9.殿下からの提案
アグネス様の断罪が終わった。
国王陛下暗殺未遂は一族連座の大罪だけど、実行犯はロドニー殿下。
そのためアグネス様のサーマル公爵家は、今後、絶対服従の魔導契約の元、降格処分と罰金刑で終わった。
もちろんアグネス様は許されない。公爵家からの勘当のすえ、表向きは処刑。
でも……。実はアグネス様は死んでない。
彼女を殺せば、物語通り孤児に転生する可能性がある。
記憶を持ったまま転生され、逆恨みで動かれてはたまらない。
死なれるのも後味悪いし、他の刑じゃ無理なのかしらと思っていたら、クリフ殿下がそっと教えてくれた。
彼女は魔道具で獣に変えられ、厳重な監視下に置かれることになったらしい。
牢ではなく、檻での生活。
公爵令嬢としての尊厳も何も守られない。
人間としての意識を持ったまま動物にされるのは、正直、死ぬよりキツイと思う。
ロドニー殿下は身分剥奪の上、投獄。刑の執行を待っている。
王様に毒を盛ったのだ。たぶん見逃しては貰えない。
罪を暴く時、クリフ殿下もすごく複雑そうな、割り切れない顔をしていた。弟だもんね。情があるよね。
(いろいろすごく、切ないなぁ……)
「私を追放するだけで終わっておけば、大きな波風は立たなかったのに。アグネス様はどうして王家にまで手を出したのかしら?」
「欲が出たんじゃないか? 国を操りたいという」
「殿下っ!」
「国を預かるなんて、相当覚悟の要ることなのにな」
王宮のバルコニーでポツリこぼした独り言を、クリフ殿下に拾われた。
事後処理に忙しくて、ほぼ会うことのなかった久しぶりのクリフ殿下に驚く。
シーツや古着じゃない殿下は、金糸刺繍の高貴な服がこの上なく似合ってて、改めて住む世界が違うと痛感する。
その雲の上の方が、隣に立って笑顔を見せた。
「"聖女の万能薬"は、やっと収穫が終わった」
「なんですか、その"聖女の万能薬"って」
「ん? お前が大神殿の森で育てた種だが」
「えっ、そんな呼び名がついたんですか?」
リスな殿下が植え、私が世話した王家の種は、その後見に行くとワッサワッサと生い茂っていた。
殿下も王様も私の神聖力で回復したから、薬草はそのままになっていたのだ。
"純真無垢な、心正しき聖女の力で芽吹いた種。薬草は大切に扱い、有事の際に活用しよう"。
とかなんとか。クリフ殿下が恥ずかしい謳い文句で先導し、ハイポーションとして大量に精製されることになったらしく、その作業中らしい。
殿下には話したのだけど、物語『あなたと永遠に』ではこの先疫病が流行る。それに備えて薬を用意しておけば、早めに食い止めることが出来るかも知れない。もちろん衛生管理を徹底したら、その方面からだって効果あるだろうし、それに他にも──。と、語るうちに白熱したことは否めない。
「聖女として文句なしの活躍だ」
殿下が頷く。
王様が私を「聖女」と認め、神殿も賛同したせいで、私は森小屋にも男爵家にも帰れず、なぜか王宮に留め置かれている。
「それですけど、私には聖女なんて務まりませんから、このまま野に放ってください」
「そうか? 弱き者に手を差し伸べるシェリルの優しさ、先を見据えた考え方、視野の広さ、俺の目にはこれ以上なく聖女に相応しく映っているが?」
器用に小首をかしげて、殿下が私をのぞき込む。
(近い、近い! なんでこの方、こんなに近いの?)
以前殿下が言っていた。
ペットと飼い主の距離感だと。
でももう殿下は人間に戻ったし、私の不整脈を誘発する近さは控えて欲しい。吐息を感じるような近さは、未婚の男女としてよろしくないと思うの。
だって頬が、とても熱くなるから。
「か、買い被りです。それは全部、私に前世の記憶があるからで……」
「前世の記憶があるからって、怪我したリスの世話は焼かないだろう?」
「えっ、それは──」
(そうかな? 優しいかな? 別に普通だと思うけど、そう思って貰えるのは嬉しいかも)
チラッと殿下を見上げたら。
(!)
