02 突然の来客と美里の両親 *挿絵有り
も、もう話題を変えよう。
私は手で顔をあおぐ。
「調子は悪くないの。ちょっと暑いだけ。それより壱兎の頼みってユーリのこと?」
「おお、そうだった。ユーリは日本語ペラペラだが、遠くから今日こっちに来たばかりでな。虹ヶ丘は初めてだ。駅前でも案内してやってくれ」
「引っ越して来たの?」
もしかしたら新学期からの転校生になるのかも。そう思ったのだけど。
「人探しに来たんだったよな?」
ユーリはわたしの言葉にも壱兎の言葉にも首を振る。
「その必要は無くなりました。でも、この町を見てみたいので、彼女に案内をお願いしても良いですか?」
ユーリが壱兎にお願いすると、壱兎の視線がわたしに向く。
「そうか……なるほどなぁ」
その意味ありげなセリフはなんなの?
壱兎は顎に手をあて何やら考えた後で頷いた。
「美里さえ良ければこっちは問題ないぞ」
壱兎の許可が下りてユーリは頷いた。
「ミリィ、君の住んでいる町を見せてもらえますか?」
虹ヶ丘の案内くらいおやすい御用だよ。
わたしは胸をどんっと叩く。
「良いよ。駅前商店街を案内してあげる。壱兎、五時までに戻ってくるね。行こうユーリ」
「ちょい待ち。お前、おやつ買いに来たんだよな?」
あ、そうだった。壱兎に呼び止められて思い出したよ。
「すっかり忘れてた。カステラの切れ端ある?」
おやつを買っていかないとみんなに怒られちゃう。
うさぎ堂のカステラの切れ端は、沢山入っていて安くて美味しいから我が家の定番おやつ。
壱兎がわたしにうさぎ柄の紙袋を二つ渡してきたよ。
「おやつ代わりにこれ持って行け。青い紙袋が香月兄弟用で、こっちのピンクの紙袋は美里とユーリ用だ。二人で仲良く分けろよ」
「中に何が入っているの? わたしカステラの切れ端代しか持ってないよ?」
上着のポケットからお財布を出そうとしたら、壱兎が手をひらひらさせた。
「いいって。頼みごとを引き受けてくれた礼だ。受け取れ」
えっ、これくれるの!?
わたし、今日ほど壱兎が良い人に見えたことないよ。
「やったーー! みんな喜ぶよ。壱兎ありがと!」
ん? ちょっと待ってよ。素直に喜んで良いのかなぁ。
「どうした?」
「壱兎、この中に試作品入ってる?」
「いいや。入れて欲しいのか?」
わたしは慌てて首を振る。
「いい、欲しくない。これで充分」
危ない危ない。ハズレの試作品なんか入れられたら、みんなからブーイングの嵐をもらっちゃう。
紙袋の中を覗いてみたら、青い紙袋には桜餅と梅あられ。ピンクの紙袋にはジャンボどら焼きがドーーンと入っていた。
ジャンボどら焼きを後でユーリと半分こにしたんだけど、粒あんの中に大きな大福が入っていて、大福の中から苺味のクリームチーズが出てきた。
またよくわからないものを作ってるよ。
試作品じゃないってことは、これ売ってるんだよね。買う人いるのかなぁ?
