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「偽物の天才魔術師」はやがて最強に至る 〜第二の人生で天才に囲まれた俺は、天才の一芸に勝つために千芸を修めて生き残る〜  作者: 空楓 鈴/単細胞
第10章 魔大陸紀行〜黒き騎士の誕生〜

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第236話 密林を越えて⑮

【アルク視点】


 互いの名乗りを皮切りに始まった激突。

 僕はヒュッポリテが繰り出す怒涛の連撃に合わせて、必死になって剣を振る。

 相手はセコウの呪詛魔術で体の動きが鈍くなっているはずだというのに、その剣速も重さも、未だに僕を上回っている事実に驚きを隠せない。


 こんな時、僕が魔装を身につけられていたら良かったんだろう。里を出てトンガスに戻ってから誰にも師事せず、ただ闇雲に魔物を倒していただけの5年間がいかに無駄だったのかを痛感する。

 あるいは、せめてもう何日が早くあの亜人……いや、ディンに師事できていたら結果は少し変わっていたかもしれない。


 だがそんなこと、今更考えたってそれこそ無駄だ。

 

『ッ……!』


『なんだい、もう萎えちまったのかい!? トんだ早漏だねッ!!!』


 最早剣術の真似事なんてする余裕も無くなった僕は大剣を盾代わりにして、背中からの火炎刻印のジェット噴射を交えたタックルによる質量攻撃に切り替える。


『オオオオッ!!!!』


 至近距離からの不意打ちにも似たタイミングもあって、ヒュッポリテはタックルに巻き込まれて吹っ飛ばされるも——


『チッ、つまんない攻撃だねッ!!!』


 吹き飛ばされて宙を舞ったヒュッポリテだったが、空中で身を捩って素早く体勢を変えると同時に、巨石を召喚して足場にすることで跳躍して僕の元へ蜻蛉トンボ返りのごとく飛び込んできた。


『!?』


 咄嗟に大剣で受け止めるも、今度は僕が吹き飛ばされ、背後にあった樹木が折れるほどの威力で叩きつけられた。


『カハッッ……!?!?』


 炎の逆噴射が間に合わなかった。

 視界が歪む、耳鳴りがする、無理やり息を吐き出させられた体が硬直する……

 だがそれでも、僕は意識を保てている。


『ふん、期待はずれだったね』


 興味を失ったとばかりに、ヒュッポリテがため息混じりに蛮刀をくるりと血を払うように振る。

 するとそれに連動するようにして、へし折れた木に横たわる僕の頭上に巨石が出現した。


 僕は軋む身体に鞭を打って巨石の影から抜け出す。直後に轟音と共に砂埃が激しく舞った。

 今までの僕なら、気絶したままアレに押し潰されていただろう。


『クソッ、誰が期待はずれだ……!』


 ようやく視界がハッキリとし、立ち上がった僕は砂埃を払いながらヒュッポリテの前に立ち塞がる。


『へぇ……? てっきり中折れしちまったのかと思ったよ』


 再び立ちはだかる僕の姿を目にし、ヒュッポリテは頰を吊り上げる。

 たしかに、今までの僕ならさっきの飛び蹴りで撃沈していた。

 ディンに師事していない、今までの僕ならば。


『癪だがな!』


『……?』


 ディンは言った。魔術で身体能力を強化する僕の手法では、魔装と違って魔力を纏わない分防御力がかなり下がる。

 でも僕は魔装ができないし、この5日で無理やり覚えても返って危険とのことだった。

 ——けど、困り果てた僕にディンは言ったんだ。


(やり方に拘るな、同じ結果になりゃいいんだ。お前の得意でやるぞ)


 何気ない言葉だった、ただの戦略の話だ。

 でも僕は、その一言に救われた。

 

(「停滞」の刻印で無理やり魔力を身体の表面に固定してみれば? 実質魔装みたいなもんだろ)


