考えさせない方法
リンはぽつり、ぽつりと言葉を吐き出していく。
「俺のせいって言われたのがグサッときた。
女性達も赤ちゃんも、俺のせいで余計な苦しみを味わったって知って、頭が真っ白になった」
「なるほど。
それで責任を感じちゃった、と」
「うん。
だってさ、女性たち、おれ、おれに」
「うん、ゆっくりでいい。
吐き出せとは言ったけど、焦るな。
聞いてるから」
「ありがとう、って言ったんだ。
笑って、ありがとうって。
それが、申し訳なくて。
俺のせいなのに、って」
「そっか」
「それで、それでさ」
「うん」
「俺がいなかったらっておもったんだ。
紋章なんて無かったら、王都に来なかったら、そもそも俺なんかいなかったら、あの人たちがこんな実験にされるようなことなかったのかなって。
そう、思ったら、考えるのが、止まらなくなって」
「そっか。
まぁ、あるよなぁ。
悪い考えほどノンストップになるの」
「だんだん、なにが正解だったのか、どの行動が間違いだったのか考えるようにもなって。
あの女のとこに行けば、楽になれるのかなって。
間違いを直せるのかなって思うようになったんだ」
「あ、そりゃダメだ。
その考え方はダメなやつだぞ。
リン、悪いが話を止める。
ここまでだ、整理しよう」
いつの間にか、リンの顔が涙でぐしょぐしょになっていた。
真っ赤になったリンの目を見ながら、ゲントウは人差し指を立てる。
「まず、一つ。
女性達は実験台にされていた」
続いて、中指も立てる。
人差し指と中指が並ぶ。
「二つ、その女性達は元々紋章持ちの能力を無効化するために実験台にされていた」
さらに薬指を立てる。
三、という数字を指で表現する。
「三つ。
リン、お前が実験に影響を与えたのは少なくともここ数ヶ月前後、いや二ヶ月以内のことだ。
いいか?
実験自体はずっと前からやってた。
これは変えられない事実だ」
リンが、首を傾げる。
「そんでもって、あの女やおそらくその背後にいる組織がお前に興味をもって調べ始めたのは、本当にごく最近のことのはずだ。
それこそ、お前が大活躍した魔族の襲撃事件。
あの辺からだと思う」
「それが??」
「つまり、あのロリババアが言ってたことの9割は、自分たちにとってのご都合主義理論だぞ。
組織がお前に興味をもちましたー、お前のこと調べ始めましたー、実験内容変えて、対お前用の実験開始しましたーって。
そんなほいほい、変更できるわけないだろ。
組織舐めんな。
組織なんてな、想像以上に不自由だぞ。
手続きにつづく手続き、そして根回し!!
組織内派閥争い!!
カルト教団だろうが、黒幕の組織だろうが、人が集まればそういうめんどくさい事のオンパレードだぞ。
農業ギルドのブラック部分見てりゃわかんだろ?
そもそもお前、自分が中卒の子供ってこと理解してるか?
そこ自覚しろ。
お前は紋章があろうがなかろうが、ガキなんだよ、ガキ。
子供に妊婦やら赤ん坊やらの死の責任背負えるわけねーだろ。
お前はあの人たちの家族でもなんでもない。
図々しい、自惚れんな」
「……自惚れ??」
「自惚れてたろ。
お前なー、妊婦、赤ん坊、他の実験予定だった人達の人生の末路を自分が招いた、とか考えてんじゃん。
厳しく聴こえるかもだが、あのな、お前とあの人たちは他人だぞ、他人。
そこ線引きしろ。
あの人たちはあの人たち、お前はお前だ。
あの人たちの末路は、お前が招いたことじゃない。
全部、紋章持ちへの感情拗らせて暴走させてる黒幕組織、【無能】の連中がやったことだ。
お前、女性達を水槽に押し込んだか?
産まれてくる赤ん坊、産み出された赤ん坊のことを、メス片手にいじくったか?
予備として飼われていた女性たちの面倒、見たか??
なんにもしてないだろ。
このなかでお前がしたことあったら言ってみろ」
「それは、うん、そうだけど」
「……例え話をひとつしよう。
お前の作ったポーションを卸した店がある。
その店に、最初からイラついた客が買いに来た。
最初から難癖をつけてやろうって客だ。
そして、店員の態度が悪い、ポーションの出来も悪いとカスハラをレジ前でやり始める。
なんなら、レジの置いてある台を蹴ったり怒鳴ったりして威嚇諸々をやりはじめる」
ちなみにカスハラとは、【カスなハラスメント】ではなく、【カスタマーハラスメント】のことだ。
「妙に生々しい例えだけど、兄ちゃんの経験談?」
「まぁいいから聞けって。
そのカスハラ客のせいで店員はトラウマを抱えしまう。
さて、問題、このカスハラの責任はどこにある?
お前にあるか?
