第185話 嫌なやつ
ディンらしき人物と再開した翌日、僕達は冒険者ギルドを訪ねるため、王都の北西から北部へと移動した。
「Eランク冒険者アインエルロードさん、並びに仮加入者三名によるパーティー編成ですね」
「はい」
そして現在、僕はギルドにてパーティー編成と依頼受諾の申請を出しているところ。
なぜいきなりそんな事をしているのかというと、ディンに会いにいくためだ。
昨夜、リオン君がディンに憑けた精霊の反応が王都から少し離れた小さな農村にあるとの事だったので、僕らもそこに向かおうという話になったのだけど、ここで問題があった。
もし、一回でディンを連れ戻せなかった場合、また王都に戻ることになるので、過剰なまでに検疫を慎重に行う城壁を出入りするのは、大幅なロスタイムになる。あと、意味もなく頻繁に出入りすると怪しまれるリスクが生まれるとはレイシアさんの談だ。
そんなわけで、怪しまれるリスクや検疫の時間を短縮するために、冒険者業という隠れ蓑を使おうということになった。依頼のためともなれば、頻繁に王都を出入りしてもなんら不思議じゃない。
以前王都で冒険者登録したのが、こんなとこで役に立つなんて……
「受ける依頼は王都近郊の農村に発生した魔物の討伐とのことですが……失礼ながら大丈夫ですか?」
受付のおじさんが、眉を八の字にしながら僕達を順に見る。
言いたいことはもっともだ。階級だけ見たらこの編成で魔物の討伐に行くのはちょっと危険だろうからね。
「ぼ、僕以外の三人は狩猟民族の出身なんで、そこまで危険はないですよ? 魔物もC級未満と聞いてますし……」
なんて、慣れない演技をしておじさんを説得する。
まあ、この四人ならB級の魔物くらいなら楽に討伐出来ると思うけど。
「そうですか……最近は物騒ですので、どうか無理はなさらないように。皆さんお若いんですから」
「あ、ありがとうございます……!」
そんなわけで、依頼受諾の申請も終わったので、早速僕らは王都を出てディンの隠れ家へと向かうことになった。
僕がしばらく三人から大根と呼ばれるようになったのはまた別のお話。
ーーー
「精霊の反応はここだな」
辿り着いたのは、どこにでもありそうなごく普通の農村だった。王都までの道中で見かけた村と比べるとやや大きい、中規模程度の村だろうか。
討伐依頼のために赴いた隣の村はもう少し緊張感があったけど、こっちは外で遊んでいる子供とかもいて、和やかな印象が強い。
王都から外れたこんなところで、ディンは一体何を……?
「おーいそこの婆ちゃん、ここに目つきの鋭い子供の長耳族が居るって聞いたんだけど、なにか知らないかにゃ?」
と、いきなりレイシアさんが子供を遊ばせていたお婆さんに声をかけた。
警戒されないようにと、随分とフランクな口調だ。リオン君の気の抜けた雰囲気を真似してるのかな。
「長耳族? ウチの村に長耳族は居ないはずだけどねぇ……その子がどうかしたのかい?」
首を傾げながらお婆さんがそう言うと、リオン君も難しそうに首を傾げた。『そんなはずはないんだけどなー』とでも言いたげだ。
リオン君の探知を信用してないわけじゃないけど、お婆さんが嘘を言っているようには見えないし、何らかの手段でディンが探知を振り切ったってことかな?
