クソ親父
日曜の夜、水星邸では子どもたちがボードゲームを広げて遊んでいた。
「まさか日本でThe Game of Life(人生ゲーム)ができるとはなっ」
『パケモン』のキャラをかたどったコマを進めながらアニーが言う。
「パパがこれで帝王学を学べって、小さい頃からやらされてたのよ」
五月がルーレットを回しながら得意げに言う。
「フフン。今のところあたしがぶっちぎりで人生の勝者ね。現実でもこういきたいものだわ」
「うわーっ! 破産だ! 救済措置を申請する!」
澄香はゲームにのめり込んでいる。
「ロレインちゃん、遅いね」
大根が時計を見ながら言った。
「もう8時だよ?」
五月が面白がるような顔をして言う。
「彼氏とサイクリングに行ったのよね? あの子、ませてるから、朝帰りとかしちゃったりして? きゃー!」
「うわーっ! 借金がまた増えたーっ!」
澄香が頭をかきむしった。
「ボクは現実でもこうなるのだろうかーっ!?」
アニーが首を傾げて五月に聞く。
「アサガエリ……とは、アサガオの仲間か? それともカエルの?」
大根がオモチャの札束を整理しながら呟く。
「ちょっと心配だよね」
「大丈夫だっ。ロレインは強いからっ」
アニーが笑い飛ばした。
「ロレインなら無様に敗北したぞ」
唐突に部屋の隅から黒い獣のような声がそう言ったので、みんなで振り向いた。するといつの間にかそこにメイファンが立っていて、腕組みをしながら報告する。
「カミュ家のあの空飛びイケメン執事が来ていてな、ボコボコにやられて連れ戻されて行ったぞ」
「な、なんだってー!?」
部屋の反対の隅からまた唐突に野太いオッサンの声がしたので、みんなで振り向いた。するとそこにボロボロに破れた空手着を纏った異形の大男がいつの間にか立っている。眉毛がないのが面白い顔だった。
アニーが立ち上がって叫んだ。
「クソ親父っ!」
澄香もシャキンと立ち上がり、礼儀正しく挨拶をした。
「師匠! お久しぶりです」
五月がスマホを取り、110番しようとした。
「いや……。なんでここにいんのよ? 住居不法侵入でしょうが」
みんなの反応は無視してアニーのクソ親父、大山バスタードはわなわなと震えると、うわごとのように呟いた。
「ロレたんが……。うぅ……。わしのロレたんが……さらわれただとうっ?」
「ククク! 情報は正しかったようだな」
メイファンがずんずん巨大化しながら全身の毛を逆立てて笑う。
「あれを喰らって生きているとは……さすがは地上最強生物よ! 今度こそ、今ここで息の根を止めてやるわ!」
「待てっ、メイファン!」
アニーが止めた。
「ここでやるなっ! 家が吹っ飛ぶ!」
「まぁまぁ」
大山バスタードはその巨体を高級絨毯の上に正座させると、穏やかに言った。
「今は諍っている場合ではないっ。わしのかわいいロレたんがさらわれたのだっ。みんなでどうすればいいな話し合おうっ」
「話し終わったら殺していいかっ?」
「フ……。アニーよ、わしはおまえの殺人許可リストに入っとらんぞ」
「罪になってもいいっ! 殺すっ!」
「母さんのことで恨んでおるのか?」
父は優しい顔をして、たしなめるように言った。
「母さんは……アイリスは、わしのために死んだのだ。新技の実験台として、見事に役に立ってくれた。格闘家の嫁として素晴らしいことだとは思わんか?」
アニーが一瞬で間合いを詰めた。
父の顔面に百発の正拳を打ち込む。
バスタードはそれをすべててのひらで受け止めると、膝の上にアニーを抱いた。
「かわいいな、おまえは」
無精ひげの生えた顎で頭をぐりぐりする。
「いくつになっても我が子は子どもだ。わしはおまえのことをわしが好きにしていいオモチャのように思っとるぞっ」
アニーが泣きそうな顔をしながら大人しくなった。
この態勢だと父がその気になればいつでも首をへし折って自分を殺せることをよく知っているのだ。
澄香が言った。
「師匠。ロレインは実家に帰っただけです。心配することなどありませんよ」
「ばかものっ!」
師匠が弟子を叱りつける。
「ロレたんはな、わしのペットみたいなものなのだ! あの娘が帰るべき場所はわしの胸の中しかないっ!」
「す……、すみません!」
澄香が姿勢正しく謝った。
メイファンが背後からバスタードに襲いかかった。手を鋭い刃物に変えてその首をはねた。
そう見えた一瞬の後、アニーを膝に乗せたままバスタードはメイファンの背後にいた。その剛腕がメイファンの腹に大穴を空ける。
メイファンが舌打ちする。
「残像かよ」
バスタードがニヤリと笑う。
「おまえもな」
膝の上からアニーが拳を突き上げ、飛び上がった。父はそれを顎で受け止めながら、言った。
「ロレたんのことはわしに任せておけいっ。おまえらは何かすることがあるのだろう? そちらに専念するがよい」
急いで膝の上から逃れ、振り向くなりアニーが詰るように言う。
「俺たちがやることは……クソ親父! おまえを殺すことだっ!」
五月が言い添えた。
「そうそう。おじさんって、あたしのパパの事業を妨害しようとしてるのよね?」
「わしは雇われただけだっ。そして、やめるっ。そんなことよりロレたんのほうが大事だっ」
澄香がオロオロしながら言う。
「し……、しかし……師匠! カミュ家の主人と師匠とは……」
「親友だっ」
バスタードは懐かしそうな目をして、笑った。
「親友にして、同門のライバル! 無敵の龍ことバス・大山──即ちわしっ! 最強の虎ことアンドレ・カミュ──即ちあやつっ! わしはいつかあやつを殺そうと思っていたのだっ!」
「もう……」
大根が泣きそうな声で呟いた。
「僕の部屋で血なまぐさい話するの、やめてよ」




