リンと営業さん
神託関連のゴタゴタから数日後。
リンはこの数日間、王子から休むよう言い渡され、素直に言うことを聞いていた。
休養なので、ポーション作りも禁止である。
その代わり、護衛のタクトを伴っての外出は許可されていた。
なんなら、先日の件も含めてこれまでの事件のあれこれから、カウンセリングを受けるよう言われている。
しかし、リンはカウンセリングを断っていた。
話を聞いてもらったところで、なにがどうなるわけでもないと考えていたからだ。
タクトがそれとなく、教団の施設でなにかあったのか聞き出そうとしたが、リンの口は固かった。
べつに、とか。
とくに何もなかった、と言われてしまえばそれまでだ。
明らかに、リンは疲れているように見えた。
肉体的にではなく、精神的に。
この際だから、実家に帰ってはどうか、と勧められたが、今家には教祖だった少女が居候している。
それも、リンの部屋を使っているらしい。
帰ったところで、自分の部屋は無い。
姉のリコと、妹は教祖の少女――ライラのことを気に入っているらしくとても仲睦まじく楽しそうに過ごしているとのことだ。
帰り辛い。
そんな時だった。
「おっすー、元気かぁ??」
軽薄、というよりは気軽な声とともに、その人物がリンのもとへ訪れたのは。
農業ギルドの営業さんである。
「湿気た面してるなぁ。
あれか、疲れが出たか?
この数ヶ月いろいろあったもんなぁ」
言いつつ、営業さんは手土産にと持ってきた物を見せてくる。
「とりあえず、お茶出してくれ。
チョコケーキ買ってきた、好きだろ?」
「……いらない」
「え、吐きそう?」
「そうじゃなくて」
「じゃあ、食えるな!」
「……タクトや警備さんに渡してほしい。
俺はいらない」
「おいおい、重症だなぁ?
当ててやろう、教団幹部で見事逃げおおせた、あのロリババアになにか言われたんだろ??」
「言い当てるもなにも、兄ちゃんは話の内容知ってるじゃん」
リンはおもむろに、近くに置いておいた小物を放り投げた。
盗聴器兼発信器であり、召喚術式が刻み込まれた魔法道具だった。
「兄ちゃんだろ、それ仕込んだの」
「バレてたかー。
いや、だってさー、大事な弟を危ない目に合わせるわけにはいかないだろ」
召喚術式はリンが、いざと言う時営業さんが駆けつけるためのものだった。
「弟分ってだけじゃん。
べつに血は繋がってないし」
ムスッとリンは言い返す。
「じゃあ、言い変えよう俺の命の恩人の一人だろ?
恩人を危ない目に合わすわけにはいかないだろう。
ダンジョンでの置き去りの時は肝を冷やしたんだぞ。
だから、それを作った。
まあ、それはともかく。
恩人が元気ないって聞いたら、励ましにくらい来るさ。
お前とリコにはほんと、感謝してるんだぞ」
営業さんはニコニコしつつ、リンへケーキの入った箱を渡す。
「ほれ、とりあえず甘いものでも食べろ。
そして、色々話してもらおうか。
知ってるか?
【話す】は【離す】なんだぞ」
リンと営業さんの関係は、本人が言ったように兄、もしくは兄貴分とその弟、もしくは命の恩人といったところだ。
なんてことはない、彼との関係のはじまりは10年くらいまえになる。
リン達が暮らす限界集落の山の中で、彼が行き倒れていたのを助けたのだ。
それこそ、今のライラのようにリンの実家にしばらく居候していたのだ。
その後、なんやかんやあって農業ギルドの営業として働くこととなり、今に至る。
「お前が王都に来るって聞いて、心配したからさー。
感情の吐き溜め場所として、掲示板教えてやったろー?
俺に言うのが嫌なら、あそこに吐き出せよ。
お前と関わってたスレ民たちも心配してたぞ」
そう掲示板についてリンへ教えたのは、他ならない彼なのだ。
営業さんは、ちょくちょく掲示板を見ている。
だからリンがスレ立てしたのもわかったし。
なにかしらトラブルがリンの身に降り掛かっていると知ったらすぐに行動していた。
だから、彼はいつだって妙にタイミング良くリンの前へ現れていたのだ。
例えば、ポーションの材料が無い、とわかれば器具ごと用意して渡した。
たとえば、そのポーションの在庫が多すぎて捌けないと知れば試飲してみせ、買ってあげた。
たとえば、魔族の襲撃を退けた時には疲れているだろうから差し入れを王宮へ届けた。
営業さんは、不意に指を振って話を誰にも聞こえないように魔法を展開させてから、ニシシと笑って言葉を続ける。
「ま、あとは、だ。
お前、俺の事を王子様達……城の連中に言わないでいてくれただろ?
ま、それはリコにもだけど。
だから、安心して話していいぞ。
お前は俺の秘密を守ってくれてた。
今度はお前の秘密を守る番だ」
「ヒミツ、ね。
ゲントウ兄ちゃんの、アザってやっぱりそういうことか」
営業さん――ゲントウの手の甲をリンは見た。
今は、作業用の薄手の手袋が嵌められているそこにはアザがある。
城へやってくるまで、リンは知らなかった。
城で、たまたま他の者の紋章を見るまでは、本当に知らなかったのだ。
ゲントウの手の甲にあるアザが、紋章だということを。
「そ、俺のは賢者紋だ」
というわけで、入れ知恵してたのは営業さんでした。




