第33話 まるで聖女様みたい
ーーーいつの間にか。
その女性の事を、目で追うようになっていました。
初めてお会いした時、正直な話をすると「変な人が来ちゃったな」と思いました。
……今思うと、大変失礼な話なのですが。
自分と同年代くらいの綺麗な人だなとは思いましたが、全然強そうには見えなかったし、面接の予約もなしに「冒険者ギルドに所属させてほしい」なんて言われても、こちらとして対応に困る、というのが本音でした。
現に、中途半端な覚悟で冒険者になったものの、魔物に返り討ちにあって大怪我をしたり、命を落とす人がうちのギルドでも毎年数人は出ます。
地方都市のギルドだからと言って、決して楽な仕事ばかりではありません。
狂暴な魔物や召喚獣、犯罪者や手配犯などと遭遇する事もあります。
危険なダンジョンに潜ったり、未知の動植物の探査など、冒険者の活動は専門機関と連携し、多岐に渡ります。
………ですので、まあ。
「この人に本当に務まるのだろうか?」という疑念の眼差しを向けてしまっていた事は、否定出来ません。
私は受付嬢であると同時に、冒険者になろうとする人の適正を審査する"篩"の役割も兼ねています。
「この人にはちょっと務まりそうにないな……」と判断した場合、面接前にお断りする事も何度もありました。
それでも。
尚も彼女が食い下がるので、私も根負けしてしまい、
『では、何か身分を証明出来る物、
もしくは、どなたか上級冒険者の方からの紹介状などはお持ちですか?』
と言ってしまったのを、今でも覚えています。
身分を証明出来る物があり、且つそれなりの実力や資格を備え、面接に受かり、ギルドの開く講習を受ければ、誰でもなれるのが冒険者です。
冒険者として食べていける人自体はそこまで多くないので、続けるか続けないかは本人次第。
……だからとりあえず、面接くらいは形式上は受けて貰おう。それで駄目なら帰って貰おう。
「(……綺麗な人だし、別に冒険者じゃなくても食べて行ける道は幾らでもあるでしょ)」
なんて。
すごくすごく失礼な考えの下、心の中で言ってしまったのを、今でも後悔しています。
……そんな私の考えを彼女は見透かしていたかのように、
『冒険者ミアの紹介状があります』
事も無げに。
彼女は、意外な名前を持ち出しました。
冒険者ミアと言えば、ここ数年で一気に公国全土に名を知らしめた凄腕の女性冒険者です。
それまでの経歴は一切不明なれど、比類なき強さで幾つものダンジョンを踏破し、特A級の有害召喚獣を何十体とソロで駆除、幾人もの犯罪者を捕まえ、未開の地域への探査にも協力したりと、彼女の功績には枚挙に暇がありません。
私達のギルドにも年に1~2回くらいの頻度ではありますが顔を見せに来るので、私もミアさんにはお会いした事が何度かありました。
……そのミアさんの紹介状をこの人は持っている。
それは、あのミアさんが、この人のために紹介状を、わざわざ書いたと言う事。
「(一体、どんな関係なの……!?)」
それまで目の前の女性に対して無関心に近かった私の感情は、一気に好奇心へと変わりました。
……でも念のため、再度の確認が必要だとも思いました。その紹介状が本物かどうかの判断も、中身を見ないと分からなかったからです。
『あ、あの冒険者ミアの紹介状ですか……ッ!?』
『はい。多分そのミアです。
ほら、浅黒い色の肌で、真っ白な長い髪をポニーテールにしてて、いちいち身振り手振りが派手な感じの……』
私の知っているミアさんの特徴、そのものでした。しかも、何だか話の素振りからして、受付嬢の私なんかよりもずっとミアさんと親しい間柄のような感じで、彼女が終始苦笑いしていたのが印象的でした。
まるで親戚か身内の事を話すかのような雰囲気で、他人同士とは思えない程に。
「(これって……すごい人が来たんじゃ……!?)」
私は居ても立っても居られなくなり、
『~~~ッ!!!
しょ、少々お待ちください!
ギルドマスターを呼びますので……!!』
気づけば、手渡された紹介状を片手に、私はギルマスの部屋へと駆け込んでいました。
こんな事はヴィーナの冒険者ギルドが始まって以来の事で、私も相当に慌てていたと思います。
そして、その紹介状には達筆な字で、
『私の妹弟子が冒険者をやりたいそうだから、所属枠が空いていればよろしく! 実力は私が保証しよう!!』
と、ミアさんの署名入りで短く書かれていました。以前ミアさんがうちのギルドで仕事をされた時、書類に記載された署名と全く同じ筆跡だったので疑う余地は勿論ありませんでしたが、
「(妹弟子って何!? ホントにどういう関係!?)」
むしろ、却って謎は深まったように思いました。
……ミアさんは私にとっても憧れの冒険者の一人です。
女性冒険者自体はここ最近は少なくはありませんが、それでも活躍して名が知られているような人はほんの僅かです。
そういう人達のサポートが出来る事は、私にとっても意義のある事だと思って今の仕事に就きましたし、誇りにも思っています。
……でも。
私の日常は、きっと、このまま特に何の変化もなく、この地方都市のギルドの受付嬢で終わるんじゃないかな、ともずっと思っていました。
小さい頃から冒険小説ばかり読んでいた文学少女だった私は、公国と帝国の戦争が激化していた頃は、特に空想の世界に逃げ込みがちな子でした。
『英雄の◯◯や魔法使いの△△が本当に居たら、こんな戦争早く終わるのに……』
なんて、何度考えたか分かりません。
成人してからも、時々考えます。
ギルドを訪れる冒険者の人達は私を「ベルちゃん」と親しみを込めて呼んではくれますが、私はきっと何者にもなれない。
私は物語の主人公にはなれないし、ヒロインにもなれない。
そういう人に、きっと出会う事もない。
私の人生には、そういう人は、現れないんだ、って。子供の頃から思い込んでいました。
ーーーですが。
「私はディケーっていうの。
今後、お世話になるわね!
