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「偽物の天才魔術師」はやがて最強に至る 〜第二の人生で天才に囲まれた俺は、天才の一芸に勝つために千芸を修めて生き残る〜  作者: 空楓 鈴/単細胞
第8章 ヴェイリル事変

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第183話 贋作の剣


「ッ……」


 ごくりと唾を飲み込んで、剣を強く握り直す。

 そう、相手は魔剣….しかも、ラルドさんが持っているような伝説のソロモン魔剣だ。

 油断していたつもりはないけど、緩んだ精神をもう一度引き締めて、改めて敵を見る。


 年齢は30くらい。一般人に扮しているけど、よく見ると服の下に鎧らしきものを纏っている。

 流派は何だろう……変装とかしてるし、瞞着流かな?


「……その魔剣で、死者を操っているのか」


 睨み合いの中でそう尋ねるも、相手は答えない。


《死体を操るなんて、俺の知ってる魔術系統にはねぇぞ! そんな複雑なことできるのはアーティファクトや『遺産』か『魔剣』くらいだ!》


 代わりにリオン君が遠隔通話で答えてくれた。

 『いさん』というのなんだろう、聞きたい所だけど今はそんな余裕ないか。あとでにしよう。


「なんだ、来ないのか?」


 なんとなく攻めあぐねていたら、相手が小馬鹿にするのように笑って聞いてきた。


 たしかに、いつもの僕ならとっくに斬りかかっていた。


 でも、それは出来ない。相手が魔剣だからだ。

 ディンからたくさん話を聞いている。

 ソロモンの魔剣は瞬間移動したり、相手の魔力を奪ったり、物を浮かせて操ったりとか、普通じゃ想像もできないようなことをしてくる。

 リオン君の言葉を信じてないわけじゃないけど、もし仮に死者を操っているのは何か別の方法で、あの魔剣には別の力があるんだとしたら、近づくのは危険だ。

 

 体中の毛穴で虫が蠢くような感覚、異様に外気を冷たく感じる。

 ……そう、怖いんだ。

 あの時、武闘会でジャランダラ王子という強敵を前にした時のような緊張感。

 なるほど、通りで僕にしては頭が回っているわけだ。


「ッ! 我が名はアイン•エルロード! ミーミル王国エルロード子爵家長女にして、剣士〝銀の死神〟の一番弟子!」


「なんだ。出しゃばりな冒険者かと思ったが、礼儀のわかってる奴だったな」


 鐘つき塔に吹き込んだ風に急かされた気がして、爆発しそうな心臓の音を聞きながら、荒れた呼吸を整えるついでに声を張り上げた。

 挑発に乗る事になるけど、このまま膠着状態が続けば、死人の軍勢に押されている近衛兵達の犠牲が増えてしまう。

 一刻も早く、この男を斬らなきゃいけない。そう思ったら嫌でも動かずにはいられなかった。


「ヴェイル王国、〝元〟海軍元帥のフラグラフト・ハウリッヒだ。良い目をしているな、ラフトと呼べ」


「海軍元帥……!?」


「一年前の話だがな」


「国を裏切ったのか!」


「人聞きの悪いことを言うな。俺の仕えた国は最初から存在してなかった」


「え、でもさっきヴェイリル王国の元帥って……」


「この国の腐敗はもう止まらない。だから他国の食い物になる前に、俺が仕える筈だった祖父の代の誇り高き国を取り戻す」


「……?」


「知っているか? この10年、国は秘密裏に他国に人間を売っていたんだ」


「……奴隷の取り引きは良くあるじゃないか」


「違う、亜人や奴隷では無く、罪もなき自国の民を売り捌いていやがったんだよ。俺ら海軍を使ってな」


「!」


「戦争に負けるのはまだ良い。戦に勝敗は付きものだからな。だが、守るべき民草を、国が目先の利益が為に虐げるなど、あってはならないことだ」


「……」


「だから俺は海軍を抜けた。もっとも真相に気づけたのは一年前で、今更も良いところだがな。ははっ」


 たしかに、言っていることには筋が通っている。

 この人の言う、国が裏でやっていることがもし本当なら、そこには——


「随分と面食らっているな。まさか、俺が破壊衝動のみで国を攻撃してるとでも思ったのか?」


「……いや」


「大方、若さ故の正義を燃やして、悪人を誅そうと乗り込んできたんだろ? けど残念、世間でレジスタンスなんて呼ばれてる連中のほとんどは、真っ当な大義の元で戦ってる。まあ……北のアイツは例外と言えるが」


