第89話 城塞都市と大墳墓
「母様、またモグラ居たー!」
「丸々と太りおって……」
デサロでの公爵令嬢エマちゃんの家庭教師は今日はお休み。
冬に備えて、私は子供達と一緒に我が家の畑の草むしりやら落ち葉拾い、野菜の収穫やらに勤しんでいた。
ユティが風属性に目覚めてからは風刃で草刈りが出来るようになったから、楽になって助かるわー。
私も勿論使えるんだけど、一人より二人でやった方が早いもんね。術式のコントロールの鍛練にもなるし。
「こいつ、ミミズ食べてる!」
「食い意地張ってるな」
で、ライアの方は畑から収穫したお芋を火属性の魔術で焼く合間に、野菜の実り具合のチェックを頼んでたんだけど……。
ライアとユティが私を呼ぶ声がするので、落ち葉拾いを一旦止めて畑の方まで行くと、
「あちゃー、また出たのね」
子供用の軍手をしたライアの手の中で大きなモグラがミミズを咥えながら、ジタバタ手足を動かしていたって言うね……。
「……冬も近いし可哀想だけど、
向こうの山にポイしちゃいましょうか」
モグラは野菜を食い荒らしたりはしないけど、畑にとっての益虫であるミミズの天敵だからね。
「了解! ほい、ユティ」
「ん、任せろ」
ズ ズ ズ …… !!!
ユティの全身に風属性の術式が浮かび上がり、魔力が周囲に満ちていく!
すごい……ユティは本来は水属性、更に言及すればレジェグラのゲーム本編(18歳のユティ)だと氷の術式の使い手だったのに、風の魔術を習得してから一ヶ月でもう使いこなしてる!
「嵐砲!!!」
言うが早いか。
ライアが目の前に差し出したモグラ目掛け、ユティの右ストレートが炸裂するや。
モグラは咥えたミミズごと、暴風に乗ってあっという間に隣の山まで吹き飛ばされてしまった。
「ミミズは餞別だ、くれてやる」
さすが我が娘。
畑を荒らす害獣に容赦なし!
拳が放たれた後、ブワッと一陣の風が吹き荒れ、ライアの赤い髪とユティの青い髪を揺らしていた。
末恐ろしい5歳児ね……。
まあ、殴る寸前にモグラの身体全体を風でコーティングしてたから、吹っ飛んだ先でも五体満足でしょう。
我が家の畑を荒らしたのが運の尽きと思って、向こうの山で我慢してほしいものだわね。
「獣避けの術式も、大型の獣しか対応出来ないのがちょっと厄介よね」
ディケー達の住んでる山小屋は周囲に結界が幾重にも張ってあって、熊や猪、狼と言った大型の野生動物(と野盗やらの人間)が近寄れないような効果があるんだけど、その反面、小動物まではカバーしきれなくて結界の隙間からヒョイヒョイ入って来ちゃうのよね、さっきのモグラみたいに。
まあ、たまに怪我した小鳥とかリスとかもやって来るから、治療の魔術に目覚めたライアは「私が治してあげる!」って張り切っちゃって、山の動物達の間でも評判になっているのか、ここ最近色んな怪我した小動物が我が家に来るようになっちゃってね……まるで山の小さな動物病院みたい。
まだ正式な魔女じゃない"魔女見習い"なのに、ライアってば動物の言葉がもう多少は分かるみたいなのよ……ムツゴ◯ウさんみたいね!
「モグラは退治しなきゃ駄目なんだよね、母様」
「そうね。
畑の土壌を良くしてくれるミミズを食べちゃうし、
モグラが掘った穴をトンネル代わりにして地面の下にネズミが住み着いて、野菜を食べちゃったりするから。
残念だけど、うちの畑には置いてあげられないのよ」
なのでまあ、見つける度に他所の山に魔術で飛ばしてポイしてたんだけど……。
「ん?
……トンネル? 地面の下?」
その時だった。
私は不意に、自身が口にした言葉にピンと来てしまった。
ここ数日のモヤモヤが一気に晴れた、そんな感じ!
「……そうか。
トンネル……うん、トンネルだわ!」
「母様?」
「お母様、ねるとんがどうかしたのですか?」
「第一印象から決めてました!
……って、ねるとんじゃなくて、トンネルよ!
