リンとアーサー
「確認なんだが」
疲れた声でアーサーが聞いてきた。
疲れもするだろう。
妹姫と族長のいざこざでそれはそれは疲れているのだ。
「はい?」
アーサーの執務室に併設された私室である。
さらに奥には仮眠室がある。
いま、この私室にはリンとアーサーだけだ。
守護騎士のタクトは執務室の外で控えている。
「君、好きな人とか居るのか?」
「急にどうしたんです」
「いや、なんていうか。
今後のためにも確認しておこうかと」
一連のゴタゴタから気になったということだろう。
(この人、なんだかんだお人好しなんだよなぁ)
「あぁ、王女様のことと、族長さんのこともありますしね。
あと、俺、殿下の花嫁候補でしたもんね。
気になりますか?
自分の花嫁候補の女性遍歴?」
「遍歴ってほど恋愛してるのか?」
「まさか。
姉ちゃんと妹以外で歳のいちばん近かった女の子は、小学校の時の登校班の班長くらいでしたよ。
それも五つ上。
接点なんて登下校のみ。
いまは、隣の部落に嫁にいきました。
だから、初恋すらないですねぇ。
それで、この恋バナはどこに着地するんですか?」
「君の今後、進路とか、そういうところに着地するかな」
しばらく考えて、リンは口を開いた。
「……俺、このままここで一生涯飼われる感じですかね?」
冗談のつもりだったのだが、アーサーの顔色が変わる。
「そんなつもりは……」
そう捉えられても仕方の無いことだ。
初代聖女の再来、生まれ変わり、そして救国の英雄として人気もあり、事実そんなリンを確保しておきたい、というのは仕方の無いことだ。
しかし、リンはアーサーとの間に子供を成せない。
それなら、国としては衣食住に加え将来の伴侶も用意するつもりなのだろう。
仕事も家も、家族すら用意する。
だから、国に尽くせ、飼われろといわれたらそうするしかない。
リンは国に逆らえるほどの力もない。
ただの限界集落出身のガキだ。
族長との事だって、正直性別さえあんまり関係ない。
龍神族だって聖女紋持ちがほしいのだ。
きっと、リンの本当の性別を知ったところで、族長はそれならと別の龍神族の女性をあてがうだろう。
それくらいのことは、リンでも想像がついた。
飼い主が変わるだけだ。
「言い方が悪かったですね。
でも、あんまり遠回しな言い方とか、俺できないんですよ。
すみませんね」
「知ってるよ。
短い付き合いだけど、それは知ってる」
「……進路も仕事も世話してくれる上。
今後も不自由はしないんでしょう。
俺としては、聖女活動は楽しいんで。
この生活も悪くはないかなってのが正直なところですねぇ」
「そうか」
「だから、俺の処遇は殿下に任せます。
族長さんのとこにいけって言うのなら行きますよ」
「……まぁ、その話は父上と要相談だ。
あと、それとは別に聞きたいことがある」
「なんです?」
「君、族長を助けたのは偶然か?」
今度はリンの顔色が変わった。
アーサーは続ける。
「たまたま、農業ギルドの知人からスタンピードの話を聞いて出かけていき、その現場にたまたま魔族がいた。
これは、本当にたまたまか?」
リンはヘラヘラと誤魔化すように笑ってみせる。
「たまたまですよ」
「そうか?
なら、なんでほかのスタンピードの時には出かけていかなかった?
直近で何度かスタンピードは起きていたと報告を受けている。
そのほとんどは、被害が出る前に冒険者たちが対処したが。
今回は、冒険者ギルドへ報告が行く前に君は動いている」
探るような、見透かすような視線を向けられる。
けれどリンは、ヘラヘラと笑うだけだった。
笑いながら、
「……たまたまですよ」
そう言い張った。
その笑みの中に、アーサーは【真聖女教】の事件の時のような感情を読み取る。
あの、塞ぎ込んでいた時の表情がかすかに現れている。
「隠さなくていい。
怒らないから、本当のことを言って欲しい。
スタンピードの現場で、なにがあった?」
「………」
アーサーは嚙んで含めるように伝える。
「君は、なんでも話すように見えて、意外となにも話さない。
なんでも自分だけで基本解決しようとする。
この前だってそれで……っ」
言葉の途中だったが、アーサーの顔が悔恨で歪む。
リンが脱魂状態になった時のことをまざまざと思い出したのだ。
目の前で誰かが死ぬこと、それを目の当たりにするのが、比較的平和な時代に生きてきたアーサーには初めてのことだった。
ましてやそれが同い年の、友人のような関係になりつつある存在だったので、尚のこと衝撃は大きかった。
「君は、一度命を落としたようなものじゃないか。
君の母上が来てくれたからなんとかなったが……」
「……その節は、本当に申し訳ありませんでした。
でも、もうほんと俺はだいじょう――」
リンの言葉を、アーサーは遮る。
「だから話してほしい。
報告して欲しい。
君はなにを、抱えてる?」
あるいは抱えようとしているのか。
問われて、リンはアーサーを見返した。
必死な顔だった。
本当に心配している顔だ。
また、リンが知らないところで死んでしまわないか心の底から案じている顔だった。
その表情を、リンは知っていた。
今回のことに協力してもらった、農業ギルドの営業さんこと、ゲントウがリンに向けるものと同じだったのだ。
リンは、ふぅ、と大きなため息を吐き出すと、
「わかりました。
話しますよ」
降参です、と言わんばかりにリンはなにがあったのか語り始めた。