困ったな……早速アテが外れちゃった。
「……いやにゃ? その長耳族の活躍を聞いて仲間に入れて貰いたくて来たんだにゃ」
「なるほどねぇ、入団希望者だったかい! そうと決まればさあさあ、こっちへいらっしゃい!」
レイシアさんが突拍子もない事を言い出したと思ったら、今度はお婆さんが目を見開いていきなりハキハキと喋り出す。
その勢いに気押されて、言われるがまま着いていくと、村の中心の井戸に案内された。
「隠蔽魔術がかけられてるな」
「それもかなりレベルが高いやつだにゃ」
「おや、わかってしまうのかい。随分とすごい新人が来たもんだよ」
井戸水を覗き込みながらそう呟いたリオン君とレイシアさんを見て、お婆さんは凄く嬉しそうに目を細めながら、なにやら詠唱を始めた。
そしてそれが終わると、井戸水が消えて地下へと続くハシゴが現れた。
「とんだ食わせ者だにゃ、この婆ちゃん」
「婆ちゃんが術者だったのかよ!」
「おいぼれだからと油断しない事だねぇ……ささ、ババアのことなんてどうでも良いだろう、下に降りたら見張に入団希望だって説明して案内して貰いな」
お婆さんに急かされて、僕らは井戸の中のハシゴを使って地下へと降りていった。
「……最悪の推測が当たったにゃ」
ハシゴを降り始めてすぐ、レイシアさんがそう呟いた。
「そのことだけど、さっきの『仲間』とか『入団希望者』ってどういうこと?」
「そのまんまの意味。昨日の事も加味して、ディンがレジスタンスに属してるかもって話にゃ」
「なっ……」
「そんであの婆ちゃん、嘘吐きの目をしてたにゃ。だからカマかけてみたら当たりだったにゃ」
ディンがレジスタンスに……
いやでも、考えてみればそこまで驚く事じゃないのか……
「ていうか喋ってないでとっとと降りろにゃ。それとも、そのデカいケツが引っかかったのかにゃ?」
「なっ! 僕のお尻はそんなに大きくないよ!!」
ハシゴを降りた先には何もない広間があって、そこから細い通路がいくつも通っていた。
僕達は広間にいた見張役の青年に事情を話して、その内の一本を案内されて進んでいる。
「昔戦った迷宮みたい」
「風が通ってねえな」
「一本道にしたら、攻め込まれた時に魔術の射線が通りやすいから、その対策だろうにゃ」
「じゃあ、この迷路はディンが作ったってこと?」
「その通り! 半年ほど前か、ディンさんがこの村に来るのと同時に魔術で基地を作って、今も少しずつ広げているのさ!」
僕達の先頭を歩く案内役の見張の青年が、誇らしげに教えてくれた。
「メンバーはどのくらい居るのかにゃ?」
「うーん、百人前後だった気がするなー。ここ半年は入れ替わりが少ないから多分そんなもんさ」
「入れ替わり? 脱退する人とかがいたんですか?」
「違う違う、単に死んだり、新規入団があってメンツが変わりやすかっただけだよ」
「あっ、ごめんなさい……」
「良いよ、俺らだって覚悟の上でやってるんだ。それに、ここ半年は誰も死んでないしな」
「すげえなそれ! どうしてだ!?」
「ディンさんの指示で出撃人数を絞ってるのと、単純に訓練のおかげ……あ、ほらあの部屋とかそうだな!」
と、青年は足を止めて、ちょうど通りかかった部屋に僕らを案内した。
そこは一際頑丈そうな煉瓦張りの広間で、二十人ほどが座り込んで細長い筒を弄っている不思議な空間だった。
「これは?」
「俺達のメイン武装になる魔導具さ。初級魔術を詠唱するだけで、凄い土魔術に変換して撃てるんだ!」
「ちっちゃい弾を飛ばすのかにゃ?」
「そうさ! 弾は小さいが、騎士の鎧も撃ち抜くんだぜ!?」
「それって……」
それ、ディンの『弾丸』魔術だよね?
あんな強力なものを、こんな大きい集団一人一人に使わせてるって事?
