第137話 空をかける少年?
時刻は昼前。
王立学園敷地内の外れ、第八訓練場のコートの中心にて、俺は大量の人形に囲まれていた。
「いつでもいいですよー!」
燦々と照らす太陽のもとで俺は、俺を囲む人形達の輪から少し離れた場所にいるアセリアパイセンに手を振った。
「で、ではいきます!!!」
アセリアがそう叫ぶと、今まで魂が抜けたかのように突っ立っているだけだった人形達が、一斉に木剣を構え出した。
それに伴って、俺も全身に魔力を纏って構える。
そしてそこから間も無くして、俺を取り囲んでいた人形達が飛びかかってきた。
「ほっ!」
まずは一体目の太刀を籠手で受け止めて、その体を蹴り飛ばす。
蹴り飛ばした方向にいた別の人形が、飛んできた一体目を避けながら迫ってくるので、すぐさまそいつにドロップキック。
今度は背後。
三体同時に上段、中段、下段と横薙ぎを放って来たので、バックステップで回避。
ーー風破ーー
目の前の三体を風魔術で吹き飛ばす。
そしてまた、飛んで行った三体を器用に避けながら、控えていた他の人形達が迫り来る。
「終了です!」
——と、そんなところでアセリアがそう叫び、人形達はコンセントを抜かれたかのようにバタバタとその場で倒れた。
そんな光景を見ていると、つい『アンディが来た!』なんて言いたくなってしまう。
「お、お疲れ様でした……!」
コートの外から駆け寄って来て、タオルを渡してくれるアセリア。
ああ、なんだか青春っぽい。
美人マネージャーとエースみたいな?
放課後、たまたま体育館倉庫に閉じ込められて、それを機に互いに打ち解け合っていき、最後は……
——っといかんいかん。俺とアセリアパイセンはあくまで共同研究者。
それ以上でも以下でもない。男女の友情は成立するのだ。
「実験、成功でしたね」
そう、本日俺とアセリアは人形の自動操作の実験を行っていた。
アセリアの人形操作魔術は、彼女の魔力を流し込んだ人形を極めて細かい精度で操作出来るうえ、複数同時という芸当も可能だ。
しかし、複数同時となるとどうしても操作精度が落ちてしまうため、ある程度自立して動いてもらう必要がある。
10体程度なら難なく行けるらしいが、それが50、100と増えると話は変わってくる。
人形の動きをパターン化し、魔法陣としてプログラムすること自体は、彼女が自力で成功させたのだが、問題はここからだ。
ある程度動きを自動化してしまった分、対応力が落ちてしまったのだ。
例えば、隣の人形とぶつかってしまったり、振り上げた剣が後ろの奴に当たったり。
あとは、吹っ飛ばされてきた人形を認識できずに巻き込まれたり。
なので俺は、人形同士で認識し合うプログラムを導入したのだ。
仕組みの方は説明すると長くなるので割愛するが、結界魔術の空間に三次元的座標を仮定する式を応用した。
「はい……ディン君は凄いです。私だけではこんな……」
「いやいや、俺の言葉を正確に術式として再現した先輩の方が」
「お、お世辞はやめてください……」
そんなことはない。
実際、彼女は魔法陣を描けるのだからな。
この世界における詠唱魔術には、どういうわけか日本語が使われているのだが、魔法陣は別だ。
刻印から派生した法陣魔術は、俺じゃ解読不能な言語で描かれているのだ。
アセリア曰く、まだ学会でも仕組みが完全に解き明かされていないそうだ。
つまりは、魔法陣による魔術の開発は、既存の判明している魔法陣を組み合わせるか、はたまた迷宮から出土した魔導具を解析するかの二択になる。
彼女の扱う分野は、それほど複雑なものなのだ。
「テストも無事に終わったので、次はディン君の実験をやりましょう」
「そうですね」
アセリアにそう言われて、俺はコートの端に置いておいた、高さにして一メートル程の寸胴のようなオブジェクト四つを、中央に運んだ。
「すみません、装着手伝って下さい」
アセリアの補助を得て、何とかその寸胴を両足、両手に装着する。
昔、小学生だった頃、図工で持ち帰った大きめの画用紙を腕に巻いて、『空気砲〜』何てやって遊んでいたのを思い出した。
まさかこの歳になってまた、こんなバカみたいな格好をすることになるとは……
「それじゃあ、試運転始めます」
俺がそう言うと、アセリアは俺の元から少し離れた。
「『天人の鎧』試作一号機、まずは出力一割!」
そう叫んで、手足に魔力を送り込む。
すると、手足を覆う寸胴に刻み込んだ魔法陣が光出した。
そしてその後直ぐに——
「おっ、あ、あれ!? おわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
寸胴の先端からもの凄い勢いで炎が吹き出して、俺はメン◯スコーラロケットの如く、軽々と上空に投げ出された。
雲が近い。
この高さからだと、学園の敷地全体が見渡せるな。
こうして空から見てみると、思っていた以上に広い。ディ◯ニーランドよりあるんじゃないか?
