第210話 天才との差
突如研究室に押しかけてきた稀代の天才を名乗るシーザーという男。そんな彼の実力に目をつけたラトーナは彼の決闘を受けることを条件に、こちらが勝てば移籍してもらうという約束を取り付けた。
ふむふむ、確かに聞く限りその有能さは本物だし、魔法陣の扱いに長けているということは魔道具製作において非常に重要な要素であるから、こちらに引き抜けば今後の研究に大いに役立ってくれるのだろうからその判断には納得できるが……
「絶対勝ちなさいよディン!!」
なぜだ。
なぜ俺が試合の場に立たされているのだ。
決闘を申し込まれたのはラトーナだったのに、気づけば体よく押し付けられてしまった。
魔術試合なんて経験ないからやりたくなかったのに……
くそ、『あとでイイことしてあげるわ』なんてラトーナの甘言にまんまと乗せられてしまった。
「ラトーナ氏を超えるとされるその実力、とくと見せてもらいまするぞ!」
だめだ。シーザーのやつ目がパキパキにキマってる。ラトーナが自分より俺の方が強いなんて嘘を言ったせいだ。バトルジャンキーにも程があるだろう。
いつもなら煙幕を張ってでも逃げるのだが……ああくそ、後輩研究生達からの期待の眼差しがあるせいで逃げられないじゃないか。俺はカッコいい俺のままいたいのだ。
「それでは始め!」
そうこうしているうちに、審判のアセリアによって開戦の火蓋がきられ、やむなく俺は意識を切り替える。
ひとまず相手の出方を探るとしよう、こちらとしてはシーザーの情報はゼロなんでな。
「いきますぞ!!!」
開始と同時に左手に本を広げて右手を空に突き上げるシーザー。
左手にある本は魔導書か何かだろうか、一体何に使うんだ?
いや、それよりも優先すべきはシーザーが今何をしたかだ。とにかく神経を研ぎ澄ませ。
彼の周囲に魔法陣が展開される気配がない、ということは使用したのは上級魔術?
なら展開された魔法陣はどこに——
「上か!!」
攻撃に警戒しつつ思考を展開しようとしかけたところで、脳髄を駆け抜けるような強い魔力反応を上空から感じとり、すぐさま警戒を向ける。
そう……この感覚は記憶に新しい。ヴェイリル王国で俺の祖父が本気を出した時のような圧迫感がある。
「これぞ拙の奥義、『魔性摘出聖槍降下』ァァァァァァ!!」
「おいマジかマジかっ!!!」
技名のダサさはともかく、シーザーの叫びに呼応するようにして上空の魔法陣が極光を帯び、そこから1秒と経たずして地を揺らすような轟音を伴った稲妻が俺に向けて落とされる。
咄嗟ではあったがなんとか反応が間に合い、間一髪で土のドームに隠れてその電撃を地面に逃す。
「っ! いきなり終わらせるつもりかよお前……」
「そう言いつつ、立っているではありませんかディン氏よ!」
魔術師同士における決闘が剣士などのそれと明確に違う点は、『移動してはならないこと』。あらかじめ地面に引いた6平方の長方形を陣地として、50メートルばかし離れた相手と撃ち合う。
なので基本的に回避が難しく、有利属性によるレジストか結界魔術、力技で正面から相殺するしか防御手段はないというのが常識(アセリア談)。
そんなルールのもとでシーザーが放ったのは、感知範囲外からの超出力広範囲攻撃。
加えて電撃魔術は五属性の中でも特異だ。歴史が浅いので唯一初級までしか詠唱が存在しない上、属性相性によるレジストは土か同じ電撃魔術できしかできないという壊れっぷり。要はほぼ防御不可能なのだ。
しかもあの攻撃速度だ。俺でさえ簡易的な岩の屋根を作って守るので精一杯だったんだ。結界は愚か、そもそも詠唱すら間に合わなそうなあたり、土か電撃を無詠唱で行使できない時点で初手から詰みだろう。
そりゃあ、仮にも学園最強の魔術師を名乗っているわけだな。
「……一つ謝罪を」
「なんだよ」
「拙はディン氏のことてっきり、文武両道気取りの自己顕示欲丸出し戦士かと思っていたのですが、認識を改めますぞ」
「……そりゃどうも」
「ディン氏には敬意を払い、拙の全力をぶつけさせていただきまする。出ませい、雷帝之尖兵!」
先ほど見せた実力の片鱗からしてどう考えても様子見していい相手じゃないと踏んで、俺も本腰を入れて反撃の態勢に入ろうとした矢先だった。
引き伸ばされた刹那の中で一瞬、攻撃の手が止まる。
(ゴーレム生成!?)