「で、でも! 市民を巻き込んでの戦いなんて許されない! 死体を利用するなんてもってのほかだ!」


「そうだな。だが、俺が掲げてるのは正義じゃなくて大義だ。軍人上がりの俺に取って、少数の犠牲というものは黙認して然るべきだ。死体に至っては、盗賊のものがほとんどだしな」


「ッ……!」


 そう断言した男の強い眼差しに、説得は無駄なのだと悟った。

 もう、戦うしかない……


「その上で俺は、お前に問おう」


「……何を」


「お前は今、誰のために剣を振っている?」


 男は、当たり前の質問をしてきた。

 誰のためか……考えるまでもない。身構えていたのに拍子抜け過ぎて、思わず緊張が解けかけた。


「それは、街の人々の日常のためだ!」


「ならば重ねて問おう、ここで俺を斬ることが、人々の為になるのか?」


「どう言う意味だ」


「お前……あんまり頭は回らない性質たちだな……」


「それはよく言われる!」


「はは、正直な奴だ。嫌いじゃねえ。なら、わかりやすく言ってやろう——」


 男が言うには、ミーミル王国の寝首を掻くことに夢中で民を虐げてばかりの国と、それを作り替えようと奮闘する人達、どちらが上に立つことが人々の今後のためになるか……そんな感じの問いだった。