ああ、思い出す。ムスペル王国にいた頃、ルーデルが俺を掴んだまま生身で空中城塞に飛んでいった時のことを。
あの時、実は少し尿を漏らしたわけだが、混合魔術で即水分を飛ばしたのでバレなかったのだ。
今回は二度目なので漏らさないが。
「おぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
と、そんなことを考えていたら、今度は落下が始まった。
ーー風破ーー
なんとか風魔術の逆噴射で減速を試みるも、所詮は初級寄りの中級魔術。
いかに俺が使おうとも、出力には上限があるわけで、しかも両手からしか出せないので効果はお粗末だ。
「そんなこと言ってる場合じゃねぇぇぇぇぇっっ!!!!!」
冷静を装って話したわけだが、そんな余裕もなくなって来た。
やばい、このままじゃ地面とぶつかってお陀仏だ。
学園ものでトマトは洒落にならないからだめだ。
何かクッションになるものは無いのか。
水は……無理だ。
この高さから落ちれば水面はコンクリートのように硬くなるって、どこかの高校生探偵が言っていた。
ちなみに俺は例の映画の中だと、雪崩から逃げるシーンが疾走感あって好き……
あ、閃いた。
ーー雪崩ーー
頭から地面へと落下する最中、両掌を落下方向に突き出して、大量の雪を落下方向に落とす。
そして5メートルほどの高さまで積もった雪山に、俺は墜落した。
「痛ぇ……」
大量の雪がクッション代わりになったとはいえ、かなりの衝撃が体に残った。
脇腹あたりが特に痛いので、もしかしたら肋骨が一本くらい折れたのかもしれない。
「だっ、だだだっ! 大丈夫ですか!?」
ロケット用な速度で駆け寄って来て、雪山に沈む俺の顔を覗き込むアセリア。
おお凄い。
重力で彼女の胸の逆さ富士が……
「何とか……生きてま——」
ーーー
目が覚めたら医務室にいた。
「大丈夫……ですか?」
やけに手に温もりを感じると思えば、ベッドの傍には俺に手を握っているアセリアの姿。
「あれ、俺気絶してました?」
「はい……」
「そうですか」
肋骨折れたくらいで気絶するかな。
それとも、頭かどこかを打ったのかもな。
「すみません……私が魔法陣の出力設定を間違えたせいで……」
シンと静かな医務室で、アセリアは俺の手を握ったまま、目元に涙を溜めて鼻を啜った。
「あーいえいえ、仕方のないことですよ。実験はトライアンドエラーですから」
今回、俺とアセリアが制作したのは、飛行用魔導具だ。
なぜ突然そんなものを作ったのかだが、これは俺の強みを活かすためだ。
俺のような攻撃力全振りの魔術師は、戦闘においては遠くからぶっ放すというのが理想のスタイルなわけだが、展開の速い戦闘において、それはほぼ不可能だ。
レベルの高い剣士なら、なんとか弾幕を潜って俺の元に辿り着いてくるだろう。
だから空に逃げるのだ。
空なら剣士は追ってこれないし、迎撃の魔術ならばジェットを活かした機動力で回避できる。
卑怯とは言わせん。勝てば良かろうなのだ。
まあそんな実験も今回が初めて。
ジェットの初期出力の調整をミスって大失敗だ。
だが、かの有名な鉄人の社長さんも最初は失敗していた。幸先が悪いというわけでもないだろう。
「それでですね、今回アレを使ってみて思ったんですけど」
「はい……」
「推力の術式を根本から見直した方がいいかもしれませんね」
今回は炎の噴射に風の制御を加えた、飛行機のエンジンに似たものを作ったのだが、あれだとどうも燃費が悪い。
俺の魔力は莫大でもなければ、『遺産』のような魔力回復機能はないからな。
あのままでは限界飛行時間は5分だろう。
「やはり長持ちはしませんか……」
「はい。あと高速飛行を目指すなら、アーマーが不可欠ですね」
やはり、あれだけの速度を出すと空気抵抗が強い。
しかし……そうなると完成形はどうしてもアイ◯ンマンのようになってしまうな。
でも、この世界でアーマーとなると、中世騎士の鎧のようになってしまうから、絶対ダサい。
