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【完結】蜂の膝は花のために  作者: 霧島まるは


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20/29

20・花の落雷

「内輪の晩餐会と伺ったのですが、見事なもてなしですね……レオカディオ四位」

「お褒めに預かり光栄です、バルラガン三位」

 男二人の笑みの応酬が、テーブルを挟んで行われ続けている。


 晩餐の席はちょうど十。

 アルフォンソ、ウィルフレド、セシリオ、エウフェミアと今日はカリナも席に着いている。カリナの胸にはディローザはないが。

 対するバルラガン組は、ファウスティノ、ロベルティナ、ロベルティナの姉とその婚約者、側近の男性。

 席次はアルフォンソたちが楽しそうに決めているのをエウフェミアは見た。

 結果として、アルフォンソの隣に婚約者のエウフェミア。その隣にロベルティナにセシリオとバルラガンの側近。

 向かい側がファウスティノ。話がしやすいように隣にカリナとウィルフレド。ロベルティナの姉と婚約者という、なかなか刺激的な席次となっている。


 場所も晩餐室ではなかった。建物からすると奥側の広間。ディローザの庭の近くだ。広間の半分は晩餐の席となっていて、もう半分は空間が空けてある。

 そこでは四人の男性演奏者がピアノやヴィオラなどで心地よい音楽を奏でていて、長椅子も用意されていた。食後の歓談やダンス用の場所なのだろう。傷だらけであろう壁には、多くの美しい布がかけられて装飾されており、落ち着いた時間の邪魔をしないように気を配られていた。


 エウフェミアは、先程からカリナの方ばかり気にしていた。今日はきっと、カリナの人生の分岐点のひとつになる。彼女の決定で、エウフェミアと道が大きく離れていく可能性もある。

 そんな大事な晩餐の真っただ中にも関わらず、カリナは静かに食事を続けている。アルフォンソとファウスティノの貴族らしい舌戦が続いているからだ。


「訪問時に蜂の巣にされるかと思いましたよ、レオカディオ四位」

「常に警戒を怠らないのが我が家の家訓でしてね……特に夜は」

「おやおや、夜だけとは……油断は禁物ですよ?」

「特に、という言葉の意図を汲めないとは、穴の空いた桶のような耳をお持ちなのですか、バルラガン三位は……それに物々しさではそちらも大したものではないですか」


 ワイングラスを片手に、舌の滑りが止まらない。

 エウフェミアもグラスに口をつけた。アルコールの入っていない葡萄の果汁だ。そこで彼女は何か違和感を覚えたが、それが何なのかうまく言葉に出来ない。間違い探しのような、視界の違和感。

 自分のグラスの中の暗い紫の液体を見つめながら、エウフェミアは小さく「ん?」と呟いていた。

「エウフェミア嬢……どうかしたか?」

 舌戦に一区切りつけたアルフォンソが、そっと隣から囁いてくるのにびっくりして、グラスの中身が大きく波打つ。慌ててグラスを置いて、何でもないことを伝えようと彼の方に視線を動かした時、違和感の正体に気づく。

 アルフォンソの手元。彼のテーブルに置かれたワイングラス。正確にはその中身。

 エウフェミアは首を傾げながら、部屋の中を見回した。人の数だけ並ぶワイングラスの中身はどれも同じに見えた。

 同じ、暗い、紫。

 要するに──赤でも白でもロゼでもない。

「え……?」

 それらに誰もがわずかの怪訝も驚きもなく口をつけ、歓談している。

「あのアルフォンソ様……」

「何だ?」

 小声の問いかけに耳を近づけてくる。その距離にどきりとする。迷路のような耳の形を目でなぞりながら、彼女は勇気を出してこう囁いた。

「あの……それ……ワインではなく……果汁ですよ、ね?」

 それにアルフォンソは嬉しそうに目を細めて、「そうだ」と、エウフェミアと同じ香りのする吐息で答えてくれる。

 どうして誰も酒を飲んでいないのだろうかと、彼女は細い首を傾けた。



 詳しくは後でと言われたので、エウフェミアはおとなしく席にまっすぐに座り直すと、ファウスティノと目が合う。

「仲が大変よろしいようですね」

「よろしいよう、ではなくて、大変よろしいのですよ、バルラガン三位」と、アルフォンソが堂々と言い返すので、エウフェミアの方が恥ずかしくて赤くなってしまう。

「大変羨ましい姿ですね……私にも女神が微笑んでくれるとよいのですが」

 ファウスティノの視線がちらりと横目でカリナを見る。そうするとカリナは微笑んだ。正しい貴族女性の微笑みと言えば良いだろうか。教科書のように決められた角度に整えられた笑顔だ。

 きっと微笑んだ方がいいのだろうという、場の空気に応えたのだろう。エウフェミアの眉尻が心配で下がっていく。カリナは本当は楽しくないのだろうか、と。

「そういう笑みではなく……いえ、お願いして微笑んでいただくものではないですね。もっと私たちには対話が必要なようです」

「恐れ入ります……」

 聡いファウスティノも、カリナの笑顔の意味は分かっているようだ。


「ねぇ、エウフェミア様。晩餐の後、ダンスもできるのでしょう? アルフォンソ様と踊る許可をいただける?」

 カリナの心配ばかりしていたら、隣からロベルティナに声をかけられる。

「そ、それは……」

 相変わらず堂々としたあきらめていない様子に、エウフェミアも戸惑いはするが、どうしても憎み切れない。それが彼女の魅力なのだろう。

「それは……アルフォンソ様が決められることかと」

「たまには拗ねて断っても喜ぶぞ?」

 女同士の会話に横から混ざってくる婚約者に、エウフェミアは驚きと羞恥と心配の三種が入り乱れた。心配はロベルティナへ、だ。思い人が、こんな形で乱入してくるのは辛いのではないかと考えてしまったのである。


「レオカディオ四位……」と間にエウフェミアを挟んでロベルティナが語り掛ける。

「レオカディオ四位ほど、先進的で広い懐の方なら……婚姻の形にも囚われなくてもよいと思うのです」

 ふふとロベルティナが微笑む。正しさより魅惑的な彼女らしい笑み。そしてこういう問いかけ方をすれば、アルフォンソが興味を惹くと分かっている会話。

「ほぉ?」

「大きな声で言うと兄の邪魔が入るかもしれませんから……エウフェミア様に囁きますから……エウフェミア様からお聞きください。ふふ、ちょっとした伝言遊びです」

 そして焦らす。

 この話術はエウフェミアが真似しようと思っても、一朝一夕で出来るものではない。

 どうしたらいいか分からないまま間に挟まっていたエウフェミアの耳元に、ロベルティナの唇が近づいてくる。同じ葡萄の果汁の香りと共に、ロベルティナは本当に小さい声でこう囁いた。


「私……レオカディオ四位の……愛人でも構いませんのよ? エウフェミア様ともきっと仲良くやっていけると思いますの」


 驚きが過ぎると脳内に雷が落ちるのだと、この時彼女は身をもって知ることとなる。

 ゴロゴロピシャーンと、エウフェミアの身体に電撃が走り、完全に硬直してしまったのだった。



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