「まあ、そこら辺の説明は入団の後だな。ほら行くぞー」
その後も、ちょくちょく施設の紹介が挟まれながら目的地へと進んで行った。
驚いたのは、思ったより子供や老人がいる事だろうか。案内役の青年のとは違って、みんなどこか擦り切れた表情をしているのが印象的だった。
「団長ー! 入団希望者を連れて来ました……って、あ、会議中でした?」
結局10分ほど歩いて、青年がそう言いながらドアを開けた事で、ようやく到着したのだと分かった。
先にどれくらいかかるのか教えて欲しかったな……
「ノックしてって言ったよね……まあいいや、ちょうど会議は終わったところだよ」
その部屋はどうやら会議室だったようで、土魔術で出来た丸いテーブルを十人ほどが囲むように座っていて、その中には……
「ディン!!」
「おわっ、ちょっと君ぃ!?」
案内役の青年を押し除けて、僕は昨日の記憶と瓜二つの少年の前に飛び出した。
雰囲気は少し変わっているけど、目つきの悪さと左目の涙黒子はディンそのものだ。
うわぁ〜……一年で背を抜かれちゃったよ。前より体もがっしりしてるし、なんか『男の人』って感じだ……
「どうやってここが……いや、リオンが何かしたな」
ディンは面食らいながらも、すぐに探知方法に勘づいてリオン君を睨みつけたので、僕はそれを遮るように背伸びして彼の視界を塞ぐ。
「ちょっと! 僕を無視しないでよ!」
「無視はしてない。アンタらと話す事は無いだけだ。わかったらとっとと帰れ」
「断る! 僕は君を連れ戻すまでここから離れない!」
「お、おい二人とも一体どういう——」
「黙っていろラタ。これは俺個人の問題だ。お前は自分の仕事に取り掛かれ。他の奴らもだ」
「わっ、わかった……」
ディンに促されて、口を挟んできた団長らしき人を含めた会議室の青年達がゾロゾロと退出していく。
みんな若い。僕と同じくらいの歳に見えたけど、今はそんなことどうでもいい。
僕はディンの腕を掴んで、彼の顔を覗き込んだ。
「仕事って何のこと? まさか、あのラフトさんみたいに市民を襲うつもり?」
「だったらなんだ。説教でもたれるのか?」
「友人として注意はするよ。だってこの国の人がレジスタンスとして動くならまだしも、君は無関係じゃないか。それこそ、ラトーナ嬢の件で国に八つ当たりしてるように見えるよ」
「八つ当たりしようがしまいが俺の勝手だろ」
「そうだね。でも僕は友として、君が道を踏み外したなら正すべきだと考えてるよ。無実の人々に危害を加えているなら尚更だ」
そう言うとディンは、酷く顔を顰めて僕を睨んできた。
「何かな……?」
「よくもまあ、正義面して言えたもんだなと……思ってな」
「……どういう意味さ」
「薄っぺらいんだよ。お前さ、自分の考えも碌に持たずに、ただその場の流れに任せてここに来たんだろ」
「!」
「いいや、それは少し違うか。『どうせラトーナはもう居ないし、ディンが死ぬ前に連れ戻せばまたチャンスがあるかも』なんて考えてるな」
「いや、そんな……」
胸を突かれたような、首元をいきなり掴まれたような感覚に陥って、僕の口は上手く動かなくなった。
そしてそれにつけ込むように、ディンは捲し立ててくる。
「図星でモノも言えないってか? ははっ、恥ずかしいな。そんな下心丸出しで良くもまあ正しさがどうのと語れたもんだよ。英雄病もここまで来ると、神級治癒魔術でも治せないんじゃ——……ぐッッッ!?」
突然、僕の視界の端から飛んできた拳が、ディンを殴り飛ばした。
「リオン君!?」
驚いて振り向くと、拳の主はまさかのリオン君だった。
今まで見た事もないような険しい表情で、壁にもたれかかって頬を抑えるディンを見下ろしている。
「……今のはねえよ」
「あ?」
