8.断罪《アグネス視点②》
「アグネス・サーマル公爵令嬢、お前との婚約を破棄する!」
なんであんたが生きてるのよ、クリフ!!
シェリルを伴い、第一王子は決まりゼリフをわたくしに投げつけた。
「お前は公爵家の身分をかさに、ありもしない罪でシェリルを迫害した! 聖女である彼女を追放し、彼女によって得られたはずの利益を失した罪は重いぞ」
自由に出歩いてるのもおかしいわ。
王の暗殺犯として拘束されてるはずでしょう?
現にわたくしの手駒ロドニーはまだ、部屋から出して貰えてない。
大切な話があると王宮から呼び出され、きっとロドニーの釈放と妃としての打診だと胸躍らせてきたのに、クリフが出てくるなんて、とんだ肩透かしだわ。
歯噛みする思いで、わたくしはクリフを睨みつけた。
「クリフ殿下! その女は名ばかりの"ニセ聖女"です。わたくしの行いは、"被ったはずの被害を防いだ"と褒められるべき。"得られたはずの利益"とは何があるというのです? 具体的に示してくださいませ」
(どうかしら? その女の功績、何かある?)
「いくら殿下といえど、いたずらに公爵家の名を貶めるつもりなら、こちらにも考えがありますわ」
サーマル公爵家の力は絶大だ。事実、第一王子との婚約は、父が国王に持ち込んだものだったもの。
公爵家として抗議し、王子の後見から降りる。そうチラつかせて、わたくしはクリフをやり込めるつもりだった。
色恋しか頭にないバカ王子なんて、わたくしの敵じゃないはず。
ところが部屋の奥から、さらなる声が響いた。
「彼女の功績と言えば……たとえば解毒をし、危篤の王を救う、とかじゃな」
国王が、しっかりとした足取りで歩いて来た。
「陛下!!」
寝込んでたんじゃないの?
「そんな、馬鹿な……」
思わず、呟きが漏れる。
「馬鹿な、とはどういう意味か。余の絶命は確定だと思っていたか? のう? 余に毒を盛ったのは、そなたの差し金と聞いたが? アグネス嬢」
「っつ!?」
(一体どこまで? 何がどう漏れているの?)
「な、何かの間違いです。わたくしが陛下に毒を盛る理由がありません……!」
慌てながら返すわたくしに、王は怜悧なまなざしで指示を出す。
「ロドニーをここに」
打ちひしがれた様子で、引き立てられてくる第二王子。
「ロドニー殿下……っ!」
「すみません、アグネス様。僕ではお役に立てませんでした」
(なんっ、なんっっ、なんて、愚かな!!)
わたくしが犯人だと、そう言ってるようなものじゃない。役立たずどころか、足を引っ張るな!
「嫌ですわ、ロドニー殿下。何のことをおっしゃっているのか、わたくしにはわかりません」
「説明が必要か? アグネス」
クリフが言う。
「もちろんですとも。わたくしに分かるのは、いまわたくしが謂れなき罪で嵌められようとしていることのみ。お忘れですか? わたくしは毒殺犯として疑われた殿下を力づけようと、差し入れまでした善良な人間です」
「おかしいな? アグネス。お前は俺を力づけるどころか、魔道具を使って俺を殺しかけたじゃないか」
「クリフ殿下、いくらわたくしが嫌いだからと言って、そんな嘘を言うなんて! 酷いですわ!」
わあっ、と両手で顔を覆う。
リスに変えた時、彼の着ていた服は人が来る前に隠し、後でさっさと処分した。王宮に残っているのは、私がクリフを案じて訪ねたという記録のみ。彼の言葉は言いがかりとして揉み消すわ。
それに。
(あんた、泣き崩れる女に弱いんでしょ? 物語のシェリルにはそれで落ちたものね?)
わたくしの涙にコロッと絆されてくれれば、面倒はない──。
ところがクリフの態度は、あくまで淡白だった。
「公爵令嬢としての矜持はどうした、アグネス。お前も俺の指輪を見るか? 映像を記録できる魔道具で、すでに陛下とも鑑賞会を終えたところだ」
「……!!」
映像が、ある? わたくしが第一王子を動物に変えた映像が?
そして彼に浴びせかけた言葉も、王に聞かれた?
「すべてバレておる、アグネス嬢。下手な言い逃れはせぬほうが、苦しまずに死ねると思うぞ?」
王の言葉は、事実上の死刑宣告。これはもう、覆らない……?
体に氷を落としこまれたような冷たさを覚える。恐怖だ。
「そんな……、わたくしはどこで間違ったの?」
(だって破滅しないよう、そのために先回りをして……)
呆然とするわたくしに、クリフが言う。
「お前がどんな世界を見ていたかは知らないが。目の前の現実を見なかったことが、一番の間違いだろう」
目の前の現実? 何を言っているの?
だってここは『あな永遠』の世界。現実じゃなくて、物語の、虚構の世界だわ。
問い返すようにクリフを見たわたくしに、静かな視線と声が向けられる。
「俺は浮気をするつもりなんて、一切なかった。ここにいるシェリルも、お前を害する気持ちなんてなかったんだ」
クリフの言葉に、ピンク髪が頷く。
目ざわりな!
「見え透いたことをおっしゃいますね? 殿下とシェリルのいまの距離が、何よりの証拠ではありませんか……?」
すぐにでも肩を抱き寄せられる距離。
下位貴族の娘が、王族に許される距離じゃない。
震える声で問いただすと、「ああ」と思い至ったようにクリフがシェリルを見、頭のおかしな答えを寄越した。
「これは……ペットと飼い主の距離感だ」
「はあぁ?」
(シェリルをペットに飼いたいっていうわけ?)
悔しい、悔しい、悔しい! こんな女好きなバカに出し抜かれるなんて!
シェリルは、抗議するような視線をクリフに送っている。
(なんなの? わたくしの前で、親しさをアピールして、優越感にでも浸りたいわけ?)
わたくしはギリッとシェリルを睨みつけた。
「このアバズレ! 追放を命じていたのに、どんな方法でクリフに取り入ったのよ! 王宮にでも訴え出たの? "哀れな私をお救いください"って」
「そんなことはしていません。ただ──、私が縁遠いクリフ殿下と出会ったきっかけは、確かにアグネス様です」
シェリルの声は、澄んだ音色を思わせた。
声まで綺麗なんて、ヒロイン補正が甚だしい。
「ヒトのせいにするなんてご立派ね? 馬鹿らしい。これが物語の矯正力。わたくしがどんなに足掻いても、結局はこうなる定めだったのよ!」
吐き捨てるように言うと、シェリルが否定してきた。
「違うと思います。悪いことをしたからです」
わたくしの目を見て、生意気女がきっぱりと言ってくる。
「殿下も私も。何もしてなかったのに、アグネス様が始めたのです」
「──っ」
ピンク髪に気圧されかけ、わたくしがあげようとした声は、横から遮られた。
「どうやらアグネスには、自分を振り返る時間が必要なようだ。己が何をしたか、牢の中でしっかり向き合うがいい」
クリフの合図で、左右からの兵に捕らえられる。
(こんなはずじゃなかったのに。こんなはずじゃ──)
引き立てられて歩く中、私の頭の中では同じ言葉がぐるぐると回っていたのだった。
お読みいただき有り難うございます(∩´∀`*)∩
次はシェリルのターンに戻ります。
残すところ本編あと2話+番外1話なイメージなのですが、いっきに今日中に出すか、明日の完結にするか…。間違いなく、次話は今日中に出しますので、よろしくお付き合いいただけますと嬉しいです♪




