第83話 魔術学士の学位
メイドさんが持って来てくれた紅茶を啜りながらの休憩の最中。
私はエマちゃんが通う魔術学校で使っている魔術教本を何冊か読ませて貰い、内容の確認を行っていた。
来年から魔術学校に通うライアとユティがどんな授業を受けるのか、その確認も兼ねてね。
「(ふむふむ……。
小等部6年生でこの授業内容なら、少なくとも実技の方は2人とも問題なさそう。
……となると、ネックはやっぱり筆記試験か)」
そこはもう私が母親として何とかカバーしてあげるしかないわね!
ざっと読んだ感じ、魔術の歴史学やら魔道具作成、基本属性の術式の理解度やらの他、日本で言うところの国語やら算数に該当する授業なんかも魔術に絡めた感じでやってるみたい。
「エマちゃんは将来的には、何か魔術関連のお仕事に就きたいと思ってるの?
もしくは、お父様の事業を継がれるのかしら」
「ええと……」
ひとしきり教本を読み終わった後で、私は同じく紅茶を啜るエマちゃんに話を振っていた。
レジェグラの世界は15歳から成人扱いなんだけど、仮に魔術に関する仕事に就きたいなら、最低でも魔術学校の高等部まで進学する必要があるみたいなのね。
つまり職に就けるのは、高等部卒業後の18歳以降っていう事になる。
デサロ総督の公爵様は、元々は何代か前の御先祖が片手間で始めた海運業で富を得て現在の地位に就いたって話だし、エマちゃんも卒業後はお父様のお仕事の手伝いとかをする予定なのかも?
「(そう言えば、ネリちゃんやベルちゃんも今18歳だったわね……)」
2人とも学校自体は普通科だったから、中等部を卒業後に即ギルド入りして職に就いたって言ってたっけか……日本と同じく、レジェグラの世界も義務教育は15歳までっぽいわね。
ネリちゃんに関しては初級の魔術しか使えないけど、それなりに才能があれば魔術学校に通わなくても冒険者になる事で自発的に初歩的な魔術を覚える人もそこそこ居るって話だし
(ネリちゃんは初級魔術の風矢でC級有害召喚獣を倒したりと、死線を何度も潜ってて術の熟練度が高いのもあるけど)。
まだ2人が学生だった頃って公国と帝国の戦争が終わって間もない頃だし、早めに職に就いて家計を支えなきゃとか、そんな事情があったのかも……世知辛いわあ。
閑話休題。
「私としては高等部を卒業して、魔術学士の学位を取りたいと思っています。
その後は首都にある魔術省で働けたらな、って……」
「なるほど、そうなのね。
私の友達に大学附属の図書館で魔導書の保管や研究をしている人が居るんだけど、エマちゃんもそういう仕事に就きたいの?」
キャルさんも「私みたいな魔術師に毛が生えた程度の研究員」なんて言っては居たけど、魔術関連の職に就いてるって事は、何処かの魔術学校の出なんでしょうねえ……元気してるかしら?
「あ、私はフィールドワークの方が……。
魔術関連の遺跡の探索や保全、修復などに……その、興味があって……。
魔術省は、公国が建国される以前からこの大陸にある古代文明の遺跡の研究などを行っていて……」
なるほどー、日本で言うところの文化庁みたいな感じの職場で働きたいのね。
エマちゃんって武家でもある公爵家のお嬢様にしてはお父様の公爵様と違って武人って感じは全然しないし、家柄に頼らずに自分のやりたい将来の目標をちゃんと持ってるのね。偉いわ!
「幼い頃に亡くなったお母様が遺言で
『エマの好きにさせてあげて』
と言ってくださって……。
お父様もお母様にだけは頭が上がらなかったので、今のところは私も自由に生活をさせて貰っています。
……お父様としては早く婚約して、自分の後を継ぐ入婿に来てほしいみたいなのですが。
……私、男の人は苦手です」
「そ、そうなの……」
紅茶の入ったカップを見つめて、ふうとため息を吐くエマちゃん。
うーん、お屋敷の中にも護衛らしき人達が何人も居たけど、確かに誰も彼も武家で働いてるだけあって、イカつい感じだったもんね……公爵家のお屋敷って言うよりはプロレス道場とかそんな感じの雰囲気だったし……いや実際には行った事ないんだけどね、プロレス道場。
まあしかし、温故知新なんて言葉もあるし、昔の事を調べて後世に伝えるのも大事で立派な仕事だわ。
「私は応援するわ。
エマちゃんがやりたいようにやればいいと思う。
人生一度きりだもの、楽しまなくちゃ損だもの」
「あ、ありがとうございます。
……そんな風に言ってくださったのは、ディケー先生が初めてです」
仄かに顔をポッと上気させて。
エマちゃんは照れ臭そうに。
けれども、嬉しそうに。
見つめていたティーカップから顔を上げて、良い笑顔を見せてくれた。
「……学校の先生達は皆、
『公爵様の跡を継ぐべきだ』とか、
『高等部への進学は諦めて、早く婚約すべきだ』とか、
そういう事しか言ってくれませんでした。
……ディケー先生は、違うのですね」
「他人にレールの敷かれた人生じゃ、つまんないからね」
「レール……?
……ああ、鉄道が走る線路の事ですね。
デサロの周辺にはまだ鉄道が走っていないので、私は実際に見た事が無いのですが……仰りたい事のニュアンスは、何となく理解出来ます。
可愛げの無い子供と思われるかもですが……自分の生き方くらいは自分で決めたいですから」
あ、頭の良い子だわ……ホント。
公爵様が最初にミア姉様に家庭教師役を依頼しようとしたのも、本来はミア姉様に「自分の跡を継ぐように」ってエマちゃんを説得させる狙いがあったのかも……いやまあ、もう私が「ユー、好きに生きちゃいなYO!」って言っちゃったんだけども……。
「(……ま、ミア姉様でもエマちゃんを応援したでしょうけどね)」
あの人、基本的に女の子の味方だもんね。
それに私自身「大学を出た後は好きにしていい」って両親に言って貰えたから、ホントは内定決まってたんだけど実家の喫茶店の手伝いを選んだ訳だし、エマちゃんの意志は尊重してあげたい。
……ちなみに内定決まってた所、後になって超ブラック企業だった事が何年か経って判明しまして。
「(危うく『小説家になっちゃおう』の異世界転生モノの女主人公みたく、
ブラック企業で働き過ぎて過労死するトコロだったわー)」
てか、なっちゃおう小説って大体ブラック企業で過労死か、トラックに轢かれて転生ってパターンよね? なんで???
たまにはこう、横断歩道を歩いてる親子をトラックから救って代わりに轢かれて、後日新聞の小さな見出しで「親子を救った英雄」って報道されて死んじゃった人が転生してもいいんじゃない?
……おっと、話が逸れちゃったわ。
さ、後半の授業を始めましょうか。
「よし。
じゃあ、そろそろ休憩は終わりにして。
後半はエマちゃんが今使える術式を見せてもらおうかしら。
得意な物と苦手な物をまずは大別していって、実技試験の対策を練りましょう。
……公爵様にエマちゃんの目標を認めて貰えるようにね」
「……はい。ディケー先生」
私と話して、少しスッキリしたのか。
2時間程前とは打って変わって。
エマちゃんは澄んだ表情で、ソファーから立ち上がった。




