、*☆◇〜」

「それはなんの呪文ですか?」

「これは最も古い古代フェルト語で〜す。今の単語を呟いて表紙を優しくひと撫ですると、この本の正しい使い方がわかりますよ〜」

 本の正しい使い方なんてそんなのがあったの知らなかった。

「古代フェルト語でなんて言ったんですか?」

 クレーメンスがにっこり笑う。

「かくれんぼさん出ておいで〜。ですよ」



 いやいやそれはないよね。

 今のわたしの表情を漫画で表したら、たぶん目はきっと点になってると思う。

 アニメや漫画だと普通呟くのはチチンプイプイとか、アダブカタブラとか魔法の呪文だよ。

 それがかくれんぼさん出ておいで〜って。

「クレーメンスさん、わたしをからかってますか?」



 クレーメンスさんの顔がキリッと締まる。

「いいえ〜、真面目に言ってます。やってみたらわかりますよ」

 なんだか怪しいけど、クレーメンスさんの顔は大真面目だ。

 呪文を試してみたいけど、わたしはふと考えた。

 それって計算ドリルの答えをチラッと見ちゃった、みたいな事にならないかなぁ。



 悩んでいたらクレーメンスさんが首を傾げた。

「考え込んでどうしましたか?」

「えっと、それをやったらズルになる気がして」

「ミリィさんはこの本の使い方を間違えていたので、私が魔術書の使い方を教えただけですよ〜。本は正しく使ってこそ使用者の知識になるのです」

 そうなのかな。

「わたし間違って使ってたの?」

 クレーメンスさんが大きく頷いた。

「魔術関係の本には仕掛けがあるものもあるのです。ですから本は正しく使いましょうね〜」



 使い方を間違えていたならズルにならないよね。

 わたしは呪文をもう一度教えてもらい試してみる事にした。

 本に視線を向け呪文を唱えて本を撫でると、不思議な事が起きてわたしは目を大きくした。

 表紙からニョキニョキニョキ〜っと、紫色の紐で巻かれた白い巻物が縦に出てきて本の上に転がる。



「クレーメンスさん、これなんですか?」

 手品、マジック、イリュージョン!

 って違うから。自分で呪文を唱えておいてびっくりしすぎて、思わず大ボケ美里になるところだったよ。

 だって、突然巻物がニョキニョキって現れたんだから、驚くのも仕方ない。

「それは羊皮紙の巻物で〜す。その昔、この本を読んだ魔術師が、あまりの長さに二度と読むかと、弟子に要点だけをまとめた巻物を作らせてこの本の中に隠したのです」



 聞かされた事実に口が開く。まさか、そんな理由で。

 読むのが大変なのはわかるけど、弟子に作らせるのはどうなのかなぁ。

 きっと、その魔術師の弟子という人も大変だったに違いないから。ちょっと気持ちがわかるな。

「ユーリからそんな使い方があるなんて教えてもらわなかったから、びっくりしました」

「これは知っている人しか知りませんから、ユリウス様がご存じなくても不思議じゃありませんよ〜」



 物知りそうなユーリにも知らないことってあったんだね。

 むふふ、ちょっと優越感を感じちゃうな。

 紐をほどいて中を見てみたら紙が三枚重なっていた。

 あの分厚い本がたったの三枚にまとまめられちゃうなんて、これを書いた魔術師の弟子ってすごい!



「クレーメンスさん、教えてくれてありがとうございます!」

「わからないところを教え、間違いを正すのも師匠の務めですので、いつでも質問を受け付けますよ〜」

 クレーメンスさんは「頑張って下さいね〜」と言うと食堂の奥にある厨房に入って行った。

 これでユーリから出された課題を終わらせる事が出来るよ!




