7.婚約破棄《アグネス視点》
サーマル公爵家の長女アグネス。
転生に気づいた時、わたくしは危うく叫びそうになった。
前世で読んでいた小説、『あなたと永遠に』の悪役令嬢が、このアグネス・サーマルだったからだ。
(嘘でしょう? よりによって"アグネス"に転生してしまうなんて……!)
よくある展開のストーリー。
第一王子クリフと、その婚約者であるアグネスは、形だけの政略婚約。
そこに男爵家のピンク髪、シェリルが加わることから、薄氷のような関係だったクリフとアグネスの仲は、決定的に壊れてしまう。
奔放なシェリルは、奥ゆかしいアグネスを鼻で嘲笑いながら、クリフを誘惑する。
紳士淑女にはありえない距離で、過度なボディタッチを繰り返し、クリフを篭絡した彼女は、「アグネス様に虐められてるんですぅ~」と泣いて、ふたりの婚約を破棄に持ち込む。
クリフがシェリルを"聖女"だと宣言したこともあり、王家はシェリルの、聖女の意見を優先した。実際はイジメがなかったとしても。
身分を剥奪され、追放されたアグネスは、修道院に送られる途中で事故に遭い、命を落としてしまう。
ここが酷い!
『あな永遠』は悪役令嬢アグネスが主人公なのにも関わらず、物語途中で退場してしまうのだ。
そしてみすぼらしい孤児として転生する。
やってられないわ!
公爵家の血筋という尊い身分から、平民以下にまで転がり落ちてしまった彼女は、孤児院で蔑まれ、虐待される日々を過ごす。
そしてある日、自身のケガを治すために、神聖力に目覚めるのだ。
聖女を騙ったシェリルなどとは違う、正真正銘の聖女の誕生。
そう、シェリルが"聖女"というのは自己申告の嘘だったわけ。
アグネスが孤児に転生してる頃、国では続く災難に、聖女の奇跡が求められていた。本来なら聖女シェリルが働かなくてはいけないシーン。だけどシェリルの神聖力は、聖女の地位に見合わない、ほんのささやかなもの。
当然、国の危機に力を発揮できるわけもなく、シェリルは嘘がバレ、クリフと罵り合って醜態をさらし、国中からも弾劾される。
この時点で、クリフは国王、シェリルは王妃だったのだけども。
シェリルは処刑。彼女を妃にして贅沢三昧を許していたクリフも責任を問われ、国庫を傾け、国を救えなかった無能な王として、民の怨嗟のうちに処刑されるのである。
国民をまとめ、導いたのが王弟ロドニー殿下。現在の第二王子にあたる方。
国のために立ち上がった王弟は、独身だった。
昔からの初恋をひきずり、慕っていたアグネスが忘れられずに独り身を貫いていた彼。
そんな彼が、アグネスの転生体である孤児のわたくしと出会い、固く閉じていた心を溶かしながら愛を育んでいく純愛ストーリー。
これが『あな永遠』のおおまかな流れである。
第二王子ロドニーの一途でひたむきな愛と、孤児である自分に苦しみ、身を引こうとするアグネスのいじらしさが支持を得て、ジレジレきゅんきゅんに悶える後半。そこからが物語の本当の舞台……。
嫌!
いくら聖女という肩書で身分差を超え、最後に両想いで結ばれると言っても。
ハッピーエンドまで何年かかると思ってるの?
それまでわたくしに、さんざん痛めつけられる役をやれって? 断固拒否よ。拒否一択!
孤児になってから少女として成長するまでに、ロドニーだって年を取るわ。
「イケオジかっこいいー」なんて声もあるけど、ロドニーのほうは年の差を気にして、アグネスとの仲がなかなか進展しなかった。まさに両方向、時間のロス。
それにわたくしは、年の差婚より釣り合いの取れた年齢の方が好き。だってその分、長く夫婦でいられるじゃない。
(災いを、最初から取り除くことが出来たら?)