なんとシーザーが両脇に展開した魔法陣から発生した岩が、見るみる狼の姿を形作っていくではないか。
ゴーレム魔術は土超級に分類され、精霊系に理解がないと扱えない高等魔術と聞く。しかも発動速度から考えて電気と同じく無詠唱だから、シーザーは二属性を無詠唱で行使できることになる。
くそ、才能の塊じゃねえか。欠けてるのはネーミングセンスだけってか。
とはいえ愚痴りつつも、中断していた攻撃を再開。
いくら凄かろうが発動前に潰して仕舞えば意味はない。
ゴーレムの生成が終わるのを待たずに、術者もろとも2体に目掛けて炸裂弾の弾幕を浴びせる。
「ケホッ、コホッ! なんとも乱暴な魔術ですな……」
隙だらけのところに間髪入れず撃ち込んだが、シーザー本体は咄嗟の防御で難を逃れた様子。
しかし俺の炸裂弾の威力を見誤ったのか、防御に使ったと思しき土壁がボロボロに崩れており、奴の衣服にもその余波によるダメージが見られる。
まあいい、術者には防がれたがゴーレム二体は仕留め……
「……ダメか」
土煙が晴れるとそこには健在のゴーレム二体。
しかもなんか第二形態に移行してる。
さっきまで土人形だったのに、電気が狼の姿を形作って動いているというか、とにかく電気のゴーレムに変異しているというか……
「さあ、ここからが本戦ですぞ!」
シーザーの号令と共に揃ってこちらに突撃をかける電気の狼達。
流石に近づかれるのは面倒なので迎撃するも、弾丸は命中しても体をすり抜けてしまい、目に見えたダメージを与えられた様子はない。
全身が電気そのもので実体が存在しないということだろうか。勘弁してくれ、どこの自然系だ。そういうのは『偉大なる航路』でやってくれ……
「クソ面倒な!」
電気の狼には物理的に干渉できそうにないのでひとまず方針転換。
土魔術で足元を隆起させ、狼がやってこれない高所まで足場を押し上げて攻撃から逃れる。
おっと、陣地からは一切はみ出していないのでセーフと言わせていただこう。高さ制限を設けなかったのが悪い。
相手からすれば良い的だろうが、こちらとしてはゴーレムの方が厄介なので多少のリスクは飲み込むしかない。
あとは攻撃の隙を与えないよう、高低差を利用して絨毯爆撃で削り切ってや——
「ッ!?」
作戦も整っていざ動こうと目標を見下ろしたその時、地面の方から急速に上昇してきた何かが俺の鼻先を掠めた。
高速で動くその光はその勢いを失わずに空中で翻して、今度は直線的にこちらに急接近してくる。
「うお!? 鳥!?」
再度迫ってきた飛来物をなんとか身を翻してかわすと同時に、すれ違いざまにようやくそれの正体を補足した。
俺の知るハチドリという生き物によく似たそれは、先ほどの狼と同様に電気そのものが形を得たようなもの。どうやら、ゴーレムの形にはいくつか種類があるようだ。
「くそっ……」
流石に足場の不安定な高所でこの攻撃を避け続けるのにも無理があるので、すぐさま『土槍』を解いて地面に戻る。
着地点にさっきの狼が待ち構えていなかったのは幸いと言うべきか。
いや、状況からしてさっきのハチドリに変形させて流用したと見るべきだな。
となれば、地上に戻った以上はまた狼形態で襲ってくるに違いない。
「伊達に、学園最強を名乗ってないわけだな!」
少しでも思考時間を稼ぐためダメもとで話しかけてみると、幸運にもシーザーはそれに乗ってきた。
「獣を射たくば、一寸先を狙うが必定。聖ラピスの残した言葉です。逃げる獲物だけに照準を絞った所で、その矢は躱されるもの。当然拙が天才なことも一因ですが、この学園には一寸先を狙える者がいなかっただけのこと」
誰かがシーザーを基準に強くなろうと努力しても、そこに追いついた頃にはシーザーはさらに先にいるから、結局は追いつけない。追い抜くことを意識しなければ勝てない。ってことかな?
