表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷子の魔導書と王都の魔導師  作者: 藤本 天
26/29

25P罪には罰を

青白い光を放つ懐中時計と窓から差し込む月の光が資料階の惨状を照らす。

焼け焦げた天井、炭になった机や椅子、絨毯が燃え剥き出しになった床も黒く煤けている。

そして何より、ユーリの胸を刺したのは所々に散らばる灰と黒く染まった本の表紙の残骸。


「なんて事を!!ここにある図鑑や本がどれだけの価値を持っているのか知っていてこんな事をやったの!?」

「魔導書でもない本にどんな価値があるんだ? 焼けたなら買えばいいだけだろう?」


怒りに頬を染めるユーリを小馬鹿にするようにルキアルレスが笑う。


「勝手な事を言わないで!!」


何もかも、お金で買えるわけではない。

特にここにあるのは、


「ここにあるのは、たくさんの人々から集められた大事な知識が詰まった本なの!! ここにある本の一冊一冊がチューリに住む人たち……ううん。このザラート王国の財産なのに!!」

「こんな黴臭い図鑑がか?」

「先人の知識を読み解こうとしない魔導師は、魔導師と名乗るに相応しくない」

アヴィリスが淡々と言い放った言葉にルキアルレスが鼻を鳴らす。


「崇高なる魔導を穢す『堕落した蛇』が魔導師のなんたるかを私に説くとは、滑稽すぎて涙が出る」

ぼっとルキアルレスの掌で炎が湧き上がる。


「少なくとも、あんたよりアヴィリスさんのほうが立派な魔導師だよ」

炎を恐れもせずにユーリはルキアルレスを睨む。

その目が、ふとルキアルレスの背に隠れているエイリーを見つける。


「ここの本がどれだけ大事な物かわかっていなかったんだね。エイリー」

本を本棚から運び出して燃やすエイリーの姿をユーリはしっかり見ていた。


「そこの魔導師もろとも、ここに喧嘩売った事を死ぬほど後悔しなさい!!」

「それは、こちらのセリフだ!!私を謀った事、後悔するがいい!!」

言うが早いか、ルキアルレスが炎を投げる。

「させるか!!」


ルキアルレスが炎を放った瞬間、アヴィリスは魔力を炎に向けて放つ。

炎がアヴィリスの放った魔力に当たり、威力を失って消える。


「そのまま、三分時間稼いで!!」

「わかった!!」

アヴィリスがルキアルレスに向かうのと同時にユーリは歌う。


「【 ああ、風よ、風よ。

   

   我が声をどうか届けて。

 

   我らの嘆きをどうか聞いて。


   ああ、風よ、風よ。


   この声を聞いたならば、

   

   この声を知ったならば、


   我らの敵を退ける嵐になれ!!

  

   ああ、嵐よ、嵐よ。


   この声をどうか聞き届けて!!】」


(この歌は……)


アヴィリスはルキアルレスの炎を蹴散らしながら、この資料階に入って来た時の事を思い出す。

あの時も、ユーリは歌っていた。


「あの娘、何を歌っている?」

ルキアルレスが怪訝な顔で両手に炎を纏わせ、放った。

アヴィリスは放たれた炎を魔力で防ぐ。

深紅に染まった視界の中、ルキアルレスが炎を操る姿が見えた。

(しまっ!!)

