リン達の実家のこと
その日、姉から連絡があった。
いつも通りの映像通信である。
自室で、リンはリコからの連絡を受け取った。
「そっか、母さん決めたんだ」
『そ、まぁ、そんなわけだから。
今言った日に家に帰ってきて。
あ、礼服は安いのでいいからね。
この前着てたのだと、ちょっと汚すの怖いし』
「わかった、準備しとく」
映像通信を終える。
「そっかー、葬式かぁ」
リンは呟き、目を閉じた。
瞼の裏に蘇るのは、在りし日の父親の姿である。
リン達の父親は、数年前土砂災害に巻き込まれ、行方不明となっている。
見つかっていない。
母は父の死亡届を出すことに決めたのだ。
そして、父を見送るための葬儀を執り行うことにしたらしい。
「生きている人達のための、儀式、か」
少し前に兄とともに、たまたま関わってしまった事件の被害者たちの葬儀を、リンは執り行った。
だから理解できた。
必要なことなのだ、と。
母はいつか、父がひょっこり帰ってくると信じていたのだと思う。
ずっといつも通りだった。
この数年間、ずっと。
でも、ついに区切りを付けようと決めたのだろう。
「礼服買わなきゃなぁ。
あと、外出届け出さないと。
理由は、忌引とかでいいのかな?」
とはいえ、今回の喪主は母だ。
姉からも、リンはとくになにかやる、ということは無いらしい。
葬儀自体、身内のみの小さな、本当に小さなものだという。
村の人達にもそのことは伝えてある。
だから、参列者は一緒に住んでいた家族のみ、ということだ。
例外として、ゲントウとライラも参列するとのことだ。
ここに一応リンの護衛ということで、タクトも加わることとなった。
農業ギルドに所属しているので、そちらで葬儀の手配をしてくれるらしい。
祭壇とか神官の手配をしてくれるように、会費も払っている。
こういう時、組織の繋がりというのは便利なものだとわかった。
たぶん、ゲントウが色々頑張ってくれるのだろう、ということも想像できた。
「父さん、か」
よく山に連れて行ってくれた。
遊んでくれた。
肩車をしてくれて、リコと肩車の順番を取り合ったこともあった。
不思議と涙はでなかった。
悲しくないわけではない。
父は、誰かが泣くのが苦手な人だった。
笑っているのを見るのが好きな人だったと、今ならわかる。
リン達が泣いていると、オロオロして母に窘められていた。
でも、家族が笑っているのを見ると太陽みたいに暖かい笑みを浮かべていた。
そして、とても優しかった。
ゲントウを、農業ギルドへ紹介したのも父だった。
優しくて、困っている誰かを放っておけない人だった。
その父とサヨナラをすることになる。
悲しくはない。
でも、ちょっと寂しいと思ってしまう。
リンも母と同じで、そのうちひょっこり父が帰ってくると思っていた。
でも、帰ってくることはなかった。
もう、待つこともない。
来客がある度に、父かも、と期待してしまうことも、もう無くなる。
ほっとしているのも事実だ。
でも、やっぱり、
「さびしいな」
この気持ちに区切りをつけるためにも、葬儀はやはり必要なのだろう。
葬儀は予定通り行われた。
遺体のない、埋葬のない葬式。
奇妙だったけれど、気持ちを切替えるには丁度いいのだろう。
葬儀が終わると、お疲れ様会を兼ねた食事の時間である。
わざわざこのために、母がドラゴンをとってきて捌いたのだ。
そのためメインはドラゴン肉の料理である。
食事の席で、タクトは酒を勧められたが、仕事中のため断った。
これは、その時のタクトとリン達の母親との会話である。
リン達の母親は、とても若く見えた。
傍から見ると、二十代のタクトやゲントウより少し上くらいに見える。
童顔だからかと思ったら、なんと三十歳ということだった。
タクトは逆算するのをやめた。
人の人生はそれぞれだからだ。
リン達の父親の遺影を見る。
こちらも若かった。
それこそ、タクトとそんなに変わらないか同じ歳くらいにみえる。
「なんか、すみませんね。
お付き合い頂いて」
「いえ、こちらこそ、身内のみの場所にお邪魔して申し訳ありません」
「仕方ないですよ。
お仕事なんですから。
それで、そのうちの子が……かなりご迷惑をかけているようですみません。
いろいろ大丈夫でしたか?」
【うちの子】の後に妙な間があった。
しかし、タクトは気にせず返す。
「いえ、むしろこちらの方が色々お世話になっていて恐縮です」
「そうですか?
