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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP3「宇宙樹の少女」 第三章「過去」

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ドクターの狙い

「それでねっ、それでねっ」

「うんうん」

「わたし、お兄さんたちに取り囲まれちゃって、とっても困っていたの。でもあのときお兄ちゃんが、みんなの注意を引きつけてくれて、助かったなぁ……って、思ったのよ」

「うんうん」


 明かりを落としたベッドルームで、エレナは興奮醒めやらぬといった面持ちで、エレナは得々とジークに語りつづけていた。

 ベッドに入った彼女のとなりに添い寝してやりながら、ジークは適当に相槌をうっていた。


 優しい両親のもとで育った少女には、ちょっとばかり刺激が強すぎたようだ。

 時計の針が十二時を回っても、彼女は目を閉じようとしない。


「それからあのおじさまが、怖い顔になったとき――」


 さらに三十分ほど話を聞いてやっていると、エレナはようやく欠伸をもらした。


「なんだか、眠くなっちゃった……」

「そう? ゆっくり眠るといいよ。おやすみ……」

「うん。おやすみなさい――」


 少女の脇をそっと離れて、ジークはドアに向かった。

 ノブに手をかけたとき、エレナは小さい声でつぶやいた。


「ありがと、優しいお兄ちゃん――大好き」


 ドアを閉めてから、ジークは誰にともなく肩をすくめた。

 あのくらいの歳の女の子の「好き」は、どっちになるのだろうか――などと、愚にもつかないことを考えながら、リビングの向こうにあるもうひとつの寝室へと向かう。


 入手した設計図を、いまカンナが解析しているところだ。


「入るよ――」


 返事を待たずに、ジークは足を踏みいれた。

 ダブルベッドの上に腰をかけたカンナは、すさまじいタイプ速度でノート型の端末を操作していた。

 ジークに気づいて、ちらりと顔をあげる。


「おう、ジークかい。……どうだ? あの子はもう寝たか?」


 シースルーで肌の透けているナイティ姿にどきりとしながらも、ジークは可能なかぎりさりげなく答えてみせた。


「ああ、いま眠ったところだよ……。そっちの具合は、どうだい? なにかわかったかい?」

「どうにも、いけないねぇ……」


 カンナは手を止めると、首をぐるりと巡らせた。


「いやぁ……ね。こうして若い体でいるときに、根を詰めると、どうにも火照ってきちまってさ……」

「火照る? ああ……肩でもこったか? 揉んでやろうか?」

「そうかい。じゃあ、ちょっくら頼まぁ……」


 カンナの背中から近づいていって、白い首筋に手をあてる。

 二十代の女性の肌には、指を押し返すような弾力があった。


「ちょっと違う、もうちょい下さね――」

「下? こうかな?」

「もっと下だってばさ――」


 カンナの手が、ジークの手を掴んでくる。


 そのまま、ずっ――と、ナイティの胸元深く引き下ろす。

 ジークの手は、熱く火照った肉塊を握っていた。


「えっえっ? あの、あのっ――」


 手に余るほどの大きさで、重く張りつめた感触がなんなのか――一瞬、理解できなかった。

 そして理解したときには、頭に血がのぼって身動きが取れなくなっていた。


「さあ、揉め」

「もっもっ! 揉めったってっ!?」


 手の中に握ったまま、ジークは叫び声をあげた。


「そうそう。先っちょを指のあいだに挟んで、だな――教えなくても、ちゃんとできてるじゃないか」

「やっやっ、やめてくれっ!」


 腕を引こうにも、押さえつけられて離れない。


「なんだい? そのようすだと、女は初めてかい? ――どれッ!」


 一本背負いの要領で、腕を支点に、くるりと投げだされる。

 ダブルベッドに仰向けに転がされたジークの上に、熱く火照った柔肌が覆いかぶさってくる。


 シャツの前がはだけられた。

 ジークの胸といわず腹筋といわず、体のあちこちを女の手が這いまわる。

 ジークは身を固くして、されるがままになっていた。


「いいねぇ、若い男は初々しいねぇ……どゥれ、お姉さんがいろいろと教えてあげようか」


 ジークはかろうじて声を絞りだした。


「やっ――やめろよっ! こっこのエロババア!」


 精一杯の悪口にも、カンナは怯みもしなかった。魔物の笑いを口許に浮かべて、指先の動きだけでジークを弄ぶ。


「ここをこんなにしておいて、言うセリフかい? ほうら、口じゃそんなことを言ってても、体は正直なようだねぇ。そんな強がりがいつまで続くものか、楽しみだよ、ほんとに……くっくっく」

