4「試験結果」
「あー、採用試験の結果を発表する」
思い思いのかっこうでラウンジの椅子に腰かけた女たちを見回し、せいいっぱいの威厳をこめてジークは言った。
テーブルの上に頬杖をついたアニーが、くすくすと笑っていた。
カンナはといえば、「にまー」という底意地の悪そうな笑いを浮かべている。
エレナはジークから目をそらし、ジリオラは何事もないようにアイス・コーヒーを口に運んでいる。
カンナとアニー。ふたりの悪意ある視線を、ジークはあえて無視した。ふたりが笑っている理由は、わかりすぎるほどわかっている。
船酔いで気分が悪くなり、トイレに駆けこむなど――。
ジークは自分が情けなかった。
〝もどし癖〟など、8つの時に〝おねしょ〟といっしょに直ったはずなのに、なぜいまになって……。
ジークは咳払いをひとつして、自分に注目している4人に向かった。
はっきりとした声で宣言する。
「全員採用」
「やったぁ!」
諸手をあげて喜んだのはアニーだけで、他の3人は「あたりまえ」という顔をしていた。
「契約期間は広告にも書かれてあるとおり、180日を単位とする。もしそのときに仕事中なら、そいつが片付くまでだ。これは契約金の前払分だ」
ジークはテーブルの上に3枚のレッド・チップを放った。
レッド・チップは銀河共通貨幣であるクレジット・チップの一種だ。
透明な樹脂に封じられた色付きのコアには、ちっぽけな外見からは想像もつかないほどの情報が記憶されている。
もともとはコンピュータのメモリ素子だったものだが、量産に特別な技術が必要とされることもあり、現在では貨幣として使われている。
額面に見合うコストでクレジット・チップを作ることができるのは、大戦前の量産ラインを保有している旧世界銀行だけだ。
アニーとジリオラ、それにエレナが、それぞれのレッド・チップを懐におさめた。
「最低保証分の1000だ。残りのぶんはこれからの仕事ぶりで決めさせてもらうからな」
「オイ、オイ」
椅子から降りたカンナが、ジークのシャツを引っぱっていた。
「なんだよ」
「私のブンが、ないわさ」
「ああ、そうだよ。だって用意してねーもん」
「ナゼにだ?」
「だっておまえ、エレナさんのオマケだろ。そうだと思ったから採用試験をやんなかったんだぜ。まさかあんなナゾナゾで合格したつもりじゃ――」
最後まで言わせず、ジークの股間にカンナのパンチがヒットしていた。
「イジめると! 泣くゾ!」
「な、泣けよ……とめねぇから……」
股間を押さえて椅子の上でまるまりながら、ジークはなんとか声をしぼりだした。
「もう、カンナったら」
エレナがカンナのもとに歩いてゆく。
「痛いの……?」
心配しているというよりは、好奇心からだろう。
のぞきこむアニーに、ジークはいまいましげにつぶやいた。
「女に……わかって、たまる…か…」
「あ、カンナちゃん泣いてる」
「ウソつけ」
見もせずにそう言ったジークの耳に、とつぜん警報が聞こえてきた。
「なんのコード?」
警報の音色から瞬時に状況を読みとったジークは叫んでいた。
「他の船が接近してる。進路が交差するぞ、ブリッジに急げ!」
入口の近くにいたカンナとエレナは、すでにラウンジを飛びだしていた。
アニーとジリオラもそれに続く。
「切るぞ!」
前をゆく女たちに怒鳴ってから主通路の人工重力プレートのスイッチを切り、ジークは部屋から飛びだした。
こういう時のために、主通路はスペースを犠牲にしてまでまっすぐ作られている。
慣性をもって人工重力がゆっくりと消えてゆくなか、ジークは走るよりも速く、投げられた槍のように200メートル通路を突進した。