当たり前だが、忘れがちなことだな。
「アキレスと亀ってか」
「〝あきれす〟ではなく、聖ラピスでございまするぞ。そちらの経典にはないのでしょうが、現代の祖国の礼儀作法の基盤を作った聖人様にございまする」
そんなのわかってるわ。
要は自分が天才とかどうとか以前にここのレベルが低いっつー話だろう。
全く、好き放題言うじゃないか。
とはいえ、それを言うだけの実力は確かにあるとわかった。
それに、まだ引き出しや隠し球があるのだろう。奴の態度からしてそんな予感がする。
何にせよ思考時間は充分にもらった。
様子見は早急に中断。
ここからは有効そうな新技で全力の速攻をしかける。
思い出せ、あの時の感覚を……
ーーー
【シーザー視点】
グリム•バルジーナ改め、ディン•オード。
魔術師でありながら武闘会に参加し、初参加ながら数多の猛者を打ち倒し優勝を果たした異例の男。
この学舎に飛び級入学してきた当時は、そんな存在に心を踊らせた。どんなに特異な魔術を使ったのだろうか、どれだけの技術を持っているのだろうか、是非ともこの目で見て取り入れたいと思った。
しかし蓋を開けてみれば、耳にするのは武術的な強さばかりで、昨今有名な韋駄天と似た特級魔術を使うだけの〝戦士〟であると知り、その上現在は行方知れずとありなんと落胆したことか。
そして、私は再び落胆している。
学園における最強の〝純〟魔術師であるラトーナ氏が彼を〝魔術師〟として彼女自身より強いと言ったものだから、てっきり噂や私の判断が間違っていたのかと再び期待をしてはみたものの、想像を超えてくるほどの強さは見受けられない。
反応や対応の的確さは良いが、今のところ突出した要素もなく目新しさに欠ける……まさに教科書通りの戦い方。
多分、彼から学べるモノはないだろう。やはり我を通してでもラトーナ氏と戦うべきであった。
そう思いかけた時だった、私に風が吹いたのは。
「なんと、美しい……」
飛行形態から再び陸戦形態へと変形させた電気ゴーレムをディン氏へとけしかけたその時、彼の足元に展開された魔法陣からは漆黒の鎖がおどろおどろしく揺らぐ煙の如く、その姿を現した。
意志を持つかのように揺らぐその鎖は、間髪入れずディン氏の手掌の動きに追随して電気のゴーレム二体へと激しく伸びていき、目にも止まらぬ速さでそれに絡みついて動きを封じ込めてしまう。
物理的干渉を受けないはずの狼が、なんとただの黒い鎖によって大地に縛り付けられたのだ。
「賭けではあったが、やっぱ電気を纏えば触れるんだな」
なるほど、あの鎖には電撃魔術が流れて……
いや待て、この男は電撃魔術を無詠唱で使えるのか? 先ほどの土魔術と代名詞の氷結魔術、それに加えて電撃となれば三重属性?
いや、そんなことより目の前の魔術だ。なんなのだあれは、無機物をあれほど自在に操る魔術なんて見たことがない。それこそ、アセリア氏の特級魔術に近しい神秘ではないだろうか。となれば実質四重属性!?
ますます興味が尽きない、こんな魔術師は今まで見たことがない……!!!
「加減はできない。降参は——」
「しませぬぞ! そして勝負はまだ終わりませぬ! 終わらせませんぞぉぉぉぉぉ!!!」
前言撤回だ、この男は面白い。
きっとまだあるのだろう? もっとだ、もっと見せてほしい……!
しかし、そんな願いも叶うかどうか。
次々と地面から生成されて群を成す鎖の波がこの至福に終止符を打とうとばかりに、無慈悲に私の元へと押し寄せてくる。
いつの間にか形成は逆転しており、この理不尽を耐えなければ私の敗北が確定してしまうのだ。
もはや出し惜しみなどしていられない!
「ッ! 精霊装填、第三之奇跡!!」
『洗礼経典』に貯蔵してある中級精霊8体全てを使い捨てに結界を高速展開。
結界が私を覆い尽くした直後、ほんの一瞬の間を開けて帯電する鎖の波が私を結界諸共飲み込んだ。
経典魔術を晒したのは色々とまずいが、その甲斐あって黒鎖の乱舞に蹂躙される悪夢を回避することはできた。
(しかし、手詰まりだ……)
主力のゴーレムは鎖によって無力化。
精霊に由来する魔術を強制停止出来る『第三之奇跡』による防御なら、あわよくばこの鎖の動きを止められるかと賭けてみたが、現状その気配もない。
幸い、この結界ならしばらく保つだろうからまだ勝ち筋を模索することは——
「ッッッ!?」
一息つく間も無く、突如として私の背筋を駆け抜ける不快感。内臓が浮くような、全身の力が抜けるような感覚……
この不快感はそう、維持している結界の術式に干渉された時のものだ。どうやら、向こうは思考の暇すら与えてくれないらしい……
いや切り替えろ、まずはどうやって結界の術式が乱されているかをか探るのだ。
……あれだ、鎖の先端に妙な魔力反応がある。目を凝らしてみると、鎖には青白く輝く魔力によって形成された文字が刻まれているではないか!
「刻印魔術……!!」
なるほど、術式を乱す効果を付与された鎖による猛攻!
これが続けば私は結界を維持できなくなるというのに、なんと鎖の動きは激しさを増すばかりではないか!
