第142話 その差の正体
「えーっと、二人とも準備は良い?」
虫のせせらぎが響き渡る森林の中心で、リディが退屈そうに欠伸をしながらそう言った。
「「大丈夫です」」
時刻は夜。
俺達は今、ミーミル王都郊外の森林に足を運んでいる。
昨日、突然アインが持ちかけてきた決闘。
魔術の属性縛りなしの、全力の戦い。
それを受けたは良いものの、それを実現するには俺の仕事の問題上、誰の目にも耳にも入らないような場所で戦う必要がある。
なので今回はリディとクロハの協力を得て、強力な防音機能付きの結界を張ってもらったのだ。
リディが面倒くさがって中々了承してくれなかったので、説得には骨が折れた。
最終的には、クロハが『あの事を言われたくなかったら』と脅して強引な説得となったがな。
一体どんな弱みを握られているのだろう。
「ご協力感謝します、リディアンさん」
俺の2メートルほど先に位置取ったアインが、傍にいるリディに向かって頭を下げた。
「あー、そういうの良いから早く終わらして」
リディは欠伸をしながら、その場に寝転がってしまった。
虫とか気にならないんだろうか。
流石に結界くらいは張ってるか。
俺だったらそれでも嫌だけどな。
「さて、じゃあやろうか」
俺に向き直ったアインが剣を構える。
自作の魔導具フル装備の俺に対して、アインは胸部装甲や脛当てだけの軽装だ。
鎧つけてくれた方がこっちもやりやすかったんだけどな。
一応は、セコウが結界に治癒魔術の術式を組み込んでくれているらしいが、どこまで効果があるかわかんないし。
「開始の合図はアレでいきますか?」
「うん、懐かしいね」
俺はポケットから銀貨を取り出して、握り込んだ親指の上に乗せた。
このコインを親指で上空に弾き、地面に落ちた瞬間にスタート。
それが俺とアインが実戦稽古をしていた頃の週間だ。
あの時は銀貨じゃなくて、俺の土で作ったコインだったが、どうでも良いな。
「ほっ!」
コインを思い切り弾き上げる。
空中で回転しながらゆっくりと落下していくコイン。
その間にアインは『居合い』の構えを取り、俺は全身の魔導具に魔力を送った。
ーー『奇術師の腕』Mk4起動ーー
地面にコインが落ちた。
同時に、アインがすぐ目の前まで迫ってきた。
「ッ!!!」
速い。
以前手合わせした時よりも確段に速度が上がっている。
だが、俺とて早撃ちなら負けない。
スタートが同じなら尚のことだ。
ーー簡易障壁ーー
スタート前から準備をしていた物理攻撃専用の障壁を、目の前のアインに向けて最速で展開する。
予想よりアインが速かったが、防御は間に合った。
魔導具の速射性に加えて、あらかじめ刻印で身体を強化していたのが生きた。
「うっ……」
まあ、それなりの魔力を込めたとはいえ所詮は中級の結界魔術。
しかも速度重視なので性能は少し落ちる。
上級以上の剣士の一太刀を受け止めることなんて出来るはずもなく、障壁は薄氷のように砕かれた。
だが大丈夫、無駄ではない。
確かにアインの切先は俺の肩を切り裂いたが、傷は浅い。
結界で彼女の勢いを止めていなければ、今頃肩を両断されていただろう。
ーー土槍ーー
そして障壁よりほんの少しだけ遅らせて、土魔術を発動。
俺の足元から迫り出した土の柱に乗って、上空へ逃げる。
「ハァッ!」
対するアイン、冷静にニ撃目に移行して、俺の体を押し上げる土の柱を両断する。
この前の決勝と似たような場面。
足場を崩された俺、本来ならこのまま無防備で落下するところだが、今回のフィールドは森だ。
今まさに落下しようとしている俺の周りには、沢山の木々が生い茂っているのだ。
ーー錨鎖弾ーー
ーー風の靴ーー
両手からアンカー付きの鎖を木々に向けて発射して、空中での立体起動に移る。
「逃さないよ!」
枝に飛び乗って、木々の合間を抜けていく俺を追うアイン。
ーー死神之糾弾・連ーー
一旦枝木に着地して、迎撃としてマグナム弾の弾幕を張る。
「うわぁっ!?」
マシンガン並みの連射には流石のアインも驚いたようで、慌てて地面に飛び逃れた。
流石の剣士でも、アレだけ小さい弾丸の雨を剣一つで捌くことはできないようだ。
ルーデルだったら、アレを受けながら突っ込んでくるんだけどね。ははは……
着地して直ぐに木陰に隠れたアイン。
つぎは何をして——
と思ったら、いきなり目の前の大木が音を立てて倒れ始めた。
「うおっ!?」
そしてその直後、俺が足場にしていた木も、横の木も、後ろの木も……
周囲の木々が次々と倒れていく。
どうやら、アインは俺の足場を全て破壊するつもりのようだ。
馬鹿げてる。この森に樹木がどれだけあると思っているんだ。