それならいいんです。
ほら、この前あの子ボランティアでとある事件の被害者の方々のお葬式したでしょ?
その準備してる時に、電話することがあったんです。
なんていうか、いつもとちょっと様子が違ってて」
ちら、と母親は息子の方を見る。
リンはリコやリリー、そしてゲントウ、ライラと楽しそうに話をしている。
「心配だったんですよ。
あの子、変なところばっかり父親に似ちゃってるんで」
「はぁ」
「それに連絡もしてこないものでしょ。
リコとはちょくちょく話をしてるみたいだけれど。
でも、あまり口うるさく言うのも邪険にされるじゃないですか」
高校生の息子に、あれこれ言いすぎるのもたしかにアレだ。
しかし、リンの場合はリコ以外とはたしかに必要以上に連絡を取っていないように見えた。
別に家族仲が悪いとか、親との関係にしこりがあるようには見えない。
「その辺がね、父親そっくり。
あの人も出稼ぎに出るとほんとう、こちらから連絡しないと全くしてこなかった。
その上、浮気や不倫疑惑まで出てきて、修羅場になったこともあるんですよ」
これ、聞いてていいんだろうか、とタクトは顔をひきつらせる。
そんなことお構い無しにリンの母親は言葉を続けた。
「で、蓋を開けてみたらたしかに可愛い女の子を囲ってましたよ」
本当に聞いてていい内容なんだろうか。
止めるべきかな、とタクトは焦り始める。
と、その時だった立派な茶トラ猫がどこからともなく現れたかと思うと、タクトの膝に乗って寛ぎはじめた。
長い尻尾をペタペタとタクトの頬へ当ててくる。
「それが、その子なんです」
迷い猫を家族に内緒で保護した、という話だった。
「あの人、猫の保護の仕方もろくすっぽわからないのに、時々そうやって拾って面倒みてたみたいで。
せめて連絡してくれれば、私が回復させたり病院に連れてってあげたりできたのに」
だんだん愚痴じみてきた。
「お人好しだったんですよ」
言いながら、母親は指を奇妙な形で組み始める。
その指の間にできた隙間を覗き込む。
覗き込んであちこち見回す。
少し残念そうにしながら組んだ指を解き、母親はわらった。
「お人好しなのに、私の気持ちなんてそっちのけ。
いつも他人に心を砕いてる人でした。
まぁ、だから一緒になったんですけどね。
今日くらい、帰ってきてもいいのにやっぱり帰ってこない。
あ、すみません。
リンもね、変なところでそういうのが似てるんです。
他人にばっかり優しいところがね、そっくりなんですよ。
私の似て欲しくない所も似ちゃったから、余計に心配で。
だから、これはお願いです。
父親のようなことをしそうになったら、ゲンコツをくらわせてやってください。
自己犠牲なんて、遺された家族はたまったもんじゃないですから。
あの子のこと、よろしくお願いします」
「あの、差し出がましいとは思いますが、そういうのはゲントウさんの方が望ましいのでは?」
タクトがリン達と楽しそうに話しているゲントウを見た。
リンの母親もそちらを見る。
「ゲン君は、言い含めたり言いくるめたりは得意なんです。
でも、本気でリンのこと叱れるかっていうと、出来ないんですよ。
あの子、なんだかんだでリンやリコには甘いので」
そういうものらしい。
「だから、貴方に頼もうかな、と」
「なんで俺なんです?」
聞き返され、母親はじいっとタクトの顔をみる。
しかし、タクトを見ているようで見ていなかった。
視線が全く合わないのだ。
やがて、母親はこう言った。
「だって、貴方、リンに対してかなり厳しい態度取れるみたいなので。
貴重なんですよ、そういう人」