どきりと心臓が跳ねた。
(なんて目で見てるんですか、クリフ殿下っ)
慌てて目を逸らす。
まるで大切な宝物を見るような、情愛籠った眼差しに、私の鼓動がますます乱れる。
ヤバい。これ以上ここにいたら、勘違いしてしまいそう。
「あ、の、でも、やっぱりそろそろ、帰りたいです」
「お前のリスを見捨ててか?」
はぅぁあああああああ???
な、何を言いだしちゃったの、殿下。
殿下は第一王子で、今やこの国唯一の王位継承者で、だからもうリスじゃなくて。それ以前に「お前の」って何──っっっ。
「ほ、保護した生き物は、怪我が治ったら、あるべき場所に戻すんです。殿下のあるべき場所はこの王宮で、拾った責任はもう、完遂、しましたから」
つっかえ、つっかえ、どうにかこうにか殿下に伝える。
「それは野生動物のケースだろう。ペットは違うはずだ」
ぽてっ、と殿下の頭が私の肩に乗せられた。
(ええええええ──??!)
「撫でていいぞ?」
「へあっ?」
驚きすぎて、変な声出た。
流し目コンボの上目遣い! 色香と魅力が突き抜けすぎよ!
「たびたび俺の頭を見ていたな? 気づいてないとでも思っていたのか?」
「うっ、あ、それは」
シナモンカラーのリスを思い出すたび、その手触りが懐かしく、つい視線が殿下の金髪に向かっていた。手がそわそわしてた覚えがある。見られてたの?
「ストレスでハゲでも出来てるのかと案じた」
くっくっと殿下が笑う。
振動が、ダイレクトに肩に伝わってくる。触れてる部分の金髪が、柔らかい……!
「で、殿下、頭を戻して」
「なぜ?」
(なぜ、ですってぇぇえ? 殿下の体温に期待しちゃうからで──ンンンンンっ。期待って何!?)
怖いわ。危うく理性が溶かされるところだった。
「普通に恥ずかしいからです。それに誰かに見られでもしたら誤解されます」
「誤解? シェリルのうなじに、ホクロがあることまで知ってる仲なのに?」
「いっ!?」(いつ見たの?)
「"肩乗りリス"がしたいと、俺を肩に乗せたのはお前だ」
「っつ、あれは! 言葉がわかってるようなお利口なリスだったから、"ナウシカごっこ"が出来るんじゃないかとうっかり……!」
「"ナウシカごっこ"?」
「こちらの話です。お聞き流しを」
まずい、まずい、どうしちゃったの殿下?
なんでこんなにグイグイ来るの?
でも一番まずいのは、殿下とのこのじゃれあいが楽しい自分だ。ずっと続けていたいほど、心地良いのは絶対まずい。
(彼とは身分が違いすぎるのに)
このままじゃ私、ペットロス以上の喪失感を抱えることになる。
「あの、本当に私、もうお暇します。明日にでも、ううん、今すぐ荷物をまとめますから」
「まあ、そう急くな。聖女就任式にお披露目と行事が続く。王宮で寝泊まりした方が便利だろう」
(お願いだからもう引き留めないで──! 聖女もずっと辞退してるのに──っっ)
焦る気持ちを押し隠し、なんとか抵抗を試みる。
「前に私に"家族と引き離されてかわいそう"って言ってくれたじゃないですか」
「それなんだが──。俺をお前の"新しい家族"にして欲しいと言ったら、困らせてしまうだろうか」
殿下、猛アプローチ中。この続きは明日(朝)を予定しております。
断罪シーンをアグネスで展開してしまったのですが、あまり人気がなく! (^▽^;) ヽ
やはりシェリルたちから見た断罪が良かったでしょうか?
その他「端折ってたけど、この場面読みたかったなぁ」とかありましたら、ぜひお聞かせください♪(´艸`*)
※クリフは目的があり種と指輪を別の場所に埋めましたが、リスは習性として食べ物を種類別・大きさ別に整理して蓄えるようです。チャンク化に長け、整理整頓出来るのすごいヾ(*’O’*)/




