26P罪には罰を・Ⅱ
巨大な落雷が、アヴィリスに襲いかかる。
「『其は全てを阻む、天の天蓋!!』」
アヴィリスが詠唱と共に小さな魔導陣を描く。
すると、落雷はアヴィリスの体を貫く前に何かに阻まれて、消滅した。
「魔導が使えた……」
アヴィリスが呆然と顕現した魔導の壁を見上げる。
(何故? そういえば、あの鳥籠でも魔導は使えた)
アイギスの魔導を無効化した魔導を思い浮かべる。
あれを使った時、不思議と魔導階で副館長を吹き飛ばした時のような疲労感を感じなかった。
(ここだから、使えるのか? それとも、魔導によって使える、使えないがあるのか?)
アヴィリスは自分が作った結界の中で荒い息を吐いた。
土煙がもうもうと巻き上がって、ふさいでいた視界が、ふと、明らかになる。
大きな落とし穴がぽっかりと口を開け、大きな石柱が立ち上り、三日月がそのまま刃になったかのような巨大な鎌やギロチンが地面に突き刺さっている。
空を覆う黒雲の中、紫色の雷が竜の様に泳ぎ、大小さまざまな竜巻が巻き上がっていた。
元はとてものどかな風景だったというのに、その姿は欠片もない。
「っ、はぁ、どうなってるんだ!!この部屋は!!」
あの落雷の後、いきなり地面から様々な罠が出現した。
落とし穴、床からいきなり出てくる杭、やり、などなど。
空からは鎌やギロチンが落ちてくるわ。
もちろん、ここでも攻撃系の魔導は使えないし、魔力制限は健全で、この結界をどうにか張れたはいいが、ここから出られない。
(この部屋にも、出口があるはずなんだが……)
ようやく見渡せるようになった周りの風景はどこの戦場かと思うほど荒れ果てていて、アヴィリスの気持ちを一気に萎えさせた。
ふと、アヴィリスの目の前の地面がもこりっと持ち上がる。
思わず身構えたアヴィリスは、その後に出て来たモノを見てほっと体の力を抜いた。
「あ、アヴィリスさん!!おーい!!」
「ユーリ………」
地面を持ち上げて出て来たのは、ユーリだった。
彼女は慣れた様子で地面から這い出ると、あたりを見回して溜息をついた。
「あ~あ、こんなにしちゃって………」
ユーリはなんとなく脱力した感じで元・草原(?)、現・戦場跡(廃墟?)を見回す。
「……図書館に草原があるだけで有り得ないのに、この異常な光景見て言う事がそれか!?」
戦場跡(確定)を指差したアヴィリスが思わず声を荒げた。
「あ、ごめんなさい。あの人達と一緒に落としちゃって。怪我はないですか?」
しかし、ユーリは平然とした様子で地面から這い出た時にスカートについた土ぼこりを払う。
「死にそうな目には遭いかけたが、何とか生きている」
「それならよかった」
憮然としたアヴィリスのそっけない答えにユーリはにこりと微笑む。
(いいのか?)
魔導という『非常識』を起こす存在である魔導師が『異常』だと言う光景を前に平然としている少女にアヴィリスは頬を引き攣らせる。
「それより、エイリーとあのルキアルレスはどこですか?」
「あ……」
アヴィリスはハッとしたようにあたりを見回す。
雷がパラパラと降り、無残に垂れさがっているように見えた草がざわざわと怪しげに動き、三日月のような刃が不気味な音と共に身を震わせ、大きく開いた落とし穴から低い不気味な音が響く……無残な光景。
「生きてるか?」
この惨状を目の前に、敵とはいえ彼らの身を案じてしまう。
「この状況じゃあ、あの二人探すのも難しそうですよ」
「……一応俺はあの二人に生きていてもらわないといけないんだが……」
「魔導書達の気が済んだら、図書館の外に放り出されると思うけど……」
思わず呟いたユーリはハッと口を覆う。
どういう意味か問い質そうとしたアヴィリスは、大きな魔導の気配を感じて身構える。
――……ドオオオオォォォォォンッ…………ゴロゴロゴロ
世界が白く染まる光と聴覚が消えるほどの音。
アヴィリスがとっさに防御魔導を顕現させていなければ、巨大な落雷だったと気づく暇さえなかっただろう。
「駄目だ!!もうここから出るぞ!!とにかく出口を教えろ!!ユーリ」
「アヴィリスさん!! 前!!前!!」
ユーリの切羽詰まった声に、アヴィリスはそちらをむく。
「ど……」
どうしたんだ?という言葉は喉元で搔き消えた。
ユーリが泡を食うような光景がそこには確かにあった。
落雷のせいなのか、クレーターのような大きな穴があき、穴の周りは焦土と化している。
その穴の中心あたりに、見覚えのある金髪と鳥の雛のような頭が見えた。
「ルキアルレスとエイリーだよね? あれ」
「あ、ああ」
もしや、落雷が直撃したのではないかと顔を引き攣らせるユーリを横に、アヴィリスはふと彼らの様子に違和感を覚える。
(倒れてる……にしては角度がおかしい……? そう、例えるなら……)
穴の中心のあたりから、花の種から出て来た芽のように、彼らの頭がにょっきりと顔を出している。
(……何だ? ものすごく嫌な予感がするぞ……。 あいつらは何故穴の中にいるんだ?)