「お前の振る剣には、市民の気持ちが乗っているか?」


 たしかに、そう言われると僕の行いは正しいとは言い切れない。

 いやそもそも、僕はディンを探しにきただけで、何か明確な意思を持ってこの人の前に立ち塞がったわけじゃない。


「今一度、誰が為に剣を振るのかを自分で考えてみろ。もちろん、こちらに着くなら歓迎しよう」


「ッ……」


 誰の為に……

 そんなこと、深く考えたこともなかった。 

 英雄に憧れる身として、『誰かの為』を都合の良い薪にして正義を燃やして……僕は、僕の思考を放棄していた。


「……それでも、一度アナタを止めに入ったのだから、今はそれを貫く!」


 答えは出ない。

 でも、目下に広がっている惨状を見過ごすことなんて、到底出来やしない。

 考える時間が欲しい。だからこの男には一旦退いてもらう。


「はっ、不器用だが悪くはない。それもまた道理だ」


 僕の答えのどこが気に入ったのかは知らないけど、男はやけに満足そうな笑みを浮かべて剣を構え直した。


「名乗り直す必要は……ねえよな」


「はい……ラフトさんっ!!!」


 そう返事するのと同時に、僕はラフトさんの懐に飛び込んだ。


「蛮勇だな」


 ラフトさんが呟く。

 確かにそうだ。

 でもきっと、魔剣相手に後手に回る方が悪手だ。

 リオン君の話では伏兵は居ないっぽいから、ここで出し惜しみはしない。 

 僕はラフトさんに接近すると同時に、師匠流の連撃を叩き込んだ。


「ハァァァァァァァァァァァ!!!!」


 首、肩、左腕、腹の四点を狙った斬撃を、無駄なく流れるように繋げて、順を入れ替えながら何度も繰り返す。

 そしてその中に、普通の斬撃と何ら変わらない様に見せかけた、渾身の一撃をごく自然に潜ませる。


「少しばかりしんどいな……」


 フェイントであるほとんどの攻撃を丁寧に受け止めながら、ラフトさんはそう漏らす。

 剣術流派も全く知らないものだけど、かなり洗練されている……きっとこの国固有の剣術だ。

 魔剣の能力も使われてる感じはしない。


「うぉ!?」


「ッ!!」


 連撃の中に混ぜた本命……渾身の一撃を放とうとした瞬間。ラフトさんはまるでそれを察知したかのように、バックステップで僕から距離を取った。

 殺気を気取られた? いやでも、今まで本命の一撃を察知されたことはない。

 ラフトさん自身がもの凄く鋭い勘を持っているのか、はたまた魔剣の能力の一部なのか……


「狭い。場所を変えよう」


 そんな考察を巡らせつつも攻防を続けていると、ラフトさんは僕を弾き飛ばして距離を取り、そのまま時計塔から飛び降りてしまった。

 

「なっ! うそ!?」


 慌てて見下ろすと、ラフトさんは剣を時計塔に突き立てて減速しながら落下していた。

 落下先……時計塔の真下には、いつの間にか操られた死者達が群がっている!


 ラフトさんはある程度の高さまで来たところで剣を引き抜いて、そのまま死者の山をクッションにしてスムーズな着地をした。


 やられた……僕と斬り合ってるその裏で、逃亡用の死者を時計塔の周囲に集めてたのか!

 まずいまずい! このままじゃ逃げられる!


「リオン君! 風で減速手伝って!」


《えっ!? 嘘だろ!?》


 リオン君の返事も聞かずに、僕はすぐさまラフトさんのように時計塔から飛び降りた。


「ッッッ〜…………!!!!」


 塔に突き立てた剣に全身全霊でしがみつきながら、風を切って落ちていく。

 足元に魔法陣が現れて、そこから暴風が溢れ出して落下速度を軽減してくる。


「よし!!!」


 なんとか着地できた。

 正直、今までに無いくらい怖かった。

 相手を警戒しつつ、股の辺りにこっそり手を当てる。

 良かった、漏らしてない……


「ははっ、思った以上に根性あるな」


 ラフトさんは感心したように、構えを解いて僕のことを見つめている。

 随分と余裕があるな……


「どうして着地の隙を狙わなかったんですか」


「軍人の俺だったら勿論そうしただろうが……生憎今の俺はただのフラグラフトだ。人生には少しだけ余裕があっても良いと思ってな」


 ラフトさんはそう言ってニヒルに笑いながら、『あと、弓兵にも警戒してた』なんて付け足した。

 なんだよ、そっちが本命じゃないか。


「じゃあ、再開するか」


 軽い雑談を早々に切り上げて、ラフトさんは構え直した。

 同時に、彼のクッションになった死者達が皆んなむくりと起き上がって、その視線を僕の方に向けた。

 安易に追ったのは失敗だったかもしれない。たかが死者とはいえ、それらを気にしながらラフトさんと斬り合うのはしんどい……


《死者の方は俺がなんとかする!》


 そんな言葉と同時に、青白く輝く光の矢が死者達に空から降り注いでいく。

 リオン君が既に近くまで追いついてくれたらしい。


「とんでもねぇ弓兵だな……って、おっと!?」


 リオン君の援護射撃で死者を一掃されて呆気に取られていたラフトさんに、僕は再び肉薄する。


「二刀流かっ!」


「ここからが本領だ!!!」


 腰に差していたもう一本の剣を抜き放って、再び連撃を叩き込む。

 

「ははっ、こりゃたしかに、あの死神の剣と言われても納得だな!」


 さっきよりも密度の高い全力の連撃を放っているのに、ラフトさんはそれを捌き切ってしまう。

 しかも、場が広くなったせいか、さっきよりも本命の一撃を躱される。

 ……いや違う。二刀流にして連撃の密度を上げた分、本命の鋭さが落ちてるんだ。場のせいじゃない。

 戦えば戦うほど、僕のこれが師匠の剣に遠く及ばない贋作だと思い知らされる……


「取った」


 一つとして攻撃を通せないまま攻撃を浴びせ続けていたら、相手がその連撃の合間を縫って刺突を放ってきた。


「ッッッ!!!!」


 咄嗟に身を捩ろうとしたけど間に合わず、剣は左肩に突き刺さった。

 今のは反応できる一撃だった。

 出来なかったってことはきっと、体力をかなり消耗してるってことになる……


 慌てて斬撃を飛ばして牽制しながら、バックステップを踏んで相手と距離を取る。

 痛みを我慢すれば、左腕はまだ動く。でも、肩が上がらない……

 相手を視界の端で捉えつつ、左肩に目線を向けると、そこにはドス黒い赤に染まったシャツが映る。

 思っている以上に傷が深い、通りで動かないわけだ。

 