「ミリィ、この食べ物は何という名前ですか?」
不思議そうな顔でユーリに聞かれて、どう答えていいか困っちゃったじゃないの〜。
「う〜……ん、どら焼きと大福が合体した食べ物だから……きっとどら大福だよ!」
どら焼きの中に激辛せんべいだとか、産地直送生わさびが入ってなくてホント良かった。
どら焼きの中に大福を入れる和菓子屋って有りなのかなぁ。
どら大福の味については悪くなかったよ。食べきるのにちょっとハードだったけどね。
ユーリも初めて食べるみたいで、美味しいって喜んでいたから、これはこれで良かったかなって思う。
これがわたしとユーリの初めての出会い。
ユーリとは商店街を案内してからそれっきり。
会うこともなく、ユーリと出会って一週間後。
春休みの前日、ユーリの知り合いだと言う人が家に訪ねて来た。
ユーリの知り合いの人も外国の人で、アントンと名乗ると二通の手紙をわたしの両親に手渡した。
「先日はユリウス様が大変お世話になり、感謝いたします。おくらばせながら本日は私の主人から手紙を預かって参りました」
アントンさんは六十歳くらいのおじいさんなんだけど、漫画やアニメに出てくる執事服を着ている。
最近ではおじいさんでもコスプレをするなんて、わたし知らなかったな。
なんて、思っていたのだけど、どうやらアントンさんは本物の執事らしい。
とっても言葉づかいが丁寧で、綺麗なお辞儀をする。
お客さんの対応に玄関に出たお母さんは、あたふたして慌ててアントンさんをリビングに案内したよ。
だって、我が家にアントンさんみたいな人が来たことはないんだもの。
たまたま有給休暇で家にいたお父さんも加わって、アントンさんが主人だと言う人から預かってきた手紙を読んでる。
いつもガヤガヤしている我が家のリビングは今珍しく静かだ。
香月家の上二人は部活に行っていて、三番目は遊びに行っちゃった。下の子達もまだ保育園に行っている時間でいないからかも。
手紙を読み終わったらしい二人はしばらく無言で考えた後、目をキラキラさせお互いを見つめあった。
「ママ、これは現実か?」
「パパ、世の中ってまだまだ未知なる部分が存在するのね。現実にこんなことが起こるなんて!」
この二人、はっきり言って何を言っているのかわからない。
「手紙になんて書いてあるの?」
わたしがじれったくなって聞くと、お父さんは片手でストップと手のひらを向けてきた。
「まあ、待て。確認が必要だ」
確認?
お父さんは普段しない真剣な顔で、正面に座るアントンさんに視線を向けた。
「率直にお尋ねしますが、そちらの世界の危険度はどれくらいで、戦争なんかはあるのでしょうか?」
お父さん、いったいなんの話をしているのよ?
すごく気になるけど、大人の会話に子供が割り込むのはよくないよね。
子供ってこういう時に損だよね。黙って聞いているしかないんだから。
「戦争に関してはご安心を。大陸一大きな我が国や近隣諸国においても、ここ何百年と平和が保たれております。危険度、と申しますと?」
「日常的に魔物やモンスター、人間に害をなす生き物がその辺を彷徨いているとか、命に関する危険の有無です」
魔物やモンスター……あ!
もしかしたらお父さんはゲームの話をしているのかなぁ?
お父さんロープレ大好き人間だからきっとそうだよね。
アントンさんはゲーム仲間かなんかで、お父さんを仲間に勧誘に来たに違いない。
お父さんが夜な夜なやっているネットゲームでは、かなり有名人らしいからね。
でもなんでわたしまで一緒にリビングにいなきゃいけないの?
お父さんの質問にアントンさんはにこやかな顔をする。
「ああ、そういう事ならご安心を。人に害をなす生物がまったく存在しないとは申しませんが、それは管理された一部の地域のみです。大事なご息女をお預かりするのです、外出される折には護衛騎士が付くかと思います」
アントンさんの言葉にお母さんがまぁ、と小さく声を上げた。
「騎士が存在するなんて、頼もしいわぁ」
何を考えているのかうっとりと宙を見つめるお母さん。
お母さんの趣味は読書で、タイトルが異常に長い小説をよく読んでいる。
一番上の葵羽兄が教えてくれたんだけど、お母さんが読んでいる本はラノベ小説って言うんだって。
お父さんはなぜだか言いづらそうに、次の質問をアントンさんに切り出した。
「身に危険がないことはわかりましたが……費用の方は? こちらとそちらでは通貨基準も違ってくるのでは?」
お父さんの言葉にゆるんでいたお母さんの顔がキリッと引き締まった。
「そうね、それが一番問題だわ。我が家は上は今度中三の受験生、下はまだ保育園ですものね。わかりやすく言うと、育ち盛りの食べ盛りを抱えた三男三女の八人家族ですの。小学生に留学や習いごとをさせるにはちょっと……いいえ、かなり厳しいんですの」
えええーー!?
なぜか突然、お母さんが我が家の家計事情を、今日会ったばかりの人にぶっちゃけちゃったよ!
わたしがびっくりして愛想笑いする二人の顔を交互に見ていると、アントンさんがまたにこやかに笑った。