そもそも、彼らがいる(?)場所はさっきまで平らな地面(何かいろいろ突き刺さってはいたが)だったはずだ。
それが、いきなりの落雷で地面が抉れて彼らの姿が見えるようになった。
(いや、待て。…おかしいぞ。 じゃあ、逆にいえば落雷がなければ俺達はあいつらに気付けなかったわけで……)
恐ろしくタイムリーな落雷。
つまり、それは……。
「エイリー!!ルキアルレス魔導師!!聞こえる!?」
「待て!!ユーリ!! 穴に近づくな!!」
アヴィリスが慌ててユーリに忠告するが、遅かった。
「わああっ!!」
穴から出て来たらしい木の根がユーリに絡みつく。
「くそっ!!」
咄嗟に空気の元素に基づく風の魔導を放つ。
風の魔導は木の根に当たったが、切り裂くには至らず、魔力を無駄に消費しただけで終わった。
(やっぱり、使える魔導と使えない魔導があるようだな……)
「ちょっと!!やりすぎ!!あたしだってば!!ユーリだよって!!」
息を整えているアヴィリスをよそに、ユーリは絡みつく木の根と戦う。
『禁制魔導書』達が起こしている事ならば、魔力を通じて彼らに届くはず。
<ん、あ、ユーリか。すまんすまん>
ざわりと木々が揺れるような音と共にユーリは木の根から解放される。
(っとに、もう!!)
『禁制魔導書』達は、すぐ悪乗りするし、手加減がいまいち適当で、こういう所が厄介だ。
胸の中でぶつくさ文句を零していたユーリは呆然とこちらを見ているアヴィリスに気付いた。
「お前……」
「あ、あの、これは何と言うか!!」
(どーやって誤魔化そう!?)
焦ったユーリは気づかなかった。
ユーリに従った木の根に驚いていたアヴィリスも気づかなかった。
――……バシッ
「っ、きゃあっ!!」
ユーリの背中で空気が爆ぜるような音と火花が散る。
「ユーリ!!」
アヴィリスの目の前でユーリの体が穴の中に吸い込まれるように落ちる。
「ユーリ!!」
穴を見下ろすと、ユーリの体は地表から一エートルほど下から伸びた木の根に絡まって止まっていた。
ユーリに襲いかかっていたはずの木の根に救われるとは本末転倒だが、アヴィリスはほっと息を吐く。
(目立った外傷はない。 さっきの雷系の魔導にやられて気を失っているだけだ)
「ルキアルレス!!」
アヴィリスはユーリを襲った魔導師を睨みつける。
片手を上げ、穴の奥から這い出て来たらしいルキアルレスは忌々しげにアヴィリスを睨み上げた。
おそらく、ユーリを穴に落として捕え、アヴィリスに対する人質にするか、ここから出るための案内をさせるつもりだったのだろう。
けれど、
「一般市民に魔導で攻撃したか、この下種が!!」
「黙れ!!私にこんな恥をかかせたその娘が悪いんだ!!」
涙目で駄々っ子のような事を言いわめくルキアルレス。
怒鳴り返そうと息を吸ったアヴィリスは、顔を泥と涙と鼻水でぐしょぐしょにしている彼を見下ろして溜息をついた。
何だか、怒るのも馬鹿馬鹿しくなってきた。
(馬鹿に付き合っていても仕方がない。ユーリを助けてここから出よう)
魔導を使って疲れたのか、ルキアルレスは喚くだけだ。
幸い、ユーリは腕を伸ばせば引っ張りあげられる程度の場所にいる。駄目もとで治癒系魔導を使って彼女が目を覚ましたら、道案内を頼んで外に出よう。
ルキアルレスはもう放っておく。
運が良かったら彼もそのうち出てくるだろうし、何だか十分酷い目に遭っているようなのでこちらの留飲も下がった。
(治癒系魔導は苦手だが、『始まりの叡智』に治癒系魔導が載っていたはず……)
魔導陣は書かずに詠唱だけでおそらくどうにかなるだろう。
(待てよ)
そういえば、あの鳥籠の中で使った魔導は確か『始まりの叡智』に記されていた魔導だ。
(何か、関係がある……)
「っと!!」
ユーリに宥められてから全く動かない木の根を警戒しながら、アヴィリスはユーリを地表に引っ張り出した。
(こいつもこいつで、色々聞きたい事はあるが……)
巻き込んでしまった負い目もある。表面には出さないが、魔導師に追い駆け回されたりして怖い思いもしているだろう。
「とりあえず、起きてもらわないといけないな」
穴から離れてユーリをかろうじて残っている緑の絨毯に横たえた。
ふと、アヴィリスは穴のほうからルキアルレスの喚き声がしなくなった事に気づく。
「どうしたんだ?」
喚き疲れて泣いているのだろうか?