そうか、トンネルだったんだ……!!」
「「 ??? 」」
ずーっと頭の中で引っ掛かっていた謎が、ついに解けたわ!
そんな風に畑の真ん中で跳び跳ねて狂喜乱舞する私を、子供達は焼き上がったホクホクの焼き芋を頬張りながら、頭の上に「?」マークを浮かべて見つめていた。
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「お父様。失礼いたします」
「おう、エマ。
……ん? おお、先生も一緒か。
どしたい、二人揃って」
後日。
私はエマちゃんを伴って、改めてデサロ総督の公爵様の下を訪ねていた。
本来、今日は家庭教師をやる日ではないのだけど、一刻も早く公爵様に伝えなきゃと思ってね。
執務室で書類とにらめっこをしていた公爵様が一旦手を止めて顔を上げたのを見計らい、私は切り出していた。
「閣下。
帝国の残党達がどうやってデサロに出入りしていたのか、ついに突き止めました」
「お父様、地下です」
「地下だと?」
私とエマちゃんの様子が真剣な事に気づいたようで、公爵様の顔色が変わる。
よしよし、食い付いてくれたわ。
さ、ここからは博識なエマちゃんの出番ね。
私は促すように、また勇気付けるように、エマちゃんの小さな肩を両手で支えてあげた。
「エマちゃん」
「はい、ディケー先生。
……お父様はデサロより遥か北に位置する大墳墓をご存知ですか」
「おうともよ。
俺達の御先祖がこの大陸にやって来る前のデサロの周辺に住んでた先住民達の墓地だろう?
昔から聖域って事だから、今は立ち入り禁止にしてある……」
「そうです。
このデサロも元々はかつて先住民達の町だった場所に、彼らの文明が滅んだ後、私達の御先祖が埋め立てして建て増しをし、城塞都市としたものです」
エマちゃんの口から、デサロの歴史が語られてゆく。
事前に聞かされてたけど……なるほど。
私の世界で言うところのメキシコシティみたいな物だったのね、デサロって。
既に都市としての土台は出来上がってて、それを増改築して出来上がったのが今のデサロって訳か……。
「20年以上前、まだ公国と帝国の間に戦が起きる以前の事です。
学術調査団が特別な許可を得て大墳墓の内部調査を行った際、墳墓の地下に通路を発見したと報告があります。
残念ながら長い年月の間に落盤が起きて通路は途中で行き止まりとなっていましたが……」
エマちゃんの語気が強くなる。
さあ、いよいよここからが核心ね!
「調査団は墳墓内部の構造と、かつてのデサロの土台となった先住民の古代都市の構造から、こう結論付けました。
……かつて、このデサロとあの大墳墓は地下の通路で繋がっていたものと推測される、と」
「地下トンネルです、閣下」
「おいおい、そりゃ……!
ち、地下トンネルだと……!!
いや、言われてみりゃ確かに、確かにな……!」
ハッとしたように、公爵様が目を見開く。
灯台もと暗し、案外自分の足元って見えないものだからね。
デサロの玄関口には検問、港は公爵様の海運会社の監視、空路も考えられなくもないけど大荷物を運んでる召喚獣(飛竜とかね)やらが飛んでたら、間違いなく目立つ!
陸海空、それでも駄目なら……残るは地面よ!
「この20年ばかりの間に、何者かが大墳墓に侵入して落盤を取り除いていたとしたら……地下トンネルを通って、大墳墓から気づかれる事なく容易にデサロまで侵入出来ます、閣下」
「トンネルはデサロの地下の下水道に現在でも通じていると考えられます。
デサロの外で受け取った武器や資金を大墳墓まで運び、
そこから繰り返し地下を往復してデサロ内部に持ち込み……お父様?」
「ん? ああ、すまねえ。
いやな……墓場を根城なんぞにする訳がないって盲点を突かれた訳かってな。
……悪党どもの考えを見誤った俺のミスよ、ちくしょうめ」
まだ仮説の段階だけど、公爵様はエマちゃんの話に聞き入って、乗ってくれたみたい。
後は証拠固めして、帝国の残党狩りね!