SDGsも頭を抱えているぞ。
だが確かに、それを続けていれば最終的には俺が消耗して負けるだろう。
こっちは刻印の身体強化と、移動補助の魔導具にガッツリ魔力を吸われているからな。
諦めて地面に降りると、アインの木こり祭りが止んだ。
しかし彼女は直ぐには姿を見せず、今もどこかの木陰で息を潜めているようだ。
少し驚いた。
アインがこんな暗殺者じみた攻め方をするなんてな。
てっきり、大声を張り上げながら出てくるかと思った。
さて、このまま不意打ちを受けて後手に回れば、俺の負けは確実だ。
薩摩示現流の初太刀は必ず外せと、かの新撰組局長が言うように、剣聖流も疾風流も真正面から受け止めることはほぼ無理だ。
かといって、俺にはリオンのような索敵能力がない。
だから潔く、力技でいく。
ーー発土ーー
金平糖ほどの大きさの砂利を生み出して、俺の周囲一帯をそれで埋め尽くす。風の上級魔術も利用して、周囲に満遍なくだ。
アインは何を警戒しているのか、まだ攻めてくる気配がないので、さらに魔術を使う。
ーー錨鎖弾•双ーー
両端にアンカーを付けた鎖を手当たり次第周囲の木々に撃ちまくり、鎖のワイヤートラップもどきを張り巡らす。
既に俺の周り、半径5メートルにはハイエロファントの結界ッ! ってやつだ。
アインが時間停止能力でも持ってない限りは、木陰からいきなり急接近してザクッとやられる可能性はないだろう。
さて、防御は良いのだがこれでは籠城と変わらない。
どうしたものか——
「!!!」
と思ったら直後、撒いておいた砂利が踏んづけられた音と共に、木陰から飛んできた三日月型の斬撃が、俺の周囲に張り巡らされた鎖の内の一本を両断した。
慌てて鎖を張り直すと、今度は別方向から斬撃が。しかもさっきより数が多い。
まずい、罠の修復が間に合わない。
どうなってんだ。剣聖流の『空斬り』ってこんな連発できたのか!?
早く位置を突き止めて迎撃を……クソ、無理だ。
足音は聞こえるのに、アインの位置がわからない。ただでさえ夜で目が効かないのに、あいつが木陰を利用して逃げ回ってるからだ。
ーー閃光弾ーー
どうせジリ貧。鎖の修復を止めて、3秒ほどかけて光源を作り、俺の頭上1メートルほどの高さに打ち上げる。
マグネシウムと火薬の爆発で生まれた光が、木々の間まで隈なく差し込んでいく。
風魔術で維持してるとはいえ、光は5秒と保たない、だから血眼になってアインを探す。
いた。
閃光に照らされながら、彼女は木々の間で前傾姿勢で深く踏み込んでいた。
構える剣は中段に。
俺と彼女の間に、鎖の障害物はもう無い。
(来るッ……!)
そう思った時には、アインは既に俺の数歩手前まで肉薄していた。
遅かったか。
次瞬きをした頃には、俺の血飛沫が待っているだろう。
だが、まだ終わりじゃない。
右腕を構えることは敵わなかったが、運良く掌はアインの方向に向いている。
弾丸は使えなくとも……炎なら。
ーー火炎球ーー
腰あたりの半端な高さまで上がった右手から、直径2メートルほどの炎の球を作り出して迫り来るアインにぶつける。
「!?」
けれど、アインは止まらなかった。
全身に火傷と焦げ跡を残しながら、彼女は火炎球の中から飛び出してきた。
加減したとはいえ、それなりの火力を出したつもりだったのに……
「ガァァァァァァァァ」
けど不思議なことに、既に俺の足は動いかていた。
アインが雄叫びと共に剣を振り下ろすよりも早く、俺は彼女の懐に飛び込んだ。
「痛ッ……!」
当然、振り下ろされていた剣が止まるはずもなく、彼女の縦振りの一撃は俺の左肩に深くめり込んだ。
でも、両断とまではいかない。
彼女に急接近したことで、刃は限りなく持ち手に近い部分が当たり、結果的に威力を殺すことができた。
左腕はもう使い物にならないだろうが、俺はまだ動ける。
彼女の剣が俺の肩を裂いたのと同時に、俺も炎を纏った拳で彼女の顔を撃ち抜いた。
俺まで火傷した。ルーデルの真似なんてするものじゃな——
「がっ!?」
殴ってすぐに、アインに頭突きを返された。
くそ、眩暈がする。
全力で顔を殴ったってのに、こいつまだ動けるのか……
そう思ったが、歪む視界に映ったのは白目を剥いて倒れるアインの姿だった。どうやらしっかり効いていたようだ。
そしてその景色を最後に、俺の意識も途切れた。
ーーー
「ディン〜 早く起きてよ〜」
リディに頬を突かれて目を覚ます。
視界に映るのは空を埋め尽くす様に聳え立つ木々。
どうやら俺は気絶して、その場で寝ていた様だ。
そして状況を思い出し、慌てて飛び起きた。
「あ、あれ? 試合は?」