そうしたらわたくしは、公爵令嬢のまま第二王子に嫁ぐことが出来る。
(邪魔なのは、おバカな第一王子クリフと、ピンク髪の尻軽シェリル)
……幸いわたくしには権力がある。
本来、公爵家と男爵家の力関係で、下位令嬢ごときに悩まされるのがおかしいのよ。
王子の庇護下に入る前にシェリルをのぞく。そしてクリフも。
わたくしは貴族リストからシェリルを見つけ、各所に命じて間抜け面の彼女を追放した。
あとはクリフ。いまの彼は、わたくしと婚約関係にある。
シェリルだけを排除しても、バカ王子に嫁がされ、失策の尻ぬぐいをする毎日が待っている。
とはいえ、相手は格上。
第一王子という身分に阻まれ、うかつに手を出すことは出来ない。
思い悩みながらも王子妃教育に通っていると、ロドニーから声をかけられた。
「美しいアグネス様。あなたが憂いているように見えるのは、僕の気のせいでしょうか? もし悩みがあるならお話しください。僕はあなたの力になりたいのです」
切ない瞳で見つめられ、(そういえば年下の彼は、アグネスに片思い中だった)と思い出す。
わたくしは"クリフ殿下に素っ気なくされ傷ついている"と、ロドニーに相談した。
素っ気なくもなにも、わたくしたちは政略関係。定例の顔合わせ以外、特に情も会話もなく、淡々とした関係なだけだけど、つまらないには違いない。
贈り物も手紙も、誕生日やイベント前といった、決まった時にしか届かないもの。
もっとわたくしを崇拝し、常から愛を捧げなさいよ。
それにクリフって、意外とケチなのよね。シェリルには湯水のようにお金を使う設定なのに、わたくしにはありふれた宝石しか贈ってこない。国宝級レベルのものを選んでくれなきゃ、わたくしの美貌に対して失礼だわ。
まあ向こうも? 「何それ」と言いたいくらいの美青年なわけだけど。脇役のクセに、金髪推しの絵師が無駄に張り切ったせいで!
嘆くわたくしにロドニー殿下は同情し、「アグネス様に寄り添うよう、兄を説得してみます」と言う。
不要だわ。
わたくしが欲しいのは、わたくしに忠実な恋の下僕。ロドニーでいいのよ。
わたくしはそれとなく彼を誘導し、"クリフ殿下を廃嫡すれば、わたくしたちが結ばれる"と刷り込んでやった。ついでに国王もいなければ、障害もないと唆す。
かくして。
クリフを国王暗殺犯に仕立て、王と第一王子を一挙に省き、ロドニーを王に、わたくしが妃に、という計画を立てた。
なのにロドニーってば失敗して、意識不明ながらも王は命をつないでる。毒殺騒ぎのせいで、厳重な警戒態勢が敷かれ、王にトドメを刺すことは不可能。
王が目覚めるまでに、王位継承順を決定的なものにしておかなくては、ロドニーに次はない。何と言っても真犯人は彼なわけだし。
(クリフがこの世からいなくなれば、王子はロドニーひとりだけ)
クリフとロドニーは重要参考人として、それぞれ部屋に閉じ込められてしまった。
わたくしが動くしかない。
ロドニーが密かに持ち出していた王家秘蔵の魔道具を、わたくしはクリフに使う。
(さあ! 本性を現して醜い魔獣になりなさい! 騎士たちに討伐させてあげる!!)
なのにクリフは、ちんまりしたリスにしかならなかった。はあ?
バカ王子は悉く予想を裏切ってくるわね。
憤ったわたくしは犬をけしかけリスを追い、クリフは逃亡したことにした。
やましいことがあるから逃げたのよ、と。
死骸は見れなかったけど、きっと犬たちはリスを仕留めてる。噛んで大怪我をさせたところまで見たもの。
小さな体で大量の出血。
逃げたとしても、助からない。生き延びても、リスのまま。
(わたくしの勝ちだわ!)
だから筋書はこう。
王の殺害に失敗した第一王子は、逃亡して行方不明。
第二王子が後継となり、王子妃教育を受けていたわたくしが彼の補佐として妻になるの。
その頃までには王も死んでるでしょ? 密偵の話によると、虫の息みたいだったもの。
──そう思っていたのに……!
「アグネス・サーマル公爵令嬢、お前との婚約を破棄する!」
なんであんたが生きてるのよ、クリフ!!
シェリルを伴い、第一王子は決まりゼリフをわたくしに投げつけた。
悪役が身勝手な言い分なまま破滅するシーンを読むのが好きなので、アグネス視点です(∀`*ゞ)
場面は飛びましたが話数は飛んでないです、大丈夫、この順番。
感想欄でたくさんかまってくださり有難うございます!
楽しんでくださっているというお言葉に支えられています♪
連載中にあとがき欄で悩むのは、初連載の時からウチの伝統芸(?)なのでご容赦ください。
金曜完結は無理かも?
(連休直前に完結させて、いっぱい読んで貰おうという下心が!(笑))
ですが、楽しく書いておりますので、引き続きどうぞよろしくお願いします♪\(*^▽^*)/