……って、私もちょっと公爵様の任侠一家に染まりつつあるわね、危ない危ない。
「閣下。
デサロの地下と大墳墓の双方からの挟み撃ちを進言します。
まずはデサロの冒険者ギルドにドローンでの偵察を依頼し、実際に大墳墓に何者かの出入りを確認するのが肝要と存じます。
その後、狭く暗い場所での戦闘に適した職業の精鋭達による強襲が効果的かと」
……それこそ暗殺者とかね。
冒険者は暗いダンジョンでの探索も当然のようにしているから、暗い場所でも目が効く人が多いのよ。
しかして、公爵様は答えて曰く、
「ドローンか。
帝国から接収した機械技術は好きじゃねえんだが……まあそうも言ってられんわな。
……いいだろう、先生。
ちょいとアンタの持ってる通信石を貸してくれ。
他所のギルドに所属してる冒険者でも、他のギルドの通信網に割り込めるんだろう?
俺の組のモンをギルドに使いに出すと感づかれるかもだからな……。
ここで直接、俺がデサロのギルマスに話を付けてやるよ」
おおー、公爵様ってば頼もしいわね!
早速、私は鞄から通信石を取り出し、デサロのギルドの周波数に設定を変更して公爵様に手渡した。
「それと今回の件だがな。
先生、アンタはヴィーナの冒険者ギルドに所属していると同時に、
ヴィーナの御領主付きの冒険者でもある。
したがって、ヴィーナとの共同戦線とも呼べなくもねえと思ってる。
先日ヴィーナの御領主の奥方とも双方の都市の友好について話し合ったばかりだしよ」
「それは、はい。
私も承知しておりますが」
「ヴィーナからも腕利きの冒険者を追加で派遣しちゃ貰えねえか?
敵の人数も不明だからな、なるべく潜入やらに長けた奴を寄越してほしいんだ。
デサロにも居るんだろうが、まあ共同戦線の手前、ヴィーナからの冒険者が先生だけってのもな。
ミアが居てくれりゃ何の問題もないんだが……
あいつ、『しばらくは用があるから無理~♪』とか抜かしやがってな。助っ人は期待出来そうにねえからよ」
「あ、そういう事ですね」
遠回しに、友好関係を築きたいなら私以外にもヴィーナから援軍を寄越せ、って言ってる訳か。
……まあ、心当たりはあるんだけども。
……暗殺者に昇級間近の、あの子だけどね!!!
「(まさしく、風雲急を告げる展開ってヤツね……!)」
城塞都市に立ち込める暗雲を払う時が来たわ!
「エマ、デサロの方の地下にあるトンネルの出入口の方も、目星は付いてるんだな?」
「はい、お父様。
御先祖様がこの土地に初めて来た時に書き記した古代都市の図面の中に、大墳墓に通じる地下通路らしき物があります。
かつては王族がその通路を通って、大墳墓までお墓参りをしていたようです。
……今は埋め立てられて下水道となっていますが、場所は特定出来ています」
「おっしゃ、そこはうちの組のモンにやらせよう。
首尾良く協力関係にある貴族が誰か吐かせたら、そっちは公国軍に当たらせるとするか。
公国の連中も首都から派遣されて来て、手ぶらじゃ帰れんだろうからな……手柄はくれてやるぜ、ククク」
うーん、公爵様ったら悪い顔!
公国兵達に手柄を立てさせてあげる代わりに、何か見返りを要求するつもりなんだわ。
さすが商売人でもある総督閣下、転んでもタダでは起きないと言うか……。
「おう、ギルマスか。
俺だ。あん? 俺っつたら俺だよ。
まあ聞けや。
今ヴィーナから来てる冒険者の姉ちゃんに通信石を借りて話してるんだがよ。
実はな、ちょいとしたタレコミがあってなーーー」
「良かったわね、エマちゃん。
お父様が話を信じてくれて。
エマちゃんの遺跡に関する知識が大いに役立ってくれたわ」
「……お父様は理詰めで説明をすれば、必ず分かってくださる方なので」
「ふふ、通じあってるのね。
うらやましいわ」
「……いいえ。
全部、ディケー先生のおかげです」
デサロのギルドマスターに連絡を取る公爵様を端から見つめる、私の手に。
照れ臭そうに笑うエマちゃんの温かい小さな手がそっと添えられ。
私はギュッと優しく、握り返していたーーー。