そんな事を半ば本気で考えながら立ち上がる。
その瞬間、地面が揺れた。
――……ゴゴゴゴッゴゴゴゴッゴッ
「な、何だ!?」
(この揺れ、魔力を帯びている!!)
ユーリを庇うように覆いかぶさったアヴィリスは、足を踏ん張って魔力が濃い方を振り返る。
魔力はルキアルレスがいる穴から湧き上がっている。
「まさか!!」
ルキアルレスが自棄になって何かの魔導を使ったのだろうか?
(いや、それにしてはルキアルレスの魔力は感じない……)
そう考えていると、そのご本人の壮絶な悲鳴が聞こえた。絹を引き裂くような悲鳴はエイリーだろう。
「な……。何が、起こっているんだ?」
嫌な予感がする。
予想外な事が起こる王立学院図書館の中、残念なことに嫌な予感だけは外れてくれない。
――………ドッカーンッ
穴から大量の土と土ぼこりが舞いあがり、パラパラと降ってくる。
土ぼこりに交って緑色の巨大な物体が立ち上がるのが見えた。
「何だ、あれは……」
穴の中から、緑色の巨人が出て来た。
丸い苔を人形になるように積み重ねて、目と口の部分だけ穴をあけて作ったかのように不格好な姿だが、とにかくデカかった。
あ~、お~……
巨人が呻き声に似た雄叫びをあげる。
どしーん、どしーんと地響きを立てながら緑の巨人は動き出した。
「…………」
心底疲れ切った様子でアヴィリスは肩を落とす。
色々ツッコミ所が多すぎて、言葉にならない。
「もう、何が、何やら」
はははと乾いた笑いを洩らしながら、アヴィリスは遠い目をした。
セオリー通りだとすれば、あの巨人は間違いなく自分に攻撃を仕掛けて来る。
例え、巨人の肩や頭の上にルキアルレスとエイリーが乗っていても。
あ~、……おおおおぉおお~
巨人の緑色の腕が地面に突き刺さっていた石柱に絡みつく。
低い地響きと共に、土を纏わりつかせながら巨大な石柱が地面から離れる。
「げっ!?」
アヴィリスは咄嗟に『始まりの叡智』に記された魔導陣を使って防壁を作る。
(やっぱり魔導が使える!! しかも、疲労感もない!!)
アヴィリスが疑問に思うより先に、防壁に石柱が投げ付けられた。
「うわっ!?」
石が砕ける音と、その衝撃にアヴィリスは身を低くして耐えた。
バラバラに砕け散った石柱のなれの果てと、わずかにヒビが入った防壁を見たアヴィリスの顔が引き攣る。
「魔導の防壁を、こんなにあっさり傷つけるか……」
(おそらく、あれも魔導……。あの苔人形みたいな巨人は多分石柱を強化する魔導を使って攻撃してきたのか……)
苔人形の巨人もおそらく魔導で作られたものだろう。
「厄介な……」
舌打ちと共にナイフを構えるアヴィリスの顔は緊迫していた。
こちらも魔導が使えるらしい事はわかったが、ここで使える魔導がいまだにわからない以上、確実に魔導攻撃を仕掛けて来るであろう巨人に対して出来る手段は限られている。
その上、ここではまともに隠れる場所も出口もない。
唯一逃げ道を知っていそうな司書は気を失って倒れている。
(とにかく、防戦。多分防御系の魔導は使えるから、どうにかしてあの巨人の気を逸らせて隠れて、その隙にユーリの治癒と回復をすればいい!!)
ユーリが目覚めたら、逃げる。
「さて、どうやってあの巨人の気を逸らせるか、だな」