あったとしても、せいぜいポーションの出来くらいだろう。
でも、そもそもカスハラ客がイラついてなけりゃ良かっただけだ。
カスハラ客のイラつきは、お前のせいか?」
「それは……」
ゲントウが言いたいことはよくわかる。
この例え話を、リンは自分なりに今回の件に当てはめて考えてみる。
実験のことも、実験台になった女性たちのこともそのために生み出されながらも流れて行った赤ん坊のことも、そもそもリンの責任の範囲ではない、とわかる。
でも、それでも割り切れないのが人間の感情だ。
ましてや一度知ってしまったのだ。
知れば知らないに戻れない。
知らなかったふりはできる。
でも、それは、結局責任を感じながら、その感情を無視して抱えこんで押し込んで生きていくことになる。
「どうしてもお前は自分に責任があって、取りたいってのなら。
あの女の手を取るのは違うからな。
それは言っとく。
それは悪い奴らの片棒を担ぐことだ。
やめとけ。
もっと別のやり方がある」
「別の、やりかた」
別の責任の取り方がある、とゲントウは提示した。
「死者が出た時、生者のためにおこなう儀式だ。
もちろん、死者のためでもあるがな」
泣いてボーッとした頭で、リンはゲントウを見た。
「供養だよ。弔い、とも言うがな。
あの人たちは身寄りがなかった。
だから、捜査が終了したら合同墓地に埋葬される。
教団側は遺体の受け取りを拒否してる。
教会が形ばかりの弔いをして埋めて終わりだ。
これはただの提案だ。
お前、彼女たちのことで責任を感じてるなら、せめて弔って供養してやれよ。
お前ができるのはそれくらいだ」
最後に、ゲントウはこう付け加えた。
「つーても、葬式なんて不慣れだろ。
手伝ってやる。
金の心配もしなくていい。
お前はあの人たちのことを偲んで、花や赤ん坊のための菓子を供えて祈ればいい。
玩具があってもいいかもな」
結果だけを言うなら、この提案は良かった。
葬式の準備や、実際にそれらを行うのは大変なことだからだ。
王宮側はリンの関与を渋る素振りもあった。
あまりそういうことに関わらせるのは、逆に疲弊させるのではないかという心配からだ。
けれど、ゲントウが上手いこと根回しし、リンを関わらせることができた。
葬式は小さい、質素といってしまえばそれまでのものだった。
大々的にやるものでもなかったからだ。
でも、それでも葬式のための仕事はたくさんあった。
だからリンは余計なことを考えなくて済んだ。
それが良かったのだろう。
葬式が全て終わり、彼女たちが埋葬された合同墓地。
その墓石の前で、あの神々しい儀礼服に身を包んで
膝をつき祈りを捧げるリンの姿があった。
その表情は、まさに憑き物が落ちたようにスッキリとしていた。
葬式の参列者もまったく無いわけではなかった。
ニュースを見て、女性たちや赤ん坊のことを知り、心を痛めた人達が花やお菓子、玩具を持って供え、祈りにきてくれたのだ。
※※※
数日後。
「こういうのは、気持ちの問題ですから。
だから、余計なことを考えさせず、拗らせないようにするには仕事を与えてやるのがいいのかなって考えたんです。
弔い、供養という仕事をね。
これは、やっているうちに悲しみに沈むのを少しだけ止めてくれる。
リンの場合は、さっきも言いましたけど余計なことを考えさせず、拗らせないようにするためには有効だと思いました」
と、諸々が片付いて落ち着いた頃、ゲントウは語った。
とある喫茶店内。
隅にある席で、ゲントウと話し相手はテーブルをはさんで座っている。
相手は、今のリンを預かっている組織のトップの一人、王子様である。
今回はお忍びでここにいる。
「いえ、おかげで助かりました。
思っていた以上に彼は抱え込むタイプだったようで、どうしていいかわからなかったんです。
彼を見ていると、ばあちゃん、失礼、お祖母様と重ねてしまって」
王子の祖母、つまりは大聖女のことである。
「お祖母様もよく見えない存在を助けているんです。
ただ、独りで泣いていることもある。
どうして泣いているのか、なにを抱えているのか、それは彼女にしかわからない。
ほかの聖女紋持ちよりも、やはり強い力をもっているのでしょう。
側室たちが話を聞いても、涙の理由は話してくれないんです。
彼は、そんなお祖母様によく似ている」
救い、癒し続ける存在。
でも、そんな存在を救って癒せる存在は少ないのだ。
「こちらはカウンセリングがだめなら、無理やりにでも、一時的に実家に帰らせようと話をすすめていたんです。
家族のもとでなら、回復するかなと考えていました」
それくらい、リンの様子は普段と違っていた。
尋常ではなかったのだ。
「それでも良かったとは思いますよ」
ゲントウはそう返した。
時間が解決してくれただろうとは思う。
でも、時間が解決するまえに事態が進むこともありえた。
だから、余計なお世話とはおもいつつ、出しゃばったのだ。
ゲントウはリンとの約束通り、なにがあったのか王子には伝えていない。
だから、王子は何も知らない。
王子は、ゲントウが尋常ではない落ち込み方をしているリンを励ました、と認識している。
「あらためてお礼を。
ありがとうございました」
「まぁ、俺はお兄ちゃんなので。
義弟からの頼みも断りませんよ。
あ、まだ義弟予定でしたっけ。
ま、いつでも相談してください。
俺は、お兄ちゃんですから」
ゲントウは冗談めかして言う。
王子は冗談につられるように、苦笑した。