えっと……ベルちゃん、でいいのかしら?」
あの人が。
ディケーさんが現れてからは。
ーーー私の世界に、彩りが増えたような気がしました。
ずっと探していた私だけの、冒険小説に出て来るようなヒロインが、手の届く範囲で、ようやく見つかった。
……そんな錯覚さえ覚えました。
ディケーさんが駆除した巨猪の骸の解体に立ち会った際、素材回収班が発した言葉は、今でも耳に残っています。
「脳天を一撃か。見事だな」
「人間業とは思えねェな」
「どえらい新人が現れたもんだ」
腕の立つ冒険者でも数人がかりでやっと倒せる巨猪を、あんなに綺麗な状態で仕留めた人は、私は他に見た事がありませんでした。
「(やっぱり、すごい人なんだ……!)」
私の中の期待が、確信に変わり始めました。
本当にディケーさんは、私の探していたヒロインなのではないかと、思え始めました。
ーーー極めつけは、
『だあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!』
絶叫と共に。
迸る魔力を込めて、ディケーさんの拳が巨猿王の頭に、勢いよく振り下ろされた瞬間でした。
頭が弾け飛び、骨や肉片、脳髄が飛び散る中。
"歩く厄災"とも称される特A級有害召喚獣、その突然変異種を見事に葬り去り、返り血を全身に浴びたディケーさんを、中継のドローンの映像から見た時。
「(綺麗……)」
すごい、とか。
怖い、とか。
そんな感情を、全部置き去りにして。
「(まるで聖女様みたい……)」
私は、全身が真っ赤に染まって、血塗れになったディケーさんの映像を、食い入るように、恍惚として見つめていました。
「(……やっぱり、本物なんだ!)」
ディケーさんが、私のヒロインだったんだ!
子供の頃から探し続けて、憧れていた、冒険小説に出て来るような、私だけのヒロイン!
もし緊急事態じゃなかったら、私はきっと嬉しさのあまり周囲も憚らず叫んでいたかもしれない。
ーーーでも、非情な現実が私を呼び戻す。
『ベルちゃん、聞こえるか!?
巨猿王に勝つには勝ったが、ディケーさんがちょっとヤバいかもしれないんだ!
救援隊に急ぐよう伝えて貰えないか!?』
……ヒロインは、こんな所で死んではいけない!
私のヒロインを、こんな所で死なせる訳にはいかない!
私はもっと、もっともっと!
あの人が冒険者として活躍する所が見たい、ギルドに戻って来たのを、出迎えたい!
正気に戻った私は、すぐさま応答を返しました。
『状況はドローンで把握しています!
もう間もなく到着しますので、そちらでも出来る限りの処置をお願い出来ますか!?』
そう、アラムさんに告げた後、
『救援部隊、急いでください!
もっと早く!!』
悲鳴にも似た声で、叫んでいたと思います。
せっかく見つかった私のヒロインを失う事への恐れから、でした。
ーーー結局、緊急搬送されたディケーさんは治療班による治療魔術で一命を取り留め、事なきを得ました。
けど、私は治療が終わるまで気が気でなく、心臓は早鐘を打つようにドクドクと高鳴り続けていました。
……あの感覚は、二度と味わいたくない。
私は、失う事の恐怖を、改めて知ったのでした。
「……それでも、次からは。
無茶、なさらないでください。
……私の心臓に、大変、よくないので」
****
これが、今の私と、あの人との距離。
だから、今しかないと思った。
今なら、触れる事が出来ると思った。
ギプス越しでもいいから、私はあの人に触れてみたかった。
あの人が怪我をしている今なら、拒絶はされないだろうと思ったから。
思い切って食事に誘って、ベンチに座って、何気ない会話をしながら。
ごく、自然な流れで。
ーーー私は、ディケーさんに、初めて触れた。
「……お願いしますね」
こんな回りくどい事をしなければ、私はこの人に触れられない。
私は、子供の頃から何も変わっていない。幾つになっても、自分の世界に閉じ籠ってばかりの、最低の意気地無しだ。
「ベルちゃん」
ーーーそんな私を、ガーゼで片目を覆ったディケーさんの瞳が捉える。
キラキラと虹彩が星屑のように煌めいていて、ふっと吸い込まれそうな……。
間近で見ると本当に綺麗な瞳で、圧倒されてしまう。同じ人間とは、とても思えなかった。
ずっと見つめていると、この人の言う事なら何でも聞いてしまいたい、叶えてあげたい……そんな感情すら何処かから沸いて来る。
「ありがとね」
不意に。
ディケーさんの左手が伸び、私の頭をゆっくりと慈しむように撫でた。
……初めて、私に触れてくれた。
指先で私の髪に触れて、微笑み掛けてくれた!
ついさっき心臓に大変よくないと言ったばかりなのに、私の心臓はあの時のようにまたうるさいくらいに高鳴り始めてしまった!!
この人は平気で、そういう事をする!!!
突然の事に言葉を失った私に、ディケーさんは尚も言葉を続ける。
「これからは……。
ベルちゃんに心配、かけないようにするわね」
ドクンと。
今日一番、胸が高鳴った気がした。
ーーー聖女様のような優しい声と、顔で。
そんな事を言われてしまったら。
……もっと触れたいって、思ってしまうじゃないですか。