 クレーメンスさんのお陰でレポートの提出期限の朝、なんとか間に合わせることができた。

 ユーリから合格点とご褒美にお皿にのった星樹の実をもらったよ。

「これせっかくもらったけど、クレーメンスさんにあげても良いかなぁ?」

 この実は魔力回復効果があるって、前にクレーメンスさんが言っていたから。

 今一番この果実が必要なクレーメンスさんに食べてもらおうと思ったのだけど。



「クレーメンスには五つ持ってきましたので、それはミリィが食べて下さいね」

 さぁ、どうぞ。と押しを強めに勧めてくるユーリ。

 早く食べないと傷むのかなぁ。ユーリに言われた通りに星樹の実を食べると、ユーリがなぜか満足そうに頷いていた。




 その日のお昼過ぎ、クレーメンス邸にローブ姿の白ひげをはやしたおじいさんが訪ねてきた。

「本日はこちらにいらっしゃる魔術師見習いの、基本魔術能力判定にやって参りました」

 そのおじいさんは試験官だった。



「わたし試験なんて聞いてないよ」

「おや〜、ミリィさんの試験は今日でしたかぁ?」

 首を傾げるクレーメンスさん。

 今日でしたかって、そんな話は一言も聞いてない。

「ユーリは知ってたの?」

「ああ、うっかり伝え忘れていました」

 にっこり王子スマイルのユーリ。

「こんな大事な事、伝え忘れないでください! 」

 ユーリがこんな大事な事を忘れるとは思えない。わざと黙ってたんじゃないの?

 そう勘ぐりたくなるくらいに黒いものを感じる。

 だけど今はそれどころじゃない。いきなり試験だなんて言われても困るよ。



 戸惑っているわたしを見てユーリがにっこり笑った。だからその笑顔が曲者なのよ。

「大丈夫ですよ、簡単な試験ですから。今のミリィでしたらなんの問題もありません」

 テスト勉強なんてやってないし、抜き打ち試験だよ。無茶すぎる!



 戸惑いを通り越してパニックで頭の中を真っ白にしていると、試験官のおじいさんは話を先に進めてきた。

「ユリウス殿下とクレーメンス様の仰る通り、なぁに簡単な試験です。問題はないでしょう。ささ、始めますぞ」

 わたしは半ば強制的に試験を受ける事になっちゃった。



 試験は二種類で筆記と実技があって、難しいに決まってる。

 そう思っていたのにどっちもそんなに難しくなくて拍子抜けしちゃった。

 今までクレーメンスさんとユーリから教わった事がそのまま出てきたから、筆記はスラスラ解けて実技も問題なくやる事ができたよ。

 転移術の訓練でけっこう魔力を消費していたはずが、問題なく実技もやれたのってやっぱりアレかな。

 さっきユーリがご褒美にくれた星樹の実。



 ご褒美に星樹の実なんてくれたのは今回が初めて。

 という事は、ユーリは試験の事忘れてなかったんじゃないの!?

 ユーリはわたしが試験を受けている最中にどこかに行っちゃった。

 後で聞いたら王宮から呼び出しがあってそっちに行っちゃったんだって。それに今日はもうクレーメンス邸に来ないって言ってた。

 恨めしすぎる、夜に枕元で恨めしや〜って絶対に唱えてやるんだから!



 試験官のおじいさんはわたしの答案用紙と、実技試験でチェックしていた羊皮紙を鞄にしまいながら、「結果は後日採点官の者がこちらに伺います」と言ってクレーメンス邸を出て行った。




 ユーリから出された宿題をクリアして、抜き打ち試験の手応えも得た。

 そんなわたしに待ち受けるのは明日王宮で開かれるお茶会。

 この日のために王宮礼儀作法をエミリアから教わって、クレーメンスさんがドレスを新しく作ってくれた。



 わたしの部屋のクローゼットには着ていないドレスがいっぱいある。

 だから新しく作らなくても良いのにねと思ったのだけど、クレーメンスさんが、

「それはダメですよ〜。女の子は社交の場では着飾るのがセーデルフェルトの決まりですから。そしてその準備をするのは、親のお役目。後見人である私のお役目でもあり楽しみでもあるので〜す」

 そういうものなのかなぁ。後半部分のクレーメンスさんの楽しみはよくわからないけど。



 明日はお城でお茶会。

 セーデルフェルトの国王や王妃様もいるって言うから緊張するよ。

 王宮礼儀作法はエミリアからバッチリ仕込まれたから多分大丈夫だと思うけど、ヘマしないように大人しくお淑やかにしないとね!




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