リディにそう尋ねると、彼は俺の背後を指差した。
その先では、アインがすやすやと眠っていた。
「君と相打ちだよ。セコウに感謝してね」
「え?」
「二人とも重傷で、結界に組み込んだ治癒魔術だけじゃダメだったんだ」
リディはそう言いながら、懐から巻物のようなものを取り出した。
「何かあった時のためにって、超級治癒魔術のスクロールを渡されてたんだ」
俺は反射的に自分の左肩を撫でた。
確かに傷は無い。アインの火傷も消えている。
「そんじゃあ、終わったみたいだし俺は帰るから」
リディはため息を吐きながら、踵を返して歩き出した。
「あ、ありがとうございました……」
遠のいていくリディの背中に頭を下げると、彼は急に足を止めた。
「ディン」
「なんでしょうか」
「もう一度聞くけど、君はラトーナを倒せるの?」
彼は振り向かずに、背を向けたままそう問いかけてきた。
「何が言いたいんですか?」
「できるのかと聞いてるんだ」
「……やりますよ」
出来るではなく、やると答えた。
リディはその答えに納得したのかどうか知らないが、『そうか』とだけ言って去っていってしまった。
ーーー
「んっ……うっ……」
焚き火の炎が弾ける音を聞いて、アインは目を覚ました。
「お目覚めですか」
そんなアインの傍には、焚き火を突くディンの姿があった。
一瞬混乱するも、周囲の景色が先ほどまでと同じ森ということで、自分が気絶していたことを悟った。
「一緒に寝るのは二度目ですねぇ〜」
ディンは何かを揉みしだく様な仕草を見せながら、ヘラヘラと笑いかけた。
「ひっ……へ、変なことしてないだろうな!」
アインは飛び起きて、その豊かな胸を抱き抱えながら、ディンを睨む。
対するディン、笑顔を絶やさぬまま口を閉ざす。
「なっ、なんとか言ったらどうなんだ!」
「……柔らかかったですね」
しばらくして、ディンはそう呟いた。
「ッ!!!」
「冗談ですよ、また殴られて変態扱いされたくないですし」
「本当に……?」
「そうですよ。だからこうして、アインが起きるのを待ってたんじゃないですか。
おぶって帰ったら、また触られたとかなんとか言われるかもしれないんで」
「……そこまでしなくても、信じるよ……」
「じゃあ、次からはそうしますよ」
「「……」」
会話が途切れ、二人の間には気まずい沈黙が流れ出した。
もっとも、気まずいと感じているのはこの場でディンだけであるが。
「負けちゃったよ。強いねディンは」
そんな中で、アインは両足を抱えて顔を埋めながら、再び口を開いた。
「リディは相打ちって言ってましたよ?」
「いいや……ボクの負けだよ……」
「何をもって、そう思うんですか?」
「君が魔術の威力を抑えていたことぐらい。ボクにだってわかるさ」
「……」
「もちろん、君が手抜きをしていたなんて言うつもりはないよ。
君は最後まで出せる範囲の全力でぶつかってきてくれた」
「……そう言ってもらえると、助かります」
「……ありがとね。ボクのくだらない我儘に付き合ってくれて」
「いえいえ、これで存分に戦えますか?」
「……うん」
「それは良かった」
アインは、この二週間ほどの修行が意味のないものだったと気づいた。
修行を経て基礎を磨き、応用を学んだ。飲まず食わずで剣を振った日もあった。
だがそれでも、二歳も下のディンと自分の間には明らかな差があった。
しかし、彼女はその差の正体を知らない。
その差は、決して彼女の怠惰から生まれたものではない。
けれど彼女は、己の弱さを心から恥じていた。
真面目な彼女は、言い訳の仕方を知らなかった。
彼女は追い詰められていた。
「あの……」
「あのさ……」
沈黙を破ろうとした二人の声が重なった。
ばつの悪そうな顔をする二人。
「お先にどうぞ」
ディンは頬をポリポリとかきながら、アインを手で指した。
「うん……あのさ、良ければボクと別れたあとに、君がどんなことをしていたか聞かせて欲しいんだ」
「え、はい?」
「あ、いや、君が学園に来るまでの話だよ」
「前にも話しませんでしたっけ?」
「も、もっと詳しくってことだよ!」
ディンは腕を組んで考え込んだ。
アインに言われた様なことを話すには、隠すべき内容が多すぎた。
「……ちょっと、諸事情で話せない部分があるので、ムスペル王国についたところからでいいですか?」
「うん、それでもいいよ」
ディンは大きく息を吸い込み、少し間を置いてから語り出す。
「そうですね、まずは——」
学園篇 ー終幕ー
追憶 冒険者篇に続く
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