 ありがとうディン。本当に鎧を纏っているような感覚だよ。

 おかげで僕は、まだ戦えるみたいだ。


『さあ、第二ラウンドってやつだ!』


ーーー

【ディン視点】


 虹色に輝く王冠、星屑をかき集めて作ったようなマントは羽のようにたなびく。

 それらを纏いながら空に浮かぶリオンは、まるで——


「ゲーミングリオン……」


 ……じゃなくて、まるで妖精族のようだった。


 なんの脈絡もなく、突如としてお披露目となったリオンの新形態だが、ただの衣装差分というわけではないだろう。

 現に彼は今、空中に浮遊している。それは大気の魔素を支配する力が強まっている事の照明であり……精霊や妖精に近いていることに他ならない。

 つまり俺は今、あいつの支配圏の中では大気の魔素を利用した刻印の遠隔発動や、龍脈術を封じられている可能性が高い。


「!……」


 リオンが徐に弓を引き絞った。

 俺は先んじて距離を取ろうと磁力魔術を使って飛び退こうとしたが、そこで気づく。


(魔法陣も展開できないのか……?)

 

 磁力魔術を応用した移動は、足裏の魔法陣と地面に展開した魔法陣の反発を使ったモノ。しかし今、地面に遠隔で作る魔法陣は正しく出現せず、普段通りに飛び退いていた俺は調子が狂ってその場で軽く体勢を崩した。


辿り星(テセウス)


 そして、そこに容赦なく飛んでくるリオンの矢。

 俺は慌てて風魔術の噴射に移動補助を切り替えて矢の軌道から逃れるが——


「くすくす、逃げたよ!」

「追いかけろー!!!」

「「おー!!!」」


「あ!?」


 振り切ったかに思えた数本の矢が、突如児童のような声音で言葉を発して急旋回。再び俺の元へと迫る。


 読み違えた。

 本来のリオンのスペックなら、この速度の矢に追尾性能まで搭載することは出来なかったはず。

 こっちの魔術の半分を封じた上で、あいつの技はパワーアップしてるようだ。

 ……クソゲーだな。


「チッ!!!」


 慣れない風魔術の噴射で身体能力を補いながら逃げ回るが、矢の勢いは収まる気配がない。

 このままじゃ俺がどっかでミスって、避けきれなくなる……だから考えろ!

 魔力や魔術にだって理論がある、何処からともなく謎の力が生まれるわけじゃない! 技のスペックが上がったことにもカラクリはある……はず!!!


「逃がさないぞ〜!」

「それ〜!」


 そうだな……まずは、何でこの矢が喋ってるのかってとこからだ。

 魔術関連で音声に関わるものといえば俺やリオンが使う「声の魔術」だが、リオンが矢を介して喋る意味がない。

 ていうか、どう見てもこの矢からするのは子供の声だし、リオンとは独立した意志を持っている。

 つまり——


「精霊を矢にして飛ばしたのか」


「「「当たりー!!!」」」


 リオンではなく、矢となった精霊が俺の呟きを無邪気に肯定する。

 なるほどなるほど、やはり精霊か。あれだな、1本1本の矢に高性能CPUを搭載しているようなもんだな……いや無法過ぎる。

 精霊の階級にもよるが、メモリ容量的に追尾力の強化だけじゃなく、下手すりゃ命中時にもやばい効果が仕込まれてる可能性が高い。


 なおさら触って彈くのはナシになった……が、対抗策なら一つだけある。

 

「フゥー……金眼に写せし孤独、銀髪に纏いし虚無、鋭き爪には愛、輝く羽根には悪意、未だ無垢なる罪人の名は——」


ーー龍精の外套(ベール・オブ・シン)ーー


 どんどん追加される続けるリオンの矢から逃げ回る中で大急ぎで紡いだ詠唱、かつてヴェイリル王国滞在時にヴィヴィアンから教わったその魔術の発動を皮切りに、数多の追尾する光の矢は一斉にその制御を失って出鱈目な所に飛んでいったことで、俺は難を逃れた。


 精霊によってコントロールされている矢なだけに、やはり精霊避けの呪文が効いたようだ。

 詠唱うろ覚えで不安だったけどな……


「そういえば、そんな魔術もあったな」


「ああそうだよ、ちなみにこれもあるぞ!」


 これ以上厄介な技を出されても対応し切れる自信がなかったので、俺は問答無用で超出力の氷結魔術を行使し、視界一面を一瞬で氷山へと変える。

 