思わず萎縮しそうになるほどの眼光を向けてくるディンに臆さず、リオン君は続けた。
「お前に恩義はあるし、オレ馬鹿だから難しい話はあんま口挟まないようにしてるけど……今のは流石にねえよ。アインの姉貴に謝ってくれ」
「部外者は黙っていろ」
「そういう事じゃねえだろ! 婚約者の姉貴を勝手に捨てて、わざわざ心配で追いかけて来てくれたってのにその言い方はおかしいって言ってるんだ!!」
「だったらアインが最初からそういう風に言えば良い話だ。わざわざくだらねぇ自尊心を守る為に、ご大層な屁理屈捏ねるのがムカつくってんだよ」
「ッ……またそんな——」
「待ってリオン君!」
地面にへたり込んだまま悪態をつくディンと、再び彼に殴りかかろうとしたリオン君の間に慌てて割って入る。
「一度落ち着こう!? 君らしくないよ!」
「どいてくれ姉貴! らしくねぇのはディンだよ!」
「あーしもアインに賛成。これ以上話しても時間の無駄みたいだし、とっとと帰ろうにゃ」
そこまで言ったつもりはなかったけど、レイシアさんが有無を言わさずリオン君の耳を掴んで、そのままグイグイと引っ張って部屋を出て行ってしまったので、敢えなく僕もそのあとを追った。
ーーー
結局碌な会話も出来ないまま、僕達は王都の宿へと戻って来た。
「うへぇ〜やっちまった〜……俺、絶対ディンに仕返しされるよなぁ……?」
部屋の隅で頭を抱えながらずっとグズっているリオン君。
やけに口数の少ないレイシアさんとクロハちゃん。いや、クロハちゃんは喋る方が珍しいからいつも通りだけど……
とにかく、みんなの雰囲気は最悪になってしまった。
「と、とりあえず今後の動きを決めようか?」
みんな色々とショックだったんだろうから、ここは年長者の僕が引っ張っていくべきなのだろう。
「……おみゃーはよくそんな、何とも無さそうな顔してられるにゃ」
「……いや、何とも無くはないけど……」
「正直、あーしらを追い返す為にしたって、おミャーに対するあの発言は有り得ないと思ったにゃ。リオンが殴ってなきゃ、あーしが殴りかかってたかもしれないにゃ」
「……そう」
反応に困る。
僕自身、侮辱されたことよりも、僕の心情を正確に言い当てられた驚きの方が強くて、そっちで頭がいっぱいになっていた。
流石にディンが言ったほど極端な考えじゃないけど、すごく納得してしまった自分がいる。
きっと彼の言う通り、僕はまだディンに振り向いて貰えるかもと、浅ましくもどこかで期待してしまっていたのだろう。
そういう自分でありたくないからと、思いつく限りの理由でその気持ちを覆い隠していたんだなと、今になって気づく。
ああ……僕って、思ってた以上に嫌な奴だな。
「……まあ私情はどうあれ、任務を放棄するわけにはいかないからにゃ。交渉が無理とわかった以上、あーしらは強行策に出るまでにゃ」
「力尽くで連れ戻すってことだよね? 僕も賛成だな」
けれど、僕だって引き下がるつもりは無い。
どれだけ浅ましかろうが、ディンに嫌われようが、彼を連れ戻す行為自体は正しい筈だから。
「そうにゃ」
「俺らでディンを捕まえられるかなぁ……なんかアイツ、まためちゃくちゃ強くなってたぞ」
たしかに、今のディンとは魔術抜きで戦ったとしても、絶対勝てるとは言い切れない。
それこそ、殺すつもりで皆んなでかかれば何とか……って感じだ。
「馬鹿正直に挑めば負けるかもしれない。けど、勝算はあるにゃ」
「じゃあ、レイシアさんに従うよ」
そんなわけで、僕らはレイシアさん指揮の元、ディンの捕縛準備に取り掛かった。
設定資料第一弾を活動報告にて更新しました。作中の専門単語がわからなくなった場合などは、作者名をタッチしてプロフィールに飛んでいただくとすぐに見ることが出来ます。
今後は人物相関図や地理なども上げていく予定です。