「歳の割にはかなり強いが、随分と疲れてるじゃないか」


 ラフトさんにはかなり余裕がありそうだ。

 対する僕は息も乱れて、全身の筋肉が悲鳴を上げてる。実力に見合わない無理な連撃を行ったせいでボロボロだ。

 本当なら撤退するべきだろうけど……いやいやダメだ。それじゃ弱いままだ。


 覚悟を決め、僕は左手の剣を左の鞘に納め、一刀流で居合いの構を取る。


《姉貴、一旦退いたほうが……》


「少し、黙っててもらえるかな」


「根性は認めるが、蛮勇と履き違えては無駄死にだぞ」


 ラフトさんは目を細めながら、警戒の態勢に入った。

 重心は浮いてない。カウンターで迎え撃つつもりだろう。


 それだけわかれば良い。

 僕は一呼吸も置かずに大きく踏み込む。

 

「ふっ!!!!」


 そして相手めがけて跳躍すると同時に、握っていた剣を全力で横薙ぎに投擲。

 あとは、空いた右手を左に差し直しておいたもう一本の剣に添え、相手が先に投げたブラフの剣を反射で弾いた隙を——


「なっ……」


 弾いてない……

 ラフトさんは僕が投擲した剣に一切怯まず、反応せず、回転しながら迫ったそれに脇腹を切り裂かれながらも、僕だけを見据えてカウンターの構えを崩さずにいた。


 師匠の秘剣が破られた……

 まずい。そう思った時には既に、互いの間合いまで距離は縮まっていた。

 今更止まれるはずもなく、このまま僕はカウンターで斬られて終わり。

 そう、終わりだ。負けるんだ。

 弱いまま。誰にも認めてもらえないまま。ディンにも会えないまま……

 

 嫌だ。


 そう思いつつも、どうすることも出来ず、ただ目の前でラフトさんの剣が振り下ろされるのを待つだけだった僕。


ーー炎柱フレイムピラーーー


 そんな僕の視界を、突如として炎が埋め尽くした。


「「!?」」


 攻撃を中断して飛び退くラフトさん。

 僕と彼の間に割り込むようにして現れた、地面に浮かぶ朱色の魔法陣。


「来やがったか! 北のイカれ長耳族エルフ!!」


 誰かの横槍だ。

 そう理解した直後、視界の端から黒い影が飛び込んできて、ラフトさんに襲いかかった。


 黒い影……いや、夜に溶け込むような真っ黒の外套を見に纏った少年は、凄まじい速度でラフトさんに接近し、掌底のように腕を突き出す。


「うおっ!?」


 少年と並ぶ……いや、それを上回る速度で慌ててサイドステップを踏むラフトさん。

 そこから一秒と経たずに、突き出された少年の掌からは爆炎が放たれた。


 空中に散った火花が石畳に斑らに照らす中、攻撃を外して隙を見せた少年に、ルフトさんがカウンターの横薙ぎを放つ。


 しかし、少年はそれをまるで翼でも付いているように軽々としたバックステップで回避して、牽制とばかりに……


「!?」


 大気を割くような破裂音を伴った、石礫を連射した。


「き、君! もしかして……」


 その魔術には見覚えがあった。

 僕がよく知る人物が好んで使う、小さな鉄塊を凄まじい速度で撃ち出す、『弾丸』という強力な魔術だ。

 そしてそれを使えるは、僕の知る限り一人だけだ。


「もしかして、ディン……?」


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