リンとアーサー2
全てを聞き終えて、アーサーはそれはそれは深いため息をついた。
天井を仰ぎ、片手を額にあてる。
「うん、怒らないと言ったから怒らないが、これだけは言わせてくれ。
君はバカなのか?」
「あははは」
「ゲントウ殿は自分の顔の広さを利用して、君のために各国から魔族の暗躍してそうな情報を収集。
少しでも動きがあれば、君に伝えるようにしていた。
君がそう頼んでいた。
君としても、魔族の暗躍が気になっていたから。
ここまでは理解できる。
俺に報告しなかった理由が理解できない。
魔族をぶん殴るのを邪魔されそうだったからとか。
なんだその理由は」
「もっというと、まぁ、言い訳ですけど。
【真聖女教】の事件があったからですねぇ。
兄ちゃん、営業さんには話してあるんで、いい機会だから殿下にも話します」
呆れるアーサーへ、リンはあの様子がおかしくなった原因について説明した。
アーサーの顔色が真っ青になる。
つい数ヶ月前まで、限界集落に暮らしていたただの少年がぶつけられ、受け止めるには理不尽すぎる言葉の数々を彼は抱え込んでいた。
そのことを知り、言葉を失う。
「俺は、ムカついたんですよ。
責任転嫁するにしても、それはねーだろ、って。
だからあの女も、あの事件に関わってた魔族も殴るって決めたんです。
あと営業さんは、魔族と因縁があるらしくて。
利害が一致したってわけです」
農業ギルドの営業、ゲントウ。
その出自はわかっていない。
ただ、リンから彼との出会いは聞いている。
そして、彼が紋章持ちだろうこともなんとなく察せられた。
ゲントウはそれを隠している。
隠したい理由があるのだろう。
「営業さんは、殿下にバレるのも時間の問題だろうから、もし問い詰められたら正直に話せと言ってくれたんです」
「その割に、誤魔化そうとしたのは何故だ?」
「だって、俺には替えがききますけど。
殿下には替えがいないじゃないですか。
まぁ、それはタクトもですけど。
危ないことに関わらせるわけにはいかないでしょ」
あっけらかんと言われてしまう。
「本気で言ってるのか?」
そこで、アーサーはずっとリンに感じていた違和感を確信する。
「聖女紋持ちの能力だけなら、薔薇ジャムさん、じゃなかったリリスさんや、アリスさんでも大丈夫でしょう?」
リンとの付き合いは短い。
けれどわかる。
彼はこんな言動をしない。
飼うだのなんだの、替えがきくだの、リンがわざわざ口にするなんてのは変だ、と気づく。
(精神汚染か?
しかし、リンは聖女紋持ちだ。
そういったものは無効化されるはず)
傍目からはいつものリンに見える。
言動が違うだけだ。
なにより、リンは自分が特別な存在だと自覚しているはずなのだ。
王都が襲撃された際、魔法を使えたのはリンだけだった。
リリスですらできなかった大量のけが人や死者の蘇生を出来たのも、リンだけ。
少なくともリンには、それが出来るという自覚がある。
だから、こんな替えがきくなんて考えをそもそもしないはずなのだ。
「……そう、だな。
しかし、喉が乾いた。
茶でも飲むか?
君の兄、ゲントウ殿からの差し入れだ」
話を切り上げる。
そして、手近にあった鈴を鳴らす。
すぐに給仕の使用人がやってきて、お茶を用意した。
それを二人で飲む。
アーサーはリンの様子を見ながら、ゆっくり味わった。
リンはすぐに眠気に襲われる。
「すみません。
もう失礼します」
リンは欠伸を噛み殺しながら、退出した。
アーサーは部屋の外までリンを見送る。
その際、待機していたタクトへ視線を送る。
それを受けたタクトは小さく顎を引いて、頷いてみせた。
部屋に戻り、アーサーは呟く。
「どこのどいつかわからんが、やってくれるな」
どうやったのかは知らないが、リンにはおそらく魔法が掛けられている。
精神汚染のような魔法が。
本来なら無効化されるそれ。
リンにも気づかれず、そしてほぼ監視下にあったにもかかわらず、それは行われていたということだ。
龍神族の族長の仕業かとも考えたが、それは無いだろう。
彼の怪我は本物で、魔族が族長を襲撃したのも本当だからだ。
そして、それらに関するリンの行動にも嘘はない。
リンの性別を知らないとはいえ、族長がリンへ向ける感情は本物だ。
だからこそ、決闘などという厄介な案件が持ち上がった。
リンになにかしら魔法をかけ、この国から遠ざけるつもりならそんなことをわざわざする必要がない。
リンが自分の意思で、ここに居たくないと思うならそれでいい。
その考えを尊重するし、国に尽くしてくれているのだ、彼のために力になる。
でも、考えを無理やり変えるやり方は気に入らない。
「リンには悪いが、調べさせてもらうか」
まずは、リン自身を調べるしかない。
それも悟られることなく、だ。