しかし、防戦一方のアヴィリスの防御の隙をついてルキアルレスが炎をユーリに向かって投げる。


「ユーリ!!」


アヴィリスが身を守る術を持たない、一介の司書を振り返った。

ぼんやりと青白い光を放つ懐中時計を持ったまま、ユーリの姿が炎に包まれる。


「【汝、罪ある者を指し示し、我らの地を穢した罪人を罰するがために、其の道を開く!!】」


聞いた事のない言葉が、ユーリの声で紡がれる。

その声が止むか、止まないか。

ルキアルレスの炎がユーリの目の前で消えた。

「え?」

アヴィリスが目を点にして立ち止る。

炎に包まれたはずの少女は胸の前に本を開いて掲げ持っていた。

「何を!!」

ルキアルレスが炎を放つ。

しかし、その炎は本の中に吸い込まれて消えた。

炎を本が飲み込んだ事を確認すると、ユーリは本をルキアルレス達に向かって投げた。

本は空中で蝶の様に開き、吸い込まれるようにルキアルレス達のほうへ向かう。

「なっ!?」

目を見開き、本を払いのけようと伸ばしたルキアルレスの腕が本の中に消え、吸い込まれる。

「ひぃっ!!」

ルキアルレスが飲み込まれた瞬間を見たエイリーが慌てて逃げ出そうとする。

だが、その本がエイリーを飲み込むほうが早かった。

そして、

「あっ!!アヴィリスさん!!本に近づいちゃっ!!」

「え?」

エイリーを飲みこんだ本にアヴィリスが近づいた途端、

「うわあっ!!」

何故かアヴィリスまで本は吸い込んでしまった。


 ――……ぱたん


本が静かに閉じる。

燃えてしまった机や絨毯が作った炭や灰の中に落ちた本をユーリは慌てて掬いあげた。


「ああ~っ!!」

ユーリはルキアルレスとエイリー、そしてアヴィリスを吸い込んだ本を持ち、悲鳴をあげた。

「ど、どうしよう………」

ここでこれ以上暴れられると迷惑だし、ちょっと怖い目にあわせてやろうと思い、ユーリは『禁制魔導書』達に助けを求めた。


『禁制魔導書』階の魔導書達は『禁制魔導書』階から出る事は出来ないが、図書館内で起きた魔導的な事件を察知できるのと同じで、何らかの媒介さえあれば一定の魔導を行使する事が出来る。


あの歌を歌った結果、『禁制魔導書』階の魔導書達は魔導階にある『囮の魔導書』をユーリに送り、ユーリは“紋”の護符を使って『囮の魔導書』を解放した。


「『咎の隠し部屋』」

『囮の魔導書』の銘を読んだユーリはがっくりと項垂れる。

よりにもよって(トラップ)だらけの超危険地帯に彼らを落としてくれたらしい。


(あ~、『禁制魔導書』達、すっごく怒ってる!!)


おそらく、今頃『咎の隠し部屋』では『禁制魔導書』達が魔導をバンバン使いまくってくれているだろう。

ユーリは『禁制魔導書』階で彼らがしていた物騒な会話を思い出す。


「やばい!!エイリー達はともかく、アヴィリスさんは助けないと!!」


ユーリは意を決したように『囮の魔導書』を開く。


ユーリの小柄な体を本は静かに飲み込んだ。



膝丈の緑が地面一面を覆い尽くし、空には澄んだ青色が広がっている。

どこかの田舎のようにのどかで静かな景色の中、


「ここは、何だ?」

アヴィリスはぽつりと呟いた。

(確か、俺は本に吸い込まれたような………)

ユーリの焦ったような声を聞いたのを最後に、アヴィリスの記憶は一瞬飛んでいる。

(ああ、そう言えば、『魔導書』階に『隠し部屋』に通じる『囮の魔導書』があると言っていたな)

何故そんなものをユーリが所持していたのはわからないが、おそらく、この部屋も数ある『隠し部屋』のひとつらしい。


「……出来るなら、可及的速やかに出口を探すのが健全な思考だと思うが、お前は違うようだな?」

アヴィリスがすっと視線を流した先には、炎を掲げ持つルキアルレスがいた。

彼の側でエイリーは腰が抜けた様に座り込んでいる。


「あの娘がいないのが残念だが、お前を殺した後に甚振(いたぶ)ってやろう」

ルキアルレスの目には狂気が宿り、爛々とアヴィリスを見つめている。


アヴィリスは何も言わずに身構え、ナイフを構えた。

もはや、彼に何を言っても無駄だろう。


「『炎よ、我が刃となりて敵を打ち滅ぼせ!!』」

ルキアルレスが魔導を行使した、その、瞬間。


「っ!?」

ルキアルレスの目の前で炎が消え失せる。


「何故っ!?」

ルキアルレスが驚愕に顔を引き攣らせ、アヴィリスは彼の手元を見つめる。

そんな二人をよそに、青々とした草がさわさわとのどかに揺れて囁く。


<おい、聞こえたか?>

<ああ、見えたとも>

<知ったとも>


「何だ?」

緑の囁きに交って、どろりと闇が溶けだしたかのような声が響く。

魔導師たるルキアルレスはその声が濃厚な魔力を帯びていると気づき、掌に炎を掲げ、アヴィリスも身構えた。


<燃やしたな?>

<焼き尽くしたな?>

<魔導の炎で>

仄暗い闇を纏った声がさらにざわめく。それに応えるように、さっきまで青かった空が徐々に濁っていく。


「る、ルキアルレス様……」

エイリーがぶるぶると震えてルキアルレスに縋りつく。

魔導師でない彼女でもわかるほど、部屋に魔力が渦巻く。


<我らの領域を>

<我らの知識を>

<我らの世界を>


ざわめきが強くなるほどに、緑が震え、緑の下にあったのであろう石板や土が盛り上がる。


<愚かな魔導師よ!!其の罪を思い知るがいい!!>

轟音と共に雷が三人の近くに落下した。


長くなったので二話に分けます。


図書館の本は大事にしましょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