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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP3「宇宙樹の少女」 第二章「未来」

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仕事

「よし小僧、そいつがおめえの相棒になるフローレンスだ。なぁに、ずいぶんと使いこまれちゃいるが、よく働くいい娘だ。おめえも負けねぇように、しっかり掃除するんだぜ。いいな?」

「はあ……」


 ジークは渡されたモップ(、、、)を見ながら、あいまいにうなずいた。

 よく見れば、柄のところに名前が彫られている。


「馬鹿なこと言ってないで、あんたもちゃんと働いてよね。居眠りばっかで、ろくに仕事もしてないくせに」

「なに言いやがる。あの穀潰しどもからオレが厳しく取りたててやってるおかげで、おめえらいい暮らしができてんだろうが。そうでもなけりゃ、てめえらのクソつまらねぇ踊りなんかで、酒も食い物も集まるものかよ」


「なんだって? この棒立たず(、、、、)! そういうことは四十五度より上に立たせてからお言い!」

「てめぇこのスベタ! 言っちゃならねぇことを……」

「あ、あの――ぼく掃除してきます」


 モップ(フローレンス)を抱えたジークは、逃げだすように廊下に飛び出していった。

 ジークが出ていってしまうと、ふたりはぴたりと口を閉ざした。

 表情が、がらりと変わっている。


「……ありがと、ジム。気づいてたんでしょ?」

「ああ、だけど………こんなことってよ……。生きてたなんて……。しかもあんときとおなじままでなんて……。こんな……」


「いいのよ。もう終わったことなんだから……。ずっと…、ずっと昔に、みんな終わったことなんだから……」

「ああ、そうだな。いまさら……なにが変わるってわけでもないしな……」


 ふたりはそうして、長いこと床を眺めつづけていた。


    ◇


 床を丹念に磨いているうちに、時間はあっというまに過ぎ去っていった。

 ホールの半分も終わらないうちに、客の入ってくる時間になってしまう。


 どやどやと入ってきた客たちが、床の上を土足で歩いてゆく。男たちの足跡を消して歩いていると、ホールの照明が落とされ、ミュージックが始まった。


 薄い衣装の女性がステージの上に現れ、観客たちが野卑な歓声をあげはじめると、ジークは居場所をなくしてさ迷うことになった。


 イーニャの姿は楽屋にあったが、他にも裸に近い格好をした女性たちがたくさんいて、声を掛けるのはためらわれた。


 モップ(フローレンス)を引きずりながら廊下を歩いているうちに、ジークは二階に上がる階段を見つけた。階段を上っていった先では、煙草をくわえたジムがステージにライトを向けていた。


「……なんだ。おまえさんか。掃除は終わったのか?」

「いえ、まだ半分……」

「じゃあ残りは明日だな。なに心配するな。ここじゃ人の仕事にケチつけるやつはいねぇ。誰に言われてやってる仕事でもねぇからな」


「明日は時間までに全部終わらせてみせます」

「ああ、その意気だ」


 ハンドルのついたスポット・ライトを操りながら、男はジークに言った。


「今日は照明係が休みやがったんでな……オレが交代してんのよ。どうだ……おめえ、やってみるか?」

「いえ、ぼくは……」

「やれ。オレは――こいつをやる」


 ジムは酒瓶を持ちだした。

 ライトのハンドルを握りしめ、ジークはステージに目を凝らした。


「いいか? こいつは女どもの踊りを、すこしでもイヤらしく見せてやるって仕事だ。おっと、ここはグリーンだな――おい、そのスイッチだ」


 ジークは慌てて、ライトの色を切り替えた。

 踊る女性を追いかけるように、光を投げかけてゆく。


「うめえもんじゃねぇか。よし、つぎに曲が転調して、女が腰を振りはじめたら、どぎついピンクで照らしてやるんだ。――それ、いまだ!」


 スイッチを押してピンク色に切り替える。

 その瞬間、罵声とともに尻を蹴飛ばされた。


「ばかやろう、そうじゃねぇ! どぎつい(、、、、)ピンクと言っただろうが! となりのライトと二個使って、ブルーとレッドを混ぜるんだよ!」


 ジークは考えたあげく、両手を使って二個のライトを操った。


「よし、まあそんなもんだ。おっと――曲が終わるぜ。ゆっくり消してけ――よし、オーケーだ」


 ジークは大きく息をついて、額をぬぐった。

 ライトの熱も手伝って、汗が盛大に吹きだしてくる。

 休む間もなく、次の曲が鳴りはじめた。


「よし、次はイーニャの番だぜ。オレはなにも言わねぇ。おめえの好きにやってみろ。だが気をいれてけよ。ヘタなライティングしやがったら、あいつにタマを握り潰されちまうからな」


 そう脅かされて、ジークはライトにしがみついた。


「おめえ、女どもがなんで踊ってんのか……わかるか?」


 彼女がステージに飛び出してくる。

 ジークは懸命にライトを操った。ジムの言葉に返事をする暇などない。


「こんなクソみてぇな世の中でも、生きててよかったって、思わせてやりてぇじゃねぇか。ひとりでも多くの連中によ。ここで踊ってる女たちは、みんなそう思って体を張ってるのよ」


 ジークの投げかける光の中、イーニャは全霊をこめて踊っていた。

 卑猥で性的な踊りではあったが、ジークはそれを汚いとは思わなかった。


「初めての客からは、何も取らねぇことにしてるのよ。おめえのときは思わず酒を受けとっちまったがよ……。元気が出てきやがったら、その次からはきちんといただく。もっと見たけりゃ、なにか仕事を見つけやがれって、そう言ってやるのさ。それがリハビリヘの一歩ってやつだな」


 ジークはライトを照らし、イーニャは踊った。

 ステージの彼女と一心同体になる感覚を覚えながら、ジークはひたすらにライトを操った。


 ひたすら卑猥に、猥褻に――。

 下品だなどと、言わせるものか。男たちに元気(、、)を分け与えてやるのだ。


 だが――その至福に満ちた集中は、不意に破れることになった。

 表通りから、人の悲鳴と轟音が聞こえてきたのだった。

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