第70話 天才魔術師
晩さん会に使われることも多い、大広間。
豪奢な調度品に囲まれたその広い部屋に、血まみれの大男がドアを蹴破って入ってきた。
ガルアドである。
すでに、衛兵を百人は殺していた。
その返り血で、マントをはおったガルアドの身体は真っ赤に染まっていた。
あと少ししたら、救援のために近衛隊の本体も動き始めるだろう。
そいつらを皆殺しにするのもいいが、その前に女王の身柄を押さえ、自分の言うなりにしたあと部下として動かす方が都合がいい。
シャイアの話だと、この大広間のさらに奥へと進むと、女王の居室があるらしい。
「待て! その先には行かせぬぞ!」
魔法の力によって燃えさかる剣をふりかぶって、数人の衛兵がガルアドの背後から襲い掛かる。
ガルアドはにやりと口角をあげて笑うと、
「勇ましいものだな。女王陛下への忠誠、見事なり。なるべく苦しまずに殺してやる!」
大剣を一振りする。
その剣先から放たれた衝撃波で、衛兵の身体は腹のあたりで真っ二つになり、血を噴き出しながら床に転がった。
「ははは! 奴隷を売り買いするたびに税金をとられるが……その金で作ったこの部屋には、ワインよりも人間の血が似合うというものよ!」
そのとき。
ギギィ……という音ともに、大広間の向こう側のドアが開いた。
小さな人影。
「ふふふ……怯えてどこかに隠れているものと思ったのだが……いいのか、女王陛下みずからこんな血なまぐさいところに出てきて?」
ガルアドはその人影に話しかける。
そこにいたのは、テネスティア王国の現女王、わずか13歳の少女、リリアーナ・オーレリア・テネスティア、その人だった。
「もう衛兵を殺すのはやめてあげてほしいですね。かわいそうではないですか」
「ふふふ。女王陛下よ。俺は殺すのをやめないぞ。お前が相手でもだ。だが、俺から一つ、提案がある。返答次第では、衛兵や近衛兵どもを殺すのをやめてやろうではないか」
「提案とは?」
「女王よ。俺の女になれ。女神テネスの教え通り、俺の子供を宿し、産め。そうしたら、お前とお前の仲間は殺さないでおいてやる」
「ほう。この私、リリアーナ・オーレリア・テネスティアに求婚していると、そう解釈してよろしいのですか?」
「そうだ。拒んでも良いのだぞ。ただし、拒めば耐えがたき痛みと屈辱と恥辱を味わったのちに、俺の子供を産むことになる……」
「この、世界で最も美しい容姿を持つ、女王陛下を犯そうということですか……? それはこの世で最も……罪深い悪行ですね……」
リリアーナの小さな体を、ブワッと青い炎のような光が包み込んだ。
ガルアドにはわかった。
これは、圧倒的なほどの魔力量。
それも、殺意に満ち満ちた、狂暴な魔力。
しかし、おかしい。
女王が、これほどの魔力をコントロールできるほどの魔法技術を持っているとは聞いたことがない。
王家の人間はそもそも防御魔法くらいしか習わないと聞いている。
もうひとつ、ガルアドは気づいた。
リリアーナの持っている長い杖、それは女王が持つようなものではない。
上級魔法を使いこなす、一級の魔術師でもなければ使いこなせるものではないはずだった。
ああ、そうか、なるほど。
謀略を巡らせていたのは、シャイアや自分だけではなかった、ということか。
ガルアドは女王が言葉を発したときから違和感を抱いていた。
以前、勇者としての認定式のときに、女王とは会ったことがある。
女王は、こんな落ち着いた丁寧な話し方をする女性ではなかった。
うひゃひゃと軽薄な笑い方をする、ガキだったはずだ。
中身が、違う。
こいつは女王ではない。
女王のフリをした、誰かだ。
「貴様……女王陛下……ではないな? 見たところ、間違いなく女王の顔をしている。だが話し方が違う。その姿は……なんだ? 魔法か? お前は誰だ?」
「さすが勇者ガルアドさんですね。この姿に油断してくださるのを期待していたのですが。そう。これは魔法。お互いの容姿を期間限定で完璧に入れ替える、超上級魔法です」
「容姿を……入れ替える……? お前は……誰だ?」
「逆にお聞きしますけど……。このような超絶上級魔法を使いこなせる人物が、今の王国に何人いるとお思いで? 答えは……わかりますよね。一人です。勇者ガルアドよ。あなたは罠にかかったのです。世界でもっともお美しい女王陛下を汚そうとした罪びとよ。死をもって罪を償いなさい」
リリアーナの容姿をした少女は、魔石の埋め込まれた杖を大きく掲げた。
ガルアドは大剣を構えて言った。
「貴様! 中身はあの裏切り者か!」
「裏切ったのではありません。私はただ、単に恋に落ちただけなんです。あまりにお美しく、無垢で純真で生意気なクソガキの女王陛下に、心底惚れた、ただそれだけなんですよ」
女王と容姿を入れ替えていた少女――天才魔術師、メールエ・マリミド・ミルーは、杖の先端をガルアドに向けた。