「あっ……」


 いつのまにかベルトが外されていた。

 しなやかな指が、じかに触れてくる。

 くちびるの感触が、首筋から胸元におりてくる。

 右手はジークを捉えたまま、カンナは左手で顔に触れてきた。


 ジークの頬を撫でながら、カンナは言った。


「ほんとに、おマエはガルーダに似てるねぇ……どうしてだろう?」


 熱い愉悦が迸りそうになるのを懸命に堪えながら、ジークは途切れ途切れに言った。


「そ、そりゃ……。ぼ、ぼく……む、息子、だから……」

「息子?」


 カンナの手が、ぴたりと止まってしまう。

 続きを願うかのように、ジークはカンナの手に身を擦りよせた。


「う、うん。ガルーダは……親父なんだ。ぼくの……」

「なんだってエ!?」


 がばりと、カンナは起きあがった。

 ダブルベッドから勢いよく飛びおりて、端末に向かって歩いてゆく。


「さてッ――設計図を解析した結果だが」

「あ、あの……。も、もう……おしまい?」


 声と目付きで訴えるように、ジークは聞いた。


「馬鹿たれッ! 前にも言ったろ、私はアイツの育ての親だってな。アイツの息子っていったら、孫みたいなもんだ! ソノ気になんてなれるかいっ! 萎えちまうよッ!」


 耳までまっ赤に染めて、カンナは罵るように叫んだ。


    ◇


「さて……設計図を解析した結果だが。いいか?」

「いいよ。はじめてくれ」


 しばらくの後――ふたりはリビングで待ち合わせることにした。

 お互いのために若干のインターバルを取ることにして――そのあとで熱いシャワーを浴び、ぱりっとした服を着て、気分をしゃんとさせてから顔を合わせる。


「この宇宙樹(ユグドラシル)ってモンは、表向きはニュートリノ・レンズってことになってる。たしかにそのように働くし、この設計図を見たところで、誰も気づきはせんだろうさ――他に隠された機能があるなんてことはな」


 ジークはうなずいた。

 そうでなければ、ジークたちの苦労はただの徒労になってしまう。


「だがここに、やつを上回る知能の持ち主がいる。さぁ――その名前は?」

「おいっ――もったいつけてないで、はやく教えてくれよ」

「ワカッタわかった……じつはコイツはな、タキオン・レンズにもなるのさ」

「タキオン・レンズ……?」


 ジークは眉をひそめた。

 タキオンといえば、時間を遡って進むといわれる素粒子だった。


「おマエさん、子供のころに虫メガネを使って遊んだことはないかい? 太陽の下でレンズを使って、紙を焼き焦がしたりする遊びさ」

「い、いや……オレ、宇宙育ちだから。したことないけど……」


「なんだよ、つまんない子だね。じゃあ初歩の物理学、理科の実験だ。凸レンズと光源と、焦点の関係はわかるな?」

「あ、ああ……。まず光源があって、凸レンズで光を曲げて……それで光が焦点に集まるんだろ?」


「それと同じことを、やつはタキオンでやろうっていうのさ。どこか未来から送られてくるタキオンの流れを、この宇宙樹(ユグドラシル)で曲げて、過去のどこか一点に収束させるってわけだ」

「でもなんだって、そんなことを……」


「もちろん、ただタキオンを送っただけじゃ、たいした意味はないさね。宇宙樹(ユグドラシル)の構造に、若干の揺らぎがあってさ……それが透かしの要領になって、何百ビットかの情報をタキオン流に乗せるらしい」

「情報を――送る? 過去に向かって?」


 ジークは首を傾げた。

 いまひとつ、ピンとこなかった。あのドクターが企むにしては、どうにも地味な気がする。


宇宙樹(ユグドラシル)の屈折率は計算してあるんだが、肝心の光源――タキオン流がどこから送られてくるのかワカランから、過去のどの時間軸を狙っているのかも不明なままさね」

「わかる……」


 ジークは言った。

 タキオン流の発生地点を、ジークは知っていた。


英雄暦(A.H.)一四一年、六月十六日、午前零時ジャストだ。場所はこのネクサス……。十五年先の未来で、やつは惑星ひとつを、まるごとタキオン流に変換したんだ」

「よしッ、そいつがわかれば――」


 ソファーに寝転んでいたカンナは、飛び起きるなり寝室へと駆けこんだ。

 乱れたベッドの上に端末を投げだし、いまのデータを公式に代入する。


「出たぞッ! やつが狙っているのは――なんだってッ?」


 端末の画面を、ジークは覗きこんだ。

 一連の数字が、そこに記されていた。

 百三十七億、九千八百二十七万、四千三百五十一年、二百七十一日、三万二千七百六十八秒。


 その数字は、最新の宇宙論が語る宇宙開闢の瞬間――ビッグバンの瞬間を指し示していた。


「あの目玉オヤジめッ! ビッグバンの瞬間を狙おうっていうのかヨ!」

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