なんとか結界魔術で補いたいところだな。
「改善点が多そうですね……」
遠い目をしながら苦笑するアセリア。
勿論、ほとんどの作業は俺が行うつもりだ。
彼女はあくまで協力者であって、俺の技術者ではないからな。
「それじゃあ、俺の方もこれで終わりですかね」
「そ、そうですか……では一緒に戻りましょう……」
俺もベッドから起き上がって、二人並んで研究室へと向かった。
実験の第一段階は失敗に終わったが、大きな収穫を得られたので良しとしよう。
ーーー
朝起きて、鍛錬をして、講義を受けて、研究して。
そんな日々が一週間ほど続いた。
相変わらずアインは見かけない。そろそろ心配なので探してみようと思う。
話を戻そう。俺もこの七日間で、新たな魔術を多く学んだ。
軽く整理してみるとこんな感じかな。
ーー
火魔術 中級
水魔術 中級
風魔術 上級
土魔術 上級
雷魔術 初級
結界魔術 中級
呪詛魔術 中級
治癒魔術 中級
ーー
劇的に変わったわけじゃないし、階級も変わらないものが多いが、幅広い技を習得することができた。
しかし、風魔術で上級を習得することができたのは、大きな成果と言っていいだろう。
といってもまあ、発動は遅いし、遠くにちょっとした風を起こせるってだけなのだが、上級は上級だ。
やはりイメージの問題か、何もない空間に火を発生させることはできないが、風を起こすことならできる気がしたのだ。
土魔術とかは出来るなら超級を習得したかったのだが、リディ曰く俺の魔術は威力だけなら既に超級の域であるらしい。
なんでも、超級魔術というのは上級の原理を取り入れた魔術だそうで、基本的には中級魔術の威力をめちゃくちゃ上げたバージョンだそうだ。
超級は自分の魔力だけではなく、大気の魔素も取り入れて放つため、出力を大幅に引き上げられるらしい。
ドリュアスは俺の魔術回路は良い意味でも悪い意味でも弁がぶっ壊れていると言っていたので、その程度の威力なら再現可能の範疇なのだろう。
つまり俺は超級魔術師を名乗れるということだ。
「グリム殿、今よろしいかな」
——と、そんな事実に浮かれながら廊下をスキップしていたら、お馴染みの巨漢に呼び止められた。
エスパータイプに弱そうな、四本腕の魔人さんだ。
「ジャランダラ王子ですか、こんちには」
「うむ、久しいな」
一週間ほど前に、生徒会室に案内してもらって以来だな。
「そうですね、あの時はありがとうございました」
「気にするな。吾輩は仕事をしたまでのこと」
「相変わらずですね、ところで今日はどんな御用で?」
「うむ、前にも言ったが其方と飲みたいと思ってな」
「今からですか?」
「都合が悪いか?」
「午後にアセリア先輩との研究があるので、その後でもよろしければ」
「わかった。では夕刻の鐘が鳴る頃に、再びここで待ち合わせようぞ」
「わかりました。それでは」
ーーー
その後、パイセンとの実験は無事に終わり、俺は再び医務室のお世話になった。
今日は両腕が折れていたそうです。
「あ、このあと予定があるので早めに上がります」
そんな会社員みたいなセリフを吐きながら、俺は医務室の扉に手をかけた。
「予定ですか?」
「はい、ジャランダラ王子と飲みに」
そう答えると、アセリアはサッと顔を青くした。
「ひっ、ひぇ……次期魔王様のお誘いですか……」
「そんなにビビりますかね」
「二百年前の戦争で、魔族側で大暴れした英雄ですよ……」
「へぇ……あの人200歳越えなんですか」
アインとの試合を見る限り、そこまで強そうには見えなかったけどな。
本当に強いのならば、手加減をするような人柄でも無いし、何か理由でもあるのだろうか。
「まあ喧嘩とかじゃ無いんで平気ですよ、それじゃ」
不安の表情を浮かべるアセリアとは対象的に、俺は軽い気持ちで研究室を出た。
この時はまだ知らなかった。
まさか、あんな大変なことになるなんて。