「ッ……!」


 久しぶりの120%出力を出した魔術。腕には軋むような痛みが走り、明確に魔力脈にダメージが入ったのがわかる。

 連発しないにしても多少のリスクがあったが、それでもコイツを即刻封じ込められた時点で良しとし——


「!!?」


 氷塊を前にホッと溜め息を漏らしたその時、全身に走った悪寒。

 俺は反射的にその場から飛び退くと直後、分厚い氷塊を内側からぶち抜いて現れた極太の光線が俺の横を駆け抜けた。


「は……?」


 光は俺が1秒前に立っていた地面を抉り……いや、それどころの話ではない。光が駆け抜けていった後ろの森まで文字通り消し飛んでいる。

 これを氷に閉じ込められていたはずのリオンがやったというのか……?


 「なぜ」という疑問は、そこから間も無くしてぶち抜いた氷の穴から出てきたリオンによって解決した。


「待ってたぞ……お前が全力出すのを。何度も使っちゃいけない、その全力の魔術を出すのをよぉ……!」


 全身に煤を被り、頰には火傷痕を残しながら姿を現したリオン。そんな彼の周りには、朱色に光精霊が大量に漂っていた。


「自分ごと燃やしたのか……」


 俺の氷を受ける直前にあたりか、どうやらコイツは精霊の炎魔術で自分の周囲を熱で覆い、凍結を防いだらしい。

 属性を自由に使えることもそうだが……なにより俺の出力に抗うために相当な火力が必要だったろうに、その炎で自分を包んでもそこそこの火傷で済んでいる、今のこいつの頑丈さに驚きだ。


「……ははっ、そこまでして勝ちたいのかよ」


 思わずそう口にすると、リオンはピタリとその場で歩みを止め、こちらに鋭い眼光を向けた。


「ああ、そうだよ。俺は勝ちてえよ。お前を今ここでぶっ倒して、否定してぇんだ」


「あ? 何をだよ」


「……」


 リオンは答えず、ただ徐に青く輝く矢をつがえた弓を引き絞って俺へと向ける。


 おおかた、俺自身を否定したいってところか? 確かに俺はコイツをちゃんと友人として認識出来ていなかったが、そこまで嫌われるような事なのだろうか。

 いやまあ、よくない振る舞いだったと自省はしてるが……


 ——まあいい、どのみち会話なんてコイツをぶちのめした後でも出来るんだからな。


「沈めええええええええええええッ!!!!!」


「お前がなああああああああああッ!!!!!」


 リオンに応じる様にして俺も構え、一瞬の静寂を経て俺達は互いに全力の魔術をぶつけ合う。


 リオンが弓を放ち、俺がそれを土魔術の壁で受け止め、返しに弾丸を放つ。

 リオンもまた土魔術でそれ防ぎ、時には風魔術で逸らしたりしながら、精霊を利用した多様な属性攻撃と弓矢の波状攻撃を繰り出し、それをまた俺が防ぐ……


 互いに一歩も動かず、まるで熟練ペアのラリーの様なやり取りが続くが、龍脈術や上級魔術を封じられた俺に対して精霊に援護させているリオンがいくらか手数で上回っており、あっという間に俺の余裕はなくなっていった。


「がっ!?」


 そして、体感1分を過ぎた時にとうとう俺はリオンの攻撃を捌き切れなくなり、咄嗟に体を矢から庇ったことで左の義手を失うことになった。


 スローになった世界の中で、俺は奥歯を噛み締める。

 悔しいが、今の俺では正面からの撃ち合いでリオンに勝つ事は不可能らしい。


 大半の手札を封じられる。

 近接を挑めば空に逃げられる。

 正面からの撃ち合いにも負けた。


 今のコイツに勝つには、龍脈術の様な攻防一体の技が必要だ。

 そして勿論、それがないわけじゃない。成功するかはわからないが、龍脈術に代わる攻防一体の魔術のアテはある。

 まだ練習段階なだけに、普段なら失敗を考慮してやらないが……どのみち手詰まり。やらなきな死ぬだけだもんな。


 覚悟を決めた俺は、義手を失ったとほぼ同時に最後の札を切った。


「なんだ、その姿は……」


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