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俺を好きなやつの魔力を吸い取って奇跡を起こせる件。奴隷少女よ、だからといってそんなに俺にくっつくな  作者: 羽黒楓


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第76話 とてもやさしく、慈しむような手つきで

 今までちゃんとそれを見たことはなかった。

 無意識に目を逸らしていた。

 いま初めてじっくり見る、奴隷の刻印。

 ココの、とても大きい二つの乳房、その間に彫られた禍々しい紋様。

 それは、黒い蛇に鎖が巻き付いていて、その下になにか古代文字みたいなので文言が描かれている入れ墨だった。

 魔法で彫られているので、どうやっても消せないという刻印。


「あれは……何歳のころでしたでしょうか……。まだ子どもでしたわ……。私をシーネ村で拾った奴隷商人が……まだ子供の私を数人がかりで地面に押さえつけて……私は怖くて泣きわめいちゃって……でもかれらは……無理やり私の胸にこの刻印を彫ったんですの……」


 身寄りを失った戦災孤児を誘拐し、奴隷として売り払う――。

 この世界において、それはよくあることだとアリアから聞いた。

 目の前にいるこの少女は、まさにその被害者だった。


「何度も死のうって思って……でも、そのたびごとに夢の中でテネス様が言うのですの……。『あんたはまだ死んじゃ駄目よー』って、トウモロコシをボリボリ食べて……トウモロコシの粒がポロポロ落ちて……ふふ、テネス様って、食べ方があんまりきれいじゃないですわよね。こんなこと言ったら怒られるかしら」


 ココはそのゆたかな胸を俺に押し付けてくる。

 ふんわりと柔らかくて、温かくて。

 俺は思わずココを抱きしめた。

 ココはなおも言葉を続ける。


「いつも死にかたを考えていましたわ……。いくら私がライラネック家の令嬢だとしても……でも、もう奴隷の刻印を彫られてしまって……。テネス様が夢の中でおっしゃるの、『あんたは貴族の娘なのよ、そのうち救世主を遣わすから、そいつについていきなさい』って。でも夢ですもの。私がそう思い込んでいるから見てしまった、ただの私の夢――。だから――。前にも言いましたわね、トモキさんが湖の中から現れて――トウモロコシの女神様の話をしたとき――。全身の毛がぶわーーーって逆立って――頭の中で祝福の鐘が鳴り響きましたわ、ふふふ……。ね、トモキさん。私、トモキさんのお話も聞きたいですわ。前の世界ではどんなところで生まれ育って、どう生きたのですの?」


 俺は答える。


「そうだな……。俺は、新潟っていうところに生まれて、両親は仲が悪くて俺が子供のころは毎日毎日怒鳴りあいのケンカしてたなあ。俺が高校生になるころには、両親はもう一言もしゃべらなくて、家庭内別居みたいな感じだったな」


「まあ……」


「で、まあいろいろあったんだが、大学には行ったけど、学費も払えなくて中退して、バイトしていた宅配ピザの店でそのまま店長として就職したんだ」


「宅配……ピザ? ピザって?」


「小麦粉を練ってひらべったく伸ばした生地に、トマトソースやらチーズやら乗せてオーブンで焼くんだ。うまいぞ。これを、客の家まで宅配するんだ。俺が働いていたのはすっごくちっちゃい個人経営の店でさ。でも、近隣に大手の直営店が三つもできちゃってさ。ピサーラって店とブルーベリーコーンズって店とピザホットって店だ。直営店だから体力あって、価格競争にも負けて……。売上もあがらなくなって、バイトを雇う金もないから、そのかわり店長である俺が働いた。朝の9時から深夜1時くらいまで毎日。休みの日は三か月に一日だけだったなあ。あれ、俺が若かったからできたよな。結局その店はつぶれてさ。そのあと……」


 俺が話すあいだに、ココは俺の顔に自分の胸をおしつけて、俺の頭を優しくなでながら聞いてくれた。


「トモキさんも大変だったのですね……。でも、今はこの世界の救世主ですわ……。そして、私が一番の使徒なの……」


 俺の顔はココの乳房に挟まれちゃってる。

 肌の匂い。

 ずっとこのままでいたいけどさ。

 俺はぷはっと顔を離すと、ココと見つめあった。


「ココ。これからもずっと俺の側にいてくれるか?」

「もちろんですわ。トモキさん、私はずっとトモキさんの隣にいますわ……」


 そしてココはゆっくりと目を閉じた。

 俺はそっとその唇に自分の唇を合わせる。

 最初は唇が触れているだけだったけど。

 そのうち、どちらかともなく舌を絡めあい始めた。

 お互いの唾液がぬるぬると混ざり合い、舌の粘膜をこすりつけあう。

 クチュクチュという粘液の音が静かな部屋の中に響く。


「ぷはぁ……」


 いったん口を離す。

 唇と唇の間を、光る糸のようなものがつないだ。


「くふふ……」


 頬っぺたを真っ赤にして照れくさそうに笑うココ。

 俺も、同じような表情をしているだろう。


「ふふふ。トモキさん、触って、いいですか? 私も、トモキさんに触ってほしい……」


 そしてココの手が伸びて、とてもやさしく、慈しむような手つきで、包み込むように俺のを握った。

 あまりの幸福感と快感で、俺の身体がビクンと跳ねる。


「すごい……これが……トモキさんの……」


 と、その瞬間だった。


 バーン!


 と扉が開いて、アリアの声が響いた。


「時間だよーーー! もうみんな集まってるよ! あれ? まだやってるの? はい終わり終わり! ところで何回やった? ボクはねー、3回に賭けてるんだ! ね、ね、何回やった? 女王陛下は7回、シュリアさんは1回に賭けてるよ! 銀貨1枚かけてるんだから早く答えて!」


「うるせーーーー! ゼロ回だよ、お前のせいで! てかシュリアまで賭けに参加してんのかよ!」


 俺は最後までできなくて悲しかったので、ちょっと涙目になって叫び返したのだった。


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