現代聖女紋持ちの技術
「リンにかけられている魔法を突き止め、無効化、もしくは浄化を頼む」
アーサーは、急遽呼びつけた花嫁候補へそう言葉を投げた。
花嫁候補、アリスは神妙に頷く。
その横では彼女の守護騎士が静かに控えている。
「御意」
現代、さまざまな紋章持ちの能力は研究され、初代の頃にはなかった新しい技術が開発されている。
それは、各紋章持ちにしか使えないものだ。
そして、紋章持ちの中でも幼い頃から大聖女候補としてそういったものを叩き込まれてきた者にしか扱えない技があった。
つまり、今のリンには扱えない技だ。
その技とは、精神汚染されたものの精神世界に入りこむこと。
そして汚染を浄化、魔法がかけられているのならそれを無効化するというものだ。
今代、その技に最も長けているのがアリスなのである。
その技は、いずれリンにも覚えてもらう予定である。
アリスは花嫁候補として今回の選別に参加しているが、本来の花嫁候補ではない。
彼女の正体は、隠れ審査員である。
そして花嫁候補が決定した際には、その教育係を務めることになっている。
そのため、彼女は花嫁候補たちの中で異質であり、婚約者もいるのだ。
彼女は王子とは決して結ばれることのない存在なのである。
彼女の他にも隠れ審査員はいる。
聖女紋持ちに仕える騎士や、彼女たちを世話するメイド、もしくは下働きの者たちの中に隠れ審査員はいる。
花嫁候補達が、真に大聖女に相応しいか目を光らせているのだ。
ちなみにアリスの守護騎士である青年も、隠れ審査員の一人である。
表向きは慈愛に満ちた笑顔をはりつけ、善性の塊ですと言わんばかりの候補者たちへの言わばふるいである。
本来なら、リリスですらこのふるいにかけられ最終的には花嫁候補から脱落する予定であった。
しかし、彼女の場合は魔族による関与があったためお咎めなしとなったのだった。
隠れ審査員の中でも、アリスの役割は特殊なものである。
今回のような不測の事態が起きた時に対処するための人員でもあるのだ。
過去にも、洗脳魔法や隷属魔法をつかわれ、優秀な聖女紋持ち達が自ら失態を演じ、候補から外れる、あるいは降りるということがあった。
そう記録が残されている。
今回もそれなのかはわからない。
しかし、アリスの出番であることに変わりはなかった。
「失態続きの私に、挽回の役目を与えていただき感謝します」
アリスは膝を着き、アーサーに対して頭を垂れる。
アリスの言う失態というのは、リリスが魔族の操り人形となっていた事に気づかなかったこと。
そして、この選別が始まった最初期にとある守護騎士によるリンへの扱いだ。
ある程度は見逃すことになっていたが、まさかダンジョンに置き去りにするとは想像していなかったのだ。
アリスはすぐに自分の役目、仕事に取り掛かった。
まずは、あらかじめ深い眠りについてもらったリンを極秘に移動させる。
精神世界へ入るには、専用の魔法陣が必要であり、さらに邪魔が入ってはいけないからだ。
移動場所は、こういった時のために作られた秘密の儀式部屋である。
魔法陣の中心にリンを寝かせる、アリスは魔法陣へ触れ魔力を操作する。
そして、自分の意識をリンの精神世界へと飛ばした。
この魔法を行使しているあいだ、アリスは無防備になる。
これを、アリスの守護騎士、タクト、そしてアーサーの三人で守るのだ。
タクトから、リンの様子がおかしいということは報告されていた。
傍目からならいつもと変わらない。
けれど、やはり言動に違和感があったのだ。
そこに来て、今回の騒動と先程のアーサーとのやり取りで決定打となったのだ。
三人は、アリスと魔法陣の中心で眠り続けるリンを見守る。
時間が過ぎていく。
やがて、ガクンっとアリスの体がバランスを失って倒れる。
それを彼女の守護騎士が支えた。
アリスは肩で息をしながら、アーサーへ報告する。
報告によると、リンが精神汚染されたのは族長を助けようとした時らしい。
族長を襲撃していた魔族をぶん殴った時、因縁相手である女が姿を現した。
その時に、どうやらリンへ魔法をかけたようなのだ。
リンも気づかなかったのも無理はない。
それは、リンのために調整されていた魔法であり、また聖女紋持ちの性質ゆえ勝手に無効化されたものだと考えられた。
事実、リンにはなんの異常も自覚できなかった。
だからわざわざそのことを報告しなかったのだ。
「魔法の詳細は、おそらく洗脳系の類かと。
ほぼ予想通りでした。
けれど術式が複雑で、すべてを理解することはできませんでした。
けれど、リンさんの記憶を一部読みました。
それでわかりました。
【真聖女教】最高幹部がこの件に関わっています。
汚染は浄化、無効化しました。
眠りから覚めれば、いつものリンさんのはずです」
その報告を受けて、アーサーは本日何度目になるかわらないため息を吐いた。
「起きたらさすがに今度は怒らないとだ」
アリスも同意した。
「同感です。
私もリンさんに対してちょっと言いたいことがあります」
アリスはリンの記憶を見た。
緊急事態だったので仕方ないことではあった。
その記憶の中に、看過できないものがあったのだ。
「殿下、リンさんに首輪つけて繋いでおいた方がいいです。
この人、魔王の所在がわかりしだい一人で殴りに行こうと、脱走計画考えてますよ。
それもかなり綿密な計画をです」
リンからすれば、予期せぬ方向からの告げ口であった。




