第79話 大義名分
教会の談話室。
俺たちはそこで話し合っていた。
「戦いってのは、大義名分ってのが絶対に必要だからな」
俺は言った。
「そういうものなの? 相手をドカバキグシャ! ってやっつければいいんじゃないの? 理由なんて後付けでいいでしょ」
水色の髪をツインテールに結わえながらアリアがそう言う。
「それはそうだ。勝った後ならそれでかまわない。問題は、大義名分がないとそもそも戦いに勝てないってことなんだ」
ココも、不思議そうな顔で聞く。
「そうなんですの?」
「ああ。大義名分、つまり『正義』がなければ、そもそも部下や民衆がついてこない」
例えば、秀吉と家康が覇を競った小牧・長久手の闘いでは、戦闘自体は家康が優位に進めていた。
その戦いで家康は、信長の後継者候補として秀吉と対立していた信雄を担いで大義名分としていた。
ところがどういうわけか、家康優位だったのに、信雄は秀吉と単独講和をしてしまったのだ。
信雄がどうというより、秀吉の外交術が桁外れだったということかもしれない。
これで信雄の要請により信長の後継者争いに加わっていた家康は、大義名分を失ってしまった。結果、優位だったはずなのに軍を引いて秀吉の天下統一を認めることになる。
一般の武将や民衆は『正しさ』のある方に味方するものなのだ。
その『正しさ』を失ったとき、部下たちは次々と離反していくことになる。
さらには人心も離れ、領国経営も困難を極めることになる。
そういう意味において、王都と同時生中継で行われた女王、リリアーナの演説は効果てきめんだった。
「うひゃひゃ。私、名演説だったでしょ? この私が直々にシャイアを逆賊って名指ししたからねー。シャイア派だったはずの貴族どもも、軍は動員しているけど、ほとんどが様子見に回ってるみたいだね!」
リリアーナが薄い胸を張って誇らしげに言う。
そのときちょうど、窓から伝書ハルトが飛び込んできた。
その身体に括り付けてある筒から手紙を取り出して読み上げるリリアーナ。
「えーと、これは近くの銀等級貴族からだね! うーんと、親愛なる女王陛下……まあ前置きは飛ばして、とりあえず私に味方してくれるってさ! よし、どんどん伝書ハルトを国中に飛ばして味方をもっと増やしていくよ! アリアちゃん、あんた伝書ハルト係ね! 私、これからいっぱい手紙を書くから、それ宛先間違えないように伝書ハルト飛ばしまくって!」
「はーい! やった、ボク、女王陛下から直々に仕事もらっちゃった!」
なんだからうれしそうなアリア。
しっかし、リリアーナって女王陛下なのに、ただの奴隷であるアリアまで同席させて普通に会話しているってのはすごいな。
救世主として認められた俺とか、貴族であるシュリアとか、それにリリアーナの姉らしいココはともかくとして、奴隷まで普通に会話に入るのを許すとか……。
こう見えて、さすが女王、リリアーナの度量は大きいのかもしれない。
「ま、私が健在なのを見て、国民たちもそうそうシャイアのじじいには味方しないと思うよ!」
なにしろ国家への反逆である。
これに加担し、さらには敗北を喫することにでもなれば、部下や領民たちの支持を完全に失い、領主としての地位も失いかねない。いや、間違いなく貴族の地位をはく奪され、下手すれば処刑されるだろう。
「……でも、シャイア閣下もいろいろ手を打っているみたいね」
シュリアの言葉に、リリア―ナは頷く。
「そうだねー。私が民衆を遊び半分に殺してるとか、重税を課して贅沢してるとか、嘘の話をして、悪の女王の政治を正す! とか言ってるみたいだけど……」
「でも女王陛下がそんなことをしてこなかったのは、みな知っていることだわ」
シュリアの言う通りで、王の悪政をただす、女王の改心を求める、などとさかんに喧伝したが、それを本当だと思うものは誰もいなかった。
シャイアの持つ野心を皆知っていたからだ。
そして、現在、国民に課されている重税は、ほとんどがシャイア主導によって法制化されていることも、ほとんどのものが知っていることであった。
シャイアは、あちこちの貴族に、勝てば領土を与える、と恩賞を約束してまわったが、同じ領土をもらえるならば大義名分のあるほうにつきたい、というのが貴族たちの思いだった。
「あとむかつく噂話も流しているみたいだね」




