情報収集の経過と、人酔いした話
リンは目立った。
制服を着てても目立った。
当たり前といえば当たり前だ。
聖女紋持ちとしてイレギュラーな存在だったがために、酷い扱いを受けていた。
それにも関わらず、王都を魔族から救った英雄。
そして、先日のカルト教団による人体実験の報道がなされ、その実験により亡くなった被害者たちの葬儀を自ら申し出執り行った、心優しき聖人。
そんなイメージが定着していたのだ。
くわえて、その将来は確定しているものだ。
本来の意味で王子の花嫁にはならない、というよりなれないが、しかし未来の王国を支える人物の一人ともくされている。
そんなリンへお近づきになりたい者は、男女問わず居た。
大勢いた。
今回の学園内失踪事件は、生徒にしっかり知らされている。
そうでもしないと、余計な被害者が増えると判断されたためだ。
だから、情報提供という大義名分とともにリン目当ての生徒たちは、彼をあっという間に取り囲んでしまった。
辟易しつつも、リンは失礼にならないよう気を使い、丁寧に話を聞いていった。
しかし、それも限界が来た。
人酔いしたのだ。
モンスターの大群には慣れているが、取り囲まれてもぶん殴れない人の大群には慣れていないのだ。
殴り倒したら、ある意味その場で終わりの討伐とは勝手が違う。
タクトの助けもあり、なんとかその場から逃れる。
人気のない場所まできて、ベンチを見つけるとリンはそこへぐったりと座り込んでしまった。
「ぎぼぢわるい」
「いま、水もってきますね!」
校内には自販機が設置されている。
少し距離はあるが、タクトが買いに行ってくれた。
護衛対象を放っていいのか、というと、ここは校内であり、リンは人酔いしてるとはいえ本気で危害を加えてくる相手におくれをとらないことを、タクトも承知しているのだ。
ある種の信用、信頼があるからこそタクトはその場を離れた。
すると、
「み~つけた!!」
と、いきなりリンはそんな言葉とともに目隠しされてしまう。
知らない少年の声だ。
「もう、心配したよー。
どこにもいないからさー、ずっと探してたんだよ。
やっと見つけた。
どこに行ってたのさ、メリ……ア??」
目隠しされた手が外される。
目隠ししてきた相手が、リンを視認し首を傾げる。
「あ、あれ?
え、メリアじゃ、ない??
え、だれ??」
それはこっちのセリフである。
野生動物並の気配の消し方で近づかれるなんて、姉との隠れんぼ以来だ。
そういえば、ここは王立学園というエリート学校だ。
人酔いして、注意散漫になっているリンの背後をとれる人物がいても不思議ではない。
「…………」
この場合、どう返すのが正解なんだろう。
リンは考えてしまった。
あと、こういったことをする場合、定番は【だーれだ】ではないのか。
姉の持ってる漫画だとそうだった。
「うわぁ!!
ごめん!!間違えた!!」
少年が焦る。
相手が焦ると、意外とこちらは冷静になるものだ。
「あ、いや、なんかすみません」
そう言えば、王立学園の制服は基本デザインが一緒で、違うのは女子がスカート、男子がズボンということくらいだ。
上だけみたら、たしかに間違えるかもしれない。
リンの場合、まだ骨格がそこまで出来上がっていない上に、制服もサイズが少し大きめである。
それも勘違いされた原因かもしれない。
それはさておき、ここまでの諸々の情報からリンはすぐに少年が、どういう人物なのか推測した。
おそらく、行方不明となった生徒、そのうちの誰かの恋人なのだろう。
【メリア】という名前は、初代聖女にあやかって聖女紋持ちに付けられることが多い名前だからだ。
事前にリンは行方不明となった生徒の一覧表を確認していたので知っていたのだが、何人かは【メリア】という名前だった。
少年が、どのメリアの恋人かはさすがにわからない。
少年は平謝りすると、去っていった。
入れ替わるように、タクトが水を持って戻ってきた。
ちなみに、この日はとくに新しい情報は得られなかった。
なるべく早く、行方不明者を見つけたいが焦っても仕方ない。
元々、調査は数日かけて行う予定であった。
そんなこんなで、翌日。
さすがに大混乱となったため、リンは生徒会室で待機となった。
タクトが代理で情報収集を行うように決まったのだ。
さすがに生徒会室まで無理やり押し寄せようとする度胸のあるものはいなかった。
たまに生徒が来ても、真面目な生徒ばかりで必要かもしれない、と判断した情報を話にくるだけで、リンに余計なちょっかいをかけようとはしなかった。
そんなわけで生徒会室での待機はわりと暇だった。
しかし、
「あ、ほんとにいたー」
控えめなノックの後、生徒会室の扉が開く。
そして聞き覚えのある声が響いた。
昨日の少年が、紙袋片手に入ってきた。
「昨日は本当にごめん。
まさか、噂の人だとは知らなくて。
あ、これお詫び。
良かったら食べて」
と、紙袋を渡してくる。
コンビニの菓子パンがぎっしりと詰まっていた。
王立学園のなかに、コンビニが併設されているのだ。
そこで買ってきたらしい。
「いや、そんな、なんか悪いし。
もらえないよ」
「いいのいいの。
昨日、驚かせちゃったからさ。
それに、賄賂というか口止めも兼ねてる」
「?」
「ほら、君は男の子だけど、仮にも王子様の婚約者候補じゃん?
勝手に触っちゃったからさ。
古いルールだけど、やっぱり怒られたくないんだよねえ、俺。
罰も受けたくない」
「あ、なるほど」
リンは少年の言い分を理解した。
リンとしても、勘違いで少年が罰を受けるのは嫌だったので、菓子パンを受け取ることにした。
毒の心配はいまさらだ。
「ありがと、じゃあ、もらう」
そこから二人は、ちょっとだけ会話をした。
少年の名前はグウェンといい、リンが予想した通り婚約者が行方不明となっているのだという。
「はやく見つけたいんだよね」
グウェンは彼なりに、婚約者を探しているらしい。
「うん、早く見つけるよ」
リンはそう伝えることしかできなかった。
口止め料の菓子パンは、持参したカバンに隠した。
見咎められると、グウェンのことを話さないわけにはいかないからだ。
あとでこっそり食べるのが楽しみである。




