Go over 100%! ―100%を超えろ!―
抜け出しざまに、咄嗟にラインを変え。AIカーの進路を塞ぐ。
塞ぎつつ、速度はなるべく殺さず。ドリフト気味にタイヤをスライドさせ、カウンターも当てる。
AIカーも迫るが、ディスプレイ下に矢印デルタマークが表示されるのみで、それ以上の動きはなかった。
「やるわねえ……」
ソキョンはぽそっとつぶやく。
一旦抜かれても冷静に対処し、虎視眈々と機会をうかがい。行けるとなれば躊躇なく行く、その気風の良さ。見ていて惚れ惚れするレース運びだった。
「Mama」
「Yeah!」
ショーンとアレクサンドラの声が紛れ込み、緊迫するレース中にいい意味で場違いな微笑みをもたらす。
ペースが上げられる。ノッている時は、ノリノリで飛ばす。ヴァイオレットガールもAIカーを引き連れ、神の怒り吹き荒れるディオゲネスの市街地コースを飛ばす。
いや、この雷雨は、神の怒りではなく。喜怒哀楽。ゲーマーたちの様々な思いの権化ではないかと、そんなことを、龍一やフィチたちは、ふと考えた。
好き雨は時節を知り
春に當たりて乃ち発生
風に随いて潜かに夜に入り
物を潤して細やかにして聲無し
野径 雲は倶に黒く
江船 火は独り明らかなり
暁に紅の湿れる処を看れば
花は錦官城に重からん
フィチは、杜甫の詩・春夜喜雨を口ずさむ。
今の季節は秋だけれども、予選を通過出来なかった者にはそのままの、冷たい秋の雨となり。通過出来た者には、春の雨となる。
ヴァイオレットガールもレインボー・アイリーンも、以後危なげない走りを披露し。
そのままフィニッシュした。
「Yeah!」
ヴァイオレットガールはガッツポーズをし、満面の笑みを向け。
レインボー・アイリーンは、シムリグを離れれば、アレクサンドラとショーンの喜びの声が聞こえる。画面の外で家族で予選通過の喜びを分かち合っているのは容易に想像出来た。
チャットも盛り上がる。フィチはスパイラル・Kのハンドルネームで予選通過を祝福するとともに、本戦では好ゲームをしようと書き込んだ。
龍一は残りの缶コーヒーを飲んで。
「まったく、すげえや。こんなすごいのとやり合うのか」
と、つぶやいた。
自分が今朝予選を通ったのが、にわかに信じられなくなる。
果たして、本戦ではどんなレースをするんだろうか。
ソキョンも優佳も、ヴァイオレットガールとレインボー・アイリーンのレースに脱帽といった感じだ。
「凄腕なのは知っていたけれど。改めて、凄さを思い知ったわ」
「本当に。こんな凄いプレーヤーと試合出来るなんて、ワクワクします」
「そうね、楽しみで仕方がないわ」
会話は韓国語でなされ、それをフィチが訳してくれた。脱帽しつつ、本戦が楽しみで仕方がない。龍一はその言葉に驚き、自分はまだまだアマチュア気分が抜けそうにないと思った。
「自分がこの仲間入りをしたなんて、自分でも信じられないよ」
素直な気持ちを吐露する。フィチやソキョンに優佳は、そんな龍一に改めて好感を覚えるのだった。
「まだまだみんなとおしゃべりしていたけれど。やることがあるので、私はこれで。それじゃあね」
ソキョンはそう言って、ビデオチャットから抜けた。優佳もフィチも、今夜は早めに休むと言う。龍一も同じように、ヴァイオレットガールとレインボー・アイリーンのレースを見終わると同時に、疲れを禁じ得なくなって、寝ることにした。
ディスプレイでは、ヴァイオレットガールとレインボー・アイリーンがチャットを相手にトークを楽しんでいた。それを見ながら、すべての電源を切る。
本戦はいいレースをしようと思いながら……。
Go over 100%! ―100%を超えろ!― 終わり




