仕事
「よし小僧、そいつがおめえの相棒になるフローレンスだ。なぁに、ずいぶんと使いこまれちゃいるが、よく働くいい娘だ。おめえも負けねぇように、しっかり掃除するんだぜ。いいな?」
「はあ……」
ジークは渡されたモップを見ながら、あいまいにうなずいた。
よく見れば、柄のところに名前が彫られている。
「馬鹿なこと言ってないで、あんたもちゃんと働いてよね。居眠りばっかで、ろくに仕事もしてないくせに」
「なに言いやがる。あの穀潰しどもからオレが厳しく取りたててやってるおかげで、おめえらいい暮らしができてんだろうが。そうでもなけりゃ、てめえらのクソつまらねぇ踊りなんかで、酒も食い物も集まるものかよ」
「なんだって? この棒立たず! そういうことは四十五度より上に立たせてからお言い!」
「てめぇこのスベタ! 言っちゃならねぇことを……」
「あ、あの――ぼく掃除してきます」
モップを抱えたジークは、逃げだすように廊下に飛び出していった。
ジークが出ていってしまうと、ふたりはぴたりと口を閉ざした。
表情が、がらりと変わっている。
「……ありがと、ジム。気づいてたんでしょ?」
「ああ、だけど………こんなことってよ……。生きてたなんて……。しかもあんときとおなじままでなんて……。こんな……」
「いいのよ。もう終わったことなんだから……。ずっと…、ずっと昔に、みんな終わったことなんだから……」
「ああ、そうだな。いまさら……なにが変わるってわけでもないしな……」
ふたりはそうして、長いこと床を眺めつづけていた。
◇
床を丹念に磨いているうちに、時間はあっというまに過ぎ去っていった。
ホールの半分も終わらないうちに、客の入ってくる時間になってしまう。
どやどやと入ってきた客たちが、床の上を土足で歩いてゆく。男たちの足跡を消して歩いていると、ホールの照明が落とされ、ミュージックが始まった。
薄い衣装の女性がステージの上に現れ、観客たちが野卑な歓声をあげはじめると、ジークは居場所をなくしてさ迷うことになった。
イーニャの姿は楽屋にあったが、他にも裸に近い格好をした女性たちがたくさんいて、声を掛けるのはためらわれた。
モップを引きずりながら廊下を歩いているうちに、ジークは二階に上がる階段を見つけた。階段を上っていった先では、煙草をくわえたジムがステージにライトを向けていた。
「……なんだ。おまえさんか。掃除は終わったのか?」
「いえ、まだ半分……」
「じゃあ残りは明日だな。なに心配するな。ここじゃ人の仕事にケチつけるやつはいねぇ。誰に言われてやってる仕事でもねぇからな」
「明日は時間までに全部終わらせてみせます」
「ああ、その意気だ」
ハンドルのついたスポット・ライトを操りながら、男はジークに言った。
「今日は照明係が休みやがったんでな……オレが交代してんのよ。どうだ……おめえ、やってみるか?」
「いえ、ぼくは……」
「やれ。オレは――こいつをやる」
ジムは酒瓶を持ちだした。
ライトのハンドルを握りしめ、ジークはステージに目を凝らした。
「いいか? こいつは女どもの踊りを、すこしでもイヤらしく見せてやるって仕事だ。おっと、ここはグリーンだな――おい、そのスイッチだ」
ジークは慌てて、ライトの色を切り替えた。
踊る女性を追いかけるように、光を投げかけてゆく。
「うめえもんじゃねぇか。よし、つぎに曲が転調して、女が腰を振りはじめたら、どぎついピンクで照らしてやるんだ。――それ、いまだ!」
スイッチを押してピンク色に切り替える。
その瞬間、罵声とともに尻を蹴飛ばされた。
「ばかやろう、そうじゃねぇ! どぎついピンクと言っただろうが! となりのライトと二個使って、ブルーとレッドを混ぜるんだよ!」
ジークは考えたあげく、両手を使って二個のライトを操った。
「よし、まあそんなもんだ。おっと――曲が終わるぜ。ゆっくり消してけ――よし、オーケーだ」
ジークは大きく息をついて、額をぬぐった。
ライトの熱も手伝って、汗が盛大に吹きだしてくる。
休む間もなく、次の曲が鳴りはじめた。
「よし、次はイーニャの番だぜ。オレはなにも言わねぇ。おめえの好きにやってみろ。だが気をいれてけよ。ヘタなライティングしやがったら、あいつにタマを握り潰されちまうからな」
そう脅かされて、ジークはライトにしがみついた。
「おめえ、女どもがなんで踊ってんのか……わかるか?」
彼女がステージに飛び出してくる。
ジークは懸命にライトを操った。ジムの言葉に返事をする暇などない。
「こんなクソみてぇな世の中でも、生きててよかったって、思わせてやりてぇじゃねぇか。ひとりでも多くの連中によ。ここで踊ってる女たちは、みんなそう思って体を張ってるのよ」
ジークの投げかける光の中、イーニャは全霊をこめて踊っていた。
卑猥で性的な踊りではあったが、ジークはそれを汚いとは思わなかった。
「初めての客からは、何も取らねぇことにしてるのよ。おめえのときは思わず酒を受けとっちまったがよ……。元気が出てきやがったら、その次からはきちんといただく。もっと見たけりゃ、なにか仕事を見つけやがれって、そう言ってやるのさ。それがリハビリヘの一歩ってやつだな」
ジークはライトを照らし、イーニャは踊った。
ステージの彼女と一心同体になる感覚を覚えながら、ジークはひたすらにライトを操った。
ひたすら卑猥に、猥褻に――。
下品だなどと、言わせるものか。男たちに元気を分け与えてやるのだ。
だが――その至福に満ちた集中は、不意に破れることになった。
表通りから、人の悲鳴と轟音が聞こえてきたのだった。