それでも必死に結界を維持しようとリソースを割くが、ディン氏の攻撃はこれに終わらず、不安定になった結界には嵐の如き弾幕が襲いかかる。
なんとういうことだ。弾は通常の『岩礫』より硬く速い、そして一流剣士の連撃をも上回る速度の連射精度……それを大量の鎖を操る片手間に放ってくるとは恐ろしい並列処理能力!
なるほど、奇抜さだけでは無い! これはとんでもない実力を持った魔術師だ……!
「おおおおおおおおおおおッッッ!!!!!!」
おそらく同年代では最強の術師を前に燃え上がる闘志をもって、ありったけの魔力を結界に注ぐ。これほど全力を出したのは、人生初かもしれない。
しかし、それでも……
「くっ、やはりダメか……!」
結界の崩壊が始まる。
もう、これ以上は維持……できない……!!!
ーーー
【ディン視点】
「そこまで! 勝者はディン君です!」
シーザーの結界が砕け散ったとほぼ同時、もちろん寸止めのつもりではあったが、アセリアのジャッジが迅速に下されたことで俺もいち早く攻撃の手を止める。
「すげぇ! ディンさんの魔術見たことねぇ!!」
勝敗は決したことで湧き上がる感性の中、俺はスカした態度で伸びをしつつ、内心ほっと胸を撫で下ろす。
マジでヒヤッとした。威力も手数も高水準なだけに、下手に様子見を続けていたらそのまま反撃を許されず押し切られていたかもしれない。
とはいえ勝ちは勝ち。
ヴィヴィアンに体を乗っ取られていた時に掴んだ龍脈術の感覚を応用した新魔術も良い感じに活躍し、この一ヶ月の修行の成果もぼちぼちというところだな。
「お疲れ様、凄かったわ今の魔術」
俺に仕事を押し付けた張本人であるラトーナさんが、満足げな笑みを見せながら俺を労いにやってきた。
心なしか目が輝いていて足取りが弾んでいる、多分夜になったら新魔術の解説をウキウキで尋ねてくるのだ——
「カッコよかったわよ、旦那様」
徐に顔を近づけてきて耳元で囁かれた言葉が電撃の如く俺の脳髄を駆け抜け、その直後には頬へのキッス。
「あ、え? ど、どうしたの急に……」
「ッ! 言ったでしょ! い、イイことしてあげるって……」
あまりに突然の出来事にわけを尋ねてみれば、よっぽど無理をしたのか顔を真っ赤にしながら不貞腐れるようにそう答える彼女。
なんですかその表情は。ダメですよラトーナさん、まるで俺たち凄くイケナイことをしてるみたいじゃないですか。背徳感という名のスパイスがこうも刺激的だなんて父さんは教えてくれませんでしたよ。
くっ、いかんエッチ過ぎる……!!!!
「コホン、宜しいですかなお二方」
「ぬおおっとシーザーくん!? いつの間に!?」
「まずは謝罪を、貴方を軽視した発言の数々を撤回させていただきたく」
「ふん、まあ許してあげるわ」
なんで勝負押し付けてきた奴が一番偉そうなんだ。
「そして、これからは貴方を『師』と呼ばせていただきますぞ」
「好きにしたら良い。でも何かを教えるつもりはないぞ」
「ええ承知の上。真の天才は目で盗むものですぞ!」
「あっそ」
とまあ、そんなわけで俺はシーザーとの決闘に勝利し、この後彼はすぐに研究室移動の手続きを済ませて我らが現代魔術研究室の一員となった。
大物の移籍なだけあって、この間色々と騒ぎにもなって面倒ごとがあったが、戦っても分かったように、それに見合う優秀な人材を手に入れることができたので、飛行魔導具を含め現在の研究は飛躍的に前進することとなるだろう。
しかし俺はまだ知らなかった。
シーザーに気に入られるというのが何を意味するのかを。
ずっと出したかったのに機会がなくて書けなかった設定
『経典魔術』
アスガルズ神聖国の国教「英樹教•教皇派」における、退魔部門によって開発された純人族独自の精霊魔術。
精霊を独自に加工して『洗礼経典』という特殊な本型魔導具に保存することで、経典を通して聖人達の逸話を簡易再現できる汎用魔術でもあります。用途は主にアンデットや魔物退治に使われるが、教会の障害となる人物の暗殺にもしばしば……
魔術は全部で七つあり、今回使用されたのはこれ
第四之奇跡 『忍耐』
「シールドオブサンセベリア」
アンデットや魔性系の干渉を一切遮断する結界障壁。素の防御力と発生速度がかなり高く、中級以上の精霊を使わないと発動できない。
ーーー
『洗礼経典』を所持している彼は一体何者なのでしょうか、今後に期待ですね。
次回の更新は9月5日の予定です。いいねお待ちしておりま〜す




